7.三日坊主 ~チートすぎてつまらん。もう飽きた。~
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ダレストーア城塞。エイジは先程のモルダン公爵の怯え様を嘲笑などはしない。言われるがままに、寄生虫を自ら飲み込んだ事にはかなり引いたが、それだけだ。
――何か一発ぐらい反撃してくると思ったのに……。
最後の切り札を初手で使っているモルダンには到底無理な話であるが、そんな事をエイジは知らなかった。聞きたくもなかった。
下僕となったモルダンへの聴取で分かってしまったのだ。
――この世界には遊び甲斐がない……。
リアルな世界に、見慣れぬ冒険の予感に期待していた。VRMMOプレイヤーとして当初はワクワクしたが、いざ出来る限りの情報を調べ尽くしてみると、この世界はMMOとは違っている。
――つまんね。
張り合いがない。なさすぎる。
下級悪魔レベルが使役できる悪魔の限界。
魔法はエビルブックに載っているレベルが限度。
さらに種族の差は経験で簡単に埋まるものではないらしい。
戦えば戦うほど強くなれるレベル制の世界ではなかったのだ。これではエイジが『デモンズエッジ』で体験してきたような、苛烈で手に汗握るような殺し合い遊戯が出来ないということか。
その大好きだったネットゲームでさえエイジはエンドコンテンツをクリアし、制限プレイでの遊びをするぐらいしか、やる事がなかったのだが。
これではオフゲーに『レベル制限解除』および『能力値上限突破』、というチートで遊ぶ様なものだ。
そんな事をして何が面白いのか? 常に対等か、それ以上の強敵との飽くなき激闘だから楽しいのだ。そうエイジは思う。
現在、エイジは不貞寝をしている。
神山に残した部下が簡易な拠点を作っている事もどうでもいい。エイジの指示通りに、亜人と肉塊生物とスケルトンで構成された軍団が、付近を荒らしまわっている事もどうでもよかった。
――天使の軍とか言ってたかな……どうでもいいか。
どうせ悪魔と同じで、天使も下位天使しか呼び出せないのだろう。エイジにとっては同じ事だ。
やる気のなくなったエイジはだらしなく寝転び、室内にハンゾウがいても威厳を示そうとすらしなくなった。ボスの威厳を持って部下を顎で使い、軍団を作っても戦う相手がいないのだ。
「こんなの詐欺だ……」
エイジの心からの呟きであった。折角VRMMOの力がほぼそのままに異世界に転生しても、やりたい事が出来ない。別にNPCを虐殺して遊びたいなどということはない。
飽くなき高みへの挑戦と言えば聞こえはいいが、実際の所は頑張れば程良く勝てる遊びがしたいのだ。決して『チートで俺最強』がやりたかった訳ではない。
出来る事は部下を使って、『強敵がいない』というその事実が確かなのかを、世界を回らせて調べることくらいであった。例外があってくれなくては困る。
「エイジ様、御食事の用意が出来ました」
じゃがバター、じゃがいもとバターで作るだけ……。じゃがいもの様な物とバターの様な物を使って作らせた。
エイジは食事など作った事が無い。作りたいとも思わなかった。それにこの身体は不思議と腹が減らない。
しかし、恋しいのだ。元いた現実が恋しい。遊び甲斐のある世界の数々が恋しい。
エイジはあっつあつのジャガイモを口に運ぶも、大した熱さも感じない。空腹感がないため食べてもそれほどおいしくない。
寝ながらのエイジは、皿を軽く投げる。壁にぶつかった皿が割れる。軽く投げたのだが皿の破片の一部は壁にめり込んでしまった。
「エイジ様! 何かお気に召しませんでしたか!」
慌てるハンゾウもどうでもいい。
「ない……」
つまらない。遊べない。何もない。
そんなエイジの不満を一言で表している。
全く理解ができない。何故こんな世界に来なければならなかったのか。
ギルドランクを保つのも、個人戦順位を保つのも、下から這い上がってくる者がいるから必死になれたのだ。
上には上がいたから毎日寝る時間を削ってまでゲームに入り浸ったのだ。
絶対強者として君臨してもつまらない。
――帰りたい
――これなら現実で他ゲーに移る方が楽しかったなぁ
――あの新作やりたかったなぁ
そんな事を今更ながら考える。
そんな不機嫌な様子に、真っ青になったハンゾウの顔色に気付くと、エイジは自分の正面に座らせた。恐れながら対面に座すハンゾウに、エイジが声をかける。
「デモンズエッジでの戦いの日々、お前は覚えてる?」
二人はそのまま長い間話し込んだ。ゆっくりと日が沈んで、夜が更けても会話は止まらない。
話によっては笑ったり、悔しさを滲ませたりするエイジのコロコロ変わる表情にハンゾウも嬉しくなり話が弾む。
エイジはハンゾウの理想以上の主人であった。自分との闘いの日々を、こんなに嬉しそうに話す主人に、ハンゾウは心の底で泣いて喜んだ。