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4.魔に魅入られた騎士団

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「こんなもんかぁ」


 黒髪が動きに合わせて揺れる。貴族の少年は馬鹿にしたような表情で続ける。

「王都の目利きのプロが血眼になって四人がやっと。そうは思わないか?」


 キュレネーの他に三人。魔瘴石を用いた魔具を調達してきた者の数だ。


「お前たちは良い情報網を持っているようだ。契約を結びたいのだが、何か意見はある?」

 貴族の少年は楽しそうだ。


 キュレネーは見た目は情けないが、心根は我が道を行く無頼漢のつもりだ。父親の後を継げと押し付けられては何も持たずに出奔した。王都で世間を知る上で揉まれ、かなり大人しくなっているが、その目利きと商売強さで生きてきた自信は根強く、彼の精神を強く支えている。


「酷い言い方ですね。始めから課題を正確に伝えていればもっとたくさん集まったと思いますが?」

 キュレネーはきつく言ったつもりだが、少年は尚も楽しそうだ。


「それでは意味が無い。物の価値が解らない者に子細伝えるつもりはない」


 それに、と少年は人差し指を立てた。

「伝手を持たない者が、課題を済ませた伝手のある者を襲いやすくなるだろう?」


 キュレネーは複雑な気分になる。

 王都へと、先生に打ってもらった魔剣を担いで入る時、キュレネーは複数の暴漢に襲われそうになった。乗り合い馬車から下りたところをつけられていたのだろう。


――間一髪の所で少年に仕える亜人の騎士に助けてもらわなければ、今頃ここにいるのは私ではないだろう。


 確かに始めから課題の内容を伝えてしまうと、魔具の調達が出来ない者が、鍛冶師の町で支度が出来た者に襲いかかってきたかもしれない。キュレネーの場合は家族にまで危険が及ぶ可能性があった。


「何だ、つまらない顔をして、今更怯える事もないだろう。助かったのだ。私が始めから助ける手筈だったのだ。それに、特に王都に残った者が怪しい動きをしないか、全員に見張りをつけていたのだよ。他の者は残念ながら答えには程遠いようだ。今まで待ったが、君たちだけが合格者だ」

「エイジ様はお優しいですからね」


 貴族の少年の名前をそこで初めて知った。


「わざわざ助けたのだ。お前たちから悪い返事がなければよいが……」


 キュレネーたち目利き人から異論がないと見るとエイジは嬉しそうに笑った。

「そうか、契約をするのだ。まずは私の自己紹介をしておこう。私はエイジ・アストロブ、父はイヴァル・アストロブ子爵だ。」


 エイジはくいっと顎を引き、一礼しておどけてみせる。

「知っての通り、僕はまだ貴族ではない。ただの貴族階級出身者だ。王家の近衛兵を輩出する親衛子爵の地位は世襲制ではないのでね」


――貴族の遺児ではあるが、領土も役職も継いだ訳ではないから貴族ではないということか。


「よって、アシュロフ王に認められるべく騎士団を作りたい。君たちが頑張ってくれたお陰で、これからも頑張ってくれることが前提だが、僕の騎士団が装備に優れる事は証明されるだろう」


