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002☆(森、地平線、輝く枝)<ホラー>

奇妙な森の話をしよう。


どのぐらいの大きさの森かといえば、広すぎることも、狭すぎることもない、とはいえ、油断すると迷ってしまうぐらいの大きさの森だ。

M県D市の街中に、今も存在する森の話だ。


不思議に思ったことはないだろうか。

いたって普通の街中の住宅街の切れ目、または線路の向こう側に見える木々のことを。

塀やフェンスをぐるっと回ると、それほど大きくはないのに、鬱蒼と茂った森のことを。


どこにでもある、森の話だ。


試しに、自分の町を上からスマホでもなんでも見てみるといい。

きっと見えることだろう。不自然に曲がった道路や、普段は意識することのない、緑色の塊が。

縮小しても拡大しても、なんの変哲もない、緑がそこにあることだろう。


しかし、実際に行くのはわけが違う。

上空から鬱蒼とした枝葉の塊を見ることと、頭上に広がる枝葉の隙間からなんとかして空を仰ぎ見ようとすることは、全くの別なのだ。


これは、森を見て木を見ない話ではなく、木を見て森を見ない話でもない。


森の中で、輝く枝を見た話だ。


繰り返す、これはどこにでもある森の話だ。








M県D市はかつて、何もない平野だった。ただ一つ、小さな小さな森を除いて。

海に面するその町は、水平線から陽が昇り、南にも北にも、どこまでも地平線が広がる土地だった。

一時の間、風が凪ぎ、海風から陸風へと風向きも変わる頃、夕方には陽が沈む。

その土地では、陽は小さな小さな森へと沈んだ。

西に位置するその森は、昔からずっとそこにあるそうだ。

狩猟採集の時代から、都市開発が進み現代に至るまで、その森は存在した。

道路開発が進み住宅の増えた今でも、ひっそりと存在している。




私がその森に興味を持ったのは、大学時代の事だった。

史学科にいる友人が、郷土資料の中にある記述を見つけたのだ。


その昔、その森には鬼が棲んでいた。

とても賢いその鬼は、人を罠にかけては喜んでいたという。



私は鬼など信じなかったし、友人も鬼の存在を信じていなかった。

しかし、その友人を含む4人の間で意見が分かれた。


一つは、民間信仰の一つであり、いくら小さいとはいえ、森の危険を子供に伝えるための作り話。

一つは、海で生計を立てる人々と、畑仕事で生計を立てる人々との対立、ないしは生活圏の違いがそのような話を作り出し、森が緩衝帯となっていたが、今となってはその影もない、という話。



