ジャングル三重苦
殺人鬼は仮面を被るもの
イジー達は斧を知らない森の中を進んでいた。
その足取りからは強い焦燥が見て取れる。
日が沈み、闇と凶暴なモンスターが世界を支配してからまだそこまで時間は経っていない。
が、イジーら一行の体温をジワジワと奪う急激な寒さは無視できないし、活発化したモンスターがいつ現れるかもわからない。
本来なら一刻も早く拠点を作成し暖を取り敵の対策をしなくてはならないが、そうはいかない抜き差しならない理由が彼らにはあった。
食料だ。
生きていく上でそれが必要不可欠なのは言うまでもない。
素材集めに夢中になっていた彼らは食料調達を怠っていた。
それだけならまだなんとか取り戻せたものの、突如現れた巨大なカマキリ型モンスター『インブルーム』との戦闘に大幅に時間を割かれたのが決定打となった。
草木に擬態して忍び寄る狡猾さ、一撃で獲物を屠る両腕の鎌、腹部の先からショットガンよろしく発射される酸弾もさることながら、最大の脅威は無尽蔵に生み出される幼体だ。
幼体といっても、ポンポンと吐き出されるやいなや親に愛される間もなく使い捨ての兵士として駆り出され、戦闘後には勝敗は関係なく寿命が尽きる。
あまりに酷いネグレクトさ、あまりに悲惨な人生もとい蟷螂生に同情を抱きたくもなるが、人間大のカマキリの大軍を目にすればかような雑念なんぞ刹那で吹き飛ぶ。
そんなわけでインブルームとの戦闘はおのずと長引きやすく、消耗も激しくなる。
やっとのことで戦闘を終えた頃にはとうに夜。持参した食料は腐った。
このままでは日が昇るまでに空腹で倒れてしまう。
せっかく集めた素材を失う事態だけは絶対に避けたい。だから彼らはなによりも食料調達を優先し歩を進めていく。
しばらく歩いていくと、森には場違いな人工物にぶち当たった。
二階分程のグレイの石壁だ。暗さで全貌はわからないが、恐らく誰かの拠点だろう。
街に住まず、自然の中に簡素な住まいを設け暮らす選択肢はこの世界においてさして珍しいものでもない。
モンスターや賊に襲われる危険もあるが、1人誰にも邪魔されず装備や武器を作ったり自給自足を営むのもなかなかいいものだ。
この世界の住民はそこらのモンスターよりも排他性が強く攻撃的だ。
彼らにとって鉛玉が「おはよう」で、剣が「やぁ、調子はどハウディー?」。
炎弾は「綺麗な靴だね!」あたりだろうか。
拠点の主も例に漏れず近付いた瞬間引き金を引いてくるかもしれない。
そうでなければ死ぬのは自分だからだ。溜め込んだ装備や道具を奪いたい綺麗な顔した蛮族は大勢いる。
しかしここは一筋の希望にすがりつつドアのノックし、命懸けで交渉を試みる他ない。
素晴らしいもてなしを受けて死ぬか、飢えと寒さで死ぬかの違いだ。
代表してイジーが戸を叩く。しかし返答はなかった。
仲間の1人、デッドホースが悪態をつく。
そろそろ寒さまでもが蝕み始めたが、焚き火をたく時間すら惜しい。
死期は近い。
こうなれば死ぬまで徹底抗戦だ。
「反対側にまわってみよう。」
一足ごとに命が削られる。
飢えも体温もとっくに限界を切った。もうじき命もそうなる。
「ごめんな。」
「あぁ、責任とって装備作り手伝えよ。」
全員が諦めたその時、暖かい灯りが横から照らしてきた。
開けっ放しのドアの向こうでファイヤーピットが煌々と光を放っていた。
もう思考なんてかなぐり捨てた。撃たれようと構わない。むしろ住民を脅してでも食料を奪ってやる。
示し合わせたわけでもないのに全員がそう考え、迷わず中へ飛び込んだ。
室内は実に殺風景そのものだった。
広さ8畳の空間、中心に設置されたファイヤーピット。
そして慌てて奥の部屋の暗闇へ逃げようとする1人の住民。
「待て!」と叫んだのはデッドホースだ。
これではかえって怯えるだけだろう。
