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君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
一章 舞い降りた天使は微笑まない
7/37

六幕 闇夜に舞い降りた天使は光への道標

 時間は夕方5時過ぎ。

 ランチというよりはむしろ夕飯時なのかもしれない。

 以前彰二と何度か入ったことのある、店員のおばさんが気さくで面白い小さなお店、大里食堂。

 一般の夫婦が運営してる食堂の割には大きめなお店で、食べ物もおいしく落ち着いた雰囲気のいい店だ。

 色々迷ったがあんまりダラダラ歩くのも申し訳ないと思ったので、近くにあったこの店に彼女を連れて入った。

 彼女は物凄く遠慮がちに店に入り、少し落ち着かない様子で俺と向かいの席に座る。


「あの、好きな物なんでも遠慮なしに頼んでいいから」

「あ……いえ、私はお水だけで……」

 メニューを渡すが、彼女はそう言って遠慮する。

 なんだか彼女の様子が落ち着かない。

 室内に入ったというのに白いコートを脱ぐこともしていなかった。

「もう昼飯何か食べちゃったの?」

「いえ……」

「え? 何も食べて無いの!??」

「あ……あの……」

 元々無口な子なのだろうか、なかなか会話が成立しない。

 それどころか俺と全く目を合わせようともしないで、ずっと下を向いたままだ。

 結構シャイな子なのだろうか。


 それにしても、こうして改めて彼女を見ると、本当に体の全てが芸術品のようだ。

 顔が動くたびにサラリと揺れ、艶を出して光るこんな綺麗な黒髪は今まで見たことがない。

 今俺はそんな相手と一緒に食事をしようとしているのだ。

 そう考えると少し緊張してきてしまった。

「そ、そんなに遠慮することないって。遠慮したらお礼、出来なくなっちゃうでしょ?」

「あの……お礼をするのは……私の方です……」

「え?」

「あの……これ……、本当にありがとうございました」

 そう言って彼女は俺と目を合わせることもなく、手にしている白い布を示して俺にそう言ってきた。

 なんだか遠慮深いというかなんというか、真面目すぎて少しやりにくい。

「そんなのいいんだよ。いいかい? 俺がそれを返したことを1の出来事とすると、君がしてくれたことは100でも200にでもなるのさ。だから今、俺はその差し引き99、もしくは199の分のお礼をしようと思ってる訳。まぁ、飯を奢ったくらいでその差がうまるなんて思っちゃいないけどね……はは」

「…………」

 時が止まる。

 すぐに会話が途切れてしまった。

 なんか空気が怪しい。うまい空気を作ることができない。

 俺は焦って、なんとか無理矢理言葉をしぼりだした。


「よし、じゃ、この『大里メガトンスパイク』に挑戦二人で挑戦してみるか?」

 そう言って俺はメニューの『大里メガトンスパイク』を指差した。


 大里というのはこの店の主人の苗字で、メニューの内容はこの店自慢の激辛カレーだ。

 俺は元々カレーが嫌いな珍しい人種なので挑戦したことなんかないが、彰二が挑戦していたのを見た時、彰二は汗をダラダラ流して泣きそうになりながらそのカレーをたいらげていた。

