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君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
終章 壊れる幸せと、生まれる幸せ
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三十二幕 得られたモノ、奪われたモノ

 家に帰る途中……丁度俺のアパートが見える直前、昨日つぐみさんに似ている女の子と話した場所。

 その場所に通りかかった時、突然大きな雷が鳴り響いたと同時に辺りが真っ白になった。

 かなり大きな雷だったので慌てて目をつぶったが、目を開いた時俺の視界は真っ白だった。

 どこを見渡しても白い霧が立ち込めている。

 何がどうなっているか分からないでいると、不意に辺りから声が聞こえてきた。


『少しだけ、あなたの時間をお借りします』

「誰だ!?」

 声が聞こえてきたので周りを確認してみたが、人影なんか一切ない。

 あるのは白い煙だけで、周りの風景としてあるはずの住宅も雨雲も地面も見えない。

 ただの白い霧が俺に話しかけてきているようだった。


『私はこの世界を創造した神です。あなたにはお話をしておきたいと思ったので、あなたの時間をお借りしました』

「神!? 神様なんだな!?」

 普通では考えられないような現象だが、俺は一切疑問に思わない。

 それよりもむしろ、神が現れてくれて本当に助かったと思った。


「頼む! あんたが神様ならつぐみさんを救ってくれ! 俺は何でもする! 他には何も望まないから、どうかつぐみさんだけは救ってくれ!!」

『それはできません』

 俺がそう言うと、相手はそう淡々と言葉を返してくる。


「何故だ!? あんたが本当に神ならば、それくらいできるはずだ!」

『彼女がジェリアだからです』


「ジェリア……確かつぐみさんに似たような子が言ってたな。何でジェリアだと助けることができないんだ!!? 教えてくれ!」

『ジェリアは私が創造した人々を助ける存在です。私は全人類を平等に創造したつもりですが、人間は知恵をつけました。それによって秩序が少しずつ乱れ、少なからず幸、不幸の差ができてきました。それ自体それほど悪いことだと私は思いませんでした。人間に限らず、どの生き物も幸不幸の差はあります。ただ、人間は次第に感情が豊かな動物となってきました。その為少なく感じていた幸、不幸の差が大きく見え始めてきたのです。そこで私はジェリアを創造し、この世界に送り込みました』


 あの本のお陰で予備知識は少しある。

 あの本を読んでなかったら今頃目ん玉飛び出して驚いていただろう。


「それがつぐみさんなんだな!?」

『その通りです。この世界は私が創造しましたが、私が支配している訳ではありません。それは人間も同じことで、今のような特例を除いて私がこの世界に干渉することはありません。ただ、ジェリアは私の使い……あなた達の言葉で言う『天使』です。ジェリアは完全に私の支配下に置かれています。とは言っても、独り立ちしたジェリアに干渉することはありませんけれども』


 何が言いたいのかよく分からない。

 それがどうつぐみさんを助けられないことと繋がると言うのか。

 もどかしくなって俺はつい口を挟んだ。


「今の言い方だと、干渉できないんじゃなくて、しないということなんだろ? だったらあんたはつぐみさんを助けることはできるはずだ!」

『確かに私はあの子に干渉し、力を貸すことはできます。しかしそれはいくらあなたの願いでも受け入れられません』


「何故だ!? 俺がどんなに頼み込んでもダメなのか!?」

『受け入れることはできません。先ほども言った通りジェリアは私が創造し、私が支配している人種です。ジェリアの目的は人類に幸せを与え、より繁栄させること。それ以外の使命を一切必要としていません。あの子はジェリアとして十分に役割を果たしたと言えます。役目を果たしたジェリアは消滅させなくてはなりません。あの子の場合、普通のジェリアとは違うようなのでなおさらのことです』


