表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
序章 人間万事塞翁が馬なんてことはない
2/37

一幕 夜も明けずに、また夜は訪れる

 俺はいつものように気だるそうに学校へと向かっていた。

 俺には学校に友達なんてものはいない。

 いつも独りだ。

 勉強してる時も独り、飯食ってる時も独り。

 お陰で学校行って楽しいと感じたことは一度たりともない。

 まぁ、友達としゃべくったり遊びに行ったりすることがない分勉強に時間が回せて、お陰で勉強の法は割とうまくいってる(つもり)だが。


 学校に着き、下駄箱で上靴に履き替える。

 周りから聞こえてくるのは「おはよー」とか「昨日何やってたんだよ」とか、友達同士の楽しそうな会話。

 そんな風にはしゃぎまわる青春学生達を横目に、俺は一人寂しく廊下を歩いていた。


 最初は俺もあんな風に普通に友達と会話したいと思ってた時もあったが、段々それもなくなってきた。

 もう俺はこの学校では友達は出来ない。

 分かってる。

 別に独りだって生きていける。


「おい、知ってるか!? 良助の奴、彼女できたらしーぜ!!」

「マジかよ!?」

「おう! 相手は2組の宗川らしい!」

「ひゃー!! まじでか!? さっそく良助の所行ってくんべ!!」

(…………)

 教室に向かっている途中、同じ学年の奴のそんな会話が耳に入ってきた。

 その後良助君は奴ら二人にワイワイいじられるんだろうことを想像しながら聞いていた。


 本来なら俺もあの中に混じって、あの後バシバシ良助君を叩きながらいじり倒してるんだろうなって思う。

 少なくとも中学の頃、俺はそういう位置づけにいるキャラだった。

 お調子もんで、皆とワイワイやるのが何よりも楽しいって感じてた。

 でも、今ではもうサッパリだ。

 学校では独りで低いテンションを保ったまま。

 稀にだがへんなのに絡まれて少しテンションがあがるくらいのことはあるが。


「じゃーん!!」

「?」

 そんな事を考えながら教室に向かっていると、俺の前に金髪の小学生みたいな女子がいきなり馬鹿な登場音を口にしながら飛び出してきた。

 誰かと思って顔を上げた瞬間、ガッカリした。


「すげーだろぃ!」

「…………」

 その女子は何が楽しいのか、にこにこしながら自分の髪の毛を指差す。


 そう、学校での俺の友達っつーのは厳密に言えば0ではない。

 いや、友達ではないかもしれないからやっぱり0なのかもしれないが、ほんのごく一部だけ俺に話しかけてくれるような奴はいる。

 そいつらは気が優しいから俺に気を使って話をかけてくれるという訳では無く、単に目の前に人がいるから、誰というのは関係なく、話しかけるというような感じである。

 そういうのはどいつもこいつも馬鹿か変態だ。

 ちなみに目の前にいる小学生みたいな奴は前者な。


「これからあちしは革命を起こしに行く! みたれ北山! 今日からこの学校は頭髪自由になるのだ!」

「…………」

 そう高らかに人差し指を天にかざす馬鹿の名前は片瀬彩子かたせ あやこ

 身長150センチにも満たないであろう小さな体の中には馬鹿の二文字しか詰まっていないと思う。

 どの辺が馬鹿かというと、言動行動全てにおいて本当に馬鹿なんだ。

 それ以外説明のしようがない。

 今だってキッチリ彼女の役割を果たしているような行動言動をしている。

 補足だが、この学校は金髪以前に茶髪も当然NGだし、昨日までこいつは黒髪だった。

(突然こいつが金髪にしたからってそうは驚かないから俺も特別リアクションはとらなかったが)


 とにかくこの片瀬という女は、漫画の中によくいる頭のおかしいキャラクターをそのまま体現したような感じの女で、パッパラパーなことをやっては周りを驚かせたり迷惑かけたりしている強烈な危険人物なのである。

 その為特異を嫌う周りの連中からは当然避けられ、そうでない人間からも一歩退いたような態度を取られている。

 それでも本人は全く気にすることなく馬鹿を貫いているのだ。

 立派といえば立派なのかもしれない。


 そのキャラクタライズのせいもあってか、周りから圧倒的に避けられている俺でも彼女から避けられることはない。

 俺だってこんな奴あんまり関わりたくはないが、周りに話しかけられる相手がいないので、たまに相手してやったりしている。


「なんだ? 生徒会にでも立候補するのか?」

 こいつが生徒会長になって頭髪を自由にする?

