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君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
序章 人間万事塞翁が馬なんてことはない
3/37

二幕 いくら探しても夜には光が見られない

 次の日の放課後。

 昨日の出来事で憂鬱な気分を引きずっていた俺は、筑波さんとの刹那のメモリーを懐かしみながら帰路を歩いていた。


 そして家に着き、バッグを床に放り投げて疲れた自分の体もベッドに投げ出す。

 今日も5時からバイトだ。

 いつもと変わらないバイト。

 店長だってイイ人だし、バイト仲間だって一部例外はいるが、イイ人ばっかりだ。

 それでもなんだか行きたいという気分にはなれなかった。

 きっと学校で作った彼女に振られた時ってこんな気分なんだろうなぁと思いながら束の間の休息に身を浸す。


 その時、何となく視界に入った家の電話がランプを光らせているのに気が付いた。

 留守番電話だ。

 なんだか動く気にもなれない俺だったが、一瞬頭の中に『筑波さんが俺に電話を掛けて謝罪か何かしにきてくれたのかもしれない』というあり得もしない思考が走った。


 俺は仕方なく体を起こし、電話の留守録再生ボタンを押しに行く。

 そして『メッセージ、1件です』の機械音声の後のメッセージに、俺はさらなる絶望へと叩き落されるのだった。


『北見。忘れてねぇだろうな、今日が〆切日だ。今度遅れたらただじゃ済ませねーぞ。場所はいつもの所、時間は11時だ。キッチリと5万円、持って来いよ』


 その言葉を聞いて今まですっかり忘れていた恐怖を思い出す。

 そしてハッとなって自分の腕時計を見、今日の日付を確認してみた。

「……7月5日」

 自分で意識しなうちにやってきてしまったのだ。恐怖の『5日』が。


 俺は今日、『そっちの方の人間』に5万円もの大金を渡しにいかなければならない。

 それが毎月5日のこと。

 毎月5日が来るのが凄く憂鬱で、5日という日にちは俺にとって物凄い恐怖の威圧感を持つ日なのだが、今月は昨日おとといと筑波さんのことで舞い上がっててすっかり忘れていた。


