北へ
7.北へ
「ローザ、頼みがあるのだが?」
「どうしたの、旦那?」
「コルネットを貸してくれ。」
「コルネットなら旦那の専属調査官なのだから、どこへでもついて行きますよ。」
「ちょっと遠い国へ行くんでね、しばらく借りることになる。とりあえず、これで貸してくれ。」
旦那はそう言って銀貨を一枚取り出す。
「長くなりそうなんですか?」
カウンターの上に置かれた銀貨をしまいながら、ローザが聞く。
「下手をすると長くなる。うまくいけばもっと短くてすむのだがね。」
「具体的に何ヶ月とかは言えない感じですか。」
「ラップランドに行くのだ。簡単にはいくまいよ。」
「え?」
ローザの手が止まる。
「ラップランド?噂でしか聞いたことのない国ですけど実在するのですか?」
「実在しなかったらいけないだろう。」
「それはそうですね。それは長くかかりそうですね。とりあえず、今日はコルネットが休みなので、明日また来てください。」
「理解した。」
旦那は階段を降りていった。
「と、言うことなんだけど、行ってくれるわね?」
「私、旅行なんてしたことないですし、どうしたらいいか分かりません。」
「移動のことについては、旦那が考えていると思うから、あなたは向こうに着いてから、冒険者ギルドの手続きをお願いするわ。他の国から来た冒険者の照会の時間短縮になるから。たぶん旦那のお願いしたいことはそれだわ。」
「私が役に立つのでしょうか?」
「役にたってもらわなければ困るわ。カレーの代表として頑張ってちょうだい。」
「重荷過ぎますよ。」
コルネットがへたり込む。自分が行くしかないのは分かっているが、カレーから遠く離れるのは不安でしかない。ほとんどのことはカレーで用事が済んでしまうからだ。
「お話、終わった?」
パインがカウンターの向こうから顔を出す。
「旦那様が言い出したことだから、決定ですよ。」
「拒否権はないのね。」
「何で連れて行くのかはよく分からないけど、たぶん何か考えがあってのことだと思うわ。」
「パインは何も聞いていないの?」
「悪魔退治だってことだけは聞いてます。」
「悪魔?」
コルネットが青ざめる。
「悪魔になんて・・・・・・私何も役に立てないと思うわ。」
「それでも付いてきて欲しいんだって。」
パインはそう言ってコルネットの手を取った。
「お願い、コルネット。」
「わかったわ。ついて行きます。でも、今日いきなりってのは・・・・・・。」
「旦那様は三日後に出発するって行ってました。あと、これを渡してくれと。」
「これって・・・・・・収納ポーチ?」
「必要なものはこれに詰めておけってことだと思うの。」
「こんな高いもの・・・・・・。」
「最後に準備金。鉄貨十枚。着替えとかかっておけって。」
「旅行中に着替えなんてできるのかなあ。」
旅行に行くのにはできるだけ荷物を減らす方が、いざというとき困らない。賊やモンスターに襲われた時逃げやすいからだ。そんな中で着替えとか悠長なことは言っていられない。できるだけ身一つの方がいいに決まっている。それを、収納ポーチを渡すくらいだから、思ったより長くなるかもしれない。保存食や水筒も必要になるだろう。これは覚悟を決めなければいけない。三日でできる準備派なんだろう、コルネットの思考が始まった。
旦那とパインはいつもの服装だった。旦那はスーツ。パインはメイド服。普段と何も変わらない。ただ、コルネットはそうはいかない。旅行に行くのだからスカートはないだろうと思い、ジャケットにパンツ、底の低い靴を履いていた。
「旅行は初めてか?」
「はい。」
「まあ、緊張するな。まずはテレポート屋に行って、どこまで行けるか聞いてみよう。」
旦那は普段通りの口調で告げる。テレポート屋は街の南の外れの方にある。そこまで歩いて二日と行ったところか。カレーの中を歩くだけでも、小旅行である。