 頭髪が自由になるのは構わないのだが、この学校を宇宙人養成学校にはして欲しくない。


「ノンノンノン。違うぞ北山。君は町で黒人を見つけたらどーするかね?」

「……どうもしない」

 本気で相手をすると疲れがたまるので、本当に適当に言葉を返してやる。


「その通り! 北山は黒人だからって仲間はずれにはしようとしない! だが! 昔の人は黒人だからといって差別を行っていたのだよ!」

「…………」

 片瀬は得意気にそう言ってるけど、それ、確か昨日の社会の授業で習ったばっかのことだな。


「いいか北山。人は外見ではない、中身なのだよ。人の価値は中身で決まるのモノなのだよ! あちしの髪が金色になったからってあちしは中身が変わるのか? いや、変わらないであろう。いいかい北山、大事なものは中身なんだぞ?」

「…………」

「それがどうだ? 最近の先生達は髪が茶色いとすぐにダメ! 直せ! と声を高らかにして怒鳴る。これはいかがなものか!? 髪が茶色いと何か人間的に劣るのか!? 否! あちしはそうは思わない! だったら元々金髪の外国人はどうなるのだ!? これこそ立派な人種差別だ!! そうは思わないのかね? 北山君」

「…………」

 成る程。

 片瀬にしてはよく出来た屁理屈だな。

 そう言えばこいつ、勉強は何気にかなり出きるんだっけか?

 学年でもかなり頭のいい奴が片瀬に負けたとか行ってて号泣してる場面を見たことあるしな。

 まぁ、学力と頭の良し悪しは無関係って事が証明されただけに過ぎないということだろう。

 っつーか俺の名前は北見きたみだ。間違えるなクソ。


「あ、そう。じゃ、頑張ってくれ」

「もちろんだとも! あちしは今、猛烈に燃えている! 人種差別を行うこの学校の教師に対してこの上ない憤りを……」

 と、片瀬が熱弁していた所で体育の鬼教師、大平おおひら登場。

 大平は野球部の監督もやっていて、その恐ろしさはこの学校の全生徒が認めるほどだ。

 以前野球部員をぶん殴って謹慎処分を受けた実績すらある。


 そんな大平が怖い顔して片瀬を発見!

 そしてソッコーで片瀬&俺の元へと突進してきた。

 よし、行け片瀬。お前の熱意を見させてもらうぞ。

「お前!! なんっちゅー髪型しとるんだ!!」

「すみませんでした。明日黒く染め直してきます」

「…………」

 さて、教室に行くか。



「北見君!!」

「あ?」

 教室に入り、自分の机にカバンをおろそうとするとまた誰かに声を掛けられた。

 一日中学校で会話をすることがないのがほとんど当たり前な俺にとって、結構珍しいことだ。

 何かと思って声のする方を見てみれば、そこには変態がいた。


「北見君、昨日の放課後、どこに居ました!?」

 変態はかなり怒った顔をし、きつい口調で俺にそう言って近づいてくる。

 大木勝利おおき かつとし

 片瀬のように俺に話を掛けられる特殊人間のうちの一人だ。

 彼は非常に勉強熱心で、優等生を絵に描いたような真面目眼鏡をしており、クラスでも前期見事に学級委員を務めていた。今は確か図書委員だか何だかだった気がする。

 どの辺が変態かというと、彼の容姿である。

 いや、元々の容姿は至って普通の眼鏡君なんだが、ファッション(?)に大問題がある。

 学生服であるブレザーだってキチンと着こなしているし、ネクタイだって普通。ズボンだって極端に裾が短いとかそういう事は全く無いのだが、何故か彼の頭にはいつも白いカチューシャがしてある。

