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3.魔瘴石

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「貧相な考え方だ……」


 館の主人は私、キュレネーのことを覚えていなかった。まあ一度馬車で偶然一緒になっただけなのだ。それにその時、少年はほとんど外を眺めていた。


「お前たちが何を考えてここまで来たのかは知らないが、僕からの要求は一つだ」


 足元に置かれた袋の中、石が詰まっている。その石ころの山から一つを手に取る。見た事が無い鉱石であった。

「これを最も価値ある物に変えた者を、我が館に招き入れたい」


 主人の隣で騎士が笑みを浮かべる。


 それから来た者全員に、怪しげな鉱石の詰まった袋を渡した。

「それでは御帰りを……。必要な方は支度金を、そこの執事がご用意致しております」


 呆気にとられる私たちに亜人の騎士が促した。

 私は言われるがままに、支度金を受け取り館から退散するしかなった。


――最も価値のある物……


 意味はなんとなく分かった。相応しい金額で売ってこいということか。

 しかし、支度金を渡す所からそうとも限らない。支度金が端金な程の値打ち物だから売ってこないと用意できない金額なのか? 違うだろう。金を用意するのが課題ではないはずだ。相応しい金額を用意するだけなら、大商人などに圧倒的に有利だ。


――始めから裕福な者しかスタートラインに立てないのか?

 その可能性もある。

 王都で裕福であるということは成功した商人であるということだ。その中から(ふるい)にかけ、実力のある者を雇う。


 もし、この鉱石が値打ち物だとしよう。相応しい金額で捌くことなど私に出来るだろうか? いや他の者にも出来るのか?

 難しいだろう。石の価値が分かっているそぶりをする者は見当たらなかった。そんな珍しい物を売るには、同じく価値を理解した者を探さねばならない。一見ただの石ころ。大抵の者には同じように見えるだろう。

始めから価値に相応しい金額を用意するのが課題であったのかもしれない。


 私は故郷へ向かう乗り合い馬車に乗った。金銭を稼ぐ手間が省けたのだ。三か月ぶりの帰郷だ。連絡も取れなかったので、久しぶりに顔を見せたかった。


 私は貴族と関係を持つことを諦めたわけではない。諦めたわけではないが、難しいだろう。

 しかし、この鉱石が何なのか知りたくなった。好奇心だ。


 それに私には伝手あった。この鉱石の価値を知っているかもしれない人物に心当りがあったのだ。


 私は馬車に揺られながら、抱える袋の中の石を見つめる。


――不思議な石だ。これを受け取ってから不安でどうしようもない。


 私が確信した事だ。この石はただの鉱物ではない。この肌に突き刺さるような不安は、私の心の葛藤から来る物ではないと確信している。被害妄想ではない。これは悪い物だ。


 私は明らかに人より優れた観賞眼を持っている。真贋を見極める感覚を持っている。

 これは傲慢ではないと思う。

 洞察に優れた私に見抜けない物はない。そのはずだ。


 そんな私の本能が言っている。これに近づくなと。


1/


 故郷は相変わらず古臭い寂れた町であった。その町中に響くのは金属同士を叩き合わせる音。充満するのは熱気と鉄の焼けたにおい。


 私はまず工房に顔を出す。そこには親父の姿があった。炉の火により焼けた禿げ頭は浅黒く(すす)にまみれている。

 私は家業を継ぎたくない一心で逃げだしたのだ。拳骨一発でもあるものと思っていた。


「キュレネー、邪魔だ。家に行ってろ」


 再開は呆気なかった。それに私を坊やと呼ばない。

「ああ」


 肩透かしをくらった私は、工房を後にして実家に入った。

「キュレネー! よく生きてたね!」


 私の母だ。私も定期的に手紙などは出していたが、公爵領から出られなかった間は音信不通であった。


 母は私を抱きしめるとこれまで会いに来なかった分の話という話を聞かされた。


 親父が帰ってくる頃には夕刻を過ぎていた。

「おう、まだいたのか」

ぶっきらぼうに放つ。


「親父にこれ見せたくてよ。何だか分かるか?」


 私は袋から一つの石ころを出す。拳ぐらいの大きさである。


 親父は私から石ころを引っ手繰ると、目を丸くしたり細めたりして石を眺める。

「こりゃ瘴石だな。どこで拾ってきた」


 私が袋からその瘴石を広げると、驚いていた。

「こんなにか!」


 親父は一つ一つ丁寧に石を手にとっては眺め、職人にしか分からぬ事で感動していた。


「こんなの持っててお前、気付かなかったのか?」

「魔石やらは見た事あるけど、こんなの王都じゃ見かけないね」


「じゃなくてよ。こりゃ魔瘴石だ。持ってるだけで分かるだろ」


 確かに嫌な不安を感じたが、それぐらいである。


「お前だって俺の息子だ。些細でも瘴気を感じられるぐらい当然だ」


「瘴気は石になんか宿るのかい?」

「違う!瘴石があるから瘴気が漂うんだ!全く何も知らねえのか!」


 親父は怒りにより額に皺が四、五本寄ったが直ぐに冷静になった。

「まあ、お前は教える前に家から出てったからな」


 親父に事のいきさつを語る。親父は俺を哀れむでもあざ笑うでもなく、最後まで話を聞いてくれた。


「じゃあこの魔瘴石をうっぱらえばいいのか?」

「いくらで売れるの?」


「買いとれねえな」

「適正価格はいくらぐらい――」

「そもそも瘴気の漂う所は、神域や聖域として誰も近寄らん。そんな所の鉱石だ。価値を知ってても誰が買うかよ。罰当たりが」


「そっか」

 ではやはり何かに変えてこいというのは金ではないか。

「親父、これで何か作れるか?」


「そりゃあ、何だって作れるさ。魔法剣だってなんだってな」


 魔法剣というと、市場に辛うじて出回るのは魔石をはめ込んだ物。または魔法の処理をした物か。魔法には疎いので細かい事は知らない。


「この瘴石は見たところ魔石でもある鉄塊だ。珍しいぞ。これで鉄剣でも作って、魔法で処理すれば、紛れもない立派な魔剣よ。そこらの魔法剣が鉄屑になる程のな」

 親父の説明では何処がどう凄いのかまでは要領を得なかった。


「俺じゃ手に負えねえな。先生の所に行って来い。いやこっちに呼ぶか。先生も久しぶりに何か打ちたくなるかもしれんしな」


 親父はそういって家から飛び出すと、町の奥の山に向けて走り出した。四十を越えて元気なものだ。私が見送ると元気に手まで振ってくる。


 それから次の日の早朝、朝日を背負うように山から下りてくる先生と親父の姿を見て、眩む目を擦った。私が家を飛び出す頃と変わりない姿。幼き頃から賢人だとは言い聞かされてきたが、ここまでとは思いもしなかった。


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