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《連載》京乃華  作者: 明久
1/5

松茸勘弁

挿絵(By みてみん)


                        松茸勘弁


 時は動乱薩長なんだと揺れ動く幕末で、侍は己の覇権をかけて商人も商売の覇権をかけてあくせく奮闘している中で、女子の声色が響き渡る歌舞伎小屋。

 そこに男の娘のお蝶と母のお絹が、ご機嫌なご様子で歌舞伎を見に来ていた。この親子一番前の席で大層満足な表情を浮かべ乍らキャーキャーと声色を上げている。

 それもそのはず、この一座の歌舞伎は京都でも名の知れた歌舞伎一座の弁天歌舞伎一座。その一番前の席というのは安くても3両は下らないと言う大層な代物。その席を無料で招待されているとなると浮かれていても仕様がない。

 勿論何もなしに無料と言う訳ではなく何やら相談事を聞いて欲しいとの事である。

 そんな事で歌舞伎が終わるとこの親子は三下に案内されるがまま奥の小屋に案内された。

「弁丸はん。久しぶりどすな。」

 座長の弁丸にぺこりと会釈をするとお絹はペチリとお蝶の頭を叩き、あんたも挨拶しなはれと言う。お蝶は初めて入る歌舞伎小屋の楽屋に興味津々でそれ所ではない。行き交う若者、若者、皆美形である。鼻の下がビヨーンと伸びてうつつを抜かしても仕様がない。

「弁丸はん今日こんにちは。今日は呼んでもろておおきに。」

「いやいや、そう気を使わんと。お呼びしたのはこっちやさかい。それより腰を下ろして下さい。」

「へえ、おおきに。」

 と、お絹とお蝶が腰を下ろすとスッとお茶が出てきた。お蝶は早速お茶をずずッとひと啜り。

「これ、お蝶。はしたない。」

 と、お絹が咎めているところに弁丸がさっそく本題に入る。

 で、お絹とお蝶が耳を傾けると、京都で貸衣装屋で莫大な財を築いている商才をお借りしたいとの事。

 然れど、その商才はお絹の夫である煎餅の商才。お絹やお蝶ではない。

 然し、当の煎餅に頼むには莫大な金がかかる。

 そんな金等有る筈も無く。聞く所によると台所事情は火の車。新しい舞台装置に新人の発掘とお金は湯水の如く消えていくのだとか。

 このままでは家族同然のように暮らしていた一座と離れ離れになってしまう。弁丸としてはそれはどうしても避けたい。ならば、舞台装置や新人発掘に使う経費を抑えればとも思うがそれでは強豪の歌舞伎一座に先を越されてしまう。

