表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/29

1.転生

0/

 包まれる炎の中で肉が溶け、骨が灰になる。そんな光景を最後に、私の意識は静寂に包まれ、遠くへと運ばれていく。


 気が付けば、天空に浮かぶ石畳の足場の上に立っていた。見下ろした下界には一面に雲がかかり、その先にはきらめく太陽が見える。


――ああ、ここは天国か。


 そんなことを考えながら一歩足を踏み出す。不思議な事に恐怖はない。その足は重力に縛られることなく、何もない空中を踏みしめる。次の足を踏みしめる。そして次の足を。

 空中に固定されたような石から両の足が離れる。だが、雲の下へ落ちるなどと言う事はない。

 何かに導かれるように、私は太陽に向かい歩きはじめた。


◆◆◆


 ガリュアスの国に、『ベラシュゴーの天啓の門』という山がある。

 辺り一帯は生物の気配が無く、天まで届かんとするほどの高さだったとか。

 その昔、飢饉によりドワーフの一団が山を越えて、北のアシュルドワルドへと移住すべく向かう中、近道をするためにその死の山へと入って行った。


 山道に慣れたドワーフでさえ、そのあまりの異界然とした雰囲気に精神を砕かれた。

 苦心した末に、下山し引き返そうとすると突然天空が光った。すると輝く神の如き御仁が現れ、一同への精神浸食が収まった。


「汝ら、我が領域に踏み込むは何故か?」


「山の神よ。我らは飢饉によりガリュアスの地を離れ、アシュルドワルドへと向かわんとする者です。しかし、この山に拒まれ、その願いは叶いそうもありません。今まさに去るところであります。知らずとはいえ、神の意により生ある者はドワーフでさえ拒まれている地。足を踏み入れたこの御無礼を何とぞ御許しを」


「汝の名は?」


「ベラシュゴーと申します」


「無礼は許そう。その代わりに汝、我が願いを聞き届けよ」


「なんなりと」


「アシュルドワルドの王へと伝えよ。天が回る事を三万と数千、この山に降り立つ者あり。その者決してこのガリュアスの地より逃すでない。逃せばこの世に混沌を齎そう」


「しかと承りました」


 願いを届ける事を約束した一行を、アシュルドワルド側へと導いたという話から、ここはそう名付けられている。


◆◆◆


 ガリュアスは膨大な国土を三分する戦いの寸前にあった。ガリュアスの地は古代より多種族共生の地として栄えてきたが、それが災いを成したのだ。


 ヒューマンの現王アシュロフを擁立する王党派。

 王家の血筋を持つドワーフの大貴族、モルダン公爵の下に集まった貴族派。

 先々代の王弟マクセルはエルフの血を引く者として、エルフ貴族たちの支持を集めた。


 現在の圧倒的な国力の差を用いて、アシュルドワルドへの侵攻を画策するヒューマンのアシュロフには、ドワーフのモルダンの言う混沌を成す者への対応のための砦の建設も、エルフのマクセルの機を急く事はないという言葉も届かなかった。

 災厄を成す者が現れるなどという神話を信じ、天啓の門より現れし混沌の主などへの恐怖に震えるなど、アシュロフには馬鹿馬鹿しく思える。ドワーフであるモルダンが伝承を信じるというのは分かる。しかし、百歳にも満たない幼いエルフのマクセルが、ドワーフの神の話を信じているなどとは到底考えられない。


――あるとすればエルフ貴族か。


 ガリュアスが国として興る最初期からいたという、エルフの貴族たちの話が本当だとすれば、神話の真実の一つや二つは知っているであろう。

 しかし、もし真に神話が事実であるならば、なぜエルフはそれを公にしないのか?、

 それがキナ臭さに拍車をかける。


――どちらにせよ今は国を纏め上げる方が先決か。


「エドロイ将軍閣下」


 王の近衛兵らしき、一級品の鎧を纏った若者が私に近づいてくる。腰には魔法の剣を帯刀し、フルフェイスの兜を脇に抱えている。

 モルダン公爵の城塞都市から南に数百キロ、王都からも北に遠く離れた陣幕内では公爵領をどう攻めるかの軍議が執り行われている。

 私はその伝令の言葉に頷く事で返答し、若い近衛兵が私の下まで歩み寄る。私の両脇に列をなす軍団長や騎士団長の前を通るその若者は、あまりの緊張に顔色を悪くしていた。


「エドロイ将軍閣下。ガリュアス国王アシュロフ様より――」


 私は若者の言葉を手を上げることで遮る。若いとはいえ近衛兵を早打ちの使者として用いるのだ。それほどの急ぎであるのであろう。


「さっそくだが内容を頼む」

 私の声に若干震えるようにするが、直ぐに羊皮紙の内容に彼は目を走らせる。


「え、エルフ貴族レイナルト侯爵の領地に天より光ありて、翼の軍勢降臨せし。急ぎ王都に帰還をと!」

「将軍!モルダン公爵領の方角で異様な光景が!」


 伝令の最後の言葉に重ねるように陣幕の外から兵が叫びながら入る。外から兵たちの驚嘆の声が聞こえる。私は横に並ぶ団長たちと、共に顔を見合わせ、その言葉の意味を計りかねていた。