 カチューシャですよ、カチューシャ。白の。

 女の子だって今時小学生でもあんまりしてるの見たことないのに、レッキとした男子高校生がカチューシャですよ。

 これはもう変態以外の何者でもない。


 彼がとても真面目な性格をしているため、誰もその事に対して突っ込まない。

 影では『カチュ』なんて呼ばれているが、本人はあまり気にしている素振りはない。

 健全そうな彼が一体何故カチューシャなのか、それは最早この学園の七不思議のひとつになり得る要因だ。

 その変態さもあって誰も近づこうとしないし、彼も彼で群れるのが嫌いな様子なんで彼に取り巻きはおらず、俺にも他の生徒と同じように普通に接してくれているのだ。


「昨日……? 昨日の放課後なら確か図書館で勉強した後すぐバイト行ったけど?」

「図書館って、旧館の方ですか?」

「あぁ」

 それが何なのか、彼の厳しい表情は一向に変わらなかった。


 ちなみにこの学校、最近建て替えられた……というよりも校舎が増設され、設備が良くなった。

 その為図書館が新旧二つ存在するんだ。

 新図書館の方は冷房もきいており非常に勉強に適した環境なのだが、何より冷房目当ての人が多い。

 そういう理由であんまり新校舎の方は俺の肌に合わなかったので、旧校舎の方を昨日は利用していた。

 旧校舎のあの暑苦しい所で勉強してる人なんかほとんど皆無で、俺としてはそっちの方が快適だ。多少の暑さを我慢すれば、な。


「コレ。昨日の放課後、旧校舎の図書館の机の上に置いてありました。何故北見君はとってきた本を元に戻さないのですか?」

 そう言って大木は俺の目の前に『ボーリング大全』と題が打たれた古臭い本をもってきた。

「いや、俺その本使ってないわ。だから俺じゃない」

「昨日山岸君が、旧図書館に入ったけど北見君しか見なかった、と言ってます。それなのに北見君以外の誰が本を置きっぱなしにして帰るというのですか!?」

 大木は詰め寄るように俺にそう言ってきた。

 そんなこと言われても、使ってないもんは使ってないんだからしょうがない。

「あぁ、そう言えばぎっちゃんもいたような……って、そのボーリング大全、ぎっちゃんが読んでたものだろ!?」

 ぎっちゃんというのは大木の言ってた山岸君のことで、またまた俺の数少ない話しかけられる人間の一人だ。

 そいつも説明するのが嫌なくらい『普通に変態』なので、細かい説明は省く。

 簡単に言うと彼は何故か俺のことが気に入っているらしく、たまに俺をストーキングしては何故かボーリングを勧める変態だ。


「山岸君は読んだ本はキチンと戻したと言っていました! これは北見君の読んだ本なんじゃないですか!?」

「何でぎっちゃんの言葉は信じて俺の言葉は信じねぇんだよ!? 第一俺はボーリングなんかにゃ興味ねぇよ! 明らかにぎっちゃんの読んでた本だろ!?」

「言い逃れしてはいけません! これ、北見君の読んでいた本なんですよね!?」

「ちげーよ!」

「嘘まで付く気ですか……」

「嘘なんか付いてねぇよ!! っつーか本のタイトル見てまず疑うべきはぎっちゃんだろ!」

 大木はぎっちゃんがボーリングマニアという事を知らないのか?