 そこで、弁丸の相談とは手っ取り早く金を儲ける方法である。

「せやけど、弁丸はん。手取り早うて…。」

「わて、知ってるで。」

 と、お絹が困惑する中でお蝶がサラリ。

「お蝶はんほんまでっか ?」

「お蝶…。適当な事言うたらあきまへんよ。」

「適当ちゃうがな。わてええもん持ってんねん。」

 と懐から出したのは一個の懐中時計。

「あんた何やのんそれ。時計やないの。真逆、それ売る言うんやないどすやろな。」

「ちゃうちゃう。これで早食いするねん。」

「早食いでっか…。」

 と、弁丸が目を丸く見開きジロリと時計を見やる。

「せや、これでな。松茸の早食いするねん。」

「松茸でっか ? まぁ、季節的にはちょうど宜しおすけど。まったけは高うおますさかいにな。元取れまんのか ?」

「そこやがな。」

 と、お蝶。ニタリと笑みを浮かべて小声でボソボソ。

「そ、それは、あきまへん !」

 それを聞いた弁丸が大声を上げる。

「しーしー。そんなん。誰も分からしまへん。それに時間言うても分かる人も少のうおます。」

「せやかて、お蝶…。それ詐欺言うのんと違いますのんか。」

「もぅ、お母はん。詐欺ちゃうよって。時間はちゃぁんと紙に書いて貼るんやさかい門題あらしまへん。」

 と、17才のお蝶はもう一度ニタリ。

 そう言う事で結局弁丸は、公演後に小屋を少し弄って松茸の早食いを始める事になった。

 朝早くに起きて三下が山に入り松茸を盗みにいく事から始まり、日が暮れると舞台の前にちゃぶ台と椅子を置く。ちゃぶ台の上に七輪を置き炭を入れて準備は整う。

「はぁ、せやけどお蝶はんドキドキしよりましたで。」

 傘の開ききった松茸をボソリト机に置き三下が言った。

「何言うてんのん。こんな傘の開ききった松茸取ったかて誰も文句言わへんがな。」

 と、お蝶は揚揚と紙を小屋の入り口に貼りに行く。

 紙の内容はこうだ。


 松茸三十分間食べ放題一園。

 飲み放題付き一園五銭。

 ただし、松茸はお一人様一本。お酒はお一人様1合徳利一本。その後は無くなり次第提供致します。


 これを揚揚と貼るお蝶を見やり、何だ、何だと人が群がってくる。が、さて、これを見た町人連中には此れが高いのか安いのかが分からない。其れで、張り紙を貼るお蝶に聞いてくる。すると待ってましたとばかりにお蝶が懐中時計を懐から取り出すと、パカリと蓋を開けて中の盤を見せて説明を始めた。

 然れど、時計という概念がまだまだ行き渡っていない町人達には三十分の長さが分からない。然れどヨッチらオッチラと動く長針と短針を見ていると何故だか得した気分になってくる。

「ほなあれか、この長い針がこうズズイ〜ト下まで来たら終わり言う事かいな。」

「へえ、そういう事どす。」

「ほう、せやけどこんなゆっくりやったら一杯食べてまうがな。」

「へえ、一杯食べておくれやす。」

 と、してやったりである。

 お蝶は万遍の笑みでニコリ。

 町人達はバカな事をするもんやとニタリ。

 そして、お蝶の説明を聞いた早食い、大食い自慢の豪傑がニタリ顏で歌舞伎小屋にワサワサと入っていく。

 そんなこんなで店はアッと言う間に満員御礼。そして、ここでもう一捻り。店に入りきらない客を別室で待たせ中の様子を見せないようにする。

 そして此れが一番大切な所で、入り口と出口を別々に分けている。入り口は正面から出口は裏から出て行かす。これで中の様子がどう言った物かを知られずに済む。

 何ともはや、陳腐なイタズラである。何せ此れが通用するのは初日だけ。後は噂が広まり陳腐な考えは通用しない。

 然れど、

 そんなに深く考えていないお蝶にとっては此れで良いのである。

 そして物珍しさで来店してきた豪傑連中はジッと七輪を見やっている。

 松茸食べ放題。

 さあ、食うぞ。

 と、箸を構えて炭がおこるのを待っている。

 目の前には一合徳利と傘の開いた松茸が一本。傘が開いていようがいまいが食べ放題なのだからと文句も言わない。松茸を焼き乍らグイッと飲みたい熱燗を前に炭がおこるのを今か今かと待ち構えている。

 然れど火は中々おこらない。

 時折フーフーと炭を吹いてみるがそんな物は屁のツッパリである。

「まだかいな。儂腹減って死にそうや。」

「阿保。ここまで我慢したんやもう少しの辛抱やがな。」

 と、せっかくの熱燗が冷めないようにとアミノ上にポンと置く。

 それでも、中々火がおこらない。其れでも三十分もあるのだからと、すきっ腹を誤魔化す様に仲間内で和気藹々。

 それでも、目前の松茸を見ればよだれがタラーと落ちてくる。

 そして三十分程の時間が経過したろうか、ようやくジンワリ、ジンワリと火がおこり始めた。

「よっしゃ、ほな食うで。」

 と松茸を摘んだ所ではい終了。

 と、割烹着を着たお蝶が皿をひょいっと持ち上げる。

「な、何しまんねん。」

「何しまんねんて。三十分経ちましたがな。」

「え、えぇぇ。三十分て未だ何にもしてへんがな。」

「した、してへんは関係おまへん。三十分経ったら終わりどす。」

「そんな殺生な。儂等未だ酒も飲んでへんがな。」

 と、言うと連れのかたわらがせめて酒だけでもと徳利を掴んで飲もうとする。それをお蝶が必死に止め乍ら、あきまへん、あきまへん。それは次のお客さんに出すんやさかい。と必死に取り返す。

