二十一幕 久々に降る大雨は、今まで照らしていた明るい光を隠した
つぐみさんと一緒に時を過ごしてから何日が過ぎただろうか。
カレンダーを覗けば、気付けば今日はもう7月22日。
確かつぐみさんと初めて会ったのが7月6日だったと記憶している。
今月の5日はお金がなくて菅連に金を渡せなくて、次の日断りに行った時に初めてつぐみさんに会ったのだから間違いない。
計算するとつぐみさんと出会ってからもう2週間以上も過ぎていたことになる。
俺にはその2週間が超特急のように感じられた。
その2週間、毎日のようにつぐみさんと会っていたがあまりにも色々なことがあった。
最初つぐみさんと会った時、正直淡白で冷たい人っていう印象が強かった。
それもそのはずで、つぐみさんはどういう訳か感情がとても薄い人だったからだ。
それでもつぐみさんとたくさん同じ時を過ごすことによって、つぐみさんの感情もだいぶ表に出てきた。
最初に感じたのは遊園地の時で、俺がクレーンゲームの商品をなんとか手に入れた時につぐみさんは笑ってくれた。
そして昨日もポン太の幸せを思っていたつぐみさんは、ポン太が死ぬ間際に大好きな飼い主と出会えたことによって涙を流した。
どっちもハッキリと分かるつぐみさんの感情の変化だ。
つぐみさんは感情がないんじゃない。
感情の表現の仕方を、今まで本能が知らなかっただけなんじゃないかなと、自分なりに考えた。
だって感情がないんならあんな表情、絶対に出来る訳ないと思う。
そんなつぐみさんだが、正体は相変わらず不明だ。
苗字も分からないし、年齢も職業も、何もかもが不明。
つぐみさんの様子をみると今まで何をして人生過ごしていたのか謎は深まるだけだ。
俺と同い年くらいに見える割にあまりに世間一般の常識を知らなさ過ぎる。
その一方、学術的なことは相当レベルの高いものを持っている。
あまりに奇異稀なつぐみさんなので、自分で勝手にその生い立ちを想像してみたりもした。
勉強一筋の箱入り娘で育てられたんだけれども、何らかの理由で家族を失って今は一人旅中。
家族を失ったショックで感情が薄れた。もしくはそれと同時に軽い記憶喪失に陥った。
目的はおじいさんの形見である『剣』をもとに、おじいさんの所に向かっている途中だが、世間知らずすぎて目的地がどこにあるのかもよく分からない。
あり得ない話ではないが、あまりに漫画過ぎる展開である。
勝手な予想はしたものの、正解は一体どんなものなのかサッパリだ。
もちろん知りたいという欲はある。
でもつぐみさんはそのことに関してきっと口を開いてはくれない。
笑えない程深くシリアスな過去を持っているんだとは思う。
だからきっと赤の他人である俺なんかには話してくれないんだろう。
「でも、正直な所話して欲しいよな……」
俺だってつぐみさんを全力で信用しているし、つぐみさんの信用も少しは勝ち取れたんじゃないかなとは思う。
もしつぐみさんが困っているようであれば、俺だって全力で助けになりたい。
そう思うからこそ、つぐみさんの過去を話して欲しいと強く思うようになるのである。
「今日、ちょっと聞いてみようかな……」
そんなこと思いながらつぐみさんの到着を待つ。
今日は朝から久しぶりに雨が降っていたので、傘をさしながら彼女の到着を待っている。
何だか本当に久しぶりの雨だ。
ここ一ヶ月くらい降っていないような気がする。
まぁ、今日は特別外で遊ぼうとか考えているわけでもなく、夕方のバイトの時間まで楽しくショッピングでもしてみようかと企んでいた所だったので、別に雨は気にならないが。
時間はまだ9時40分。
約束の10時まではまだまだ時間があった。
「もうそろそろ来てもいい頃なんだけど……」
約束の10時。
つぐみさんはいつも時間ピッタリに来る人なんだけれども、今のところつぐみさんの白いコートは現れていない。
まぁ、つぐみさんにも用があるだろうし、毎回10時ジャストを期待してもしょうがない。
過去に一度だけ時間がずれたこともあったし。
「一緒に勉強してた時だったよな……」
つぐみさんの時間正確神話も、あの時崩された。
だからつぐみさんには例外もあるんだし、今回が丁度その時なのだろう。