「北見君は嘘を付くような人ではないと思っていたのにガッカリです……。いいですか? 読んだ本を元に戻さないということは、一見軽いことのように見えますが……」

「ちょっと待てよ! 俺じゃねぇって!!」

「僕が話してるんです! 少し黙ってて下さい!!」

「…………」

「だいたい、読んだ本を元に戻さないということは、一見軽いことのように見えますが、それを北見君に対して容認するということは、皆にそれを容認しているということになるんです。僕だって怒りたくて怒ってる訳じゃないんです。でも、こうでもしないと図書館の風紀は乱れ、次第に学園の風紀の乱れに繋がり……」

(何で俺がこいつに怒られてるんだよ……)


 非常に申し訳ない話なんだが、大木に取り巻きがいないってことに物凄く納得がいってしまう。

 何かあるとすぐ怒るし、変な所で厳しいし、一旦思い込んだら聞かないし、カチューシャだし。

 まぁ、本当に学校の風紀のことを考えているようだし、悪い奴ではないんだけどな。


「いいですか? どんなことでも一人を容認してしまうと、必ず不平が出るものなんです。さっきも言いましたが僕だって特別に北見君を怒りたくて怒っている訳ではないんです。ですから何で自分だけという気を持たずに、図書館に本を置きっぱなしにするというのは悪いことなのだと……」

「うふふふ……。怒られた。大木君に怒られた。うふふふ……」

「…………」

 なんか大木に説教たれられてる時に横でクスクス笑われた。


 山岸卓やまぎし たく

 さっき話に出てた通称ぎっちゃんだ。

 存在感は物凄く薄く、声も何話してるか分からない位ぼそぼそとした小声。

 体は嫌に細いし、血色も悪い。

 体の色が肌色というより灰色だ。

 血が通ってないような感じすら受ける。

 しかも髪型だってスポーツやってるとは思えないような長髪だし、どっちかっつーと東京で言う『秋葉系』だ。


 そんなぎっちゃんが俺をからかってるようかのように薄気味悪い笑顔でのそっとこの場に現れた。

 何笑ってんだコイツ。うぜぇ。


「だからもし、本を置きっぱなしなのを見て、自分が置きっぱなしにした訳ではないという時でも……。あ、山岸君。いい所に来ました。山岸君もいいですか? 重要なお話です」

「ぎっちゃんよぅ、お前、嘘ついちゃいかんぜ」

「うふふふ……。これを期に、北見君もボーリング、する? うふふふ……」

 俺がぎっちゃんに白状させて大木に謝らせようとした所、ぎっちゃんはいつも通りの薄気味悪い低い声でそうぼそぼそつぶやいて……。

「逃げたーーーー!!」

 サササッと忍者のように逃げ出すぎっちゃん。

 その後、何故か俺だけ大木にくどくどと説教をたれられるのであった。


 馬鹿1名、変態2名。

 以上3名、俺の友達・・・じゃないな、学校で話しかけられる相手でした。

「もう嫌だ……」

 憂鬱な気分になりながら自分の机にうつぶせた。

 この長く辛い学内での時間を終えることができれば、次はハッピーなアルバイトの時間。

 それまでなんとか我慢しながら時間を過ごそう。




 憂鬱な時間も過ぎ、ユートピアへの道でもある帰路を清々しく歩く。

 この先に待ち受けているのは俺のハッピーエンジェル筑波ひかり。

 まだ彼氏がいるかもしれないという可能性を考えると、あまり意識しないほうがいいというのは分かっている。

 彼氏がいた時の反動がでかいからだ。それは分かってるけれども、このハイテンションな気分は抑え切れない。


 こんなにテンションが上がるのは何ヶ月ぶりであろうか?