確かに恐喝強盗も視野に入れてはいたが石壁の向こうへ逃げられたらもう死ぬしかない。
携えていたロッドを捨て、チームの紅一点であるリーズがネゴシエイターを買って出た。
「お願いします。危害を加えるつもりはありませんから、どうか食料をわけて頂けませんか。木の実一つずつでもいいんです。
そしたらすぐに出ていきます。」
穏やかな口調と口上に彼は足を止め、ファイヤーピットを指すと
「・・・ちょうど肉を焼き終わったところです。勝手に取っても構いません。」
最初に手を出したのはデッドホースだった。
素手で肉をもぎ取ると餓鬼の如く頬張る。
それを合図に我先にと悲鳴をあげる胃袋に肉を叩き込んでいった。
これで少なくとも食料調達するゆとりはできた。
「ここはあなた達の拠点じゃあないんですか?」
約束通り出ていこうとすると、エラく怯えた様子で住人は言った。
「たまたま見つけただけさ。その口ぶりだとお前も同じか。」
デッドホースの質問に彼は頷いた。
相手が今どき珍しいマジメ君集団(少なくとも開口そうそうAKぶっぱなしはしてこない)だとわかったからか、警戒こそするものの先程の怯えはマシになったようだ。
「食料なら、奥の冷蔵庫に山ほどありましたよ。半年だって籠城できるくらい。」
改めて見てみると彼の装備は・・・いや、装備とも言えないレベルだ。
青のジャケットに黄色のベスト、それに黒のパンツ。
どれも冒険へ行くような格好にはとてもじゃあないが見えない。
よくてそのへんの森だろう。ヤブカくらいなら防御できるかもしれないが、人喰い巨大ネグレクトカマキリの前ではただの布キレだ。
カマキリはおろか目の前のパーティメンバーにも敵わない。
例えステゴロでも結果は見えてる。
ならなにが自分にとって賢明な行動かと問われると、媚びを売っておくことだろう。
ふと、イジーに疑問が生じた。
この拠点の持ち主は何故ドアを開けっ放しにしていたのだろう?
入口だけでなく、その奥の部屋まで開放されている。
挙句の果てに冷蔵庫の肉。
まるで「ご自由にお使いください」と言われてるみたいだ。
だとしたら今どき珍しすぎる聖人と言える。
天然記念物モノだ。この殺伐とした民度世紀末の世界で無償の親切ほど愚かな存在はない。
もしここに来たのがイジーらでなく並のパーティなら彼は今頃ここにいないだろう。
もしくは入口を塞いで彼が真綿に絞め殺される様を見て楽しんでいたに違いない。
例えなんの成果が得られなくても楽しいから殺す。そういう世界だ。
そういえば、周りを壁に沿って歩いていた時も思ったがこの拠点はやけにでかい。
生活していたのは1人2人じゃあないはずだ。もっと大きい存在、例えばクランの拠点かもしれない。
それくらいの規模だ。
「冷蔵庫の他になにが?」
「なんでもありましたよ。
スロットみたいにズラーッと並んだ作業台、機織り機、研究台、それに溶鉱炉も。
この部屋の何倍もある室内農園だって・・・」
「マジかよ」「一生ここで暮らせるな」と声が挙がる。
ここまでくるともはや要塞だ。
また、彼曰くやはり広さの方もかなりのものでホテル並に部屋があるそうだ。
いくつもの箱を組み合わせたような構造で、隣接する部屋同士は全てドアで繋がっている。
さらに二次元的に広いだけでなく何階層も存在するらしい。
半年だって籠城できる?いいやそれ以上だ。
「一生暮らせる」もありえる。
これだけ入り組んでいれば侵入もかなり骨が折れる。
侵入を許してもどこからでも攻撃できるし、一室に閉じ込めて餓死を待つといった戦法も取れるだろう。
もっとも、今では全てのドアが開放された世界で一番制圧しやすい城と化しているが。
「それと・・・」と言って彼がどいた先には立て札があった。
「『ベイツ・モーテル へ ようこそ』・・・・・・?