「……ちょっくら傘でも買ってくるかね」
もしかしたらつぐみさん、雨を知らないので外出に手間取っているのかもしれない。
なんてやりすぎな憶測まで飛んできてしまった。
家を出たときから既に雨が降っていたので俺は当然傘をさして彼女を待っていたが、つぐみさんは傘をさしてやってくるだろうか。
つぐみさんが平気で傘もささずに来る可能性もなくはないと思う。
今町行く人は皆傘をさしている程度に雨は降っているが、つぐみさんはあれだけ世間一般の常識に乏しい人なので、こんな雨の中傘をしさてなくてもあまり不思議ではない。
まぁ、傘の存在くらいは知っているだろうけど、本当に傘をさしてこなかったら困る。
っつー訳で俺は急いでコンビニに駆け込み、つぐみさん用に白いビニール傘を買うことにした。
「…………何かあったのかな?」
つぐみさん用の傘も買い終わり、元の場所に戻ったがつぐみさんの姿は見えなかった。
時間は10時10分過ぎ。
コンビニから帰る時は待たせちゃ悪いと思って猛ダッシュして帰ってきたが、つぐみさんはまだ現れていなかった。
普通の人なら10分程度遅れても全然気にしないのだが、相手はつぐみさんだ。
たった10分遅れただけで何かあったんじゃないかと心配してしまう。
少しそわそわしながらも、つぐみさんの到着を引き続き待った。
「おかしい! 絶対何かあったんだ!」
10時30分。
まだつぐみさんの現れる気配は無い。
今までに時間に関して30分も違えることは一度も無かった。
どんな些細な約束であれ、30分も遅れたつぐみさんなんか見たこと無い。
俺はさすがにおかしいと感じ、約束の駅前のベンチから少し離れてつぐみさんを探すことにする。
「これ……」
そしてつぐみさんを探して5分もしなかった頃、俺はある場所である物を見つけた。
待ち合わせをしたいる場所から一番近くにあったベンチの下にそれはあった。
真っ白で小さい包み。
ベンチの下に隠れているのは雨避けの為なのだろうか。
それでも白い包みは少し濡れてしまっている。
「…………」
誰がこの場所に置いたのかは分からないが、俺はそれを手にとってみた。
重さは全然なく、雨に濡れて中身が少し透けて見えているような感じだったので中身を少し見てみる。
その中に入っているものを確認した時、俺の頭の中は一瞬真っ白になった。
「何だよこれ。どういうことだ?」
中に入っていたものは、確かまだ俺がつぐみさんに貸していた本だった。
その本が何重ものビニール袋に包まれ、白い包みに綺麗に収められていたのだ。
これは間違いなくつぐみさんが俺宛に置いていったもの。
俺が到着する以前につぐみさんはこの場所に来てこれを置いていったんだ。
俺は慌てて辺りを見渡した。
もちろん俺の視界には白いコートは映らない。
「つぐみさん? つぐみさん……? ……嘘だろ?」
自分の体の内から物凄い何かがこみ上げてくるような感じがする。
嫌な予感なのか、悲しみなのか、物凄く大きな波だ。
しばらく俺はその包みに入っていた本を凝視し、立ち止まってしまった。
どうしたらいいのか全く分からない。
「何でだ? どうして急にいなくなっちゃったんだよ!!」
昨日、最後に別れた時だって特段変わった様子はなかった。
明日も10時で待ち合わせと約束した時、つぐみさんは笑顔で頷いてくれたのを俺は覚えている。
あんなどうでもいい所でもつぐみさんが笑顔を見せてくれるようになったんだと、感激していたんだから間違いはない。
「つぐみさんは約束を破るような人じゃないっ!」
この包みの中に入っていたものを確認して分かったことは、つぐみさんが俺より前にこの場所に現れてここに包みを置いて行ったという事実だけだ。
借りていたものを全て返すということは『もう会えなくなるから』という風に考えるのが普通で、実際この包みを見た時にそう思った。
でも冷静に考えてみると、つぐみさんは律儀に次の日に必ず借りたものを返すような人なのだ。
今までつぐみさんに貸したものは必ず次の日にしっかり返ってきた。
つまり、もう会わないから返したと考えるのはまだ早い。
じゃあ何故自分の手で返さなかったのか?