 結局してやられた格好で渋々豪傑自慢はゾロゾロと店を出て行く事になる。

 そんな中で笑いが止まらないのは弁丸である。結局入店した客の中で酒を飲んだのは極僅か。松茸に至っては誰も手をつけていない。しかも1日で儲けた額は二百園を下らないのだから堪らない。

 こんなに儲かるならと弁丸は公演のお金と早食いのお金を握りしめ、一座全員とお蝶を引き連れ料亭で贅沢三昧。

 明日も二百園、明後日も二百園儲かると弁丸はウキウキである。

 そんなに上手い事いくのだろうか ? と思い乍らも花形の千十郎以下一座連中は久方ぶりの外食とあって何も言わずに付いて行く。

 料亭も、あの弁丸一座が来てくれたとあっちゃあ見窄らしい座敷には通せない。金銀キラキラな豪華な部屋に通された弁丸一座。初めは気を使っていた一座連中もパクリと食べた美味い料理に我を忘れて大はしゃぎ。刺身に天婦羅に上手い酒。お金使って気使わずと久方振りの大盤振舞い。

 そして酔いに酔った弁丸が、女中の娘をちょこんと正座させていつものアレを一つ。

 娘の着物をペラリト捲り、むっちりとした太ももをチロリと見やるとその股座に酒をトクトクと注ぎ始める。

「おぉぉ…。親父ざちょう。お得意のわかめ酒どすか。」

「もぅ、弁丸はん何しはるんどすか。」

 と、娘も手馴れたご様子で、ピタリと太ももを合わせている。

「お蝶はん。お蝶はんおおきに。これで借金も返せて家族がバラバラにならんですみます。と、言う事で。景気つけのわかめ酒頂きます。」

 と、言ってズズズズと一気に飲み干して行く。

「お蝶はん…。ほんますんません。こんな醜態晒してもうて。」

 と、ただ一人理性を保っている千十郎が言う。

「へ、へえ。わては別に構いまへんけど。其れより、弁丸はんは娘も好きなんどすな。」

「へえ。親父は男色家なんどすけど。娘も好きなんどすわ。」

「へえぇぇぇ。娘なぁ。娘なんか臭いだけどすがな。」

 と、ほろ酔いのお蝶はジロリと娘を見やり悪態を吐く。

「は、ははは。そうでんな。」

「ほんま、そんなんやったら千十郎はんがわかめ酒しはったら宜しいのに。」

「いや、儂がしたら松茸酒になりますがな。」

「ほな、わてが…。」

「いや、お蝶はんにも立派な松茸が付いとりますがな。」

 と、言った千十郎の言葉にお蝶は口を膨らます。

「せやけど、ほんまお蝶はんやったら見事な女形になれますのに。」

「ふん…。わては花魁になるのが夢や。女形にはなりまへん。」

「そうですか…。まぁ、それも宜しいな。其れより、こないにお金使こて大丈夫でっしゃろか。」

「何言うてますのや。勝負は明日からどす。」

 と、不安な胸中を曝け出す千十郎にお蝶が言った。

「明日 ?」

「へえ、手練れがぎょうさん来よりますよってにな。」

 と、お蝶が言ったように翌日豪傑自慢もあの手この手を引っさげて、昨日の一園五銭を取り戻そうとやってきた。

 ある者は団扇持参で早く炭をおこそうと必死に扇ぎ、ある者は運ばれてきた徳利をグイッと掴みゴクリゴクリと飲み始め、ある者は松茸を生のまま口に放り込む、ある者は座った途端から過剰に注文を始めた。

「へえ、へえ、注文は無くなってからどす。」

 と、そんな事なら軽くかわせるが、熱燗をグイグイと飲まれては洒落にならぬ。飲む方も松茸が食えぬならせめて酒だけでもと一気に飲み干すが、中々次の酒が出てこない。

「うおい。酒まだか !」

 と、叫んでみるが、今温めてま〜す。からやたらと時間が掛かる。やっと出てきたと思ったら今度は熱すぎて飲める所か掴めない。気性は荒い様でも上品な京都人。江戸っ子のように無理を承知で飲む様な事はしない。ふーふーと冷ましながらちょびちょびと飲む。