 ずっと前にアイスで当たりをだした時以来だと思う。

 いや、あの時の数倍テンションが高い。

 何せ、俺はこの青春を求めて人生に望んでいるんだからな。

 こんなダークな学校生活のせいで、人生に一度の高校生活をダメにしてたまるかってんだ。


「まてまて、落ち着け恭介。まだ筑波さんに彼氏がいる可能性を忘れてはならない」

 そう自分に言って高鳴る胸をおさえる。

 学校で授業を受けていた時からずっとこの繰り返しだった。

 少しハイテンションになっては胸を抑えるの繰り返し。

 下校時間が近づくに連れてそのループは頻度を上げていった。

 今、きっとMAXだ。


「…………」

 一旦立ち止まって精神を集中させて心を落ち着かせる。

 今日の仕事内容も彼女のバイト指導だったはず。

 そしてバイトが始まる時間も全く一緒。

 スケジュールは昨日のうちに確認済みだ。

 ただ、今日は一人邪魔者がいる。村岡さんだ。


 バイトの先輩である村岡さんはイケメンだが女たらしで新人の若い女の子に節操がない。

 その村岡さんも俺と筑波さんと同じ5時入りなのだ。

 つまり、5時前の事務所には俺、筑波さん、村岡さんの3人が同居することになる。

 いや、到着する順番によっては筑波さん、村岡さんの2人だけという空間だってつくられることになる。それは非常にまずいのだ。


 あの人は新人の女の子に対してあることないこと話しまくって、自分が有利になるようにネマワシした実績がある。

 俺がその新人の女の子に初めて話しかけられた言葉がこうだ。

『今日はちゃんとベルト付けてきてますか?』

 彼女は少し笑いながらそう俺に話しかけてきた。

 完全にハテナ状態だった。

 俺がベルトを付け忘れたことなんか一度だってない。


 不思議に思って何のことか聞いてみると、村岡さんが俺のことを『北見は以前ズボンのベルトを付け忘れて客の前でパンツ一丁になったことがある』と、話していたそうな。

 そのお陰で彼女の中で俺は完全にドリフキャラだった。

 俺は嘘だと否定したが、彼女は何故か村岡さんの話を信じて疑わなかった。

 その人と村岡さんが付き合うことになったのは後の話だが、結局別れてその子もバイトを辞めてしまった。


 とまぁ、そんな前歴が村岡さんにはあるのだ。

 だから筑波さんと村岡さん、二人だけの空間を絶対に作ってはならない。

 その為、俺は今日一旦家に帰ることもしないで、猛烈に早い時間に事務所に到着の予定だ。

 そうすることによって村岡さんから筑波さんをガードできるし、俺も筑波さんと話せる時間が増えるから一石二鳥って訳だ。


「4時15分。バイト先、夜空の中の喫茶店に到着」

 俺の仕事が始まる45分前だ。

 いつも時間ギリギリに来ている俺なので、主婦の人とかに「あら、今日は早いのね。新人さん目当てかしら?」なんて茶化されるかもしれないが、村岡さんから守る為なので致し方ない。


 店の裏口から回って事務所に入る。

 事務所の中に居たのは村岡さん一人だった。

 筑波さんはまだ来ていないらしい。

 筑波さんがいないことを確認すると村岡さんと目を合わせ、適当に挨拶を済ませる。

 『この男、やはり筑波さん目当てで早く来たに違いない』

 きっと村岡さんも同じことを思っていただろう。


「北見、お前筑波ちゃんに変なことしなかったか?」

「へ?」

 内心、あまりよく思っていない村岡さん相手でも、表面上は取り繕って普通に返事を返す。

「お前だろ、筑波ちゃんをトレーニングしたの」

「は、はい。そうすけど……、別に何もしてないすよ」

 クソ。お前じゃねーんだから何もしねえっての。


「結構可愛い子だったのになぁ……。残念だ」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。俺は何もしてねぇっすよ?」

「じゃあ何でこーなるのさ……」

 村岡さんは両手の平を天井に向けて呆れ顔。

 『こーなる』の意味が分からなかったので、聞いてみると村岡さんはスケジュール帳を指差す。

 何か嫌な予感を抑えつつもスケジュール帳を覗いてみると、なんとあの筑波ひかりさんのラインは消されていた。

 退職という文字と共に。


「はぁ!? え、ちょ、え、な、何!? 何でさ!?」

「だからお前が変なことしたからだろ」

「ちがっ、え? ちょっと、納得できないっすよ!!」

 突然の出来事、しかも全く予想してなかった事態だけに俺の頭の中が真っ白になってしまった。


 俺はスケジュール帳を置いて、マネージャーか店長を探しにキッチンに入る。

 キッチンの中では店長が一人のん気にハンバーグを作っていた。


「店長! 何でっすか?」

「あい? あぁ、俺が食べちゃったからだよ」

「はぁ!!? 食べちゃった!!?」

「そ」

 ちょ、ちょっと待て! それは犯罪なんじゃないのか!?