 それだけ恐怖のメニューなのだ。

 その様子はメニューの説明の欄をみただけでも分かる。

 『誰もが身をもだえさせる恐怖の激辛カレー。絶対にお勧めできません』と書いてある。

 お勧めできないと自ら書いてある辺り既にこのメニューは終わっている。

 この場を少しでも盛り上げようと、苦肉の策でそのメニューを半分笑いながら彼女に勧めてみた。


「……カレー?」

「そう、カレー。うまいぞ。食べてみるかい?」

 ジョークということが伝わるように、にししと笑いながらそう言う。

「…………これにしても……いいですか?」

「正気ですか!?」

 今の俺の提案がジョークなら、まるでそれをジョークで返されたような彼女の言葉だった。

 でも、彼女の表情からジョークと読み取ることはできない。無表情だし。

「あ……やっぱりお水だけで……」

「ちょ、ちょっと待った! いいよ! いいけど激辛っすよ!?だったらせめて大里スパイク辺りにしておいた方が……」

 遠慮大王の彼女がようやくメニューを決めてくれたと思ったら、よりによってメガトンの方だった。

 食べようと思ってくれたのは凄く嬉しいのだが、後悔してもらっては困る。

 彰二はあれ食べた後数日間ゲリを起こして物凄く後悔してたからな。


「でも、これが一番値段が……」

「安いよ。安いけど気にしないで! 全っ然気にしないでいいから!」

 他のメニューは平均800円くらいなのに対して、メガトンだけは250円という超破格。

 値段からして地雷だっていうことは分かるし、店の人も言っていたが完全にギャグメニューだそうだ。

 いくら遠慮しているからといっても、そんなギャグメニューに手を出すこの子の神経は少しどうかしている。


「……やっぱりお水だけで……」

「よしメガトンにしよう!メガトンだ!」

 何上にそこまで遠慮しているのかよく分からないが、このままだと深目にハマッてしまいそうなのでそういうことにする。

 もちろんすぐ彼女が挫折することを考えて俺は物凄くソフトなメニューを選んでおいた。

 こうしておけば彼女が挫折したって俺のと交換すればそれでいい。

 ただ、交換されたメガトンを俺が食えるかって話になるとまた少し違ってくるが……。



「あの、あの時は本当にどうもありがとうございました」

「…………」

 メニューもとりあえず頼み終えてひと段落着いた後、俺は改めてあの時のお礼を言った。

 このおかしな雰囲気をどうにかしたいというのもあり、一旦仕切りなおしをしたかったという意味もある。

 俺はそう言って座りながらも深々と頭を下げる。

「いえ……私はそんな……」

「この包帯、巻いてくれたの君なんだよね?」

「………………」

 俺がそういうと彼女は自信なさ気に頷く。

 あの状況から考えて彼女以外がやったわけではないだろう。

 それなのに本当に彼女がしてくれたのかどうか怪しいような、そんな頷き方だった。


「俺さ、とある連中に絡まれていてボコボコに殴られたんだ。それでこんな怪我を負ったんだけれども、その連中から助けてくれたのも君なのかな……?」

「…………」

 俺がそう聞くも、彼女は黙って頷きもしなかった。

 別に拷問してる訳でもないのに、何故こんな空気になるのか疑問だ。

「あの……これの中身……」

「あ……」

 彼女は俺の問いに答えることもせずに、椅子に置いた白く長い物を手にしてそう言葉を発する。

 恐らくその言葉の先に続くものは『見ましたか?』とか、そういう類のことなのだろう。

 それで俺は一瞬躊躇してしまった。

 躊躇してしまったからにはもうごまかせない。

「ごめん……。つい……」

「あの……このことは誰にも……」

「分かった。話さないから安心して。でも、どうしてそんな物を……?」

「………………」

 それを聞くと彼女はまた下を向いて黙ってしまった。

 マズイ。やっぱり何か訳ありなのかもしれない。

 彼女がしゃべりたくないのであれば、このことはあまり触れないようにしておこうと思った。

 俺はなんとか無難な話題に切り替えようとする。


「あの、まだ君の名前を聞いてなかったよね。俺、北見恭介。年は17歳。よろしく」

「…………。私は……つぐみと言います……」

「…………」

「…………」

 俺が簡単に自己紹介した後、かなりの間を置いてから彼女はたったそれだけの返ことを返してくれた。

 しかもそれ以上待っても『つぐみ』と名乗る少女の苗字も年も聞けない。

 仕方ないのでさりげなく聞いてみる。

「あの、苗字とかは……」

「…………」

 黙られた。

「あの……やっぱり年上なんすかね……はは……」

「…………」

 また黙られた。

 どこか具合でも悪いのだろうか?

