1.ロールプレイのススメ
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私、キュレネーは急いだ。モルダン公領とアシュロフ王が交易の正常化を果たしたので故郷へと帰る支度をしている。
ダレストーア城塞では未だに今回の騒動への対処が話し合われているらしい。隣国との境界に近いため兵の集まりがちな都、モルド・ラ・ムサを壊滅させるほどの賊兵である。ただの賊ではないには確かだろう。
私は王国との交易が禁止されてから、ダレストーア城塞のとてつもなく長い城壁に守られた町々の一つで、商人として生計を立てていた。
目利きには自信があったので、公爵領を往復する行商人から安く仕入れ、高く売っての繰り返しでなんとか食いつないできた。
馬車にでも乗らなければ故郷への道のりは遠く、野性の生物に襲われる事を考えても、護衛付きの馬車でなければならない。
個人でそんな額を支払えるはずもなく、私は故郷へ帰る事を半ば諦めていた。しかし、公爵は意外とすんなり王国側へと帰順した。それにより、私は王都への乗り合いの馬車へと乗る事が出来たのである。
公爵領を離れる馬車の列は長く続いている。賊兵との戦争が長引く事を視野にいれて、頼れる親族のある者は女子供を避難させるのであろう。
入れ違いにダレストーア城塞へと入る馬車の一団があった。旗を掲げている。騎士もいる。その装備の質は高い。
――これは王国からの派兵であるな。
モルダン公爵軍と連携を取るべく派遣された王国軍の旗には、通常の軍旗にはない金糸の刺繍や特徴的な紋章が刻まれていた。
これはエドロイ将軍傘下の精鋭王国兵である証であった。
私が王国軍の軍隊を見ていると馬車が動き始めた。急な事に驚いて窓枠に頭をぶつけそうになるも、何とか足と首に力をいれて踏みとどまった。
私が気恥ずかしそうに馬車内を見回すと、案の定視線は私に向いていた。
「へへっ、王国軍が来たようですね。これで混乱も収まるでしょう」
私はありきたりな事を話して誤魔化す。
馬車内の対面の席には服装が良いヒューマンの少年と、その従者であろう目を仮面で隠した亜人? の騎士風の男が座っている。
少年は興味なさそうに私から視線を逸らすと、外を見ては何やらブツブツ言っている。
大方、貴族派閥と王国派閥の仲違いの間、ここで足止めを食らっていたのであろう。貴族風の少年は仏頂面で文句を言っているらしかった。
その従者の騎士は、終始主人の様子をにこやかに眺めている。
「坊ちゃん、そんなにふくれてると顔がふくれっ面になっちゃうよ」
私の隣に座る老婆が話しかける。その様子を気にも留めないで少年は外を見ている。
何やら文句を言う事は止めたようだ。
「こんなにいい天気なんだからね。これでも食べて元気を出しな」
老婆は包みからパンを取りだすと少年に向けて差し出す。少年はそれをひったくるとムシャムシャと頬張った。
私は驚きを隠せなかった。貴族であるなら、こんな平民から何かを受け取って、しかも食べるなど考えられないからだ。
――しかし、まあ、田舎の貴族であるならばあるのか?
「ありがとう……」
少年は老婆に一言話すと、そのままパンの咀嚼に戻る。
何やら微笑ましいものを見たようだ
確かに今日は天気がいい。爽やかな風が窓から頬を撫でるように通り、この辺りの農作物の匂いが心地よく鼻を通る。
少年はそんな田舎臭さには嫌な顔一つせず、ただ外を見ながらパンを頬張る。
貴族であるなら馬車の一つぐらいあるはずだ。それが何故好んでこんな乗り合い馬車に乗るのか。やはり田舎の小貴族という辺りであろうか。
そんな事を考えながら少年を見る。
黒髪はよく整えられており、その目の下の涙袋が特徴的だ。顔は悪くはない。この年頃の少年にしては良い方であろうか。
腰に下げた袋を大事そうに手で握っている。他に荷物らしい物はない。羽織っているマントは赤く、とても綺麗なものだ。かなりの値打ち物であろう。
隣の従者が時折声をかける。
それに対し、口の端を釣り上げてにやつく少年。
王党派の御子息であるのかもしれない。公爵が王国に帰順するということは、公爵派であった貴族が鳴りを潜めるということだ。そんな状況でにやつくようなのは王党派の貴族ぐらいだろう。
私としても国内の勢力の不和という、くだらないことで足止めをされたので「ざまあみろ」という気持ちである。
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エイジはパンを食べながら、昨日ハンゾウに提案された事を考える。
「また一から始めるというのはどうでしょうか?」
「手加減をしながら戦うのはつまらない」
エイジはそう言ったが、ハンゾウの説明を細かく聴くと面白いかもとも思った。
提案された事はこうだ。
・モルダンの力を使い、仮の身分を得て、王都へと向かう。
・貴族として振舞い、勢力を広げていく。
これだけではエイジはSLGなどは特に好きでもなかったので棄却しようとしたが、次の内容が心に響いた。
・精神支配した人物で遊ぶ
これが加わる事で、つまらない仮の身分での生活に、多くの遊びが詰まることになる。
・兵隊として戦争へと赴く。
・商人として市場を支配する。
・国政に関わり、国の方針を決める。
これによって、エイジは自分の操作するキャラの、力から装備から戦う相手までを操り、何度でもリセットし遊ぶ事が出来る。
エイジの一番の不満である、圧倒的な力の差を、現地の生物を代理とすることで解消した案であった。
――強い魔物とやり合いたくなったら召喚すればいいしなぁ
エイジの口元が歪む、エイジとしては自分が管理者としてゲームを管理する事に今まで興味はなかった。ゲームを作ろうとも思わなかった。
だが、そうでもしなければ楽しめない。
それと管理が面倒なら、戦争を起こすように誘導するだけして、適当に兵隊を操って楽しめばいいだけである。
その間も現地人であるNPCは勝手に行動し、次のエイジの殺し合い遊戯の舞台を整えてくれる。
いうなれば、これはランダム生成型の箱庭ゲームである。しかも、不満が有れば介入して好き勝手に弄繰り回して調整が出来る。
――楽しみ。
そう思い早速、エビルブックを取りだそうとして止められた。
「介入がしやすいように、まずは身分を固める事が先決かと。」
確かに言いたい事も分かる。エイジが兵士を操り戦う事に飽きた場合、次は指揮官や出資者として遊びたくなるかもしれない。
エイジが精神支配で手っ取り早く遊ぶ方が良いと言う。
「折角なのだから出来る限りリアルに近い難易度の方が楽しめるのでは?」
ハンゾウの一言でそうかもと思いなおした。
エイジとしても、既にある程度の整った状態よりも、やり方に四苦八苦しながら遊ぶ方が楽しいとも思えた。
まあ、戦争の部分だけを楽しみたいという人もいるだろう。しかし、エイジはシミュレーション感覚で下準備をするのが、デモンズエッジのギルド戦やレイドの時から好きであった。戦いのための準備なら好きなのである。
――戦わない貴族のロールプレイも悪くないかもしれない。
――上手くやれば、貴族の覇権争いも再現出来るかも。
――そういうシチュエーションのゲームなんて自分で作らないとないし。
だから、今は馬車でのんびりと王都へと向かう事にする。
これから先の楽しみを思い浮かべながらの食事は、案外良い物であった。