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愚者ラーフル 1  作者: 茅咲水香
5/10

二本酒

5.二本酒

「出かけるけど、ついてくるか?」

「もちろんです。」

 パインは即答する。

「うむ、助かる。」

 どうやら旦那の方もついてきてもらいたかったようだ。

「でも、カレーは今日は雨でしたよ?」

「カレーに行くわけではないのだ。」

 旦那は扉を作る。パインには理解のできない、魔法とも呼べない技術。魔法が無効化される地域でも使えるのだから魔法でないことは確かだ。

「知人に会いに行くのだがな。こいつが結構酒好きでね。」

 扉を開けながら旦那が言う。そこには岩山がそびえていた。

 岩山のかなり高いところで、大きな洞窟があるのがわかる。活火山であるのか、噴煙が立ちこめている。パインは体感温度を調節する魔法を使い、自分と旦那を守る。洞窟の入り口には平たい板がついていた。旦那がそれを叩くと、

「シルグド、入るぞ。」

と声をかけた。

 洞窟はそれほど奥まであるわけではなさそうだった。ただ、奥にマグマ溜まりがあり、ひどく暑い。そのマグマの上に巨大な鳥が寝ていた。

「ラーフルか。またおねだりか。」

「察しが早くて助かるよ。」

「おぬしは私からものをもらう時だけしか来ないからな。」

「まあ、そう言うな。今日もちゃんと酒を持ってきたんだから。」

「おぬしのやり方は気に入らんが、おぬしの持ってくる酒はうまい。気に入らんが、自分で手に入れられぬ以上、いただこう。」

 巨大な鳥は変身して長身の男になる。美しいと言える顔立ちで、筋肉もそれなりについている。はっきり言ってもてるタイプだ。

「シルグド、これがパインだ。」

「パインです、よろしくお願いします。」

「おぬしが奴隷を飼い始めたと聞いた時は、面倒を見切れぬと思ったのだが、自分で面倒を見る奴隷を飼ったのか。」

「今では、私の面倒を見てくれているよ。パインがいないと私が困る。」

「そのためのおねだりか。」

「察しがいいな、シルグド。」

 パインがテーブルと椅子を用意する。グラスも二つ。シルグドが席に座ると、パインが旦那に席を勧める。しかし、旦那はそれを断った。

「私は飲めぬのでな、今日はパインがシルグドの相手をしてくれ。」

「あたしですか?」

「ああ、頼む。」

 旦那はそう言うと、洞窟から出て行ってしまう。

「なあ、勝手なやつだろう?」

 シルグドが笑いながらパインに座るように勧める。パインは席に着くと、自分の分とシルグドの分の酒を注ぐ。最初に飲むのはシルグドだ。

「ええ、そう思います。」

「だがな、憎めんのだよ。あやつは天性の人誑しだな。」

「そうでしょうか。」

「俺が勝てない相手だしな。」

「勝負したのですか?」

「二回ほど転生させられたわ。」

 シルグドは笑いながら酒を干す。迷惑にならない程度に酒を注ぎながら、パインが聞く。

「不死鳥を転生させるって・・・・・・。」

「他の生き物なら死んでおるわ。俺だって死なぬわけではない。死んでも炎の中から復活できるだけだ。」

 もちろん、不死鳥がそれだけのはずがない。生命力の塊みたいな生き物、というより神に近い。不死鳥信仰が存在する地域もあるのだ。「おぬしは、ラーフルのことをどう思っている?」

「最初は大嫌いでした。奴隷にされたことを恨んでいました。」

 パインはグラスを回しながら答える。

「今は大好きです。一生奴隷でいいです。旦那様がそばに置いてくれるだけで満足です。欲を言えばきりがないですけど。」

「それ以上の関係になりたいと?」

「はい。」

 シルグドは大笑いする。

「さすがは人誑しだな。だが、あいつは面倒だろう?」

「一人で何かしている時間が欲しいって言って、部屋にこもりきりだったりしますけど、その分あたしは家事ができますし。」

 パインは笑う。

「あたしが作ったものは何でもうまいと言ってくれますし、この前は私に友達を作ってくれました。あたしもひとりぼっちだったのでとってもうれしいです。」

「俺は一人でいる方が気楽だね。時々この格好で街へ出るが、人が集まってきてしまうのでねえ。」

「もてますよね、その容姿なら。」

「俺は静かに酒が飲みたいだけなんだよ。ただ、ラーフルの持ってくる酒はこの辺りにはなくてな。あいつは、俺に会う時は必ず二本酒を持ってきてくれる。」

「どこで手に入れているのかは聞いてますけど。」

「俺は異世界には行きたくないね。ここで世界を見守るのが俺の仕事だし。神様なんてがらじゃないけど、文明が起きて滅んでいく様を見つめるのは、退屈だよ。面白いことをやるには俺の力が強すぎる。力ってのは強ければいいもんじゃない。使い方なんだよな。」