ベイツ・モーテルなんてクラン聞いたことある?」
「ねーな。スラッシュ、リーズ、お前らは?」
「ない。」
「ありません。これだけ大規模で設備も整ってるならかなりの強豪のはずです。
名前くらい知っててもおかしくないのに・・・・・・。」
元々有名クランにいたリーズですら知らないなら、ベイツ・モーテルメンバーを除いてこの世に知ってる者は1人もいないだろう。
「な!探索してみねーか!?宝物庫とかあるかもしれねーしよぉ〜〜。」
「こんな親切な方のモノを盗むんですか?サイテーですね。」
「こーゆーヤツが初心者クランに意味もなくカチカミかけるんだよな。」
「うるせェーーイイコぶってんじゃあねーぞ。お前らだって勝手に肉食っただろ。」
デッドホースの提案は仲間の非難によって撃沈したが、前半部分は同意できる。
こういう時場をまとめるのがリーダーであるイジーの役割だ。
「まぁまぁ、集めた素材を加工したいし設備借りるついでに探索してみようよ。
それにこんなでっかい拠点自由に見て回れる機会なかなかないよ。」
こうしてイジーの鶴の一声により採用された。
「君、案内できる?」
「えぇ、任せてください。もうずっとここで暮らしてるから大体覚えましたよ。」
「ウオオッ!?なんだこりゃ、スッゲーなオイ・・・!」
「『73年のピンボール』に出てきた養鶏場みたいですね。」
「こんなに必要かぁ・・・?」
イジー一行は目の前の光景に思い思いの驚愕を見せていた。
無理もない。
住人に導かれ玄関と冷蔵庫の部屋を抜け、右の部屋左の部屋へと迷宮を進みようやく開けた広間に出てきた。
作業台がノートの行のように隊列を組み、大広間いっぱいを座巻しているなんともシュールな絵面を見れば誰だって驚く。私もそうする。
アイテムの作成ができる作業台を大量に置く手法はとりたて珍しくはない。
そうすることで一度に多くのアイテムを量産したり、仲間との順番争いを回避できるからだ。
クランはもちろん、ソロの人間もよく活用している。
しかしこれだけの数の作業台を見たのは初めてだろうし、この光景ははっきり言って異様と言える。
「ベイツ・モーテル・・・・・・なかなかヘヴィなクランだ。」
彼らを再び死の淵へと引き込んだのはこの光景だった。
もし呆気に取られてさえいなければ、もしもっとはやく気付いていれば助かったかもしれない。
最初に気付いたのはリーズだった。
引き続き案内を頼もうとしたところ、住人は煙と消えていたのだ。
次に気付いたのはイジーだった。
今さっき通った扉はいつの間にか閉められていた。
永遠に開いたままとさえ思えたのに、その幻想は至極呆気なく破られた。
こうなるとドアも壁も変わらない。
〝 ドアの開閉は設置した本人かクランメンバーしかできない〟
それがこの世界のルールだ。
素敵なベイツ・モーテルは一瞬にして石造りの牢獄と化した。
クソ、やられた。チーム全員が理解したが、もう遅い。
「おい!なんのつもりだ!開けろ!開けてくれ!」
太刀で石壁を突っついたところで事態がすぐさま好転するわけがない。
そんなことデッドホース本人も十分わかってはいたが、死活問題だ。
こうせずにはいられない。
素材集めだけを目的をしていたため、余分なものを省き持ち物は最低限としていた。
元より日帰りと踏んでいたので拠点に入ること自体イレギュラーだ。
だから建築物破壊に特化した武器など当然持ち合わせてはいない。
しかし幸い素材なら腐るほどある。作業台ならさらにある。
そこでイジーは作業台にアイテムをぶちこんだ。
「ハンマーを作るからそれまでできるだけダメージを与え続けてくれ。」
さっき冷蔵庫から持ってきた肉が大量にあるし、扉の前にはちょうどよくファイヤーピットが設置されている。
少なくとも今晩は飢えも寒さも心配ない。
もうしばらく待てばハンマーが完成する。
いくら石壁といえど4人分のハンマーの前では紙同然だ。
この攻防、負ける気はしない。
完成したハンマーを振るう度、石壁が悲鳴をあげてその身を撒き散らす。
致命的なヒビが生まれるまであっという間だった。もはや脱出まで秒読みだ。
ステーキ肉を噛みちぎりデッドホースが勝ち誇る。
「残念だったなヌーブ!今からそっち行くぞッ!目ん玉にテニスボール孕ませて鼻から産卵させてやっから覚悟しとけよテメーーッ!!」
しかし、順調に思えた脱出劇は急激に暗雲を見せた。
もはや壁の外見をなしてないほどボロボロになり、あと数発で完全に破れそうだった石壁がここにきて踏ん張りを見せてきたのだ。
いくら殴ってもこれ以上ヒビが生まれない。
むしろ1拍ごとにヒビが塞がっていくではないか。
溺れた男が限界ギリギリにやっと水面で呼吸しようとした瞬間足を掴まれて水中にひきずりこまれる気分だ。