 彼女はさっきっから表情一つ変えないでじっと下のほうを見ている。

 まずい、会話が途切れてまた変な空気になってきた。

 俺も中学まではどんな女の子相手でも臆するようなことはなかったのだが、しばらくこうして女の子と二人で話すなんてことしてなかったからノリを忘れてしまったのだろうか?

 それとも相手がこんなに美人な人だから緊張しまくってるのか!?

 なんか俺まですげぇテンパってきた。

 もうどうなってもいい。

 昔の俺のノリを思い出してこの変な空気を吹っ飛ばしてやる。


「マジで!?? さすがに8歳だとは思わなかったぜ~山田つぐみちゃん。8歳ってことは小学3年生っすか? 2年か? いや参ったなこりゃ。はっはっは!!」

 俺ブレイク。

 苦し紛れに会話を盛り上げようと思ったが、完全に片瀬化してしまった。

 恐る恐る彼女の反応をみてみる。


「……違います」

「え? 山田じゃなかったんだっけか? ごめんごめん聞き間違えたよ! もう一回教えてくんろ」

 なんだこのキャラ。俺はピエロか。

 片瀬が普通に思えてきたぞ。

「すみません……。苗字も、年も言えません……。ごめんなさい」

「…………」

 馬鹿なノリをしてる自分が物凄く可哀想に思えるくらい彼女は冷静に、相変わらずの下向き加減で俺にそうぼそっと言った。

 それで俺の馬鹿なノリは一瞬止まってしまう。


 苗字も名前も言えないというのはどういうことなのだろうか?

 年齢はともかく、名前すら言えないそんな怪しい人見たことも聞いたこともない。

 それとも『殺死鬼 つぐみ(さつしき つぐみ)』とか、割と恥ずかしいような、ビックリするような名前だったりするのだろうか?


(…………)

 少し考えると、なんか少し嫌な予感を覚えてしまった。

 名前や年を必要以上に隠す理由なんか通常ないはずだが、菅連の連中は違う。

 奴らは自分の素性をむやみやたらに他人には話さない。

 奴らが裏の人間であるという自覚があるからだ。

 奴らは万が一外部に自分らの情報が漏れた時の不都合を考えているため、必要以上に自分のことを隠す。

 名前を語るときも偽名である場合が多い。

 俺を従えていた奴だって『真壁』と名乗ってはいたが、それが本名なのかどうかも俺には分からない。

 ここに来て、目の前にいるこのつぐみって子が菅連の一味であるという可能性が急浮上してきた。


「…………」

「…………すみません」

 じっと彼女を見てみる。

 どう考えたって菅連の一味であるとは思えない。

 菅連の一味であるならば、殴られた俺を介抱するなんていう行動は絶対に起こせないはずだ。


ブンブンブン!!

「?」

 頭をブンブン振って今の思考を止める。

 確かに俺は与那嶺さんに騙されたりしたが、親切に俺の命を助けてくれた人を疑いたくはない。

 万が一この人が菅連の一味であっても、俺の命を助けてくれたということ実は変わらない。

 だったら俺もそのこと実に対して誠意ある行動をとらなければならないのではないか。


「そっか。分かった。じゃ、そのことはもう聞かない。じゃ、つぐみさんの好きな物の話をしよう。つぐみさんの好きな物って何?」

「好きな……物……?」

「そう。つぐみさんにも好きな物、あるでしょ? 好きなこととか趣味でも何でもいい。何かあるでしょ? 休日はこれしてます~みたいなさ」

「…………」

 作戦変更だ。

 あまりに彼女が口を開かないので、まずは自発的にしゃべってもらうことから始めようと思った。

 自分の好きなこととかだったらたくさん話せるはずだ。

 無口な人でも自分の好きなことになると途端に流暢に話し出すって人もいるからな。


「俺さ、最近ビリヤードにハマッてんのよ。俺んちの隣に住んでる兄ちゃんに連れてってもらったんだけど、これがまた面白いのよ。夜通し奴と勝負してたなんてこともある。つぐみさんだって最近ハマッてることとかあるでしょ?」