「ベラシュゴー山の辺りに暗雲と共に黒い柱の様な物が! 将軍、その目でお確かめに!」


 私は周りの軍団長たちが視線を交わし困惑する中、その兵の後に続き、外の様子を窺い見た。


「おおっ!これは!」


 悪夢の様であった。天は漆黒を映した鏡面のように暗く、それでいて鋭く輝き、天の鏡から地へと垂れる闇の滴が止めどなく降り注いでいた。そして、その滴の柱と呼ぶべき物の周りには何やら飛び交う物体が……。


 私はそれから数日後にこの意味を知ることとなった。


1/

 全ては一瞬で決まった。その瞬間に敗北を悟った。

 剣での切り返し、攻撃モーション発動の時間のタイミングを見計らってのディレイの消化。

 エイジは完璧であった。次の瞬間には相手に(トド)めを刺し、その大会優勝者に与えられるであろう膨大な課金アイテムを入手する。


 完璧であったのだ。そう、相手があるアイテムを使ってくる事以外を考えれば。


「アイテム! チャージポーション!」

 新たに追加された課金アイテム、本来であればハズレであるが、その効果はタイマンでの刺し合いには十分すぎるほどチートである。チャージタイム、クールタイム、モーション等を一時的にキャンセルする。


「パーフェクトパリイ!」

 本来であれば、チャージタイム3秒にクールタイム50秒と膨大なMPを引き換えに、完全受け流しプラス相手の隙を生む技。エイジの切っ先は馬鹿げた事に相手の鎧から横に滑るように移動し、地面に虚しく突き刺さる。


 これはゲームであるのだ。盾でも剣でもなく鎧であろうが何であろうが、避けられる様に出来ている技なのだ。何も装備していなくてもスキル効果で受け流される。それがゲームでの現実。


 次の出来ごとは思い出したくもない。相手の勝ち誇ったような顔。その目付きは、己が驚愕の表情で固まっているのを馬鹿にしているようであった。


 エイジは自分がキルされた事への屈辱よりも、相手のアイテムの使用を前提に入れての戦略を、頭から排除していたことが頭にくる。


――勝つためなら何でもするのが当たり前。そりゃそうだ。


 『デモンズエッジ』。VRMMOの中でもそのグラフィックへの挑戦は凄まじく、特にゲーム名にもあるような悪魔のグラフィックへの拘りが良い意味でも悪い意味でも凄い。対象年齢18歳以上の問題作である。

その特徴としての切断面などのグロ表現の完成度が更新を重ねるごとに高くなり、一時期は日本のみ新バージョン更新停止に追い込まれるほどであった。


 そのあまりの凄惨さのリアル加減に対して、一部のスキルの効果やアイテム効果などがゲーム的でヴィジュアル面でのリアルさとの落差がある事を毛嫌いするプレイヤーたちにより、スキルやアイテムを一部制限したローカルルールでの決闘などが一部の間で流行っている。


 そんなローカルルールでの趣味の闘技場で良く見かける顔であったから、相手も無粋なマネはしないだろうという驕りが自分にはあったのだ。

 それに相手にスキル・アイテム制限があれば絶対に負けないであろうという計算高さ、つまり相手に漬け込んだ卑怯さ。


 相手の立場に立ってみれば負けるかもしれない、その可能性が高い相手に対して、わざわざ共通のローカルルールで相手をする必要はない。公式の大会なのであるから、公式で有りなら有りなのだ。それに商品のアイテムの山もある。


 そんな事を考えながら横たわる己の視線に炎が映る。

 死亡エフェクトだ。

 悪魔との戦いの為に地獄から蘇った戦士は、死と共にその身を炎で包まれながら地獄に帰る。設定上だけでなくゲーム内での演出としてもある。そんな炎が敗者であるエイジの身体を温かく包み込んだ。


