魔界
6.魔界
魔界の入り口に立つ。ひどく寒い。保温の魔法をかけていなかったら、凍結して死んでしまいそうだった。目の前には大きな門があり、番犬が唸っている。
「ここを通るのですか?」
「ああ、そうだ。あの番犬はな、生きているものがここを通らないように見張っているのだよ。」
「じゃあ、通れないじゃないですか。」
「そういうことになるな。」
そう言うと旦那は番犬に近づく。三つの首で唸っている番犬がクンクンと臭いを嗅ぐ。と、あろう事か、ひっくり返って腹をみせた。「よしよし、いい子にしてたか」
旦那は腹を撫でてやる。とはいえ番犬が大きすぎて腹を触ってやる程度だ。口だけで人間の大きさくらいあるので、噛まれたら一呑みにされるだろう。そんな番犬が腹をみせているのだから、パインはどうなっているのだろうと思う。まあ、旦那のやることだから不思議ではないのだが。
しばらく腹を撫でていた旦那がパインのところに戻ってくる。手には一塊の犬の毛を持っている。
「これを持って通れ。通行証代わりだ。」
「噛みついてきませんか?」
「噛みついてきたら殴り返してやれ。」
旦那はそう言うとすたすた歩き出す。パインは仕方なくその後を続く。番犬はおとなしく座っていた。
門の内側に悪魔がたむろしている。どうやら門番のようだ。旦那が入ってくるといきなり立ち上がり、槍を突きつけてくる。
「なんのようだ?」
「サタンに呼ばれてきた。ラーフルだ。聞いていないか?」
「ラーフル様?これは失礼しました。すぐに案内します。」
名前を聞いて態度が変わる悪魔たち。それはそうだ。大事な客なのだから態度くらい変わる。
「そちらは?」
「これは私の所有物だ。」
「では、ご一緒に。こちらにお乗りください。」
平たくなったカップのような乗り物に案内される。座席がついており、乗り込むとすぐに動き出す。
「魔王の間まで丁寧にお連れしろ。」
乗り物はゆっくりと動き出す。すぐにスピードが上がり、魔界の奥までたどり着く。魔界の最深部に、氷付けになった魔王がいた。「すまぬな、ラーフル。呼びつけてしまって。」「構わんよ。サタン。御主にも世話になっているしな。」
「困ったことにな、百レベルの悪魔が現界してしまった。」
「魔界から現界するには九十九レベルが限界だったのでは?」
「普通の悪魔であれば、だな。魔界でのレベルに応じて現界できるレベルは決まっている。我が現界するとなると百レベルを超えることもある。ただそうなればラグナロクが始まってしまう。」
「文明が滅びてしまうな。」
「我に今ラグナロクを起こそうという気はない。今の世の中はそれなりに楽しいしな。その点では天界とも一致している。あちらもこの世界でのラグナロクは望んでいない。」
「だが、問題が起きた?」
「さよう。百レベル程度の小悪魔が、そのまま現界しおってな。このままではラグナロクの引き金になりかねん。今は天界に頭を下げて、こちらで何とかすると行ってきたのだが。」
「うまくいってないと?」
「他の悪魔を高レベルで現界させるとラグナロクが始まってしまう。かといって低レベルの悪魔が現界したところで、百レベルの悪魔には勝てぬ。ラグナロクを起こさない程度の悪魔を送ったのだが、ことごとく返り討ちに遭ってな。」
「そんなやっかいな悪魔なのか?」
「破壊するだけの馬鹿な悪魔なのだが、何でも破壊してしまってな。送った悪魔がことごとく破壊されている。やはり、高レベルの相手は高レベルにしてもらわないとだめだ。」
「なるほどな。事情はわかった。」
旦那が頷く。パインには何が何だかわからない。
「ちょうどそういう相手を探していたのだ。私に任せておけ。」
「すまぬ。魔界にはやっかいな悪魔が多すぎてな。管理が大変なのだよ。」
「何しろ悪魔だからな。魔界にいる間は力で押さえられるが、自由に現界されると困るわなあ。」
「ああ、本人がどれほどとんでもないことをしているのかわかってないのでな。」
「この借りは高くつくぞ。」
「分かっている。今回の件では天界にも借りができてしまった。」
サタンが氷の中でため息をつく。
「セ=カンドの世界での勝ちを譲ることになったわ。いい勝負をしてただけにもったいない。」
「それだけ切羽詰まっているということか。まあ、しかたあるまい。」
「御主に頼むということで天界も様子を見てくれることになった。すまぬが助けてくれ。」「任せておけ。悪いようにはしない。」
「件の悪魔、アニンは北限の国にいる。そこで破壊の限りを尽くしているようだ。」
「・・・・・・。」
「アニンを滅ぼしてくれ。」
「やるさ、パインがな。」
「パイン?その小娘が?・・・・・・いや、小娘ではないか。鍛え上げているな。」
「百レベルとまではいかんがな。」
「九十九レベルではないか。人間の限界だろう。」
「ふむ。さすがに見抜かれたか。」
「それならば希望はあるな。」
「万が一失敗しても、きちんと片付けるよ。」
「それができるのが御主しかおらんのだよ。」
「それで、報酬だが。」
「うむ?」
「パインの魔界の鍵を外してくれ。」
「な・・・・・・それは!」
「安いものだろう?」
「簡単には外せん、だが仕方ない。しかし魔界の鍵を外したところで・・・・・・」
「その先はまた私が考えるさ。いざとなれば自分でやるが、こういうのはやってもらう方が大事でね。」
「理解はできるが、相変わらず無茶苦茶だな。」「愚者なんてそんなものだよ。」
「御主が愚者を名乗っている理由が分からんよ。」
「簡単だよ。世界で最も愚かだからだ。誰も思いつかんくだらない理由で行動する。故に愚者だ。」
旦那は笑わなかった。




