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君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
一章 舞い降りた天使は微笑まない
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五幕 手に持つ剣は勇気への報酬か

 最近の俺には謎が多すぎる。

 帰巣本能に目覚めた財布の件から始まり、トラック透明疑惑、そして謎の白いコートの女の子。

 さらにはその女の子の持っていた剣も謎を一層深めている。


 俺はあの後もずっと俺を介抱してくれた白いコートの女の子のことを思い返していた。

 にきびの一つない白い肌にくりっとした大きな瞳。

 小さい顔に艶のあるサラサラした黒髪。

 そして芸術品のように整った顔つき。

 物静かで表情こそ変えなかったが、何というか、とても神秘的な雰囲気を持っていた。

 着ている白のコートとも相まって天使と呼ぶのが妥当な感じの女の子だった。

 年は俺と同じ位か、それともあの落ち着きからして年上か、名前すら知らない彼女はとにかく謎の多い子だ。


 俺が気を失ってから再び目を覚ますまで、あまりに不可解なこと出来事が起こった。

 まず、何故あんな時間に、しかもあんな場所に彼女は忽然と現れたのか。

 あの場所は地元の人間は皆忌み嫌う場所で、滅多なことがあっても一般市民は近づかない。

 実際俺もあそこに菅連以外の人間が通ったのを見たことがない。

 彼女が地元民でないにしてもあんな何もない所に行く理由がよく分からない。

 まぁ、彼女が道に迷った旅人ということであれば無理矢理だが説明は一応つく。


 次に不可解なのは彼女が菅連から俺を救ったということ。

 当たり前だが、あんな非力そうな女の子に臆するような菅連ではない。

 俺の拾った剣が彼女のものだという前提で、彼女が剣を振りかざして奴らを脅したとしても、奴らがそれに臆するとは思えない。

 まぁこれも『奴らが俺を死んだと誤認し、倒れている俺を偶然あの子が見つけて助けてくれた』と考えれば説明はつくが。


 次に不可解なことは、俺が目を覚ましたときはあの場所から1キロ以上離れた場所に居たということ。

 これは恐らく彼女があそこまで連れ出したのだろう。

 理由は何故だろうか?

 介抱してくれるにしても、俺を発見した場所では何か不都合があったのだろうか?

 あの山道は確かに菅連の拠点に近いということで危険ではあるが、彼女がそれを知っているとなると何故わざわざあそこまで近づいて俺を発見したかが分からない。

 それに、女の子一人が俺を担ぎながらあの距離を歩いたというのは少し信じられない話だ。

 これも一応『奴らが俺を死んだと誤認し、気絶した俺を彼女が介抱してくれた場所の近くへ投げ捨てた。それを彼女が発見した』とすると一応説明はつく。

 俺の中で一番有力な説はそれだ。

 そうあったにしても何故あの時間に、しかもあんな場所に彼女が居たのかはまだ分からないが。


そして、最後に不可解なものはこの剣。

「…………」

 彼女の忘れ物だと俺は判断したので、一応あの場所に置いておくのは危険だと思って家に持ち帰った。

 あれ以来一度も袋から取り出してはいないが、あの中身は確かに真剣が入っていた。

 このご時世に何故剣なのかがよく分からない。

 彼女の持ち物だとしたら銃刀法違反で逮捕である。

 かなり古そうなものではあった様子なので、おじいちゃんの形見の剣とかそういうものなのかもしれないが、持ち歩く意味もよく分からない。


 彼女は沢山の謎を残し、俺の前からさっさと消えて行ってしまった。

 取り残された俺は一人ずっと彼女のことを考えていた。

 謎が多い彼女だからということも確かにあるのだが、俺にとって彼女の親切心があまりに嬉しかったのだ。


 色々な謎があるのは確かだが、この俺を介抱してくれたのは間違いなく彼女だ。

 包帯やらガーゼやらをどこから持ってきたのかもサッパリ分からないが、彼女は俺が目を覚ますまで優しく膝枕して見守っていてくれた。

 その事実が俺には涙が出るくらい嬉しくて、なんとか彼女にお礼したいと考えていた。

 この剣を持ち帰った理由も、これが彼女の持ち物だったら、俺の手元にあれば再び彼女に会えるかもしれないという期待があったからである。

 再び会えたら俺の全財産をはたいてでもお礼をしたい、そこまでの感謝の気持ちがあった。


 彰二以外の人の優しさに触れたのは本当に久しぶりだ。

 気が付くとずっと彼女の顔を思い出している。

 本当に綺麗な顔をしていた。

 人間の顔に芸術品があるとするならば、彼女がその第一候補だ。

 彼女のことが頭から離れない。

 俺は恐らく剣を持った謎の少女に一目惚れしてしまったんだと思う。


「また……会えるといいな」

 窓の外を見ながらそうつぶやく。

 あの白いコートを以前どこかで見たことがあったと思ったら、俺が窓から落ちた時に窓の外で見かけたことがあったのを思い出した。

 この夏の季節に長袖のコートはないだろうと思ったことからよく覚えている。

 