「ふざけんな! あんた神様だろ!! そんな人を道具みたいに扱っていいのかよ!!」

『ジェリアは道具です。私の創造した使者でもあり、道具でもあります。それ以上でもそれ以下でもありません』


「違う!! じゃあ何でつぐみさんはあんなに喜んで、あんなに悲しんで、あんなに笑ってるんだ!! つぐみさんはジェリアなんかじゃない!! 立派な人間だ!!」

『あの子に関しては、私も色々考えさせられました。元々、私があの子を創造した時からあの子は通常のジェリアよりも強い力を持っていました。人々を助けたいという思いが強いあまり、自分で色々なことを勉強していました。自分で勉強することによって、自分なりの方法でこの世に幸せを送り込もうと考え付いたのでしょう。それには私も非常に感心させられました。私が与えた『運命を変える力』が強く備わっているにも関わらず、時には相手の立場にたってその者の幸せを考えたり、時には働いてまでして世の中の実情を理解し、自分の自然な力を使って人々に幸せを与えていました。通常のジェリアにはとても考えられないことです。ジェリアが人前に出るということはあまり感心できることではありませんが、それでもあの子のことを信じて、あの子の思うがままに行動させてあげました。そうして経験を積むうちにあなたと出会い、色々影響されていくうちに、ついに私が封じ込めたはずの感情を再び取り戻してしまいました』


「…………」

 つぐみさんに感情がなかったのは、こいつが封じ込めたせいだったのか……。

 それを聞いたら、あろうことか、神に敵意すら感じてしまった。


『彼女は次第に愛情までをも芽生えさせ、ついにはあなたの傍に留まるようにまでなりました。それにはさすがに私も迷いました。特定の人間と一緒にいることによってジェリアの能力に人間が気が付き、それを利用しだすということも考えられますし、何よりジェリアは特定の人間にこだわらず、平等に幸せを与えなければなりません。あなたがあの子を利用するような人間ではないということは分かっていましたが、このままではあの子は偏った人間に力を使ってしまうだろうと危惧しました。事実、あの子はあなたに対してより多くの力を使っていましたが、それは仕方のないことかもしれません。あなたは通常よりも多くの不幸の成分を持っていたというのがその理由です。あなたも自覚があるかもしれませんが、あなたは運命の歯車を大きく噛み違えました。逃げられない強者に恐喝を受けたり、窓から落ちそうになって命を落としかけたり、トラックに轢かれそうになって命を落としかけたり……』

「なっ……」

 そう言われて、自分でも思い当たる節があった。

 全部俺が経験してきたことだ。

 それをつぐみさんが『運命を変える力』を使って助けてくれたということなのだろうか!?

 つぐみさんが……俺の為に……つぐみさん……。


『あなたが思っている以上に、あの子はあなたを救っています。それでもあの子は賢明に使命を真っ当し、他の人間の幸せも常に考えていました。あの子は本当に賢く、しっかりとしたジェリアです。多少の偏りはあっても、他のジェリアよりも実にいい働きをしていると私は感じました。だからジェリアとしてまずい性質があろうと、こうして寿命が来るまであの子を見守っていたのです』

「寿命……? つぐみさんはまだまだ寿命を迎えるような年じゃないはずだ! あんたならできるんだろ!? つぐみさんの寿命を延ばすことだってあんたならできるはずだ!」


『ジェリアの寿命を私が延ばすことはできません。ジェリアの寿命は極めて不安定なのです。いえ、正確に言えばジェリアの寿命だってあなた方人間と同じなはずです。ジェリアも人間の女性を元に私が創造したので間違いありません。ただし、ジェリアとあなた達を同じように扱うことはできません。というのも、ジェリアは私が授けた特別な力を使うことができるからです』

