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君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
三章 幸せは人の感じ方によって変化する
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二十三幕 優しさは優しさを呼ぶ

 7月23日土曜日。

 俺の思いつきでつぐみさんは俺の家に来ることになった。

 いや、来るというかむしろ住むと言った方が近いのかもしれない。

 少なくとも俺はそのつもりだ。


 俺は無理しなくていいと何回か念を押したが「やっぱり迷惑です」という返事しか返ってこなく、他の心配(恭介さんに襲われますとか、親がダメっていいますとか)をあまりしてない様子だったので、再度いつも外で寝ているのかを聞きなおした後、結局連れてきてしまった。

 毎晩外で寝ているという事実を知って俺は急遽家に招待することになったのだが、俺の中ではつぐみさんの許可もとらずに勝手に同棲である。


 つぐみさんにも用があるんだと思うし、やらなくちゃいけないことはあるかと思う。

 でもその時は俺に言ってくれればいいし、できれば用が終わったら俺の家に帰って来て泊まって欲しい。

 その旨を伝えたら一応OKしてくれた。

 まぁ、『この世界では外で寝ることは大変危険でそれを守るのが俺の役目』とか『他に寝る所がみつかるまで拒否は不可』とか『俺と一緒に居たくない?』とか、卑怯な言葉で半ば無理矢理誘ったことは認めるが。

 それにしても本当につぐみさんは俺のことを思ってくれているようで、それが分かるような言動が聞けるともう死んでもいいくらい嬉しい気持ちになれる。

 これからのことも考えると本当に幸せすぎる。


「え、と……は、はい」

 でもやっぱりいざ俺の家に連れてくるとなると、心臓が爆発しそうなくらい緊張する。

 俺の住んでるアパートなんか死ぬ程狭いし、俺の部屋だっていつも綺麗にしているつもりではあるが、つぐみさんからしたらとんでもなく汚いと感じるのかもしれない。

 部屋に入る前に10分ちょっと時間をもらって超特急で部屋の掃除をしたがまだ不安だ。


(掃除機はかけた。風呂掃除もトイレ掃除もした。エロ本も隠した。大丈夫、大丈夫)

 と、心を落ち着かせてつぐみさんを中に招待する。

 あー緊張する。

 あまりに狭いもんだからって気を失ったりしないだろうか?