「……動物が好きです」

 しばらく彼女からの返答を待っていると、そんな素っ気無い返事がボソリと返ってくる。

 やはり質問してから回答を得られるまでの間が空いた。

 聞かれたので仕方がなく、みたいな返事だったようにも思える。


「あぁ、動物ね。ステゴサウルスとか、トリケラトプスとか、ティラノサウルスとか最高だよね」

「恐竜はあまり……見たことありません……」

 素で返されてしまった。

 一度『片瀬VSつぐみ』とかやってみて、片瀬が困るところを見てみたい。

「動物って、犬とか猫とかそういうの?」

「はい」

「へぇ~……。じゃ、つぐみさんって、ペットとか飼ってるんだ」

「いえ……」

 ズルッと椅子の上ですべる。

 もう何だかよく分からない。

「…………」

「………………」

 そして会話終了。

 俺の話の下手さに嫌気が差してきた。

 がんばれ俺! もう少し会話を盛り上げるんだ!!

「じゃ、じゃあ、つぐみさんは犬派? それとも猫派? ちなみに俺は犬派だ。猫も可愛いんだけど、犬は従順で健気で、本当に優しい動物なんだって思うよ」

「……猫も犬も好きです」

「………………」

「………………」

 ダメだ。

 まるで会話が弾まない。

 彼女の表情だって一度たりとも緩まない。

 物凄くつぐみさんに悪い気がしてきた。

 せっかくお礼にと思って彼女を楽しませてあげようと思ったのに、これじゃあ完全に逆効果だ。

 なんとか挽回しないといけない。

 しかし、それ以降も俺は必死になって会話を盛り上げようとしたが、彼女は淡々と俺の当たり障りの無い質問に答えるだけでなかなか会話が盛り上がらなかった。


 そうこうしているうちにメガトン登場。

 カレーといえば茶色のはずなのに、メガトンは血の海のごとくの赤。

 見るだけで胸焼けしそうだった。

「…………」

「…………あの、コート脱がないと大変なことになりますよ」

 彼女が「いただきます」と両手を合わせながら小奇麗にお礼をするとすぐにスプーンでメガトンを口に運ぼうとしたので、俺はそう言って彼女に注意を促す。

 彼女は「何で?」というような顔をしていたので、「カレーがついたらとれないでしょ」と付け加えてやる。

 すると何を思ったのか、彼女は周りをキョロキョロ確認しだした。

 そうしてから着ていた長袖の白いコートを腕をまくりだす。

「…………」

 意地でも白いコートは脱がないつもりらしい。

 それよりも驚いたのが彼女の肌だ。

 真っ白。

 本当に雪のように白くて綺麗な色だった。

 まるで白人さんのようだ。いや、白人さんのそれよりも綺麗だと思う。

 顔を見たときからある程度の綺麗さは分かっていたが、本当に目を引く白さだった。

 周りにいる少ない客の視線もちらちらと寄ってくるくらい、彼女の綺麗な肌は目立つ。

「あっ……」

 彼女がカレーを口にしようとすると、今度は彼女のさらさらの長い黒髪が揺れて食器の中に入りそうになる。