「よっしゃぁ。松茸食ったで。」

 そんな中で相撲取りのような三人組が大声で宣言する声が聞こえた。

「そんな阿呆な。」

 と、弁丸とお蝶がちらりと席を見やると確かに松茸がない。

「うわ、彼奴ほんまに生で食いよったで。」

 と、弁丸が感心している隙にお蝶はその三人組のところにツカツカと歩いて行くと。

「何言うてまんのや。松茸は未だ有るやおまへんか。」

 と、言い返す。

「な、何言うてまんのや。ちゃんと松茸は食べたがな。なぁ、なぁ…。儂等ちゃんと食べよりましたな。」

 と、周りの客にまで同意を求め始める。然れど、お蝶も負けてはいない。ジロリと三人を見やり。

「あんたらの股に付いとるそれは何や ! 大層立派な松茸と違いますのんか。其れとも犬も喰わんエノキどすか。」

 と、言い返す始末。

 そんなこんなで三日が過ぎようとした所でパタリと客足が止まった。

「お蝶はん…。誰も来よりまへんな。」

 がっくりと項垂れ弁丸が言った。

「へえ、そうでんな。」

 ボォっと外を見やり乍らお蝶が答える。

 まぁ、当然といえば当然の結果である。何のかんのと、悔しさにかまけて一園五銭を取り返す事よりも如何に食ってやるかと考えるよりも、行かぬが一番というのは誰にでも分かるというもの。結局その評判の悪さから本業の歌舞伎にもまったくお客が来なくなってしまった。

 儲けた金も連日連夜のドンチャン騒ぎで全部使い切ってしまったし、本業の歌舞伎にも客が来ないとなれば愈愈閉店ガラガラである。

「あ、わて、ちょっと用事がありましたんや。弁丸はんほなまた。」

 と、ばつの悪いお蝶はそそくさと家に帰っていく。

 結局松茸食べ放題の改装費に使ったお金が、借金に加算されただけと言う悲惨な結末。

「座長はん。ほんまスンマヘン。」

 そう言って花形の千十郎が一座を去り、二番手、三番手も強豪の歌舞伎座に奪われて行った。こうなって仕舞えば客を呼べる花形が誰もいない、しみったれた地方歌舞伎となんら変わらなくなってしまう。数々の栄光を築き上げてきた歌舞伎小屋を見やり、はぁ…。と、ため息をつくとトボトボと弁丸は当てもなく歩いて行った。


「あんた…。どないするん。」

 呆れた顔でお絹が言う。

「どないする言うても。」

 と、我が家で茶を啜り乍らお蝶が答える。

「せやからお母はん言うたやないの。」

「言うたて。お母はんも賛成してたやんか。」

「まぁ、しましたけどな。せやけど弁丸はん心配やわ。」

 と、他人事のように会話を交わす親子の話から三日ほどが過ぎた頃、弁丸の歌舞伎小屋が跡形もなく京都から消え去っていた。

 ふわ、弁丸はんの歌舞伎小屋なくなってるがな。と、矢張り他人事のように驚き三条の河原を歩いていると、ばったりと旅支度を整えた弁丸と遭遇した。

「あ、弁丸はん。」

「お、お蝶はん。色々世話になりましたな。」

 と、ペコリと頭を垂れる。

「へえ、わてこそ何の力にもなれまへんどした。」

「否、そんな事おまへん。欲出した儂が悪いんどす。其れに簡単に金儲けしようやなんて、都合が良過ぎたんどすわ。」

「そうどすか…。ええ案や思たんどすけどな。」

「そうどすな。まぁ、何にしても一からの再出発どすわ。今度はもっと効率のええ一座作りますよって楽しみにしてて下さい。」

「へえ、楽しみに待っとります。」

「ほな、わしはこれで…。」

「あ、せやせや。わて、弁丸はんに何もでけんかったさかい。せめて…。」

 と、哀愁漂う弁丸を引き止めるようにお蝶が言った。

「せめて ?」

「景気付けにわかめ酒でもどないどすか。わてで良かったら幾らでもさしてもらいますよって。」

 と、お蝶が笑みを浮かべて言うと、弁丸はジッとお蝶の股座またぐらを見やり…。

「お蝶はん…。もぅ、松茸は勘弁どす。」

 そう言ってニコリと笑みを浮かべた。


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