「今から騎士を募るのですか?」

 キュレネーの隣の魔鎧を用意してきたこぶとりな男が、慌てる。

「競技会はいつですか?」


「お前たちが慌てることはないだろう?」

 エイジは当たり前だとでも言いたいように続ける。

「お前たちが遅れたから三日後だ。それに騎士はアストロブ家の名前の下に、王都から精強な者たちが集まっている」


 集まっていても団体戦では連携もとれないだろうとキュレネーは思う。

 装備も魔剣が二本に魔鎧、魔槍が一つずつである。個人戦であればまだよいが団体戦であればどう転ぶか。と考えるまでもなく勝ち目はないだろう。


 相手はおそらく現役の近衛騎士たちだ。あちらに魔法の武具などを使用されては勝ち目はない。魔具を使われなくても勝ち目は薄いだろう。


「チャンスは何回もありませんよ!中途半端な者たちにやらせたなどと王に知れればエイジ子爵だけでなく私たちにも懲罰があるかもしれません!」


 キュレネーは叫んだ。王の近衛兵として推挙された者たちが、今さっき集めた輩であるなどと知られれば、王への不忠と思われても仕方がないであろう。


 勝てばまだ良いが負ければ、それは王への反逆に近い。王の近衛に低俗な卑しい者を推すなどとは普通の者は考えられない。


 まずは騎士に相応しい者たちを集めることから始めるべきだ。最低でも準貴族の騎士爵が親である者を。それに訓練を施したとしても騎士に相応しい実力を兼ね備えるかは怪しい。

 そう諭すキュレネーを、鬱陶しそうに眺めるエイジ。


「うるさいなぁ。僕の騎士団を見る前に文句は早すぎるよ。それにまだ僕は子爵じゃない」


 キュレネーが熱弁するのを適当に相槌を打って流すと、エイジは他の者たちに後ろを着いてくるようにと促し、館の裏の方へと進んでいく。

 その後を付き従うような亜人の騎士が一言、キュレネーたちに向けた助言をした。


「エイジ様の騎士団はこの国最強になる。見れば分かりますよ。あと……、次にエイジ様に物申す時は、まずはエイジ様の言葉を最後まで聞くように。無礼です」

 その言葉尻には、何か強い憤慨のようなものがあった。


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 言葉がでなかった。アストロブ邸の裏には小さな訓練場のような建物があった。前に来た時にはなかった。


 その中には言葉通りの精強な男たちがいた。中には他の貴族の騎士団にいたちょっとした有名人まで混ざっている。


「どうやってこんな者たちを……」


「アストロブ家の栄光と僕の人徳のなせるものだね」

 さらっと言うがそんな物で貴族の下を去れる訳がない。どんな手品をつかったのか。


 大貴族の配下の騎士まで数人いたのは予想を遥かに超えている。想像できるはずがない。


――本当に何をしたのだろうか。


 キュレネーの内心は凍えたように冷たくなっていく。

何かとんでもない事に巻き込まれてしまったような……。とてつもない不安を感じながら思う。


 こんな者と契約を結んだ事は間違いだ。こんな馬鹿な事があっていい筈がない。何か騙されているのだ。


 私たちはこの少年のふざけた遊戯に付き合わされている被害者なのだ、とキュレネーの中の敏感な嗅覚が告げている。


 訓練をする騎士たちは一糸乱れぬ動きで剣の素振りをしている。

 その様子を見てキュレネーの中で不安がよぎった。


「競技会は騎馬ではないのですか?」

「馬上槍の模擬戦だけでは近衛兵としては不十分だろう?」


 キュレネーの問いにエイジがきっぱりと答える。

「近衛兵が宮殿内で最も多く持ち歩くのは剣だ。だから競技の追加を提言した」


 連携の未熟な部隊での連続の集団模擬戦。そんな自分の首を絞める行為に、キュレネーは驚くを通り越して呆れた。呆れかえった。


――この少年はかなりの大物なのかもしれない。


 エイジが貴族となる前の、親衛子爵として王国中に名を轟かす前の姿。


 キュレネーはその少年が気に入った。歴戦の騎士たちが剣を振るう姿を笑顔で見つめるその姿に、なにやら人ならざる者の片鱗を見たのだ。


 それから三日後、エイジ・アストロブ率いる新生アストロブ騎士団の名は王都内を駆け巡ることとなる。

 現役の近衛騎士団は無残に敗れ、時代の寵児の前に跪くこととなり、アストロブ親衛子爵は親子二代に渡る名貴族として、ガリュアス王国の歴史に残るであろう。


 その後の新生アストロブ騎士団は、ガリュアス王国最高の騎士団、ガリュアス聖騎士団として後世に名を残すこととなるのだ。


 エルフ貴族レイナルト侯領に召喚された天使軍の一団を、その血肉をもって征伐した騎士団は王国の栄光となるはずである。


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