「さ、ど、ど、ど、ど、どうぞ」

「あ……すみません、お邪魔します」

 つぐみさんを中に通す。

 部屋の中は、キッチン合わせて八畳間くらいで部屋は一つ。

 それに小さい玄関と人一人入れる程度の脱衣所&洗面所と小さな風呂と小さなトイレ。

 それで部屋の内訳は終わりだ。

 八畳間と言ってもベッドはあるし小さなタンスはあるしコンポやテレビを置くスペースがあるので、実質自由に動ける場所はほんの少ししかない。

 二人暮らすには少し不便だと改めて思うが、外で寝かせるよりはマシだろうとも思う。

 でも、彰二はならまだしも、あろうことか俺の大好きな人をこんな狭い所に置かせるのはやっぱり申し訳ない気はした。


「狭くて汚くて本当に申し訳ない感じなんだけど……ははっ」

「ここが……恭介さんの生活している場所……。恭介さんの匂いがします」

 つぐみさんが玄関で立ち止まったかと思うと、目を瞑ってそんなことを言ってきた。


「やややややめてくれよ! はいっ、ここで靴を脱いで……」

 つぐみさんに靴を脱いでもらい、中へ通す。

 今まであんまり気にならなかったが、つぐみさんの靴は大分くたびれているような印象を受けた。

 この靴は今までどんな所を歩いて、どんな経験をしてきたのだろうか。


「えっと、ここに座って……」

 まずいまずい。

 物凄く緊張してきた。

 つぐみさんが部屋の中を見渡すものだから、何か変なものがないかこっちまで緊張してしまう。

 とりあえずつぐみさんを、あらかじめ用意しておいた座布団のあるスペースに座らせ、お茶とお菓子を用意する。


「ごめん。今こんな物しかないんだけれどもぁっちゃー!!!」

 意味もなく焦っていたんでお茶を自分の足にこぼしてしまった。

 しかもこぼしたお茶はつぐみさんにも少しかかってしまったみたいだ。

 何やってんだ俺。

 っつーかそれ以前に、このクソ暑い夏の日に何で熱いお茶だよ俺。

 相当テンパってるようだ。


「ごめんごめんごめんごめん! つぐみさんごめん! 熱くない?」

「いえ、平気です」

 全然怒った様子もなく、さっきから笑顔な感じのつぐみさん。

 昨日の夜とはだいぶ違う雰囲気を今は持っている。

 今朝みた朝日で何かふっきれたような印象を受けた。

 こぼしたお茶はどうやら顔にもかかってしまった様子で、俺は急いでハンカチでつぐみさんの顔を拭く。

 今のでつぐみさんの顔にやけどを負わせてしまったら、俺の罪は死罪に値する。


「つぐみさんごめん、熱くない? 熱くない?」

「いえ、平気です」

 つぐみさんはそう、ほんのりした笑顔で気を使ってくれているんだが、空回りしまくる俺がいた。

 それでもなんとかお茶とお菓子を出すことに成功し、お茶を勧める。

 しかしつぐみさんはなかなか手をつけようともせず、ちょこんと座布団の上に座って俺を見ているだけだ。

 どうしたらいいか急に分からなくなって頭の中が真っ白になった俺は、とりあえず落ち着いて部屋にある生活用具一式を説明しだした。



「ここがトイレで、ここが風呂。んで、これがつぐみさんが寝るベッド」

 どこか常識が欠けているつぐみさんなので、トイレや風呂の使い方も一応細かく教えておいた。

 もちろん普段俺が使っているベッドがつぐみさんの寝る場所で、俺は床に寝るつもりだ。

 幸い彰二用……というか、俺にもいつか恋人が家に泊まりに来るという事態を想定していたことがあった為、それ様にもう一つ布団一式があるから俺はそれで寝ることが出来る。

 まさかこれを彰二以外の目的で本当に使うことになるとは思いもしなかった。


「んで、ここをひねるとお湯が出るから」

「あの、こちらは……?」

「ん? あ、この青い方はひねるとメガトンの配達。ひねったらそうだな……20分くらいでメガトンが到着する。ひねってみる?」

「…………」

 つぐみさんがひねると蛇口からジャーっと水が流れ出でくる。

 つぐみさんが固まってしまった。


「……嘘」

「当たり。正解はお水がでる。でした」

 少し眉間にしわを寄せているつぐみさん。

 あーやばいやばい可愛い可愛い可愛い可愛い。

 もう本当に死んでもいいや。


「えっと洗濯はこのアパートの一階にある洗濯機を使います。乾燥機もあるし、どっちもタダなんで必要があれば使ってください」

「洗濯機……? 乾燥機……?」

「あれ? つぐみさん、いつも洗濯どうしてるの? 下着とか」

 コートは毎日洗うようなものではないが、洗濯機を知らないとなると毎日どうやって洗ってるのか疑問だ。

 抱きついた時だって、あれだけいい匂いがするんだから洗って無いということはないだろう。


「あの、川でバシャバシャと」

「バシャバシャ、ね」

 つぐみさんが手で洗う仕草をしながらそう言う。

 なんかその『バシャバシャ』という言葉がつぐみさんにそぐわず、可笑しかった。

 乾燥だって当然のように太陽の光を一杯浴びての自然乾燥なんだろう。

 なんか原始人みたいだ。

 それから洗濯機の説明をしに行って部屋に再び戻る。


「えっと、つぐみさん、コート暑くないかな? よかったらハンガーあるからかけるよ?」

「いえ、それほど大した暑さではないのです。それに……」

「それに……?」

「ちょっぴり恥ずかしいので……」

 少し顔を赤らめながらそうつぐみさんは言う。

 恥ずかしい?

 なんか意味がよく分からなかったが、その言葉の意味を考えてみると変な考えにたどり着いた。


(ま、まさか、その下は真っ裸ってことはないよな?)

