時は金なり?
時は金なり。
これはアメリカ合衆国建国の父、ベンジャミン・フランクリンが著した本に書かれていた言葉だ。
元は『Remember that time is money』
直訳すると『時間はお金そのものであることを忘れるな』
となる。
彼の残した書物にはこういった言葉が多い。
「時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし」
こんな言葉とかね。
まぁ、僕の周囲の人もよく似たような言葉を使う。
その人たちはみな一様に同じような性格をしているんだ。
時間で動いて、無駄なことは省いて、極限まで自分を追い込むようにして生きている。
僕はちょっとだけ異議を唱えたい。
確かに、時間は貴重なものだ。
無駄にしたらその分だけ自分に苦労しないといけないようになっている。
よくできた世界だと思うよ、ホントに。
話がそれたね。
僕が唱えたい異義ってのは、切り捨てたものは本当に無駄なものなのかって話だ。
忙しい人はみな僕に「のんきなやつだ」とか、「気楽でいいな」とか言ってくる。
まぁ、確かに他の人に比べたら僕は楽しているかもしれない。
というか、実際に楽して生きているし。
けど、そいつらの言葉が少しだけ悲しかったんだ。
時間に追われて生きている彼らは、時間で生きようとしない僕をまるで異物のように扱う。
道端に咲いていたタンポポの話や、ツツジが咲いたとか、そう言った話をくだらない話と切り捨てる。
確かにくだらない話かもしれないけど、君らが時間に追われてる理由と言えば、昨夜飲みすぎたとか、今夜も早く切り上げて飲みたい、だとかそんな理由だろ?
別に否定はしないけどさ。
そういう理由で時間に動いている君らに、少なくとも僕は馬鹿にされる覚えはないなぁ。
だって、そうだろう?
僕はただ少し早く家を出て、時間があるから会社まで歩こうと思って、その道のりでタンポポを見付けたんだ。ツツジを見たのもそうさ。
ただその話をしただけで、くだらない話だと切り捨てて、のんきなやつだなんて、ひどい話じゃないか。
時間に追われて過ごす日々を否定したりしないよ。
けど、たまには道端に目を向けたり、少し変わった道を歩いたりするのだっていいじゃないか。
先は長いんだ、急ぐ必要なんて無い。
そうは思わないかい______
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「こらぁっ!仕事中に何してやがる!」
「あわわわ、すみません!」
___何てね。