捜し物はなんですか
1.捜し物は何ですか
「こんなところで何を探すのですか?」
パインが問いかける。男はにこにこと笑って答える。
「生きたユニコーンの角だな。」
「殺してはだめなんですね。」
「生きたまま採ることが大事だな。」
男は笑顔のままだ。パインはため息をついた。「ユニコーンは警戒心が強いからな。私は一緒に行かないぞ。」
「わかってます。あたしが一人でやるんですよね。」
パインはそんなのいつものことだといわんばかりに言う。男の命令はいつも突然だし、だいたい理解に苦しむことが多い。答え合わせはいつも、結果が出てからだ。
「おまえは処女だからな、ユニコーンに近づくのは容易だろう。」
「あたしとしては、早く旦那様に手を出してほしいんですけど。」
「冗談じゃない。重要な武器をなくしてどうするんだ。」
男はまだ笑顔のままだ。端から見れば、からかっているようにも見える。
「わかってはいるんですけどね。」
「理解が早くて助かるよ。」
パインはエルフの少女だ。金髪碧眼。典型的なエルフといえる。着ている服は一般的なメイド服。ロングスカートで、肌の露出は少ない。その格好で草原を駆け抜けていく。普通に走るより速いのは、魔法を使っているからだ。パインにとって魔法を使うのは呼吸をするのと変わらない。その時その時で、必要な魔法が自然と発動する。一応リミッターをかけているので、攻撃的な魔法は自己意思がないと発動しないようにはしている。
しばらく走ったところで、水辺にユニコーンを見つけた。パインが近づくと、ちょっと警戒しながらも、ユニコーンも近づいてくる。最初は警戒させないように首筋をそっとなぜてやる。さて、どうしたものだろう。簡単にとれるようなものならいいんだけれど、さすがにいきなり掴んだら暴れ出すんじゃないだろうか。
「おまえは角をくれるのかしら?」
パインは素直に聞いてみる。ユニコーンは首をかしげた。おそらく言っていることは伝わっているはずだ。ユニコーンは賢いのだから。「あなたの角がほしいんだけど、もらってもいいかなあ。」
さすがにどうぞ、とは言えないらしい。ユニコーンは、すっとパインのそばを離れる。
「素直にくれたら痛くしないであげられるんだけどなあ。」
ユニコーンはお断りだとばかりに首を振る。それでも逃げていかないのだから立派なものだ。
「じゃあ、痛いけど、我慢してね。」
パインはにこっと笑って腕を振る。カッターの呪文が発動する。魔法はユニコーンの角に当たって消えた。
「あら、どういうことかしら。」
ユニコーンが誇らしげに角を見せつける。「その角で魔法が無効化されちゃうのね。」
パインはすぐに理解した。
「連続だとどうかしらね。」
パインはカッターの呪文を十連発してみる。すべて、角によって無効化される。
「強力な結界みたいなものかあ。」
ユニコーンは軽く嘶くと走り出した。もう付き合ってはいられないという感じだ。仕方なく、パインは飛行の呪文で追いかける。しばらくは追いかけっこだ。
ユニコーンも生き物だ。全力で走っていれば、長くは持たない。三時間ばかり追いかけっこをした後、諦めて足を止めた。
「そうね、その方がいいと思うわ。」
ユニコーンが荒い呼吸でパインを見つめる。パインは、足下に氷結の呪文をかける。ユニコーンの四本の足が凍り付けになる。これで逃げられない。角を狙ってない呪文は効くらしい。それは追いかけっこをしている間に確認したことだ。ユニコーンはすぐに角で前足の辺りを払う。前足は自由になった。だが、後ろ足は角が届かない。動けないことには変わりなかった。
「バインドの呪文は効くのかしらねえ。」
パインは不思議そうに呟いてみせる。指を軽く折って呪文をかける。ユニコーンの体がとたんに動かなくなる。ユニコーンは悲鳴のように嘶いた。
「よかった、効いたわ。」
パインは安心したように言う。
「これで効かなかったら、もっと手荒なことをしなきゃいけなかったものね。」
「でも、呪文で切れないものはどうしたらいいかしらねえ。」
パインは独り言を続ける。しばらく悩んだ後、手斧を取り出す。
「これで、切れるかしらねえ。」
言うなり、斧を振るう。がきんと音がしたが、角は折れなかった。相当固いらしい。何度か試してみたが、表面に軽く傷がついた程度でしかない。
「困ったわねえ。」
パインは思案する。こうなると、自分に回収できるのか疑問になってくる。腕力には自信はないし、魔法は効かない。
「となると、あれしかないのかあ。」
パインは男にもらった糸鋸を取り出す。
「ちょっと痛いのが続くけど、我慢してね。」
パインは自分に肉体強化の呪文をかけると糸鋸で角を削り始めた。あたりにはユニコーンの悲鳴が響いていた。
「ふう、やっと切れたわ。」
ユニコーンの角を片手にパインが呟く。かれこれ一時間以上格闘していたので、さすがに疲れたらしい。
「あなたも、簡単にくれたらよかったのに。」
もちろんそんなことをしてくれるわけはないのだが。パインはそっとユニコーンの角の切り口に手を当てる。
「今、治してあげるから待っててね。」
角の切り口あたりに呪文を集中させる。さすがに角がなければ無効化できないらしい。呪文はすぐに効果を現した。失った肉体を再生する呪文だ。ユニコーンの角は、切られる前と同じように生えてきた。
「これで、あなたも私も問題なしでしょ?」 パインはそう言って笑うと、かけていたバインドの呪文を解く。ユニコーンは嘶くと駆け足で逃げ出した。
「普通の人って、ユニコーンの生きた角なんて採らないわよねえ。やっぱり殺して切り取ってるのかなあ。」
別に生き物を殺すのにためらいがあるわけではないが、殺した後どうするのかはちょっと気になるところだ。
「まあ、捕まるユニコーンもそんなに多くないだろうし、気にしなくていいのかなあ。」
パインはテレポートの呪文を唱える。
「ただいま帰りました、旦那様。」
「おう、お帰り。」
男はスーツ姿のまま寝転がっていたようだ。
「予想より時間がかかったな。」
「魔法が効かなかったので。」
「それは仕方ないところだな。」
男はにこにこしながら言う。男の名前はラーフルという。本人曰く愚者である。
男は、パインの頭をなでると、
「では、帰るかね。」
と伝えた。パインには異論はない。男の手を取るとテレポートの呪文を唱えた。
森の中にある一軒家の前に出現する。割と広い屋敷である。ここが男のすみかだった。「少し休んだら、ご飯でも食べに行くかな。」「いえ、あたしが作りますから。」
パインは言い切る。その辺はメイドとしての矜恃があるらしい。
「ん、任せる。」
「ところで旦那様?聞いてもよろしいですか?」
「なんだ、パイン。」
「ユニコーンの角って、普通どうやって集めるものなのですか?」
「殺して叩き折るだけだよ。」
「今回生きた角にこだわったのは理由があるのですか。」
「もちろん、大ありだ。大事にとっておいてくれ。」
理由を言わないところを見ると、どうやら説明する気はなさそうである。パインは諦めて、食事の用意を始めることにした。