 それを気にした彼女はコートの中にもぞもぞ手を突っ込んで白い包帯(?)を取り出し、それで髪を後ろで結った。髪を結わいた姿も可愛らしい。

 なんか本物の天使さんのようだ。


 さぁ、そしていよいよ彼女はメガトンを口の中にイートインする。

 「止めておいた方がいいよ」と言っても今更遅いし、なんだかアレを口にしたときの彼女のリアクションが見てみたかったので、あえて何も言わないで彼女の様子を見ていた。

「ん……」

 小さな口の中にメガトンを放り込む。

 一瞬彼女の行動が止まったのを俺は見逃さなかった。

 しかし、何事もなかったかのように口を上品に動かしてメガトンを味わいだす。


「か……辛くない?」

「か……辛いです」

 辛かったらしい。

 普通の人は『辛いなんてものじゃない』とメガトンを形容するが、彼女は『辛い』で済んでしまった。

 しかも、表情がまるで辛そうな表情をしていない。

 ポーカーフェイスなのかなんなのか、顔色一つ変えないでメガトンを口の中で味わっていた。


「んっ…………」

「…………」

 メガトンを口の中に飲み込む前に、彼女は水を飲んだ。

 その彼女の行動を見る限り、やっぱり相当辛かったらしい。

「辛くない……?」

「辛いです……」

 それでも、平然と次の一口を口に入れていた。

 そしてまた水と一緒に喉に流す。

 なんだか彼女がやせ我慢をしているように思えてきた。

「辛くない……?」

「辛いです……。でも、おいしい……」

 そう答える彼女は手を休めることも無く、次々とメガトンと水を交互に口に含んでいく。

 結構なハイスピードだ。

 普通はあまりの辛さに一口食べたものは悶絶して、次の一口に恐怖を怯えるくらいなはずだ。

 丁度彰二がそんな感じだった。

 結局彰二は全部食べきるのに1時間弱かかってしまったが、今の彼女の様子を見るとものの15分くらいで食べ終わってしまいそうである。


「俺の水、あげようか?」

「いえ……大丈夫です」

 食べているうちに彼女のコップに入っていた水がなくなったので、俺はそう申し出る。

 それでも彼女は遠慮しているのか、俺の申し出を断った。

 それでも俺は店員さんに頼んで水をおかわりしてもらおうと思ったが、彼女がこれから先どうやってメガトンを口に運ぶか少し興味があったのでしばらく放置しておくことにする。

「…………」

「…………」

 一口食べた後無意識なのだろうか、水の入ってないコップに彼女の手が伸びた。

 そしてコップの中に水が入っていないことを思い出すと、彼女は目を不等号(><←こういうやつ)にしてメガトンを飲み込む。

 あれ、絶対やせ我慢してる。

 それでも少し彼女のこの先が気になったので、あえて何も言わなかった。

 俺は俺で平和にサラダとかスパゲティとかを食べながら彼女の様子を見続ける。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「けほっ、けほっ」