 俺は慌てて制服のズボンの後ろポケットに手を当てる。

 しかし……。

「ない……」

 そこにあるはずの財布がなかったのだ。

 その一瞬で頭の中が真っ白になった。

 もう憂鬱を感じている暇もない。

 俺は再度ズボンの全ポケットを確認。

 その後床に放り出したカバンをひっくり返して確認。

 さらに自分の身の回り全てを確認すること15分。


「……終わった」

 試合終了。

 人生も半ば終わったようなものだ。

 しかし、約束の5万円を払わない訳にはいかない。

 前回どうしてもお金が足りなくて三万四千円で勘弁してくれと言ったらぶん殴られた。

 何度も何度もぶん殴られた。

 本来ならば病院の世話になっていたくらいの怪我だったが、どうも病院は好きではないので、2日程学校を休んで自宅休養をとった。

 もうあんな目に合うのは御免である。


 俺は最後の望みをたくして、机の上にある貯金箱をひっくり返してみた。

「……1762円」

 こんな金額で勘弁してくださいなんて言ったらゴートゥーヘブン確定である。

 もちろんキャッシュカードも財布の中なのでおじゃん。

 親に土下座して仕送り前借で金を送ってもらうにしても時間がかかってしまう。


「…………」

 俺はもう何もかもが嫌になってふらふら窓際へと歩き、窓を全開にして窓枠に腰掛けた。

 そして遠くの空を見て昔の楽しかった生活を思い起こす。

「…………」

 外は田舎特有の、夏直前の清々しい気温と光り輝く太陽。

 空は真っ青で雲ひとつない。

 太陽はサンサンと今日も元気に光を放っている。

 涙が出そうになってきた。


 北見恭介17歳独身。

 昔は勉強もスポーツも抜群で、お調子者だったがクラスの中では社交的で人気者的存在。

 勉強が出来たことと、田舎への変な好奇心と、一人暮らしへの憧れから遠く離れた田舎の有名進学校に入学。

 そこまでは恐ろしい程順調な人生を歩んでいた。


 高校に入ってからは上り調子の人生バイオリズムが一気に下降線に入った。

 菅下連合すがしたれんごう

 通称『菅連』との出会いである。

 奴らに関わってしまった為、俺は学校では避けられるようになり、友達は馬鹿か変態のみ。

 奴らのせいで俺は苦しい極貧生活を強いられるようになり、バイトの日数は激増。

 お陰で勉強も下降線。

 文系である俺の数学は1年の頃から赤点連発。

 気が付けばもう高校2年の半ば。

 高校生活の半分が終りを告げようとしている。

 俺の夢見ていた彼女とラブラブの華やか青春高校生活は夢のまた夢である。

 もう逃げる事はできない。

 この田舎では知らぬ者はいない超極悪集団『菅連』に関わってしまったが最後なのだ。


 世間では菅連はタブー視されている。

 関わったら嫌なことしかない、金を巻き上げられるだけならまだマシな方で、命を巻き上げられる人間も多数。

 俺はそんな組織の一員なのである。

 菅連の一味だと言っても、俺は菅連という組織の中の下っ端の人間の小間使いだから、直接菅連に関わっている訳では厳密にはないのだが、同じことだ。


 最初こそ、その連中から逃げようと何度も試みた。

 でも、逃げることは絶対に出来ないのだ。


 警察に告げたとしよう。

 警察は捜査を行って菅連の組織に介入し、かなりの数の人間が捕まることだろう。

 しかし、菅連は裏の組織。

 組織の人間は普段組織の一員であることを隠している為、判別して全員捕まえるのは難しい。

 実際に総員で何人いるのか俺だって全く知らないし、見当もつけられない。

 となると、かなりの人間が捕まったとしても生き残りが出てくる。

 するとその生き残りが調査をして、警察に告げた裏切り者を見つけ出す。

 菅連は組織がかなりしっかりしている為、情報や人脈は本当に広いので簡単に見つかる。

 警察に告げた俺が見つかったら、後は天国を旅行しに行くだけだ。


 組織から自然蒸発するというのも無理だ。

 俺を従えている人間は俺の情報を全部握っている。このアパートも俺の実家も。

 だから逃げたらアパートや実家には来るだろうし、火をつけると散々脅された。

 俺のせいで家族が死んだり、このアパートの住民が死ぬのは耐えられない。


 と、いう訳で俺が菅連から逃げる方法はないのだ。

 革命が起こらない限り俺は死ぬまでこの連中の下僕として動くことになる。


 俺が菅連の一味である事はバイト仲間以外の人間なら皆知っている。

 学校の奴らだって、俺の知らない奴だって俺が菅連に関係しているということは知ってる。

 アパートの大家だって知ってる。

 だから大家からの当たりは物凄く厳しい。

 挨拶したってシカトだ。

 ずっと追い出そうとたくらんでいるに違いない。

 お隣さんの奥村彰二だって知ってる。

 知っていてもなお俺の味方をしてくれる本当に心強い人だ。

 彰二がいなかったら俺、自殺してたかもしれない。

 まぁ、実際に菅連に関わっている人間で自殺したっていう人は何人かいたみたいだけど。


「…………」

 アパートの前を真っ白のコートを羽織った女の子が通り過ぎる。

 少し遠目だが、顔はよく見える。

 真夏にコートはないだろうが、かなり可愛い女の子だ。

 年は同い年くらいだろうか、でもうちの学校の生徒には見たことが無い。

 俺も順調に育っていれば、今頃あんな子といちゃいちゃワンダフルライフを送っているんだろうなと思うと、自然と再び目から涙がこぼれそうになってきた。


「……やりなおしてぇ」

 もう一度あの引越し初日で浮かれていた俺になって、あの山道だけは通らない人生を歩んでみたい。

 何度そう思ったことか。

 でも、もうやり直しはきかないのだ。

 全て今目の前にある事が現実。

 俺は菅連と関わってしまって、毎月5万円を献上。

(その代わりにボディガードをしてくれるそうだが、一度たりともお世話になったことはない)

 

