第2話
「……大丈夫かい?」
窓から顔を出し、こちらを確認してから聞いてきた。
「ああ、なんとか……。」
背中と腰が痛いがな、そろそろ立てるか? ズキズキと痛みがあるけど、少しは歩けるだろう。
あー、立ち上がれたのは良いものの、何を言えばいいか……とりあえず挨拶するか。
「えー、どうもこんにちは」
「え? ああこんにちは……あっもしかして、貴方がメリアさんの言ってた冒険者になりたいって人?」
なんでここで自称情報屋の名前が? 事前に俺がここに来るってことを伝えてたってことか?
「ああ、既に自称じょーーメリアから聞いてると思うが、俺はライドリー、その辺にいる一般市民、もしくは旅人だ」
暗殺者だと関係者以外に言えば、警戒されるし。それと、危うく自称情報屋と言ってしまうところだった、危ない危ない……。
「やっぱりそうだったか……でも何故二階の窓に? 貴方が入れるよう、下の扉は開けているはずだけどーー」
「えっ、開いてなかったぞ」
「そんなことは、確かに魔法で……! まさか本当に……すみません、今すぐ開けに行きます。」
女職員はそう言うと急いで窓から首を引っ込めた。
途中、何かに気づいた……というより、思い出した様子だったが、魔法と言いかけてたな……まさかあの自称情報屋の奴、俺についてのことを言ったのか? だとするとメリアが関係者以外に言うことはないだろうから……あの職員は暗殺組織の一員か、それとも協力者か? ……いずれにせよ聞くべきか。
そう思った後に、目の前の古くさいギルドの両扉が開けられ、中から先ほどのの女職員が出てきた。
「改めまして、冒険者ギルド、コローラ支部にようこそ、私はこの支部のギルドマスターを務めている、アリアンです。」
「ああ、どうもご丁寧に、早速質問で悪いんだが掃除屋っていうのを知っているか?」
「ええ、それは知ってるけど、それについては中で話したほうがいいのでは?」
そう言いながらギルドの中に入っていった……どうやら最低でも組織を知っている人間で間違いなさそうだな。
そう思い、俺もギルドの中に入ろうと足を動かすがーー
ーー痛、まだ痛みが治まったわけではないか、なるべく痛みを感じないようにして歩こう。それにしても、ふ〜、やっと入れるーーそう思った時
「……え?」
目の前の光景に思わず声が出た。ギルドに入った時、すぐ目に飛び込んできたのは中央にある大量の、既に乾いた血痕、そして、小さく腐った肉片だった。それらの古い殺人現場のような異様な光景にしばしの間、目を奪われた。
……ここで一体何があったっていうんだ、殺されたにしても、この量は一人だけじゃないだろ、しかもよく見たらまだ乾いてない血もあるし、それに臭いなここ、木と血の匂いか……いや、それよりもアリアンは何処だ? ここに来た目的を忘れてた、あっもう奥の二階に登る階段にいる……もしかして、あのちょっと殺人現場みたいになってるところ通って行ったのか!? ……ああ、あれが見えてないから、そのまま通って行ったのか……逆に見えてる上で通ってたら逆に怖いわ。とはいえ、俺はこれが見えてるからな、少し遠回りになるが仕方ない。
中央にある大量の乾いた血を避け、階段に急ぎ足で向かった。その間にアリアンは二階に上がってしまった。俺はアリアンの後を追いながら先ほどの光景について考えた。
おそらくさっきのあれは、冒険者同士の争いで流れた血を浄化魔法とかいうやつで血を消したんだろう、アリアンには見えてなかったんだろうし……俺には魔法が見えないから意味ないけど、浄化魔法というのは例えば壁に付いた汚れの上に新品同然の元の壁の壁紙みたいなのを貼って、汚れを見えなくするようなものなのかな? ……まあどうせ俺にはこれが見えるんだし、深く考えても意味がない。
そう結論づけた時、俺が追いついたのを確認してアリアンがギルド長の部屋と書かれた古くさい看板が横にある扉を開けて入って行った。
入ってすぐにアリアンが「ここなら私が防音の結界魔法をかけてあるから、他の人に話を聞かれる心配はないわ。さあ、そこのソファに座って」っと言ってくれたが、あまり耳に入らなかった。そのことよりも俺は目の前の部屋の様子に呆れていたのだ。
そこは先程窓から見た部屋だった。部屋の奥には先程アリアンが書類仕事をしていた広い木の机、その手前にはこれまた広く細長いテーブルを挟む形で、二つのそこそこ柔らかそうなソファがあり、そしてそれらの右にあるのが、先程外から見た新品同様の開閉式の窓、――しかも鍵付き――があった。ーーしかし
ーー全体的に古くさいな、一階のアレほどではないが、掃除をあまりしていない感じで汚い……。ここも浄化魔法を使ったのか?