チームの特攻担当、スラッシュが冷静に分析する。
「向こう側から修復されてるんだ。
たぶん修復スキルに全振りしたんだろうな。なんてスピードだ。」
「他にも仲間がいるんじゃあねーか?」
「いや、ヤツはソロだ。
どこのクランにも所属してなかった。していればすぐにわかる。
あるとしたら野良集団だろう。」
「・・・じゃあこの拠点はヤツ1人で築いたのかな?」
「流石にそれは考えられません。恐らくドアだけ壊して作り直したってとこでしょう。」
その後も作業は世が明けるまで続いたが、未だに壁1枚も壊せていない。
向こう側には肉のつまった冷蔵庫がある。外に繋がっているからいくらでも焚き火の素材を取りに行ける。
根比べだと相手の方が上かもしれない。
さらにこちらが束になってハンマーを振るっても向こうの修復スピードの方が早い。
しかしまだ勝算はある。
イジーの『地図作成スキル』はスデに完成している。
その空間に長くいればいるほど周囲の地図を自動で作成し、さらに時間経過により壁や障害物の他にも人間、モンスター、アイテムなども把握できるというスキルだ。
「みんな、地図を渡すから見てくれ。」
配られた見取り図は予想以上にえげつないものだった。
複雑に入り組んだその風体はまさに迷宮の名に相応しい。
しかし広間はそれほど出口から離れていない。それに修復に手一杯でまだ閉ざされていない部屋も多い。
分散すれば流石のヤツとて追いつけまい。
「スラッシュとリーズはこの場で続けて。
デッドホースは俺と一緒に着いてきてくれ。」
今いる広間から外への最短距離をなぞる。
ルートといっても、進路上にある5個ある小部屋を破壊していくことを前提とした実に脳筋なものだ。
デッドホースが反対をとなえる。
「敵の数がわからない以上あんま別れない方がいいぜ。
それにあのイカレ野郎は「たまたま見つけただけでボクは無関係の人畜無害な初心者ですぅ~」と装ってオレらをハメてたんだからな。
あのゴミ装備だって油断させるためのフェイクに違いねぇ。きっと爪を隠してる。」
「でもこのままじゃあジリ貧だ。
食料はいつまでもつ?昼までには全部腐ってどの道餓死する。」
「それに・・・」とスキルの時間経過によりバージョンアップした最新版地図を見せる。
そこには壁などオブジェクトだけでなく、人間を示す点が現れていた。
広間にある4つの青い点がイジー達、そして隣りの部屋には黒い点が1つ。
周囲を見回してもそれだけだ。イジー達以外の点は1つだ。
「やはりヤツは単体だッ!仲間はいない!
ヤツの動きは把握できるし、ヤバくなったらすぐ戻ってくる。」
最初の小部屋の扉は開いていた。
イジーらのいる広間に面していたので閉めたくても閉められなかったのだろう。
こうして1つ目2つ目とスムーズに進んでいった2人だが、問題はここからだ。
3つ目と4つ目とを結ぶドアは非情にも閉じられていたのだ。
そう簡単に出してもらえないとはわかっていた。
2人は覚悟を決め、ハンマーを握った。
4人の時程の勢いはないが、それでも成果は目に見えて現れていた。
今度はヤツの邪魔もないためすんなりと壁は破壊され、ただの石くずへと戻った。
あと3枚だ。あとたった3枚だ。
空き缶やナイフで独房の壁を掘る囚人の気分で2人は壁を叩いていった。
壁さえ抜ければそこにあるのは自由。
ラクエルのポスターを貼ったり、下水管をアメフトコート4週分の距離這い進む必要もないのだ。
2人はひたすら叩いた。スタミナがつきるとステーキを頬張り、またひたすら叩いた。
看守は一向に動かない。
残した2人に必死でこちらまで手をかけられないのだろう。
「 (・・・と都合のいい方に考える俺はオメデタイ男か・・・?
綿密に「中へ入れる工夫」をしてきたってことは、同じかそれ以上に「外へ出さない工夫」だって欠かしていないってことだぜ〜〜〜!)」
入口を開けっ放しにした。
人畜無害を装い、さらに装備で油断させた。
拠点の奥がいかに魅力的かを語ってみせた。
作業台の隊列も恐らく致命的な隙を与えるためのものだろう。
今思えばわざわざ玄関に待機していたのもわかりやすい策略の1つだ。
自分自身すらも含め全てが釣り餌だ。
アンコウのチョウチンだ。
あるいは食虫植物の出す香り。
イジーらはまんまと釣り餌に食いつき、ヤツは一気に紐を引っ張り、つっかい棒は外れ、カゴは閉じた。
今のところ直接攻撃してくる気配はないが、この状況こそヤツの武器だ。
ならばそう易々と脱出を許すとは考えられない。
破壊される直前で修復を始めたあたり、どれだけ良い性格しているか容易にわかる。
希望を持たせて、ギリギリのところで水中に引き込む!それがヤツのやり方。
イジーに宿った一粒の不安感は恐ろしいスピードで増殖を繰り返し、徐々に全身を蝕んでいった。