 もしそうだったら分かった瞬間鼻血ブーで失血多量死である。

 世間知らず大王のつぐみさんだったら真っ裸の上にコートもあり得ない話ではない。

 そうは考えたものの、あの白のコートから少し中に着ているスカートのようなものが見え隠れしているので、そんなことはあり得ないとすぐに気が付いたのだが。


「別に下に何も着てないってこともないんでしょ? 恥ずかしがることないと思うんだけど……」

「う~ん……」

 そう言うと少し考え込むつぐみさん。

 なんか困ったような表情をしている。

 下に着ている服が恥ずかしいとか、実はつぐみさんの腕には隠れた紋章があるとかなのかな。


「まぁ、無理にとは言わないけどさ、寝るときもそのままって訳じゃないんだから、結局な感じがするんだけど……」

 と、苦笑いしながら言っておく。

 正直そこまで言われると、つぐみさんのコートの下が見てみたくなったというのはあるのだが。

 そう言うと、つぐみさんは「あんまり見ないで下さいね」と言いつつもコートを脱いで俺の方に渡す。


「…………」

「あ、あまり見ないで……」

 凄く綺麗だった。

 あのコートを脱いだつぐみさんを初めて見た気がする。

 何てことはない、洋服だって可愛らしいピンクの下地に薄い白のものを重ねたワンピースで物凄く普通の女の子だし、刺青とか紋章とか恥ずかしい所は何一つ見当たらなかった。

 それよりも、つぐみさんのあまりの白くて綺麗な肌についつい見とれてしまった。

 つぐみさんは顔を赤らめ、露出した肌の部分を隠すような体勢をとっていたが。


「何でさ。凄く綺麗なのに」

「あの……やっぱり他の人に肌を見られると少し恥ずかしいです」

 正直な所かなり地味目な服装を予想していたのだが、今あるつぐみさんの服装は色合いもそうだし、レースとかもついてて思いの他おしゃれだったのでびっくりした。

 今までのつぐみさんは白一色だったが、こう違ったつぐみさんも凄く新鮮で滅茶苦茶可愛い。

 恥ずかしがるつぐみさんも何だか物凄く可愛らしかった。

 結論=つぐみさん最高!


「そして……」

「?」

 次に目に入ったのは背中にある二つの物。

 この間遊園地の時に見たカバンと、例の剣の入った縦長の袋だ。

 つぐみさんはあの白いコートの下にやはりカバンと剣を隠し持っていた。


「そのカバンと袋、どうしようか?」

「…………」

 つぐみさんのカバンの中身。

 物凄く興味津々だけれども、そこまで首を突っ込んでデリカシーのかけらもない男だと思われたくない。

 とりあえず今俺がしなくちゃいけないのはつぐみさんの信用を得ることだ。

 つぐみさんを裏切るような行動は絶対にしてはいけない。

 中身を見た瞬間『鶴の恩返し』みたいにどこか行かれてしまうってのも、つぐみさんなら有り得そうで怖いし。

 だからつぐみさんが留守の時だって決して手をつけるつもりはないが、ずっと背負ったままというのもどうかと思うので、どこかに場所を移すように勧めた。


「あのさ、こうしようか。この戸棚あるでしょ。今から整理するから、この戸棚だけはつぐみさんのプライバシースペース。絶対に俺は手を出さない。難だったら監視カメラ置いてもいい。俺だってつぐみさんに信用して欲しいから絶対に手を出さない。どうかな?」

 つぐみさんはう~んとうなって考える。

 その結果、俺の提案は受け入れられることとなった。

 俺はその戸棚を整理し、つぐみさんはその開いた戸棚のスペースにカバンを入れる。

 その時つぐみさんはカバンの中から『鶫』のぬいぐるみを取り出した。


「あ……それ」

「私の大切な宝物です。あの、よろしかったら、これとこれはいつでも見える場所に置かせて頂けませんでしょうか?」

 つぐみさんはそう言って取り出したぬいぐるみと剣の入った袋を指す。

 俺は了解してぬいぐるみをスチールラックの上に、剣の入った袋を部屋のどこからでも見える位置に立てかけた。


「後、部屋にあるものはどう使っても構わないから。他に何か分からないこととかあるかな」

「あの……お金は……」

「あ、お金の置く場所? さっきのつぐみさんスペースでいいんじゃないかな。大丈夫。俺は絶対につぐみさんのお金には手をつけないから」

「いえ、すみません。私、あまりお金なくて、恭介さんに払うお金が十分にないんです。私もアルバイトして必ずお返しします。あの、おいくらになるんでしょうか?」

「ちょ、ちょっと!!」

 何かと思ったらつぐみさん、俺に金を払おうとしているらしい。

 本当に何考えてんだかサッパリ分からない。

 ここは一つ一つ世間の常識を俺がしっかりと教えてやらねばいけないようだ。


「俺はホストか何かか!! 金払うとしたら俺の方だろ! っつーか嫌だよそんな金を払う経済関係! お金なんか一円たりともいらないから! それが世間の常識ってもんなんだよ」

「それも……嘘です。私は、世の中何をするにしてもお金が必要だと知っています。恭介さんは優しい方なので断っています」

「違うよ! 確かに世の中何するにしても金を払う機会があるかもしれないけど、必要ない時はまるで必要ないんだよ! 丁度今がその時なの!」

「人間はお金を払わないで家に居座り、生活しているのでしょうか?」

「それも違うと思うけど……」

 まぁ、言われてみれば同棲しているカップルも双方でお金を払っているのが主流なんだと思う。

 どっちかが全額払っているっていうのはあまり聞かない気がする。

 そういえば前にテレビで見たカップルの女の方、男に全額払わせてふてぶてしい生活してたな。

 今の状況はつぐみさんもそいつと一緒ってことになるのか?