そう思いながら、アリアンに勧められた、手前の――そこそこ柔らかそうだが古くさい――ソファに近づいてみれば、また、乾いた血が汚れと一緒についているのを発見した。
思わず顔を顰めてしまった……ここでも何かあったのかよ……。
するとアリアンに、俺の顔を見て不審に思ったのか「どうかしました?」と言われた。
「……どうしたもこうしたも……一つ聞きたいんだけど、前にこのソファで何かあったか?」
「? ……ええっと、あれかな? 詳しくは避けるけど、前に一人の冒険者がここで座っていた人に刃物を向けたことがありましたか……もしかしてその時の血が?」
「ああ、多分それが見えてる。」
と言うか何があったらこのギルド長の部屋で刃物を向ける事態が起こるんだよ……。
そう考えていると、この部屋の主が申し訳なさそうな顔で謝罪をしてきた。
「ごめんなさい……貴方が見ている血は私には見えないから、むしろ汚れのない、とても綺麗なソファに見えるの……ということは、一階の方も貴方には見えていたということですよね? 不快な思いをさせてごめんなさい。せめて、先に言うべきだったわね……慌てていてそこまで気が回らなかったわ。」
「いやまあ、俺は見慣れてるから別に良いんだけど……」
まさか、一階の中央に血があんなにあるとは思わなかったから驚いたな。
「ありがとう、そう言って貰えると助かります。それじゃあ、血が付いている方に座ってもらうのはあれだから……机側のソファには付いていないはずです。そちらに座ってもらえますか?」
「ええ、良いですよ」
どちらにしろ、古くさいソファに座るという事実は変わらないけどな。
そう思いながら先に机側のソファに腰掛けると、アリアンが後に座った。
……先に座ってしまったけど……これって座る順番とかあったっけ……。
そんな俺の心配をよそに、アリアンはそんなことを全く気にしていないようで、ゆっくりと話し始めた。
「いつもそちらに座っているから、なんだか新鮮ね、まるで最初の受付時代に戻ったみたい。」
そう言って笑みを浮かべてるところ悪いが、こっちはなんか偉くなったみたいで変な気分……というよりも嫌な気分だよ……。
「さて、掃除屋について知っているか? だったかしら。確かに、それについて、私は知っているわ。だから、質問してくれれば答えられるわよ。」
「……それじゃあ、もう必要なさそうだけど、一応質問していくよ。」
アリアンが所属しているところも聞きたいしな……メリアが俺について話すってことは諜報員でほぼ間違いないだろうけど。
「ええ、いつでもどうぞ。」
アリアンの返答を聞き、俺は真面目な顔で質問した。
「まずは一つ目、そもそもだけど、掃除って何をすることだと思う?」
「えっそこから!? ……まあ良いわ、疑われているみたいだし……邪魔なゴミや汚れを処分することだと思っているわ。」
知らなかったら、いきなりふざけた質問をしているように思われるだろうな……。
この質問の仕方は町中で訊くことを想定して、わざと回りくどくされている。……え? 防音の結界魔法? さっきアリアンが言っていた? そんなこと言ってたっけ……。
それは良いとして、最初にした質問だけ説明しておく、この質問は掃除屋、つまり俺が所属している暗殺組織の合言葉みたいなもので、相手が関係者なのかどうかを確認するためによく使われるから、アリアンには、貴方はもう分かっているはずなのに、今更なんで? と思われたんだろうな……アリアンはもう組織の関係者で間違いなさそうだが、それでも確認は必要だろう?(因みに合言葉は『○○を処分すること』だけでも良い。○○の部分はゴミ、汚れなどがよく言われている)
「ありがとう、それじゃあ次、どんなゴミとか汚れなどが嫌いですか?」
「……ええっと……嫌いな……。」
そう質問した時、アリアンは何かを思い出したのか、言葉が途中で途切れ、徐々に憎々しげな表情に染まっていった。
これは……虎の尾を踏んじまったかな……。
「アリアンさん、大丈夫か?」
俺が心配して声をかけると、すぐにハッと我に返り、「すまないね」と一言言うと、心を落ち着かせるためか一息つくと、すぐに冷静な顔になり、さっきの質問に応えてくれた。
「……私が一番嫌いなものは、自分の血が付いた剣、それと床に撒き散らされた酒跡があまり好きではないね」
……一番嫌いなのが裏切り者、二番目が欲深い人間……ということかな? さっきの様子だと誰かに恨みがありそうだな。
「ありがとうございます……次で最後の質問、掃除屋の仕事は汚れを綺麗にする仕事と汚れを見つける仕事などがあるけど、何が自分にとってやりがいがあると思います?」
「……汚れを見つけて調べた後に報告する仕事と汚れを綺麗にする仕事ですね」
……なるほど、やっぱり諜報員か……そしてあわよくば復讐しようってはらかな?
それにしても……この暗号形式の質問は回りくどいな……報告の時、覚えていたら改善するように言っておこう。報告する機会があればだがな。そもそも、普通に訊ければ良かったのになぁ。
そう考えていた時、アリアンが話しかけてきた。
「私のことについて、大体分かったかしら?」
「ああ、なんでメリアが俺の性質について、アリアンさんに言ったのか分かったよ。それと、気になったんだが、メリアは俺の性質についてなんて言っていた?」
「貴方の性質について、メリアさんにはこう説明を受けました。貴方には魔法が見えない、感じられない、効かない、それに魔法の影響を受けず、使えない、同様にスキルも使えないそして、冒険者が相手にする魔物も見えないと、そのことを聞いた時、私はよく分からず、どういうことですか?と質問した時、メリアさんはこう結論付けてくれました……」
アリアンはこれが一番重要なことだと思ったのか、少し間を置いてからまた言い始めた。
「……『ライドリーの世界にはそもそも、そんなものが存在しないんだよ』っと……」
そうアリアンは言い終えた後、俺の顔を見た。その後、しばらくの間沈黙が訪れた。
メリアよ、それはお前も同じことだろうが、何俺だけが特別、みたいな説明をしてるんだ。
ーー俺とお前以外にも数え切れないくらいそんな奴がいるっていうのに……