きっと何か突然用事ができたに違いない。
昨日の別れ際のつぐみさんの様子を見る限り、明日も普通に会えそうな感じだった。
今日会えなくなることが分かっていれば、あんな自然な状態で明日の約束をするはずなんかない!
「つぐみさん!つぐみさん!!!」
どこへ向かっているというわけでもなく、俺は傘を投げ捨ててその場を駆け出した。
何か物凄い胸騒ぎがする。
どうしてつぐみさんはいつも俺の前から消えてしまうんだ!
これでお別れなんか絶対に嫌だ!
まだまだ感謝したいことが山ほどあるんだ!
「はぁ、はぁ……。つぐみさーーーん!!!」
雨は少しずつ激しくなりだし、傘を投げ捨てた俺はすでにびしょびしょ。
それでもどこに向かうという訳でもなく、街中を走り回って白いコートを探した。
つぐみさんが何処を縄張りにしているかなんて知らない。
もしかしたらこの近くに立派な家があるのかもしれない。
分からないことだらけだが、何もしないのであれば何も変わらない。
「つぐみさん! つぐみさーん!!」
つぐみさんの名前を叫びながら物凄い勢いで街中を走り回る。
最初はつぶやくようにしか叫ばなかったが、自分でも気付かないうちに自然と大声を上げていた。
無意識のまま闇雲に走り続け、一番最初にたどり着いたのはポン太を最初に発見した場所。
悠太君の前の実家だ。
そこにつぐみさんが居るかと思って来たが、その場につぐみさんはいなかった。
しかしすぐにポン太関連で思い出し、俺はすぐさま自宅に向かった。
そして自宅に駆け込むなり、電話の受話器を荒々しい手で取り上げて新井さんの家にダイヤルする。
昨日あの後、新井さんの家に戻ったときに正しい連絡先も聞いておいて良かったとこの時思った。
「そうですか……すみません、いえ、ありがとうございました」
つぐみさんが昨日作ったポン太のお墓とかに行っている可能性にかけて新井さんの家に電話したが、その期待は見事に空振りした。
他に思い当たることがないくらい、つぐみさんに関しての情報がない。
「くそっ!!!」
それでもすぐに家を飛び出し、違う場所を探し始めた。
次に向かった先は大里食堂。
これであっけらかんとメガトン食ってたら、いくらつぐみさんと言えども2~3発小突いてやろうと思いながら大里食堂へと向かった。
「はぁ……はぁ……」
しかし、大里食堂にもつぐみさんはいない。
居たら居たで、きっと「何やってんだよ」って感じの呆れかえりはあるだろうが、それよりもどこかへ居なくなった訳じゃなかったという安心感の方がはるかに強い。
のん気にメガトン食べててくれと思いながらの詮索も見事に空振りだった。
「つぐみさん! つぐみさん!!」
心が苦しい。
探しても白いコートの姿はなかなか見つけることができず、俺の胸騒ぎは次第に大きくなってくる。
これでもう二度と会えないんじゃないかと思うと、心がちぎれそうだった。
あんな中途半端な最後の別れは絶対に嫌だ。
どうしてもつぐみさんにやらなくちゃいけないことがあるんだとしても、絶対に納得できない別れ方だ。