 否。

 つぐみさんはふてぶてしいことなんか何一つしない。

 でも、何もしないっつーのもつぐみさんの気持ちがおさまらないのかもしれない。

 ただでさえ遠慮大王なんだから。


「お金は今と全然変わらないと思うし、本当に全然いいんだけど……」

 でも、よく考えてみると食費なんかもかさむのかもしれない。

 このアパートの部屋で二人で生活したことないから分からないが、光熱費もかさむことになるのだろうか。

 それにしても俺の収入と親からの仕送りだけで十分にやっていける範囲内のはずなんだ。

 幸い今月は菅連に5万払ってない分少し余裕があるし、もしこれからも菅連から何も連絡がこなければ毎月5万円浮くことになる。

 奴らに払う金なんか一銭たりとも無いが、つぐみさんになら全財産かけてもいい。

 正直にそう思うんだが。


「やっぱりいいよ。つぐみさんがどうしてもっていうなら考えるけど、やっぱりお金は本当にいらない」

「恭介さんも働いているのであれば、私もアルバイトをします。やはり何もしないというのはおかしいです」

「う~ん……」

 と、考えた所で一つの案が思い浮かんだ。

 俺の働いている先でのアルバイトだ。


 つぐみさんも俺と同じ所でバイトすれば、学校のある日以外は一日ずっと一緒にいれる。

 が、やっかいな奴もいるからな……と考えてしまう。


「そうだな……」

 つぐみさんが今後どんな予定があるのかは分からないが、俺としてはつぐみさんにはずっとここに居てもらいたい。

 そう長期的に考えると、社会勉強という意味でもアルバイトを経験してみるのも面白いかもしれない。

 そうだ。

 別にお金なんか全くいらないが、経験という意味でのアルバイトなら大賛成だ。


「よし! アルバイトしよう! お金があればつぐみさんだって色んなことできるし、アルバイトだって良い経験になるはずだ!」

「はい!」

 そうだ。

 貯まったお金で一緒に遊びに行きたいし、ショッピングなんかもしたい。

 そうだ。

 つぐみさんだって新しい服とか、新しい家具とか必要なもの一杯買えるじゃないか!

 そう考えるとなんだか凄くワクワクしてきた。

 これから始まるつぐみさんとの新生活、本当に楽しいものになりそうだ。


「よし、そんじゃあちょっと遅いけど朝ごはんにしようか。何がいいかな? たいした物が全然なくて申し訳ないんだけど……」

 そう言いながら朝ごはんの準備を始める。

 しかしいつもコーンフレークと牛乳とか、適当なもので済ませてしまっているだけに立派な物なんかまるで用意されていない。

 こんな天使のようなつぐみさんにコーンフレークじゃあ、あまりにもお粗末過ぎる朝食である。


「困った……。つぐみさんって朝いつもどんな物食べてるの?」

「あの……私は食事をそんなにとらなくても平気ですので」

「え!? そりゃまずいだろ。食事は一日三食! 栄養をしっかりとらないと一日頑張って暮らしていけないぞ!」

「そうなんですけれども……」

 そう言う俺も忙しくて朝は何も食べないって時があったりするが。

 もしかしてつぐみさんは俺に気を使ってそんなことを言ったのかもしれない。

 でも、つぐみさんがそう言うからって何も食べない訳にはいかない。

 ここは今ある食料の中で最もいいものを使って最高級の朝食を出すべきだ!