「…………」

 特別な力というのは、さっき言っていた『運命を変える力』というものなのだろう。

 つぐみさんにもその強い力が備わっているとさっき言ってた気がするし、実際つぐみさんはそんな力を持っていると思う。


『ジェリアは運命を動かす力を使うことによって、使った分と同等の不幸の成分である『邪』を体内にしまうことになります。体内には『邪』を一定量溜め込むことはできますが、限界以上の『邪』を溜めることができません。空のグラスに水を一滴一滴流すようなイメージといえば分かりやすいでしょうか。水はグラスの体積以上の水を保存することはできません。それと同じように、ジェリアは一定以上の『邪』を保存することができないのです。力を使うことによって『邪』を体内にしまい込む訳ですが、その限界以上の『邪』が体内に入ると、『邪』を制することができなくなったジェリアは『邪』に飲み込まれ、ジェリアの精神は崩壊します』

「なっ……」

 きっとそれが今のつぐみさんの状態なんだ。

 『邪』が体内に溜まりすぎちゃったから、苦しんでいるんだ。


『邪が限界近くまで体内に溜まるとジェリアはすぐに気が付き、自ら命を絶つようになっています。ただし、普通の方法で命を絶ったのでは体内に残った『邪』が一気に溢れ出てしまうので、その『邪』を封印することが出来る剣を使って自らの命を絶つことになっています。ですので、その『邪』が溜まった時がジェリアの寿命だと言えます。ジェリアの寿命が不安定だというのもその為です』

「…………」

 今まで分からなかったことが面白いように理解できてくる。

 でも、そんな謎だった部分なんかどうだっていい。

 今はそんなことよりも、あの苦しそうなつぐみさんを救ってやりたい。


「よく分かった。なら、そのつぐみさんに溜まった『邪』を取り除くことはできないのか?」

『不可能ではありません。しかし、『邪』は人の不幸を幸運に変えた時に発生する、いわば不幸の塊なので、その『邪』を解放することによって、とてつもない災害が起こります。あの子を助けてまでしてその災害を起こさせる理由が、あなたにあろうと私にはありません。あの子はもちろん、私の役目も地上の秩序を保つことですから。ですので、『邪』はジェリアの体内に留めておいたまま肉体を消滅させなくてはならないのです。そうすることにより、たった一人のジェリアを使うことによってたくさんの幸せが生まれる結果となる訳です』


「賛成できねぇ……」

 怒りがふつふつと沸いてきた。

 今の一言は俺の気持ちを深くえぐる一言だ。

 この神のジェリアに対する扱いが我慢できない。


「たった一人のジェリアを使うことによってたくさんの幸せだと……? じゃあそのたった一人のジェリアの幸せはどうなるんだよ!! そのジェリアは不幸を背負って死ぬっていうことになるじゃねーか!!」

『先ほど言ったとおり、幸福と不幸を感じるのは人間の感情があるからです。感情を封じたジェリアであれば不幸を背負って死ぬことなどありません』


「何度も言わせんじゃねーよ!! あんたも知ってるんだろ!!? つぐみさんは幸福だって不幸だって感じるんだよ!! そのジェリアがあんなに楽しそうに笑っていたのは何故だ!? そのジェリアがなかなか命を絶とうとしなかったのは何故だ!? 全部つぐみさんが……つぐみさんが必死に手に入れた感情があるからだろうが!! てめーはあの嬉しそうなつぐみさんをむざむざ殺して何も思わないのかよ!! ふざけんのもたいがいにしやがれ!! 何が不幸を感じないだ!! つぐみさんの流した涙は一体何だったんだ!?」

『あの子に関しては私も反省するところがあります。もっと強く感情を封印すべきでした』


「ふざけんじゃねぇーーーーー!!!」

 その淡々とした神の言葉が俺の怒りを一気に爆発させた。


「これ以上不幸なジェリアを増やそうって考えてんのかてめーは!! 人の幸不幸は確かにてめーの言ったとおり、自分の感情で決まるものなのかもしれねぇよ! でも客観的にみたらどうなんだよ! あんたの作ったジェリアは人間が元になってるっていったな? ジェリアだって人間なんだよ!! それをてめーの勝手な力で感情を封じ込めやがって!! 封じ込められたジェリアはどう思うんだよ!! つぐみさんがあまりに可哀想じゃねーか!! てめーがご苦労に封じ込めた感情を何よりも欲しがって、てめーのくだらねー任務を最優先におきつつも、本当に申し訳なさそうに、本当に小さく、それでも強くつぐみさんは感情を欲しがってたんだぞ!? 何であんなに申し訳なく、謙虚に頑張ってるつぐみさんの思いが一つも報われないんだよ!! 全部てめーの責任じゃねーか!!」