 っつーか店長って奥さんも子供もいる立派な父親じゃなかったですか?

 何女子高生食べちゃってるんすか!??


「だからお前にはやんねーぞ」

「…………」

 そう言いながら店長は鼻歌混じりに出来上がったハンバーグをお皿の上に綺麗に乗せる。

 お、お前にはやんねーぞって……え? 何、どういうこと!?

 もう筑波さんをものにしちゃったってことすか店長!?

 奥さんは? 店長、奥さんはーーー!!!?

 俺は絶句してしまって言葉がうまく出せないでいた。


「ほい、もってけ」

「…………」

 店長に出来上がったハンバーグステーキの乗った皿を渡されるが、それ所ではなかった。

「て、店長……。お、俺、店長のこと、見損なったかもしれません……」

「何でよ?」

 俺が目ん玉を広げて固まりながらそう言葉をしぼりだすと、あっけらかんとした店長の言葉が返って来た。

 俺はまだ事態がうまく飲み込めていない。


「あ、目玉のこと?残念でしたー。村チンは目玉が嫌いなのでしたー」

 そう。本来ハンバーグの上には目玉焼きを乗せなくてはいけないのだが、今店長が作ったハンバーグの上には目玉焼きが乗っていなかったのだ。

 って違う! そんなくだらんミスで店長を見損なったんじゃない!!

 あんたが筑波さんを―――


「あ、そうそう。お前の『お気に』の筑波さんなら辞めちゃったよ~んだ。北見っちのセクハラが過ぎるからだ。あ~あ。可愛かったのに」

「何俺のせいにしてるんすか!? それは店長が!!」

「俺だって何もしてないよ。学校の先生にバレちゃったんだって。バイト禁止の学校だったんだよ、筑波さん。ツイてないねぇ。バイト初日にバレるなんて」

「え!? ちょ、店長、さっき食べちゃったって……?」

「はい? 俺は事務室に放置されてた村チンのハンバーグステーキ食っただけなんだけど……。だからこれは俺の奢り。っつーか早く持ってってあげないと村チン怒るぞ。冷めた飯は食えん! ってね」

「え?」

 店長が俺の手にある料理を指してそう言う。

 そう言われて俺は頭の中で話を少し整理してみた。

 そこで、店長の爆弾発言『食べちゃった』は、完全に俺の誤解だったことに気が付く。


「も、持っていきまーす」

 そして誤解に気が付いた時は、そそくさとその場を去って村岡さんに料理を運んであげていた。


 後で改めて聞いてみたが、筑波さんは本当にたった一日でこのバイトを辞めてしまったらしい。

 理由はバイトが学校にバレたからだとか。

 それは建前で、本当は俺がセクハラしまくったんだろうと村岡さんに何度も言われたが、俺は本当に一切何もしていない。

 物凄く普通にやっていた自信はあるのだが、少しその可能性も気になってしまったので店長に聞いた所、電話越しの筑波さんは本当に申し訳なさそうな、泣きそうな声で謝りながら辞めることを告げたらしい。

 俺には自覚がないだけで、本当にセクハラだったということではないようだ。

 それで少しはホッとしたものの、実際筑波さんがいなくなったショックはとてつもなく大きかった。


 例えるならばハイテンションでスキップ混じりにハイキングしてたら崖に落ちたとか、そういう感じである。

 これで俺の希望は全部吹っ飛んだ。

 今まで考えていたことも全部パァだ。

 彰二とのダブルデートの夢も叶うことはないかもしれない。

 ため息ばかりのバイトも終えると、トボトボと家に帰ってさっさと寝てしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