 だいぶ酒が回ってきたのか、シルグドは饒舌になってくる。

「見たところ、パインも結構な力があるようだが。」

「人間の限界は超えられません。」

「人としては最強に近いかもな。」

「だとしたら嬉しいのですが。」

「たとえば、俺と戦うとしたらどうする?」

「絶対やりたくないです。」

「ははは、きらわれたかね。」

 一本目を飲み終えて上機嫌になったシルグドが二本目の口を切る。どうやらそのまま飲む気らしい。

「死なない、体を切り刻んでも再生する、そんな相手に、どうしたら勝ちを得られるんですか?」

「ラーフルはやったよ。」

「え?」

「三度やって、三度負けた。だから、俺はラーフルの頼みを断れない。」

「旦那様は何を望んでいたのですか?」

「互いに相手を尊重する友人であること、だな。たまに会いに来て、酒を置いていく。俺はお礼に何かを出す。不死鳥から正式に譲り受けたものは、永遠に効果を発揮するからな。ラーフルが何を作ったかは知らんが、その一つはおまえが身につけているぞ。」

「私が、ですか?」

「そのチョーカーからは私の力を感じる。」

「この首輪からですか。」

「奴隷だから首輪をつけているのかと思ったが、どうやら違うようだよ。おぬしの体は私が守っているようなものだ。」

「不死鳥のお守りですか。」

「そんなもの、奴隷につけるやつなんて聞いたことないわ。剣闘士奴隷ならわかるが。」

「戦いなら、やらされてますが。」

「なるほど、それならそうなのかもしれん。」

 シルグドは酒を飲み干す。

「何を考えているかは、ラーフルは言わないだろうしな。」

「言いませんねえ。」

「言う必要もないしな。」

 いつの間にか帰ってきた旦那が口を挟む。手にはいっぱいの荷物と酒甕を二つ抱えている。

「どうせ飲み足りぬのであろう。これもやるといい。」

「安酒か、それでも構わぬわ。」

 シルグドは遠慮せずに甕を受け取る。

「パインにはこっちだ。」

「これは、マジックスクロールですか?」

「読んでも効果は発揮しないぞ。秘伝書といわれるものだ。とある世界で禁術といわれるものが書かれている。」

 旦那はやれやれといった感じで岩に腰を下ろす。

「それを覚えろ。使えるレベルでな。」

「ラーフル、パインを面白いレベルで仕上げたな。」

「シルグド。まだ完成してないよ。」

「だが、これ以上レベルは上がらんだろう。」

「方法は模索中だ。世界を騙すのだからな。」

「相変わらず法外なことを考えてるな。だから楽しいのだが。」

 シルグドは笑いながら酒を飲んだ。

「旦那様、この影分身というのは、幻影の魔法とは違うのですか?」

「こっちは、すべて本体になる。使えば使っただけ本体が増える。」

「意識を保つのが大変そうです。」

「その辺りは工夫して覚えるのだな。」

「巨大化とか、黄金の林檎とか、どれもむちゃくちゃな呪文ばっかりですねえ。」

「禁術だからな。黄金の林檎なんて、使ったら死ぬだけの呪文だ。」

「すべての相手の攻撃を自分に引きつける、ですか。」

「よほど体力に自信がなければ、使えないだろう。」

「バジリスクの邪眼。攻撃してきたものを戦闘ターン終了時に石化する。普通なら相打ちになるだけですね。」

「こっちは範囲拡大の呪文だ。時間はかかるが辺り一帯を攻撃範囲に変える。」

「どれもこれもリスクばっかりの呪文だな。」

 シルグドが笑いながら酒を飲み干す。

「だから禁術なんだそうだよ。使ったものが死んでしまう術など、覚えても仕方ないだろう?」

「それを覚えさせるのだから、おぬしも悪いやつだな。」

「要は使い方次第だということさ。」

 旦那はパインの頭を撫でて言う。

「パインは賢いからな。覚えておいて損はないだろう。」

 シルグドと旦那に見守られて、パインはたくさんの術を覚えていった。

 と、突然シグナルがなる。旦那が懐中時計を取り出すと、相手から通信が入る。

「すまん、ラーフル。手を貸してくれ。」

「珍しいな、サタン、おまえから頼み事とは。」

「とりあえず、急ぎではないのだが早めに頼む。魔界に来てくれ。」

「うむ。ここでの用事が終わったらすぐ向かう。」

 そこで通信は切れた。

「サタン?悪魔か。」

「あいつはいつでも困っているからな。それでもだいたい自分の部下でまかなっているんだが、こっちに頼みたいことがあるのは珍しいな。」

 旦那は首をかしげた。


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