7.案の定、貴族に目を付けられる ~政治とか解らん!なるようになれ!~
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丸眼鏡を押し上げ、整えられた髪型を弄る。そして、油や香水の混じった整髪料で、またきちんと直す。皺の刻まれた表情は硬く、これから先の事へと思いを馳せる。
馬車にいる壮年の男。貴族、シャンクヤード伯爵、つまり私だ。
エイジ・アシトロブ親衛子爵が、なぜこのようなガリュアス国の混乱を招く悪事を思いたったのか、私には到底理解できない。
しかし、理解できたとしても許せはしない。エイジ子爵がモルダン公爵に幽閉されていた事を考えると、何かマインドコントロールをされていてもおかしくない。限定的な状況での脅迫的な観念の刷り込みは、拷問などでも効果を発揮する。
本当に王都の守備の効率化を図ろうとしていたとも考えられる。エイジ子爵はさぞ効率的な騎士育成技術を持っているのであろう。それから考えれば、自分が全ての騎士に育成を施し王都の守備に就かせる方が、各貴族の騎士団を回って説得するよりも早いのかもしれない。彼には彼なりの考えがあるのであろう。
しかし、自治団体を騎士へとするのは無茶だ。各貴族が黙っているはずがない。
付近のあらゆる雑事に精通した自治団体に騎士の教育をした方が早いと思ったのかもしれない。
だが、それが貴族の反感を生むと、理解できない知能でもないであろう。そのくらいは解るはずだ。
もしかしたら、何か野心を持っての行動かもしれない。モルダン公爵でなくとも、誰かに吹き込まれたのかもしれない。
それはともかく、彼の行動は止めねばならない。
今現在も、モルダン公爵を失った貴族派は息を潜めている。マクセル様配下のレイナルト侯爵領とは睨み合いが続いている。
その上、王党派までこのままでは分裂しかねない。内乱で国内を乱す訳にはいかない。
各自治団体の代表者たちを集めた会合に、私と懇意にしている者がいたため、まだ他の貴族には知られていないであろう。
エイジ子爵はたった二カ月と少しばかり前に、王都に来たばかりだ。モルダン公爵の地で拘束されていたという話しだから、誰も彼にこの貴族社会での生き方を教えてはいないのかもしれない。
親衛子爵になるまでにしたって、誰か接近するとしても、利用目的がある者ばかりであろう。
私はこの状況に危機感を感じているのだ。何も策を巡らせずにエイジ子爵が暴走することを。そして、各貴族たちと王都内での争いとならないかを。
それを私のような国家を支えんとする者が説得するのは、当たり前のように感じた。
そこで私は、息のかかった自治団体の代表者を仲介して、エイジ子爵に接触をすることにしたのだ。
どんな思いを持っているにせよ、私の様に事前に策略を知っている者がいた場合、実行に躊躇するはずだ。
難点はエイジ子爵がただガリュアスを崩壊させる事を目的としていた場合であるが、そんな退廃的な思想の者が企むとすれば、送り込んだ近衛騎士にアシュロフ王を暗殺させるなどのもっと簡単な方法がある。まず、この線はないであろう。
私は、エイジ子爵の才能を賛美している。競技会で見た騎士たちの能力の高さは、ただの貴族には出来ないことだ。
その才能ある少年を、その才能を育て国家に役立てるために、私のような年長者が苦心するのは当然の事だ。
◆
「まさか、あっちから来てくれるとはなぁ」
エイジは屋敷を散歩しながらハンゾウに話す。
「面倒になったら精神支配してもいい?」
「それはエイジ様がお決めになる事です」
館の中は、誰にも気づかれることなく、ゴーレム像が守護している。
毎日何回と像を掃除する給仕の者たちも気づかない。
この国の高位の魔法使いでさえ気づくことなど到底出来ないであろう。
ありえない脅威、複数の高レベルゴーレムが守る館へと、一匹の鼠が迷いこもうとしている。
そして、その館の主人は、どうか面倒事になりませんようにと願っている。
エイジとしては折角の玩具の国を手放さなければならない事と、遊びの舞台を整え終わる前に終了してしまうかもしれないもどかしさだけである。
だが、ガリュアス国を滅ぼしてしまえば事後処理に追われる。他国からの警戒などがあれば、エイジの行動範囲は狭まることとなる。
それだけは嫌であった。今のある程度ランダムに遊びの舞台が出来るのを壊したくはなかった。
少しでも魔法で切り抜ける機会を減らして、遊びの楽しさを保つ事がエイジの目的である。
「競技会での反応が薄かったからって無理しすぎたかな」
独り言のように呟くと自室へと入る。後に続いてハンゾウが入る。
どちらにせよ、貴族として、貴族ごっことしてやれるだけの事はしなければならない。
エイジの好奇心が満たされる遊戯の会場を揃えるために、彼は全力で貴族を演じる事を決意している。