 あのつぐみさんの遠慮具合は本当に印象に残っている。

 そこまで謙遜して、自己犠牲を考えているつぐみさんの意思がようやく理解できた。

 確かにつぐみさんは最初から自己犠牲の強い人だったのかもしれない。

 でも、この神にそういう風に仕組まれた、勝手に使命付けられていたのも事実なんだ。

 そのせいでつぐみさんはなかなか自分の幸せを求めようとはしなかった。

 きっと本当はずっと自分の幸せを求めていたんだと思う。

 最近のつぐみさんが『私はわがままです』としきりに言っていたのは凄く印象的だ。

 自分が幸せを求めているのが、凄くわがままだと感じてしまったのだろう。


 でもそんなの可哀想過ぎる!

 凄く平凡な幸せを、何故あんなに申し訳なく、遠慮がちに求めなくちゃいけないんだ!?

 つぐみさんは何一つ報われていない。

 これだけ人に幸せを運んできているのに、何一つつぐみさん自身は報われちゃいない!

 全部こいつの責任だったんだ!


「もしあのまま感情を持たずにつぐみさんが死んでも、つぐみさんは不幸とは思わなかったかもしれねぇよ! でもなぁ、そんなの俺が許さねぇんだよ!! 納得できねぇんだよ馬鹿野郎!! つぐみさんは本当に小さな幸せでも、この上ない幸せを感じていただろうよ!! そんなの不幸じゃねーか!! そんな不幸な人が人に幸せを与えて、自分が幸せになれねぇってどういうことだよ!」

『………………』


 溜まっていた涙が全部溢れ出てきた。

 辛い。

 つぐみさんの不幸を考えるとあまりに辛かった。

 張り上げる声も、まるで子供がわめき散らしているような感じだ。

 それでも精一杯、涙を流しながらもつぐみさんの幸せを求めるように思いをぶつけてやった。


「……返せよ。つぐみさんの幸せを返しやがれ!! つぐみさんの笑顔を返せよ!! つぐみさんが笑っていた日常を返せ!! つぐみさんが幸せを感じていた何でもない日常を返せよ馬鹿野郎!! てめーがつぐみさんをジェリアにしなければ、つぐみさんは幸せな日常をこれからも続けることができたんだよ!! てめーが勝手に感情を封印したせいで、つぐみさんはこんなにも短い期間でしか幸せを感じられなかったんだよ!! つぐみさんの幸せは全部てめーが奪ったんだ!! てめーのせいでつぐみさんの明るい道は生まれた時から閉ざされてるんだよ!! 何もかもてめーの責任じゃねーか!! 何が神様だ!! 笑わせるんじゃねぇ! ふざけんじゃねーよ馬鹿野郎!!」

『…………』


「何でだよ!! 何でつぐみさんが幸せを求めちゃいけないんだよ馬鹿野郎!!! つぐみさんはなぁ……つぐみさんはなぁ……。自分が幸せを感じちゃダメだって思ってたんだぞ!! 自分にはやらなきゃいけないことがあるから、自分が幸せを考えちゃダメだって言ってたんだぞ!! つぐみさんは自分の死期が迫っているのを感じて泣いてたんだぞ!! つぐみさんの気持ちになってみやがれ!! てめーがつぐみさんだったらうかばれてるのかよ!! 幸せも求めることが許されず、もくもくとくだらねぇ任務だけやってて、幸せ一杯の人生だったって満足できるのかよ!! てめーは神なんかじゃねぇ!! 自分の思うように人をもてあそんでる悪魔なんだよ!!」