何がどうあったとしても絶対につぐみさんを見つけ出してやると意気込み、引き続き街中を走り回った。
「はぁ……はぁ……」
もう午後1時を回った。
ほとんど休みなく全力疾走で探し続けているせいか、足がイカれてきた。
足が思うように動いてくれない。
久しぶりの雨で気温も低いというのに、頭が沸騰しそうなくらい熱い。
汗もずっと噴出したままで、本当に苦しい。
でも、それ以上につぐみさんに会えないことの方が苦しかった。
大げさじゃなく、俺の命が尽きてもつぐみさんだけは会いたいと思っている。
だから俺は休むこともなく探し続けた。
「はぁ……はぁ……」
時折頭の中が真っ白になるようになってきた。
つぐみさんと一度行ったこの近くの場所は全部行ったが、つぐみさんの姿は見えない。
当然約束した駅前のベンチを何度も見たが、白いコートの姿はなかった。
「はぁ……はぁ……」
このまま倒れたのでは意味が全く無いと思い、ひとまず膝に手をついて休む。
「はぁ……はぁ……」
むしろ、このまま倒れた方がつぐみさんに会える可能性が出てくるんじゃないかと思えた。
困っている人がいたら颯爽と姿を現して、助けの手を差し伸べるのがつぐみさんだ。
俺がここで倒れたらつぐみさんは助けてくれるだろうか?
「はぁ……はぁ……」
バチッ!
馬鹿なことを考えていた俺に対して、一発頬を殴る。
それによって少し冷静になれた。
そんな情けないことをするよりも、俺にできることがまだあるんだ。
「すみません! 白いコートの女の子見ませんでした?」
「さぁ……」
今度は手当たり次第人に聞き込みを始める。
この夏場にあの白のコートはどんなに身を隠そうとしても目立つはず。
誰か一人くらい見かけていてもおかしくはないはずだ。
「あの、白いコートの……」
目に入る人は片っ端から話しかけに行ったが、何が忙しいのか無視された。
それでもめげずに聞き込みを続ける。
しかし、対象があんな目立つ格好をしているのにも関わらず目撃情報はなかなか見つからなかった。
「はぁ……はぁ……」
町を歩く不特定の人に聞いても無駄なのかもしれない。
あの包みがあの場所に置かれたのは一体いつのことなのだろうか?
もし俺が来るちょっと前の出来事であるのならば、あの時間に他の人に聞いていればもしかしたら有力な情報が得られたかもしれない。
今この付近にいないのは、俺が足を使って探しているのでほぼ明らかな気がする。
あの時間であればまだそう遠く行けるはずがなかったのに、と後悔した。
「はぁ……はぁ……」
『遠くに行く』というキーワードで思い出した。
電車だ。
以前は電車という単語しか知らなかったつぐみさんだが、一度俺と一緒に電車に乗っている。
もしかして電車を使ったのかもしれないと思い、俺は駅員さんの所へ猛ダッシュして行った。
今日の朝から一日駅員さんが代わってないんだとしたら、つぐみさんが電車を使っていれば絶対に駅員さんは見ているはずだ。
「あの……はぁ……はぁ……。あの、白いコートの子、見ませんでしたか?」
「あ、見ましたよ」
ビンゴだ!
