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005 (夜空、鷹、おかしな時の流れ)<ラヴコメ>

 今日は満月だ。私は満月のたびに、月明かりを頼りに原っぱへと出かける。空を見上げると、夜空の藍色とは少しだけ色味の違う影が、悠々と移動していた。

 その影がだんだん大きくなり、私に近づいてくる。やがて、私の数メートル先に着陸し、こちらの方を澄んだ、それでいて険しい瞳で見つめている。

 私は、私と「彼」との連絡を助けてくれる鷹のくちばしから、手紙を受け取った。「彼」の身に、近頃起こったことが書かれていた。異国での貿易事情、内紛の様子、火の起こし方の違い、それに私が耳にしたことのない言葉達。私が知らない言葉が沢山あるけれど、彼が何を言いたいのかはわかるような気がした。最も、勝手に私が勘違いしているだけかもしれない。

 私は一通り手紙を読み終えると、今度は私が書いた手紙を嘴に差し出した。鷹はその手紙を加えると、大きく羽ばたいた。私のローブの裾が揺れ、目に風が吹き込む。思わず腕で目を隠したが、次に前を向いた時にはもうそこに鷹の姿はなく、大空へと旅立っていた。

 そして私はうちへと戻り、暖炉の前でミルクを飲みながら、手紙をもう一度読み直す。

 これが、満月に行う私の習慣だった。



 この習慣はこの土地で、私の祖母の、そのまた祖母の時代から続いているものらしい。どうしてこのような習慣が始まったのかを母は知らなかったし、祖母もその理由を知らされてはいなかった。

 一説には、祖母の祖母の時代に、ある人が異国の恋人と連絡を取るために始めた、何て話が出たこともあった。だが、それはありえない。ここは山と山、それにもう少し高い山ともっと高い山に囲まれた土地で、最後に旅人が訪れた公式記録は800年以上前のことだそうだ。そんな偏狭な土地になぜ私たちが暮らしているかといえば、その理由は二つある。


 一つは、この土地に生まれたから、ということ。

 もう一つは、外から入ることが難しいこの土地は、中から出ることも難しいのだ、ということ。


 とはいえ、公式記録によればこの土地から外へと出て行った若者も数人はいるらしい。理由は様々で、最も多いのは「外の世界を見てみたい」というものだった。その結果、ここ800年の間に、歴史上で数名のものは土地を出て行ったきり、帰ってきてはいない。だから、どうなったのかもわからない。周りの険しい山々を無事に乗り越え、私の見たことのない世界で暮らし、そこで子孫を残したのかもしれないし、道中の山の試練で命を落としたのかもしれない。いずれにしろ、もはや確かめる方法はなかった。



 では、800年以上前に来た旅人はどうなったかと言えば、何のことはない、この土地で暮らし、伴侶を得はしたものの、子孫を残すことなく亡くなった。

 また、鷹が来るようになったのは祖母の祖母の時代からであるが、その時代、つまり300年ほど前の時代には、土地を誰かが出て行ったという記録もない。

 鷹は、突如としてこの土地を訪れるようになったのである。



 この土地において、鷹は次のような認識をされている。




 あの鷹は時を超える。




 私は先ほどの手紙に意識を戻す。そして、視線で異国のインクで書かれた、異国の文字に目を這わせる。異国の文字だから、読めなくて当然の事なのだろうが、なぜだろう、ところどころは読めるのだ。否、読める気がするのだ。本当は何一つわかっていやしない。おそらく貿易のことだろう、何て推測したところで、その文字が本当に貿易のことを指しているのかもわからない。そもそも、この土地の貿易は1200年以上前に途絶えている。歴史だけがこの土地の存在を証明していた。

 そして、その手紙に書かれている内容は、まるでこの土地の時間の流れとは異なっていた。



 私が「彼」に返事を書いても、「彼」が読めるのかどうかすらわからない。でも、「彼」の住む土地は他の土地との交流も盛んなようだから、読めているのかもしれない。


 私は、未だ見ぬ土地へと思いを馳せる。


 私が「彼」抱くこの感情は、文字にしたところで、「彼」に伝わるかどうかわからないし、伝わったところでどうしようもない。それに、適切な言葉も見つからないし、本当は、手紙の相手の「彼」が毎回変わっていても、複数人であったとしても構わないのだろう。



 私は手紙に、あの山を越えたいという感情を託している、のかもしれない。




 私は、「彼」よりも、あの山を鷹のように超えた先の、私が「私」になりえた私に出会いたいのだ。







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