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2.貴族の館

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 キュレネーはガリュアス王都へ着くと急いで駆けた。彼が専属商人として雇われていた、大商人経営の交易商館。彼の商業空間は見事に他者に横取りされていた。解雇である。


 王都までは来られたが、これでは故郷に帰るための路銀を、転売で稼ぐほかないと思った。しかし、王都では顔がそこそこ売れている。そんな事をすれば、たちまち商人としての生命は終わり、田舎でやりたくもない家業をやるほかなくなる。


――これなら急いで帰って来ないで、公爵領でもう少し小銭を稼いでおけばよかった。


 途方に暮れるキュレネーであるが、彼の商売人としての性がそれを許さない。


――さっさと次の仕事を探すか……。


 キュレネーは王都内を駆けずり回った。

他の有名な商館は駄目だった。元商売仇であるため、彼らはキュレネーの現状をあざ笑った。


 露天商の取り締まりが強固な王都内では、キュレネーの様に一度市場の輪から放り出された者に再起の道はない。その現実を突き付けられたキュレネーの焦りの色は濃くなるばかりだ。


 王国から許可を得た個人商店に勤める道もあった。だからといって下働きから始めるなどという事はキュレネーのプライドが許さなかった。


 目まぐるしく奔走するキュレネーに希望が見え始めたのは、それから数日経った後であった。


「とある貴族の遺児が、専属の目利き人を探しているらしい」


 宮廷内の貴族は政争により、役職を追い出されたり奪い取ったりというのが日常茶飯事だ。また王都近郊の領土は、大貴族の派閥同士による奪い合いが盛んである。王都近郊の派閥に属せないような弱小貴族は、辺境に行くか没落するしか道がない。

 大貴族に逆らうと、ある時に当主がぽっくり死んでいる事などもあるそうだ。


 そんな血みどろの政争の真っただ中に、若造が来た。これは憐れむ事である。何年もしないうちに、貴族の位を捨てて逃げ出すだろうと思われた。


 しかし、こんな噂もあった。

「モルダン公爵に謀殺されたと噂される、イヴァル子爵の御子息がモルダン領に監禁されていたらしい」

「王はお気に入りの子爵の息子が生きていると知り、その安全な解放を条件に公爵に帰順を許したらしい」


 故イヴァル子爵は低い身分ながら、王宮に隣接する領土を預けられていた。代々、王の近衛兵を輩出する名門である。当主亡きあと、旧子爵領は王国領として国に返還され、大貴族にすら手出しをさせていない。


 そんな大物の遺児が今更発見されたことは驚くべきことだが、これは王都の商人たちにとっての成り上がりの機会であった。


「モルダン公爵の、王都内での領土を分譲されたらしい」

「公爵は子供に飽きたから解放を許したのであろう」

「公爵の操り人形を王党派に送り込むつもりではないか?」


 誇張された尾ヒレのついた噂がほとんどであろう。


 それよりも目利き人を探しているという情報が、キュレネーに引っかかった。


――何か商売をする気なのか?


 貴族はその領土からの税収。宮廷貴族であれば役職による報奨を主な収入源とする。貧しい貴族以外は他には何もしない。

 金を集める目的で商売をする貴族は卑しい者であるというのが常識である。


――それを分かっていてやるのか?