2/

 目が覚めた。そこは見覚えのある地。エイジのベースキャンプである『剣神コンノカミの社』である。


 自分は己の未熟さへのあまりのショックで大会の開催地であるアークレギオン第1闘技場にリスポーンする機会を逃して、強制的にベースキャンプに飛ばされてしまったようだ。

 初めはそう思った。


 先程の戦いの顛末を思い出す。相手も初めはスキル、アイテムを制限して戦っていたように見える。いや、あれも戦術か。絶好の機会でエイジを打ち負かすための。

 

「ログアウト……するか……」


 誰にも聞こえるはずの無い独り言を呟く。完全に萎えてしまった。相手にではなく自分に。


 エイジにだってスキルやアイテムを使えば勝機はあった。しかし、五分も勝算はなかったであろう。だから相手もローカルルールで戦ってくれる事を、自分のエゴで決めつけて押し付けていたのだ。


「ウィンドウが……」

出ない。それだけではない。現在地のマップ表示もなかった。


 一寸遅れて困惑がエイジを襲う。

 GMへのメッセージも届かない。というかメッセージウィンドウ自体がない。

 ステータスを確認しようとする。


――ゲームのサーバーか何かがエラーでも吐いたのか?

――いやステータスバーもない……のか……


 当然の様に、インしているはずの日本サーバーを示す表示もなかった。

 エイジはウィンドウがなくても出来る事を確認することにした。


 エイジのアバター『細身のヒューマン剣士』の腰に付けられている袋に手を突っ込む。

 中ではガチャガチャと音と共に多種多様なアイテムの手触りが伝わってくる。

 エイジは詠唱でのアイテム使用を禁止するローカルルールでの決闘用に袋内のアイテムの手触りを全てとは言えないがほぼ記憶している。


 最低限の決闘で必要なアイテム。その中の一つであり、エイジにとって決闘で最も重要な武器のひとつ『バリアント・ダイバーシティ・サムライソード』、日本語版では『変幻自在刀』を取りだす。


 その形状は両刃の大剣の柄がとても長くなっている。まるで大剣を穂先とする槍のようであった。今は、である。

 前に用いた時の形状をそのまま記憶させているのだ。


「アイテムは取り出せる……のか……」


 エイジはジョブの関係で、特殊な仕様と面倒な扱いづらさのある物を除いて長物を装備する事が出来ないが、これだけは例外だ。

 性能はイマイチだが、リーチの短さを補ったり、単純な質量武器として巨大化させてザコの掃討などで使える。しかも基本武器カテゴリはエイジの上級ジョブ『ニンジャブショー』にあった刀剣カテゴリである。


 次はスキルだ。

 発声による詠唱は、やはりウィンドウが表示されないので、スキル発動は出来ないようだ。


――ならば。


 エイジは帯刀していた刀を抜き、振るう。


 しかし、というかやはりスキルの発動はない。武器によるスキルは振るうと同時に詠唱する必要がある。それに合わせて、ゲーム上で補正された動きが発生するのだ。

 だからローカルルールでの決闘ではスキル性能ではなくプレイヤーの戦闘センスが問われるのであった。


 声に出して再度刀を振るう。やはりスキルは発動しない。スキルウィンドウが一瞬でも表示される物は発動しないようだ。


 エイジは腰の袋から、おもむろに紙と筆を取りだす。そして筆で紙に何やら見えない字を書きだす。

 そして、それを空に向けて投げる。召喚スキルだ。

 これは詠唱なしで召喚獣を時間差で出すことで、相手に次の手を読まれづらいというやり方だ。


 中空の一角に次元の割れ目が現れる。そこから大きな目が此方を覗き込むようにしている。

 大抵はこの召喚エフェクトで、やっと何が召喚されるか判明する。相手は戦闘中にこの召喚エフェクトも確認しながら、次の相手の動きを読まなければならない。


 この場合はアイボールボーイ系、その種の中でエイジの召喚できる上位種の一つアイボールメンである。

 所謂『一つ目小僧』なのだが、デモンズエッジ開発の魔改造を受けて『エビルアイニンジャ』などと悪魔の目を持つ忍者などと特徴付けられたモンスターだ。


 エイジのそれの能力のユニークステータスは、スキル以外の武器系統の強化のみ、ローカルルールの戦闘でのエイジのサポート用に調整した相棒――愛称『魔眼のハンゾウ』――である。


 次元の割れ目が塞がる寸前。大地にアイボールメンのハンゾウが降り立った。


「エイジ様。御機嫌麗しゅうございます」


 耳を疑った。目を疑うような光景でもあった。


 エイジの前でゲーム内のNPCにあるまじき自然な挙動(そして存在しない動き)で纏った服を正すハンゾウの姿がそこにはあった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