『…………人間とは、素晴らしい生き物なのですね。私の考えが甘かったのかもしれません』


「だったらさっさとつぐみさんを普通の人間に戻せ!! てめーの一存で小さく頑張ってる人一人の命が救われんだぞ!!」

『それはできません。ジェリアを人間としてこの地上に置き続けることはできません。それに、既に私の送り込んだジェリアがあの子をとらえて、あなたが剣を納めた神社に向かっています。あの子はもう自分の体内にある『邪』を収める力が残ってません。あの子はあなたを深く愛していました。あなたには残念な結果となってしまいますが、どうか最期にあの子に幸せを分けてやってください』


「このクソ野郎がぁーーーー!!!!」


 そこまで叫ぶと、自然と白い霧が晴れてきた。

 そうなると俺は何も考えずに一目散に神社へと引き返して行く。

 細かいことはごちゃごちゃ考えなかった。

 ただつぐみさんに会いたい。

 それだけの思いで嵐の中神社へと向かって行った。




「つぐみさん!! つぐみさん!!!!」

 俺が神社に辿りついた時、神社には人だかりが出来ているようだった。

 その人だかりの真ん中に、髪が赤く染まったつぐみさんがいる。

 俺はそのつぐみさんを助けるような感じで、その人だかりの中へ割っていこうと駆け寄った。


「どけ!! どきやがれ!! つぐみさんを帰せ!! つぐみさんはこんなこと望んじゃいないんだ!! どきやがれーーー!!!」

 しかし丁度その中に入ろうとした所で、急に体が重たくなり、俺の体の自由が奪われてしまった。

 丁度昨日つぐみさんを連れ去ろうとしたジェリアと対面したときと同じような感じだ。


「くそっ!! ふざけんな!! つぐみさん! 起きてくれ! 俺だ!! 北見恭介だ!! つぐみさん!!!」

 つぐみさんは目も開けずにぐったりとした感じで、一人のジェリアによって、むごいことに髪の毛をつかまれ、その体を宙に持ち上げられていた。

 そしてそのつぐみさんの正面には剣を持ったジェリアが待ち構えている。

 丁度今からつぐみさんを居抜こうとするかのように。


「恭介……さん……声……きょうす……け……さ……」

「貴様ら! つぐみさんに何かしてみろ!! 全員皆殺しにしてやる!!」

「…………」

 俺が独りそう吼えていると、つぐみさんを囲う人の集団の中から一人のジェリアが出てきて俺の方に歩み寄ってくる。

 どのジェリアも似たような顔つきをしているが、そのジェリアには見覚えがある。

 昨日つぐみさんを連れ去ろうとしたジェリアだ。


「お前は……つぐみの願いをかなえてやれなかった」

「何!?」

「つぐみは、自分の行く末を当然知っていた。避けられない運命だということも知っていた。それでも少しでもお前と長く居たいから、そしてお前に胸を居抜いて欲しかったからお前の元に戻った。だから私はつぐみをお前の元に預けた。しかし、お前はつぐみの思いを踏みにじった」