「公爵から分譲された領土だけでは生活が苦しいだろう」

「王都で弱小貴族であることは身の破滅を呼ぶ」

「お気に入りの子爵の息子が、生きるために卑しく商いをする様を、王に見せつけようという公爵の嫌がらせだろう」


 そんな噂をする者たちの目は、「厄介事は避けるように」と促す話の内容とはかなり違う。誰もが狙っている。貴族の商人という前代未聞の身分を。そんな目つきであった。


 貴族から注文が入る事もあるが、それはあくまで個人での注文である。それが貴族という身分で、商売のためにとなると話が変わる。

 ただの客と商人の関係から、商売相手としての関係になる。

貴族との商売関係を繋げた商人は、貴族という大きな後ろ盾を手にするのだ。


 取引先と大商人が先に契約を結んでいても、貴族のためだと言えば大商人は足蹴にされるだろう。そんな夢のような、大手を振って王都内を歩ける身分。

 商人であれば誰もがそそられる。そんなチャンスが転がっている。


1/


 王都内でも大物貴族しか住めない一等地。モルダン公爵の別荘であった場所へ、人々は足を踏み入れた。集まったのは三十を軽く超える目利き人を称する者たち。


キュレネーが見まわした限り、何人かは知っている。交易商の下で働く者たちだ。大商人本人もいる。よほど自分の目利きに自信があるのであろう。


 門には一対の悪魔の像が、アーチ状の門の形に後で合わせたように作られ、門を装飾している。今にも襲い掛かってくるかのような威圧感を醸し出している。


 庭には己の汚らしい靴を着けてしまうのが戸惑う程の高価そうな石畳が、辺り一面に敷き詰められていた。

そのどれもこれも太陽光を反射し、魔法の鎧の様に磨きがかっていた。


 館の細部は精巧な作りの模様が、所々に掘られていた。まるで立体の絵画のように。そのどれをとっても一級の掘り師の技巧の素晴らしさが垣間見える。


「モルダン公爵様が有名な彫刻家に掘らせたのですか?」

 キュレネーと同じように、成り上がりの機会を掴みに来た商人風の一人が、門の入り口で目利き人たちを待っていた執事に問う。


「いえ、これらは現在のご主人様の趣味でして」

 執事が石畳を歩く音が響く。集まった目利き人たちは渋々そのあとに続く。この屋敷の外観だけでこの者たちはこの屋敷の主人への認識を改めることになったのだ。


 ただの子供ではない。公爵の拘束下でも、物の価値は教えてもらったようだ。

ただの低級貴族だと侮ると痛い目を見る。目利き人たちの間にそんな認識が広がる。


 館の扉に近づくと目利き人たちから感嘆の声が囁かれる。玄関扉の材質に対してである。余計な装飾がないので、一見すると大した物でないようである。重く、ただ硬そうな質感だけが伝わってくる。


「ミスリル鉱ですか……」


 執事は振り向くと「ええ」と軽く返事をして、扉を開いた。絹のカーテンを広げるように軽く。


 中の光景が目に焼き付く。


 天井は淀みなく高く、エントランスホールの床は外の石畳とは比べ物にならない逸品だ。


 正面の上、壁には偉大な主人の肖像画がかけられている。椅子に座る主人の、その瞳までもが生きているかのうな見事な絵画である。

「あれが現当主ですか?」


 キュレネーは目を見開いた。


――たまげたなぁ。


 キュレネーの中で、不安が少しだけ晴れた。この少年は見た事がある。たったそれだけのことだが、初対面の人物であるよりは取り入れそうだと彼は思う。


 彼はそれから辺りを冷静に見まわす。目利きの戦いはもう始まっていると彼の本能が告げていた。


――まずは最も価値のある物とない物だな。


 キュレネーは面合わせの時には勝負が決する気がした。大方の物はミスリル製の扉や、肖像画を褒めるだろう。


 だが、これは目利きだ。そんなごく普通の会話では主人の心を掴むことはできないであろうとキュレネーは思う。


――圧倒的な威圧感。その中に相応しくない物を提示できれば、目利き人としての冷静さを訴えられる。

――繁栄を象徴するかのような調度品の中で、最も高価な物を知っていれば、それだけで十分すぎる程に実力は示せるだろう。


 そのことに気付いた者はキュレネーの他にも数名いたようだ。


 周りに飾られた鎧や剣。どれも魔法的な処理がされているとキュレネーは睨んだ。


 幾つもの精巧な彫像が、エントランスホールから次の扉までの間を並んでいる。


――凄まじい。

 館の外装で驚いていたのが馬鹿馬鹿しくなるかのような出来栄えであった。


 その像は、館の正門に装飾されていた悪魔以上に生き生きとしている。

 その生き物でない視線は、館への侵入者を品定めするかのように人々を捉えていた。


 ふと、キュレネーは身震いに襲われる。

 彫像の一体と目があった。そんな気がしてしまったのだ。


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