「よし! 作るべよ! つぐみさん、何がいい?」

「あの、私は何でも……」

「いいの? ホントに何でもいいんだね?」

「はい。あの、すみません」

 よく分からないけれども、謝られた。

 ここは独り暮らししている男のプライドを賭けて、最高の料理を作ってみせることにする。

 幸い料理経験は全くの0という訳ではない。

 何を間違えたか、いつか彼女が出来たら料理を出して家庭的な男をアピールするとか言って、料理を独学で始めたことがある。

 まぁ、そんなの3日で飽きてやらなくなってしまったようなものだが、今考えるとそんな少しの経験も大きく役に立つので、馬鹿な志も捨てたものではない。



「…………」

「…………」


「…………」

「…………ごめん」


 その結果、恐ろしく恥ずかしい朝食が出来上がってしまいました。

 途中で出すのをやめようかと思ったくらい恥ずかしい。

 なんっつーか、死にたい。

 とりあえず謝っておいた。


「あの、本当に頂いてよろしいのでしょうか?」

「……ごめん」

 トースト。

 目玉焼き。

 変な形に切られたレタス。

 あさりの味噌汁。

 和食と洋食の、見事なまでに中途半端な融合。

 何でこうなったのかは作った俺にだって分からない。

 とにかく豪華な朝食をめざしたらこうなった。

 その豪華な食事がこれなんだから本当に死にたい。

 今すぐつぐみさんに殺されたい。

 それでも平然と、何事も無いかのようにお辞儀をして食べようとしてくれるつぐみさんがいとおしい。


「いただきます」

「……ごめん」

 奇形のレタスみたいな物体に手をつけるつぐみさん。

 なんかその姿を見るのでさえも嫌だ。

 この時、本格的に料理を勉強しようと思った。




「はいコレ、合鍵」

「あ……」

 食事も終わり、二人でお茶をすすっている時に俺はこの家の合鍵を取り出した。

 俺が鍵を落とした時以外に使うことはないと思っていたが、この合鍵もまさかこんな最高の形で使われることになるとは思っていなかっただろう。


「俺がいない時で、つぐみさんが出かける時はこの鍵で鍵をかけて行ってね。その代わり、条件を付けさせてください」

「条件?」

 合鍵を渡す前に条件を提示する。

 内容はもちろん少し前に伝えたことの再確認だ。


「これは合鍵とか関係ないんだけど、もう勝手に俺の前から居なくなるのだけはやめてくれ。つぐみさんにだってしなくちゃいけないことがあるのかもしれないけれども、その時は一言でいいから俺にじかに伝えて欲しい。お願い、これだけは約束してくれ」

「……分かりました」

 俺がそうつぐみさんの目を見て言うと、つぐみさんもしっかり俺の目を見てそう答えてくれた。

 良かった。

 一度裏切られることはあったが、つぐみさんとの約束ほど信頼できるものはない。

 つぐみさんがきちんとこう約束してくれたのだから、勝手にいなくならないと信用することにする。


「はい。じゃあこの合鍵を渡すね。それでいて、今度も完全に俺のわがままで、つぐみさんが嫌だと思うなら断ってくれてもいいんだけど、つぐみさんが何処に行っても構わない。でも、その日のうちに帰ってきて欲しいんだ。もしそれが出来なさそうならやっぱりあらかじめ俺に伝えて欲しい。別に何処に行くとか言わなくていいから、明日帰りますとか、それだけでも伝えて欲しいんだ。つぐみさんが帰って来なかったら、やっぱり心配になって俺も家を飛び出して探しに行っちゃうと思うから」

「本当に……ありがとうございます。約束します。一日でしっかりこの場所に私は戻ってきます」

 良かった。これで安心することができた。

 つぐみさんとの生活で期待も不安も色々あるけれども、一番心配なのがそこだったんだ。

 それさえ守られれば本当何があっても頑張っていけそうな気がする。

 これからの俺は永遠に幸せな毎日を送れそうだ。

 そう思うと、嫌でもテンションが上がってきた。


「よっしゃ! じゃあ今日は夕方前まで俺はバイトだけど、終わったら一緒に買い物に行こうか! つぐみさんの着替えとか、日常品とか買わなくちゃいけないものが山ほどあるから!」

「はい! お世話になります。あの、恭介さんがアルバイトをしている間、私は何をしていればいいでしょうか?」

「え? いや、別に何をしろってことも全くないけど……。やることがないんだったらそうだな……ここにある本とか読んででも構わないよ。テレビもビデオもOK。この部屋の中は本当にどう使っても構わないから」

「はい。分かりました」

 別につぐみさんには何も求めていない。

 強いて言うなれば、もう少し世間の常識を知って欲しいといった所か。


 本を読むのが好きだと言っていたつぐみさんなので、部屋にあるありったけの本をつぐみさんに紹介した。

 普段からロクな物を読んでいないので、学術系の本なんか学校の教科書ぐらいしかなかったが、俺はそこであえて漫画を推薦しておいた。

 漫画だったら細かい所で世間の常識が身につくかと思ってだ。

 数ある漫画の中でつぐみさんが何を選ぶかにもよるし、バイトから帰って来て、つぐみさんが「ふぉぁたぁ!! あちょー!!」とか言ってても困るが。

 とりあえず全部つぐみさんにお任せということにして俺はバイトに出かけた。

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