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ヘイヨーさんの短編集

ある小説家の後悔

 どうして、こうなってしまったのだろうか?

 このオレの人生は、なんだったのだろうか?

 こんなはずではなかったのに…


 オレは若い時の夢をかなえ、小説家となった。

 ただし、それは思っていたのとは全然違っていた。

 毎日楽しく自分の好きな小説を書き続けていれば、それなりの金が転がり込んでくる。昔は、そんな夢想をいだいたものだが、そういうものではなかった。

 そりゃ、自分の思い通りに楽しく書き進められる瞬間だってある。だが、そういうのはどちらかといえば例外的な時間だ。ほとんどの時間(おそらく執筆時間の8割か9割)は、淡々と書き進めているか、そうでなければ苦痛を感じながら書き続けている。


「小説家なんて、お気楽な商売ですね」

 よく、知らない人間から、そんな風に声をかけられる。

「バカを言うな!何も知らないくせに!」

 オレは、そう叫びたくなるのをグッと我慢する。

 代わりにこう答えてやる。

「いや~、そんなもんじゃないですよ。いろいろと大変なもので。つらい時間だって長いし」

 そんな時、決まってこんな返答が飛んでくる。

「でも、自分の好きなコトをしてるわけでしょ?そんなのは遊びと同じだ。いやはや、うらやましい限りだ」

 ハァ…と、心の底でオレは大きなため息をつく。

 もう何度同じ説明を繰り返しただろうか?小説を書くのは、遊びとは全然違う。完全に仕事だ。あるいは、それ以上だ。こっちは、命を削り、魂をすり減らしながら必死になって書き進めているというのに。それで、どうにかこうにかわずかばかりの完成原稿を生み出す。そういう生き方だ。

 遊びやゲームとは全然違う。いや、ゲームだって極めようと思ったら、命を削らなければならないだろう。そういう意味では同じだ。

「お気楽なのは、お前さんの方だよ」と心の中では思いつつ、そうは答えない。

「ハァ、そうですね。ま、世間の一般的な仕事に比べれば、随分と楽なものですよ」などと言って、お茶をにごしておく。


 小説を書くというのは、思っているよりもずっとずっと大変なものなのだ。

 そりゃ、気が向いた時にだけ、気が向いた量を、気が向いた内容で書くだけならば楽なものだろう。だが、実際はそうではない。

 決められた期限内に、決められた量を書かなければならない。それも、100%完全に自分の好きなようにとはいかない。基本はそうだったとしても、やはりそこには編集者の意向というものがある。あまり大幅にその意向からズレると、ダメ出しを食らってしまう。最悪、0から書き直しだ。

 それだけじゃない。絶好調でバリバリと書き進められる時も、絶不調で何も書けなくなってしまった時も、変わらず小説を書き続けなければならない。胃から変な液体を吐き出してでも、何かを生み出さなければないのだ。それが、小説家という職業だ。


 ま、そのコトはいい。

 そのくらいのコトは覚悟の上でこの世界に飛び込んできたのだから。それよりも大変なのは孤独だ。

 小説というのは、ひとり孤独に書き進めなければならないものなのだ。それはプロフェッショナルであろうが、アマチュアであろうが同じ。どんな傑作を書き進めている時も、大駄作を書き殴っている時も、変わりはしない。とにかく、部屋の中ひとりでコツコツと書き続けるしかないのだ。

 それがわかっていない者が多すぎる。かく言うこのオレも、その内の1人だった。

「きっとプロになれば、状況は変わるだろう。ファンがついてくれれば、話は違ってくるだろう」

 若い頃は、そんな妄想に駆られたものだ。

 だが、現実を知ってしまった今では、もはやそんなコトはカケラも思ったりはしない。


 現実は孤独である。

 どんなに本が売れようとも、ファンレターの数が増えようとも、それは変わりはしなかった。そりゃ、多少は力になってくれた時期もある。だが、思っていたほどの効果を生んではくれなかった。そんなものは微々たるものだった。

 小説家はひとりで小説を書かなければならないのだ!

 たった1人で世界に戦いを挑み、ひとりぼっちで勝利するしかない。根本的に、その部分は変わりはしない。孤独な人生だよ…

 せめて、あの人が信じてくれれば…


 若い頃、オレは恋をした。理想的な相手だった。だが、結局、その恋はあきらめなければならなくなった。小説家になるだなんて夢を抱いたばっかりに。

 そりゃ、そうだ。まともな収入もない。他に何もできやしない。たった1つ小説を書くという能力しかない(それも、あの頃はたいした能力でもなかった)者に対して、誰が未来に希望など抱けようか?

 仮に彼女が信じてくれたって、相手の両親はそうじゃなかった。それに、彼女の想いだって、いつまで続いていただろうか?

 あの人は、「私、信じるわ。あなたが成功するその日まで。信じてあなたを支え続ける。生活は苦しくても構わない。私も働いて家計はどうにかするから」そんな風に言ってくれた。

 あの時はお互いに若かった。オレも若かったし、彼女も若かった。だからこそ、オレは小説家になるだなんていう途方もない夢を心の底から信じられたし、彼女の方もあんなセリフが吐けたのだ。まるで、小説の中のヒロインが吐くようなセリフを。

 だが、時は残酷だ。年を取れば、彼女もそんなコトは言ってられなくなっただろう。

 最終的には、他の者たちと同じように考えるようになったはずだ。そうして、愚にもつかない小説の中の登場人物と同じように、こういうセリフを口にするようになる日がやって来たはず。

「お願い。まともに働いて。私、もう疲れたの。待つのに疲れた。あなたを信じて支え続けるのに疲れたの。他の人たちと同じように、暖かい部屋でおいしい物を食べ、雰囲気のいいお店に買い物に行ったり、愛する子供たちと一緒に動物園や遊園地に遊びに行ったりしたいの」と。

 そうなるコトはわかりきっていた。その光景を想像するのは、難しくはない。小説を書き続けている者なら誰でも、その程度の未来は簡単に空想してのけるだろう。

 そうして、いつ成功するとも知れない時を2人で一緒に待ち続けるよりも、オレたちは別れを選んだのだ。


 それからはずっと孤独だった。小説家になりさえすれば、その孤独は埋められると信じて疑わなかったが、結局、孤独は埋められやしなかった。それは、今も同じ。

 小説家になれば、幸せになれると思っていたのに。それは全然関係なかった。作家としての幸せと、人としての幸せは全然別個のものだったのだ。


 あそこで、あの人のために生きていれば…

 小説家になどならずとも、平凡でもいい。マジメに働き、子供を作り育てる。そんな幸せな家庭が築けていたはず。あそこで1つの道をあきらめさえすれば、幸せな人生が待っていたはずなのに…

 オレは、おのれの夢のために人としての幸せを失ってしまったのだ。


 まったくもって、どうしてこうなってしまったのやら…

 この人生は、完全に失敗だ。仮に作家として成功でも、人としては大失敗だ。

※この作品は「小説家になりたかったある男の後悔」と対になっています。

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