 俺はまた彼女に会いたいと思いつつ、剣を持って立ち上がった。

 まだかなり体が痛む。包帯はなんだか外したくなかったから昨日のままだ。

 学校は重傷を負ったので休むと伝えてあるし、バイトは久々に休みの日。

 菅連からの電話の連絡は今のところ無い。

 立ち上がった俺は彼女にこの剣を返すために家から出た。



 白い布に包まれた剣を片手に町を歩く。

 今更ながら彼女の白いコートの意味が少しだけ分かった気がする。

 剣を持ち歩く意味は分からないが、あのロングコートならばこの剣の存在を他者から隠すことができる。

 あまり気にはならないが、今の俺も少し自分の手に視線が来るのを感じている。

 俺の包帯姿に目をやっているのかもしれないけど。


「さて……どこから探すかな……」

 最初は彼女に介抱してもらった所へ行こうと思ったが、あっちの方は菅連の一味が通る可能性があるのでやめておいた。

 そこ以外の場所となるとどこを探していいのか全く見当がつかないので、とりあえず人の多い駅前を適当にブラつくことにする。

 彼女がまたあの白いコートを身に着けているとすれば多少人が多くても見つけるのはたやすい。

 とは言っても、彼女に会える確率なんか宝くじ当たるくらい難しいんじゃないかなって思っている。

 この剣が彼女の物であればきっと大切な物だろうし、彼女も探しに出ているとは思うんだが、彼女だってどこに忘れたのか分かってないはずだ。


「あれ……待てよ……?」

 彼女、俺を介抱した場所に忘れたってことをもしかして自覚しているのかもしれない。

 そうだとするならば彼女はまた再びそこへ行くだろう。

 だったらそこに行くのが彼女に会う最も確率の高い方法なのではないだろうか?