 それで今日はその上納日。

 その上納日に財布を落とし、今ある所持金1762円。

 前日に筑波さんにはバイトを去られて絶望に瀕していた俺。

 そんな俺が何を願っても変わる訳ないのだ。


「ホントに死んじまおうかな……」

 今居るアパートの2階から下を見てみると、下はコンクリート。

 2階という高さが微妙だが、打ち所が悪ければ死ねる。

 今死んだって失うものは何も無い。

 半分冗談だが、半分本気だった。

 そんな風に下へ意識を向けていると、不意に電話が音を鳴らした。


「うわっ!」

 それにビックリしてしまう俺。

 うまくバランスを取って窓の枠に座っていたのが、お陰でバランスを崩してしまった。

 ヤバイ。

 これ、もしかして、フォーリンダウンってやつですか?

「ちょ、ちょっと! まだ死ぬと決めた訳じゃないし、心の準備が――」

 頭の中が再び真っ白に。

 電話が鳴った不意を突かれてバランスを崩し、2階のアパートの窓から飛び降り自殺。

 重力に身を任せて自由落下する。

 俺の人生、終わった。

 さようなら、父さん、母さん、彰二……。

 みんな、元気で――。


ズダン!!


「いてぇ!!」

「さようなら、父さん、母さん。彰二……」

「何降ってきてんだよ!! 新手の嫌がらせか!? いてて……」

「アレ?」

 生きてる。

 下を見ると金髪の兄ちゃん。

「おま、ちょ、ふざけんなよ!! いてて……」

 助かった……?

 何が起こったのか、時間が早すぎて全然分からなかった。

 窓から落ちた俺は、次の瞬間彰二を尻に敷いていたのだ。


「き……奇跡?」

「何が奇跡だ!! まじいてぇ……ちょ、どけって……」

 苦しそうにもがく奥村彰二20歳。

 俺は何が起こったのか分からないまま、彰二の上から体をどかした。

 本当に助かってしまった。

 彰二のクッションのお陰で。

「お前……ちょっと……まじいてぇ……」

「す、すまん!!」

 苦しそうにもがく彰二に肩を貸してやり、彰二の家へと運んでやった。

 俺も彰二も幸い大きな怪我はなかった。……と思う。



 その後俺は彰二に「ぼ~っと外を眺めていたら窓から落ちた」と落ちた訳を話し、バイトの時間が迫ってきたので、気の入らないまま仕事を行った。


 菅連の上納金5万円だが、頼み込めば店長が5万円くらいは貸してくれそうではある。

 しかし、事情を話す事がどうしても俺には出来ない。

 今のところバイト先には誰一人俺と菅連の関係性を知っている人間はいない。

 だからバイト先には菅連関係のことを一切持ち込みたくはなかった。


 彰二に5万円を借りるという手もあった。

 彰二は菅連のことに関して、俺を本気で心配してくれるから彰二なら絶対に貸してくれるであろう。

 でも、俺は彰二に頼み込みはしなかった。

 財布を落としたことも言ってない。

 何故ならあいつは本気で心配してしまうから。

 それが俺には申し訳なさ過ぎて、心が痛んでしまうんだ。

 だから俺は彰二にも一切事を告げなかった。


 結局その日は後のことを一切考えず、菅連の連中との約束をバックレることにした。

 もう死を覚悟している。

 約束をバックレたら多分次の日家に襲ってこられて、俺の人生フィニッシュを決めることができるだろう。

 それでも良かった。


 財布もないので、今の俺は一文無しも同然。

 これから給料や仕送りが来るまでどうやって飯を食えばいいのかすら分からない。

 夢だった彼女とのワンダフル高校生活は絶望的。

 菅連の呪いからは今後死ぬまで逃れられない。

 そんな人生送っていても無駄だ。

 だったら菅連の連中に殺されてしまっても別にいいかななんて思う。


 人生を諦めつつのバイト。

 バイト先でも「元気ないね」と励まされたりもしたが、そんなことで俺の絶望は逃げたりしない。

 しかしバイトが終わって家に帰って来た時、何故か俺のポストに俺の財布が舞い戻っていたのだった。

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