「汗、ダラダラーー!! 何そんなにやせ我慢してるんだよ!! 水もらえばいいじゃない!! すいません! 水! 水下さい!!」

 彼女の顔がだんだん赤くなってきて、顔中汗びっしょりになっていたので、俺は店員さんに水のおかわりを要求する。

 この子、本当に何考えてるのか分からない。

 でもお陰で少し緊張がとけたような気がする。



 結局あのメガトンを、結構な量の水を飲みつつも彼女は普通にたいらげてしまった。

 「感想は?」と聞くと、いつもの調子で「辛いけど、おいしかったです」という答えが返って来た。

 最初彼女はおごってもらっている身なんだから気を使っているのか思ったのだが、本当においしかったと思ってるっぽい。

 そうでなきゃ15分ちょっとでアレを食いきるのは不可能だ。

 一応ここまでの経過から総合して、つぐみさんは『無口で、謎が多くて不思議な子』ということで間違いなさそうだ。


 彼女が米の一粒も残さない様子でメガトンをたいらげ、紙ナプキンで上品に口をぬぐった時には俺も食事を丁度終えていた。

 食事を終えると、満腹になった二人はまったりムードに入る。


「あのさ、つぐみさんってカレー好きなの?」

「……はい。今日初めて食べました。とってもおいしかったです」

 初めて食べたというのはきっとメガトン級のカレーということなのだろう。

 それでもこのカレーをおいしいと評価したのは、俺の知る限りつぐみさんが初めてだ。

 ただ、おいしかったような顔をしていない……というか、相変わらず表情の変化がないのが少し気がかりではある。


「あの、本当にありがとうございました。こんなおいしいものをご馳走していただいて……。あの、御代なら私が払いますので……」

「意味ない意味ない。俺のおごりって約束じゃんか」

「でも……」

「いいの。つぐみさんは黙っておごられてればOKなの」

 これ以上黙ってもらっても困るが。

 ともかく、少しは喜んでくれたようなのでこれはこれで結果オーライとする。


 それから俺は彼女との会話を盛り上げようと、色々な話をした。

 バイトの話、彰二の話、学校の話。

 どれもこれも自虐的な笑い話だった。

 それでも彼女が笑って楽しんでくれればいいと思って話をした。

 しかし、会話というよりもむしろ俺が一方的に話をするような形になってしまい、彼女は終始自分のことを話さず、俺の話を聞いているだけだった。


「それでさ、数学のテストの結果はなんと、300点満点中4点。4点だぞ4点!!」

「…………」

「つぐみさん、4点取れって言われて4点取れる?」

「いえ……」

「お陰で俺は来週追試。それに合格できなきゃ留年っすよ……」

「…………」

 そんな一人相撲の話をしていると、つぐみさんは急にハッとなったような感じになって席を立ちだす。


「どうしたの?」

「あの……私、もう行かなきゃ……」

「え……」

 まだ何にも彼女のことが聞けてない。

 俺が一方的に話して一人芝居を彼女に見せていただけだ。

 まだまだこれからだっていう時なのに、彼女はもう行かなくてはならないと言い出す。

 途端に俺の胸はキュッと苦しくなってきた。

「あの……これから用事とかあるの……?」

「………………」

 そう聞くも、彼女は視線を外して何も答えてはくれなかった。

 時間を確認するともう7時前。

 時間が経つのがあまりに早すぎる。

「あの、また会えるよね。もう二度と会えないってことはないよね?」

「………………」

 そう聞くも、彼女は何も答えない。

 嫌だ。

 これっきり彼女ともう会えないなんて考えたくない。

 彼女のことについてもっと知りたい。

 彼女のこと、笑わせてやりたい。

 まだお礼だって全然不十分だ。


「あの……このご恩は必ずお返し致します」

「待って! 今度はいつ会えるの?」

「…………」

「どうして君はすぐいなくなっちゃうの? 俺を介抱してくれた時だってそうだった。今日、俺と会った時もそうだった! お願いだ。また会えることを約束してくれ! 頼む!!」

 そう言って彼女を引き止めた。

 もう半分告白しているようなもんだと思う。

 でも、それが俺の素直な気持ちだった。

 どこの人かも分からないので、ここで離れてしまったらもう連絡の取り様がない。

 また明日会う約束でもしないと、もう二度と会えない。

 そんな気がした。

「……もう会うことはないと思います。でも、必ず今日していただいたご恩はお返しします。必ず」

「意味が分からない! もう会えないのにどうやって恩返しするっていうのさ! 恩なら俺とまた会ってくれるっていう約束でいい。それだけでいいから、もう会えないなんてこと、言わないでくれ!」

 俺は必死になってそう彼女に伝えた。

 俺のこの様子を見れば俺の思いだって絶対に伝わっているはずだ。

 その思いが伝わってくれたのか、彼女は何かを考えるようにうつむいてしばらく無言の間をおく。


「そうだ。つぐみさん、数学できたりする? さっきも言ったけど、俺、追試の為に数学を勉強しなくちゃいけないんだ。さっき勉強は好きって言ってたよね? つぐみさんが数学を教えてくれるだけでいい! それが俺への恩返しっていうのはダメなの?」

 俺が剣を届けたことと飯を奢ったことは、彼女が俺を菅連から助けてくれたことでチャラなのかもしれないが、彼女が『いつか必ず恩返しをする』と言ってきたので、それをありがたく使わせていただくことにした。


「……私には他にやらなくてはならないことがあります……」

「…………」

 胸がチクッとした。

 もう俺はどうあがいてもつぐみさんと会うことはできないという意味なのだろうか。

 そう考えると体全身に絶望感が襲ってくる。

「でも、少しの間だけでしたら、あなたの力になります……」

「あっ…………」

 やはり、俺から視線を外したいつもの呟くような小さなつぐみさんの声だった。

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