 そう思い直した俺は、行くのは少し気が引けたが、それでも彼女に会いたいという思いが勝り、その場所へ行くことにした。


 ただ、あの場所で長時間待ちぼうけしているのはやはり危険である。

 だから俺は置手紙という作戦をとった。

 『剣をお探しの方は駅前エムバまで来て下さい。おやつは戸棚の中にはありません』

 そんな内容の置手紙を例の場所、彼女が俺を介抱してくれたベンチに、彼女と再び会えるよう願をかけて置いておく。

 余計な一言は別にいらなかったと思ったのは、この手紙を書き終えた後だった。

 手紙には雨に濡れないよう、ビニールもつけておいた。

 風に飛ばされないよう、置石も置いておいた。

 他の人がどけてしまってもいいように3箇所に同じ内容の手紙を貼り付けておいた。


「会えますように……」

 両手を合わせ、再びそう祈る。

 そこまでやって俺は再び駅前の方へと戻って行った。



 駅前エムバの前で待つこと3時間。

 彼女に会える気配は一向にない。

 彼女に会ったときにどうやって仲良くなれるか一生懸命自分の中で想定して考えていた。

 2,3度俺の頭の中で彼女と結婚してしまったくらいだ。


 銀行へ行ってお金もたくさんおろしてきた。

 おろしたお金で高校生にしては少し高級な香水を買ってしまった。

 彼女へのお礼として買ったものだ。

 彼女の神秘的で儚いイメージを合わせた匂いの物を買った。

 でも、よくよく考えてみるとやり過ぎかもしれないと思えてくる。

 たかが怪我の介抱をしてくれただけでこんな物を渡したら下心見え見えと思われるかもしれないし、いきなり香水なんて渡されても気持ち悪いだけだ。

 だから、彼女と会ったときの雰囲気に任せて、渡せたら渡そうくらいに考えている。

 それでもお礼は絶対にしたい。

 だから俺としては少し高級なお店で食事を奢ることを想定しているのだが……。


「やっぱり来るはずないのかな……」

 剣を持っているところから彼女が旅人という設定だとしたら、もう既に遠くの町に行って帰ってこないかもしれない。

 それでもこの剣が本当に大切なものであるのだとしたらきっと彼女は帰ってくるはず。

 だから俺は持久戦を覚悟している。

 何日でもここで待ってやる。

 それくらい強い気持ちが俺の中にはあった。


 でも、やっぱりこの広い世の中で再び彼女とめぐり会うのは少し難しい気はしてくる。

 この剣だって彼女の物でなければ、それだけで俺の願いは絶対に届かない。

 それでも俺は彼女がここに来る可能性に賭けて辛抱強く待つことにした。

 そして待つこと5時間……。


「いた……」

 この視界が開けた街の中を白いコートだけに気を配って探していたら、かなり遠くの方にだがその姿を確認することができた。

 その白いコートは直線にエムバに向かっているという訳でもなく、キョロキョロと少し周りを気にしながら雑踏の中を彷徨っている。

 俺はその姿を見つけるや否や、体中から何か熱い物が飛び出したような感覚になり、一直線にその白いコートに向かって行った。



「君!君!!」

 俺の胸が高鳴っている。

 間違いない。

 昨日俺を介抱してくれた本人そのものだ。

 彼女は俺を発見して俺が手に持っている白い包みに視線をやると、「あっ……」と小さくもらし、少しだけ安堵の表情をみせたような感じになった。


「はぁ……はぁ……あの、これ、君のだよね?」

「あ……」

 俺は例の剣が包まれている白い布をその子の前に差し出す。

 その子は差し出された白い布に包まれた剣を静かに受け取った。


「よかった……。ありがとうございます」

 その子は表情こそ変えなかったが、受け取った剣を抱きしめ、静かにそう俺にお礼を言ってきた。

 こうも早く彼女と出会えるなんて思ってもみなかった。

 その為、頭の中で練っていた計画がぐちゃぐちゃになって頭の中が真っ白になってしまったが、なんとか落ち着かせて自分の計画を実行しようとする。


「あのさ、君……」

「あの……すみません。私はこれで……」

 俺が話を切り出そうとすると、それを遮るように彼女はそう言葉を発して目を合わせることもなく俺に背を向ける。

 ここで彼女と別れてしまったら二度と彼女と会うことはない。

 そう思った俺は慌てて彼女の進路を遮り、引き止めた。


「待って! まだ、君にお礼が出来てない!この傷、君が手当てしてくれたんだよね?そのお返しがまだ……」

「私は……平気です」

 俺がそう言うも、彼女はうつむき加減でそうボソリとしゃべって俺の前からいなくなろうとする。

 ダメだ。このチャンスだけは絶対に逃してはならない。

 その一心で俺はなんとか彼女を引き止めようと試みた。


「お願いだ! お礼させてくれ! 奴らから俺を救ってくれたのも君なんだろ? 安全な場所から俺を担いで避難させて介抱してくれたのも君だ! 君は俺の命を救ってくれた恩人なんだ!」

 俺はついに彼女の手を掴んで彼女を引き止めた。

 意識はしなかったが、握った瞬間彼女のしなやかで華奢な女の子の手のぬくもりが伝わってくる。

 それに気が付いてハッとなり、手を離そうとしたが、手を離すと今にも逃げ出してしまいそうなので緊張しながらもその子の手を離さなかった。


 俺が話した言葉は全部憶測にすぎないが、彼女にお礼をする為の口実が欲しかったので、俺はとっさにそんなことを言い放つ。


「大袈裟言ってる訳じゃない。あのまま君に助けられなかったら俺は……」

「………………」

 俺がそう言うと彼女は歩く力を一旦止めて何やら考え出した。

 せめてほんの少しだけでも話がしたい。

 素直にお礼が言いたい。

 絶望に瀕していた俺を救ってくれた彼女にお礼がしたかった。

 一緒に遊ぼうとか付き合おうとか、お礼以上のことは全く望んでいない。


「…………おかしいです。私なんかがそんな……」

「おかしくなんかない! 助けてくれた人にお礼をすることのどこがおかしいっていうんだ? 頼む……。俺を助けるものだと思って素直にお礼を受け取って欲しい!」

 俺がそこまで言うと、今まで下を向いていた彼女が初めて俺の顔に目を向けてくれた。

 そして動きを止めて何やら考えことをしだす。


 その間彼女に見つめられっぱなしな訳だが、なんだか物凄く不思議な感じになった。

 彼女に見つめられると心が落ち着くというかなんというか、凄く優しい目の持ち主だ。

 その彼女の瞳にどんどん吸い込まれていきそうになる。

 自分で顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。

 心臓も物凄い音を立てている。

 やっぱりダメだ。

 完全に俺はこの子のことを好きになってしまったようだ。


「……分かりました。少しだけ……ほんの少しだけなら……」

「よかった……」

 そして彼女は再び視線を外し、ぼそっとつぶやくようにそう言ってくれた。

 少し強引過ぎて嫌な印象を持たれたかもしれないが、あのままだったら彼女と話をしてお礼をしたいという俺の気持ちが収まらないので、それは仕方ないことだと目をつぶる。

 彼女から一応OKをもらったので、俺は即座に頭の中を整理して綿密に練っていた計画を思い出す。


 香水なんかあげられる雰囲気では全くない。

 今ここであげたら勘違い野郎もはなはだしい。

 とにかくソフトに、軽いノリでランチでも奢ってやろうかなって感じの方が断然にいいはずだ。

 この近くにシャレたいいお店なんてものはなく、電車に乗れば少しいいお店でランチすることはできる。

 でも彼女にそこまで足を運ばさせることもできないので、少し安い感じのレストランへ彼女を連れて行くことにした。

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