駅の改札の所にいる駅員さんに聞いた所、見事に期待に答えた返事が返ってくる。
「白いコートの女の子ですよね? この夏場にあのコートだし、なんか切符も買わずに乗ろうとしていたからしっかり覚えてますよ」
「いつ頃ですか!? その子……、その子がどこに行ったのか分かりますか?」
どうやらその子がつぐみさんで間違いはなさそうだ。
俺は逸る気持ちを抑えられず、駅員さんを質問攻めにしてしまう。
「そうだね……朝8時とか、9時とかだったかな。何処に行ったかまではちょっと……」
「そうですか……」
やはりかなり前にこの電車を使ってどこかへ行ってしまったようだ。
もちろん俺はそれを追おうとするわけだが、駅がたくさんある以上一駅一駅聞いて回って聞き込んでいたんじゃ日が暮れてしまう。
「あの、ありがとうございました!!」
俺は駅員さんにお礼を言って、さっそく切符売り場へと向かった。
そして250円の切符を迷わず購入する。
以前つぐみさんと行ったのは250円区間である『悠棟寺前駅』だ。
あの時本当につぐみさんが初めて電車に乗ったのだとすれば、今回器用に応用を利かせて自分の目的地である駅を選べるとはあまり思えなかった。
一般の人ならそれくらいの応用は簡単に利かせることはできるが、つぐみさんは少し特殊な人間だ。
可能性は薄いかもしれないが、もしかしたらこの前と一緒のことしかできなくて、この間と同じように250円の切符を買って悠棟寺前駅で降りてるかもしれない。
その可能性に賭ける以外俺に残された道はなかったので、俺は迷わず250円の切符を購入した。
切符を購入するなり、自動改札機へと物凄い勢いで突っ走って通過する。
そしてこの間と同じホームへと物凄い勢いで駆け上がって行った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ホームを見渡すも、やはり白いコートの姿は……。
「つぐみさん!!!」
何と、反対側のホームに白いコートが居たではないか!!
その白いコートは俺と顔を合わせるなり、すぐに顔を背けて走り出した。
何か避けられているような、そんな感じのつぐみさんの動作だったが、俺はつぐみさんをこのまま逃がすまいと反対側のホームへと移動を試みる。
しかし、そんな時反対側のホームに物凄い音とともに電車が到着してしまった。
このままではどこに向かっているかも分からないつぐみさんを逃すことになる。
俺は何も考えずに自分の持っている全部の力を賭けて階段を降り、反対側のホームへ向かって走った。
「待って! その電車待ってくれっ!!!」
反対側のホームについたが、すでに電車の扉は閉まっていた。
俺がそう叫ぶも、無残にも電車は俺の目の前をどんどんと通過していく。
それでも俺はその電車を追おうと、電車の進行方向向けて走り出した。
するとその先、ホームの上に白いコートが立っているのに初めて気が付く。
つぐみさんは、今の電車に乗っていなかったんだ。
「つぐみさん!! つぐみさん!!!」
俺は物凄い勢いで白いコートに向かって走る。
白いコートはそこから動かなかったので、無事に捕まえることができた。
「つぐみさん! つぐみさん!!」
俺はつぐみさんの両手を持ち、つぐみさんの顔に向けて叫ぶ。
しかしつぐみさんは顔をうつぶせて、俺と視線を合わそうとしなかった。
構わず俺は訴えかけるようにつぐみさんに話しかける。
「どうして急にいなくなっちゃうんだ!? 俺のことが嫌いになったの!?」
そう聞くと、つぐみさんは精一杯ふるふると顔を横に振る。
安心した。
さっきのつぐみさんの様子からなんだか嫌われてしまったっぽく読み取れたので、心当たりは無いが、嫌われてしまったのかと思っていた。
「じゃあどうして!!」
俺がそう言うも、つぐみさんはうつむいたまま動こうとしない。
しばらくつぐみさんはうつむいていると、しばらくしてから顔を上げ、ようやく俺と視線を合わせた。
そのつぐみさんは、何故か涙をこぼし、悲しそうな表情をしていた。
「私は……私は、ここに留まっていてはいけないんです」
振り絞って出したようなつぐみさんの声。