「ば、馬鹿な……」

 その言葉を聞いて、ほんの少しだけ冷静になれたような気がする。

 つぐみさんと同じように、こいつの言葉には変に説得力があった。

 やはりジェリアという人種は全てが『正』なのであろうか。

 今の言葉にうまく反発する言葉が見当たらなかった。


 そんなことを思っていると、突如目の前が赤く光る。

 それと同時にうめき声にも似た声がその場にたくさん響き渡った。


「お前は……愚かだ」

「…………」

 そのジェリアを前に、後ろでは悲惨な光景が繰り広げられていた。

 髪が真っ赤に染まったつぐみさんは、素手で次々と目の前のジェリアを破壊していく。

 まるで、つぐみさんが悪魔になったかのように。

 そしてつぐみさんにやられたジェリアは次々と跡形もなく消滅していった。

 いつの間にか俺たちの回りは炎に包まれ、この嵐の吹き荒れる神社の一体は地獄絵図と化している。


「つぐみが何を思っているのか、お前は感じてやれるのかと思ったが……」

 そこまでそのジェリアが言うと、そのジェリアもつぐみさんの手によって引き裂かれてしまう。

 そして目の前に真っ赤な血が飛び散ったかと思うと、その血も含めて、跡形もなくそのジェリアは消えうせてしまった。

 ジェリアの消失によって俺の金縛りはすぐにとけ、自由に動くことが出来たが、俺はその場を動かずに真っ直ぐにつぐみさんの目だけを見続けた。


「つぐみさん……」

 凄く……寂しそうな顔をしている。

 どうしてこんなにも悲しそうな顔をしているのだろうか。

 さっきまでの俺だったら、簡単に間違った答えを見つけて決め付けていたと思う。

 つぐみさんの、この悲しい表情の理由はきっと……きっと…………。


「ぐっ……」

 暴れるつぐみさんの腕が俺の左腕に当たる。

 見てみると、俺の左腕が自分の胴体からバッサリと落とされていた。

 それでも痛みを感じている暇は全くない。

 左腕をつぐみさんに落とされても、俺はずっとつぐみさんの悲しそうな顔だけを見続けた。


「つぐみさん……ごめんね……。つぐみさん……」

「…………」

 俺はつぐみさんの胸に、倒れるようによりかかる。

 このままつぐみさんに殺されてもいいと思ったが、つぐみさんはそれ以上俺に手をかけてこなかった。

 そしてふと下を向くと、そこにつぐみさんが持っていた剣が転がり落ちているのに気が付いた。

 俺はよろよろと残された右手でその剣を掴み、つぐみさんと再び向き合う。


「……つぐみさん……ごめんね……。俺、つぐみさんの思いが分かってやれなかったかもしれない……。本当にごめん……。つぐみさん……」

「…………」

 さっきまで暴れていたつぐみさんだったが、俺と向き合い、俺がそうつぐみさんに謝ると、つぐみさんはそれを聞いているかのように暴れるのをやめておとなしくなる。


「本当に、今までありがとう。俺は……幸せだったから。つぐみさんの声、仕草、笑顔、思想、全部……本当に全部、全部、全部……好きだったから……。俺、つぐみさんがいて、本当に幸せだった……。こんな俺に力を使ってくれて……こんな俺を日の当たる道に導いてくれて……本当にありがとう……ありがとう。……そして、さようなら……つぐみさん」


 静かに右手を動かし、剣を動かす。

 つぐみさんは全く暴れる様子もなく、ただ俺と向き合って直立しているだけだ。

 そのまま俺は剣をつぐみさんの胸に向かってつきたてる。


「つぐみさんーーーーーーー!!!!!」


 そして一気に剣を進め、つぐみさんの胸を一気に貫いた。

 何の感触もなく、ただ空気を切っているような感触しか残らなかった。


「うわぁーーーーーー!!!!!!」


 つぐみさんが徐々に消えていく。

 この炎に包まれた神社をバックに、あのジェリア達と同じように跡形もなくつぐみさんが俺の目の前から消えていく。

 もう何も考えることができない。

 つぐみさんが消えるのをただ見ていることしか出来ない。

 あれだけ俺に優しくしてくれたつぐみさん。

 俺を明るい道に導いてくれたつぐみさん。

 本当に綺麗で、本当に天然ボケしていて、本当に優しかったつぐみさんが消えていく。

 あの笑顔はもう見ることができないのだろうか?

 もうつぐみさんは俺に抱きついてくれることはないのだろうか?

 そのことが一瞬頭をよぎると、俺は耐えられなくなってその場で爆発するように泣き出した。



『ありがとうございます……』

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