私ともう一人は測量科、あとの二人は史学科であったということもあり、そこそこ話は弾んだ。

もっとも、何の生産性もない当て推量であった。


しかし、若かった私たちはその議論を続けるうちに白熱してしまった。

とはいえ、何かしらの勝敗が見えるわけでもない。

夜遅くまで酒を飲み交わしながら議論するうちに眠ってしまい、そのことは頭の片隅に残るまでとなっていた。




夏の定期試験も終わり、時間を持て余すばかりとなった頃である。

私を含む4人が私の下宿部屋で、することもなく扇風機で暑さをごまかしていた際のことだ。




民間信仰派であった一人が、スマホの画面を指差して言った。


「これ、鳥居じゃないか?」


何のことかと思ったが、私たちは森に関する他愛もない会話の事を思い出した。



私たちは彼の画面を覗き込んだ。

確かに、ズームした画面の中の、鬱蒼とした木々の隙間から、周りと微かに色の異なる、灰色が見え隠れしていた。


鳥居があるんなら神社もあるんだろう、なら民間信仰に違いない、と彼は主張した。


私は生活圏の違いであろうという派閥であったが、私と同じ派閥のもう一人であるが、いや、それは単なる建造物だ、倉庫か何かに使っていたものだろう、と反論した。



再び、私たちの間に議論が巻き起こった。


暇だったのだ。




暇というものは、よくないことを巻き起こす。


私たちは、実際に確かめに行くことにした。


フィールドワークだ、ついでに肝試しだ、などと騒ぎながら、飲み物を買い、酒を買い、つまみを買い、夜になるのに備えた。




そして、夜が来た。




私の家から、その森の入り口へと向かう。

その森は、私の下宿と大学を結ぶ直線の、ほぼ中間地点に位置している。

森から見て、大学が真西、うちが真東だ。

さて、どこから進入したものか、とぐるっと一周したのであるが、それは杞憂であった。


その森は、どこからでも進入可能であった。


どこからでも、というのは少々語弊があるのだが、住宅外の塀の隙間、踏切の横から、路地の間など、至る所に進入可能な箇所があったのだ。


結局、私たちは、大学から真東に進み、進入することにした。



夜となっては人目もない、閑静な住宅街の踏切を横切る形で、森への入り口がある。


私たちのうち一人が怯えていたが、ええいままよ、と缶ビールを飲み、真っ先に森へと入った。

思ったよりも薄暗く、彼の姿はすぐに見えなくなってしまう。


その時、踏切の警報機が明滅する光とともに、けたたましく音を立て始めた。


見失っては面倒だと思った私たちは、遮断機が降りる前に、3人揃って森へ飛び込んでいった。




私たちは、暗闇の中を、懐中電灯を手に進んでいった。

今夜の空は晴れていて、月明かりが街を明々と照らしていたのだが、森へ入ってしまうとその光は枝葉に邪魔され全くと言っていいほど届かない。


暗く先の見えない森とはいえ、街中の小さな森だ。


足元を照らし、談笑しながら歩いていると、ほどなくして建造物が目に入った。


「これだ」


そこには、小さな小屋があった。鳥居に見えたものは、まあ、勘違いであろう。

しかし、建造物があったのは確かであった。



近づいてみると、人気はない。それに、誰かが住んでいるような気配もない。


しかし、使用している気配があるのだ。


懐中電灯で小屋の中を照らしていると、私たちが動くことで、埃が舞っているのが見える。

その埃の舞い方が、激しい箇所と穏やかな箇所とがあるのだ。



明らかに、何者かが使用している。



私たちに少しばかり恐怖が芽生えたが、ひとまずは鳥居ではなかった、ということで帰宅することにした。



懐中電灯で、もと来た道を戻る。



「おい」

一人が口を開いた。

「何だ」

「ちょっと止まれ」

「何で」

「いいから」

「だから何で」

「……いいから止まれ」

「だから何でだって」


「っ!!」

瞬間、辺りが真っ暗になった。


「何で懐中電灯消したんだよ!」

「お前らが止まらんからだろうが!」


「何で止まらねばならんのだ」


「音がするんだよ」


私たちは、黙った。

「気づいてるんだろ? お前らも」


今は、私たちの息遣いしか聞こえない。


試しに、懐中電灯をつけてみる。

っず、っずと、何かを引きずるような、音が聞こえた。


灯りを消す。

すると、音も消えた。


私たちは、灯りを消したまま、黙って歩くことにした。

もと来たはずの道を歩いて、何十分歩いた頃だろうか。


森から出ることができない。


確かに、灯りがないために歩みは遅かった。しかし、私たちはまっすぐに歩いているのだ。

この森は小さな小さな森である。どこまで行っても森、というのはさすがに奇妙である。


おそらく、全員が恐怖を感じていたが、口にすることはなかった。


とはいえ、このままでは埒があかない。

私たちは、再び懐中電灯のスイッチを入れて歩き出した。







まただ。また、音がする。

何かを引きずるような音が近づいてくる。


ライトを消すと、音も止まる。


「走れ!」


私たちは、ライトをつけて走った。



しかし、走っても走っても森から出られない。

木の枝で腕を擦りむき、服は糸がほつれながらも、私たちは走った。



走れば走るほど、っずっず、という音も近づいてくるようだった。



私たちは、ライトを消して立ち止まった。

原因不明のその音も後方右の草むら辺りでやんだように見えた。

しかし、ゆっくりと、だが確実に、こちらに近づいてくるようだった。


私たちの一人が、先ほど買ったつまみの焼き鳥を音のする方へ放り投げた。


一瞬の間ののち、咀嚼するような音がする。


私たちは暗闇の中で、一つの決心をした。


朝まで歩き続けること。


その後、私たちは朝まで森の中を歩き続けた。

後ろから音が近づいてくると、そちらへ向かって焼き鳥や唐揚げを千切って放り投げる。


そのようなことを、何十回、繰り返した頃だろうか。


森の中に、薄暗くはあるが、藍色の、朝の早朝の光が差し込んできた。

私たちも、お互いの顔が数十センチの近さであれば確認できるほどの明るさであった。


鳥のさえずりも聞こえれば、森の外からであろう、自動車の走る音も聞こえてきた。

自動車の音のする方へ歩いていくと、眩しい光が、木々の間から差し込んできた。

おそらく朝日であろう。


その時である。


けたたましい音が、私たちの真後ろの方向から聞こえてきた。

目をこらすと、遠くの方に、一定の間隔で明滅する赤い光が見えた。


この森の周囲には、踏切は一つしかない。

まず間違いなく、私たちが進入した場所の踏切であろう。



そちらに歩けば確実に帰れる。私たちは安堵した。

しかし、である。踏切とは正反対、私たちの真正面のからは、自動車の音が聞こえてきた。

私たちは顔を見合わせる。全員が疲れ切った顔をしていた。



眠い。眠たくてしょうがない。

背後が踏切ということは、その方向は真西、その先は大学。なら正反対は私の下宿である。


私たちは、走り出した。

こちらにも、出口はあるはずだ。そして、その先には私の下宿がある。


わざわざ大学の方面へ抜け、ぐるっと回るよりも、今すぐ泥のように眠りたかった。


数十メートルほど走った頃だ。私たちは、森を抜け出た。顔を見合わせ、安堵した。



しかし、奇妙なことに、そこは真東ではなく、北よりに位置するコンビニの前であった。

私たちは疑問を感じたが、今はもう、そんなことはどうでもよかった。



誰も口を開くことなく歩き、私の下宿の部屋に辿り着いた。時計を見ると、午前5時20分を指している。

暑くてたまらなかったが、扇風機を奪い合う気力もなく、私たち4人は泥のように眠りについた。












そしてこれは、その後の話だ。


私は大学を卒業し、就職してM県からT県へと移った。

やがて結婚し、盆休みにR県にある妻の実家を訪れていた際だ。妻の祖父から酒の席で聞いた話である。



この街中にも小さな森があるらしい。

今でもその森は残っている。そして、言い伝えも。




なんでも、その森には鬼が棲みついており、罠で人を騙して食べるらしい。

その鬼は、森に迷い込んだ人を光でおびき寄せるそうだ。


真っ赤な真っ赤な、怪しく輝く鬼灯を用いて。




これは、奇妙な森の話だ。

繰り返す。



どこにでもある森の話だ。





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