「ああ、金は私がすべて出す。コルネットは口を出さないでくれ。」
「え?でもそれじゃ悪いですよ。」
「こっちが無理を言って連れ回すのだから、必要経費だよ。」
旦那は軽く言ってのける。
「とりあえず出発しよう。」
旦那はそう言って歩き出す。その後ろにパインとコルネットが並んで歩く。一時間に一度休憩を挟みながら、六時間くらい歩き通す。「さすがに、これ以上は無理だろう。今日はこの辺で宿を取ろう。」
旦那がそういったときに、コルネットはほっとした。正直もう足がぱんぱんで疲れ切っていた。宿に入ると、ベッドの上で倒れ込んでしまう。そうしていると、パインが料理を持って部屋の中に入ってくる。
「旦那様にお食事を取っていただきました。コルネットさんと一緒に食べるように言われたので、ご一緒していただけませんか?」
「パイン、あなた疲れてないの?」
「このくらいは平気です。いつもはもっときついですから。」
「高速移動の呪文で何とかなればいいのにねえ。」
「人や建物にぶつかってかえって遅くなりますから、街中での高速移動はやめた方がいいですね。鶏肉のソテーと茹で野菜です。パンもありますので遠慮なく言ってください。」
「どこで料理したの?」
「共用の台所がありましたので、そこで作りました。必要な道具はもって歩いてますので。」
「台所がないところだったらどうするの?」「それでも料理はできますから。」
コルネットは疲れた体を起こして、テーブルに並べられた食事を見る。確かにおいしそうだ。コルネットも自分で料理するが、遙かに丁寧に作られていることが分かる。
「美味しいわね。」
「そう言っていただけると嬉しいです。」
パインは嬉しそうに答える。
「疲れた体に効くようにスパイスを多めにしてあります。食事を取ったらゆっくり休んでください。」
「悪いけど、そうさせてもらうわ。」
コルネットは素直に甘えることにした。
二日目、やっとの思いでテレポート屋に到着する。
「北にはどこまで飛べる?」
「うちからだと、フィーンまではいける。そこより北はねえな。」
「なら、そこでいい。三人で鉄貨三百枚、そういう計算だな。」
「まあ、どこに行くにも魔力が変わるわけでもなし、一人百枚なのは同じだよ。」
「では頼む。」
三人は、その夜はフィーンの街で宿を取った。
三日目。フィーンの街を出たところで旦那が言う。
「ここからラップランドまでは一ヶ月くらいかかる。そんな時間は短縮したい。それは理解できるな?」
「高速移動の呪文ですか?」
「それでも疲れることには変わらんだろう。騎乗用モンスターを使う。」
旦那が見覚えのあるクリスタルを出す。少し回すと、光の束が出てきて、中から普通より大きな馬が出てくる。確かに三人くらいなら乗れそうだ。
「私、馬に乗れませんけど。」
「操縦はパインがやる。私たちは荷物扱いだよ。」
旦那は意地悪そうに笑う。
「パイン、私とコルネットをバインドで馬に括り付けろ。それが済んだら、私のいうとおりに馬を走らせろ。」
そこからはあっという間だった。早足で歩く馬に揺られていくつもの町を通り抜ける。郊外では高速移動の呪文をかけているようだった。乗り心地は、最悪。だがバインドで縛り付けられているため、降りることも文句を言うこともできずに、コルネットは三日三晩地獄を味わった。
七日目。ようやくラップランドに入る。大きめの街を見つけて、パインが馬を止める。「もう、馬はこりごりだわ」
「私もそう思うね。」
旦那が笑う。
「まずは、宿を取ってゆっくり体を休めよう。そうでなければ、ほんとに倒れてしまう。」
「三日間はあたしが保全の魔法をかけていたから、飲まず食わずで平気だったけど、食事くらいちゃんと取った方がいいですよね。」
「私はこの体の痛みが治まるなら何でもいいわ。」
「そんなの魔法でなんとでもなる。パイン治療してやれ。」
「はい。」