昨日のようにボロボロ涙をこぼしており、それをこらえてようやく発したようなかすれた声だった。
「どうして!? つぐみさんはどうしてここに居ちゃいけないんだ!?」
「…………」
泣いていてなかなか言葉を出しづらい様子だ。
しばらく泣いたまま言葉を発しないつぐみさんだが、そんな中でも少し待っているとなんとか次の言葉を出してくれる。
「そもそも、私がこうして色々なことを感じてみたいと欲することがおかしかったんです! 最初はほんの些細な好奇心でした。でも、恭介さんのお陰で色々なことを感じることができるようになって、そしたらもっともっと色んなことを感じてみたいと思うようになってしまって……。いつの間にかここを離れたくないと思うようになってしまって……」
「何で……なんでつぐみさんはここを離れなくちゃいけないんだ。つぐみさんは離れたいの!? つぐみさんの家はどこ!? 誰かに脅迫されているの!?」
分からないことだらけでもどかしくなってしまい、ついたくさんの質問を一気にぶつけてしまう。
それに対し、つぐみさんはただ首を横にふるふると振るだけしかしなかった。
「俺、つぐみさんと一緒ならどこだって行くよ! バイト辞めてでもついていく! 学校辞めてでもついていく!! 彰二には申し訳ないけど、あの家だって捨ててつぐみさんに着いて行くよ! 俺、つぐみさんのことが大好きなんだ! 俺にとってつぐみさんが全てなんだよ!! つぐみさんが俺の前からいなくなるのだけは耐えられないんだ! 他には何にもいらねーよ!! 俺の持ってるもの全部投げ捨ててもいい! それだけつぐみさんのことが好きなんだ!!」
自分の魂を全部ぶつけるつもりでそう言った。
これが初めての告白だ。
今までそれとなくつぐみさんのことが好きと言ったことはあったが、こうやって面と向かって言ったのは今が初めて。
当然女性として好きという意味で言った。
以前は『フられても追い続ける人がいる』って話を誰かとした時に、俺は「そんな無謀なことはしないでさっさと次にチャレンジする」と言っていた気がするが、今なら『フられても追い続ける人の気持ち』が分かるような気がする。
例え俺がここでつぐみさんが消えてしまっても、納得できるまで追い続けると思う。
「つぐみさん……?」
すると、つぐみさんは急に俺に抱き付いてきた。
丁度昨日あったのと同じような形で、つぐみさんが俺の胸に顔を当てて泣いている。
「私は……私は感情も満足になく、一般の方が知っているような常識も知りません。私は美しく、魅力的な人間の女性ではありません! なのに……どうして……どうして!」
そのつぐみさんの声があまりにも泣き声でかなり聞き取り辛かった。
それでも、なんとかつぐみさんの言葉を理解する。
それを理解した結果、返事の言葉は簡単に見つかった。
「馬鹿なこと言うなよ」
「何度も何度もこの場を離れようとしました。でも、どうしてもこの場を離れられませんでした。 もう恭介さんに会えなくなると思うと、どうしてもこの場所を離れることができませんでした。ポン太さん、あなたの言う『大切な人』、ここに居ます。私は恭介さんが最も大切な人です」
「つぐみさん……」
「神様、許してください……。愚かな私を、どうか許して下さい……」
つぐみさんが泣いている理由。
始めは分からなかったが、今は確かに伝わってくる。
つぐみさんはこの場所を離れたくなかったんだ。
理由はつぐみさんの言った通り俺かもしれないし、本心は違うのかもしれない。
それなのにこの場所を離れなければならないから、悲しくて涙を流したんだ。
理由が俺にしろそうでないにしろ、それが嘘にしろ本当にしろ、そのつぐみさんの言葉はとても嬉しかった。
恋人とかじゃなくていい。
ただ、つぐみさんが俺といたいと思ってくれていることがなによりも嬉しかった。
そう思ってくれているつぐみさんが何よりいとおしかった。
雨で濡れている同士の二人だったが、こうしてつぐみさんに抱きつかれてしばらくすると、そこには温かいつぐみさんのぬくもりが確かに伝わってくる。
俺はつぐみさんをしっかりと引き止めるよう、より強くつぐみさんを抱きしめた。




