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君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
二章 この世で一番美しい花壇に花は咲くか
19/37

十八幕 全ての行動には、手段の是非に関わらず、目的が伴う

 あの遊園地から3日が過ぎた。

 あれからのつぐみさんは相変わらずの無表情だけれども、時折感情がこもるようになった。

 嬉しい時があると、あの時のようにとはいかないまでも少し表情に出てくるようになったし、俺がからかった時なんか少しムッとした表情を見せるようになった。

 そんなつぐみさんを観察することが今俺の中での大ブームだ。


 今の俺の近況だが、本当に幸せな毎日を送っている。

 嬉しいことがありすぎてほとんど忘れていた菅連の存在だが、つぐみさんに助けられてからパタッと連絡がなくなった。

 理由は全く分からない。

 俺が最後に抵抗してみせたからもう諦めたのだろうか。

 それともつぐみさんが俺を助けた時に剣で威嚇したりして、もう手は出さないように誓ったりしたのだろうか。

 それで屈服するような菅連ではないとは思うが、今あの連中が何をやっているかなんて確認取りたくない。

 接触がないんだったらないでいいだけの話だ。


 一応彰二とか実家にも探りを入れてみたが、菅連が近づいている様子は全くないようだった。

 どう片付いたのか、本当に片付いたのかも非常に気になるところだが俺は何も触れないでおくことにした。

 奴らからまた何かあったらその時に自分で考えることにしておく。



 つぐみさんに関しては毎日一緒に話をしたりしている。

 相変わらず毎日何やっているか謎な人だけど、俺は昨日も一昨日もバイトがあったのでバイト以外の時間はいつも決まった場所で会って話をしていた。

 学校では相変わらず一人だし、バイトも毎日同じことばっかで楽しいことはあまりないけれども、そのつぐみさんとの時間のことを考えると毎日が本当に楽しかった。




 7月19日火曜日。

 今日であの奇跡のトランプカードでつぐみさんを引き止めてから丁度一週間になる。

 あの時は「今から一週間~」みたいなことを言ったような気がしたけれども、今日もバッチリつぐみさんと会う約束をしている。

 そんなつぐみさんからは俺の前から居なくなる気配は今のところ感じられない。

 ただ、急にいなくなったりするかもしれないから、正直な所約束の丁度一週間後の今日は少し怖い。

 今日はバイトが早い時間からだったので、会うのはバイト後の夜9時からということになっている。


 バイト中は今日ちゃんとつぐみさんが約束の場所に居ることだけを願っていた。

 バイトの終了時刻が近づくにつれて自然と緊張感が高まり、バイトが終わると一目散に約束の場所へと飛んでいった。


 夜9時になる10分程前に約束の場所、駅前にある小さなベンチの所に着いたがつぐみさんの姿は見当たらない。

 つぐみさんは時間に正確な人なので別に焦ったりはしないが、今日に限っては少し心持ち心配だ。

 俺は『つぐみさんは来る』と信じて10分間静かにその場所で待った。



 10分後。

 無事に白いコートは俺の前に現れてくれた。

「つぐみさん! 遅かったじゃないか!」

「すみません。お待たせしてしまいました」

 別に9時に約束してるんだから謝ること全くないのに、謝ってしまう所がつぐみさんらしい。

 でもこれで一安心。

 これからもしばらくつぐみさんと仲良くやっていけそうだ。


「俺さ、今日はあのやくそ……」

 「約束の日から一週間目だから~」と言おうと瞬間口を塞いだ。

 余計なこと言って「そうでしたね。それではさようなら」とかそういう展開には絶対にしたくないからだ。

 つぐみさんが会いに来てくれたという事実だけ受け取れば、そんな言葉を発する意味は全く無い。


「今日は少し話しながら散歩でもしようか」

「はい」

 感情を出す為につぐみさんには色々体験してもらいたいと思って、授業中とかバイト中に色々案を考えた。

 ショッピングとか、ゲームセンターとか、卓球なんかのスポーツとか。

 でも、どの案も少し時間の余裕がないと無理だ。

 今の時間ではどの店も閉まっているので今度時間が空いたらということにして、今日はいつも通り会話を楽しみながら散歩することにしている。


「あ、すいません」

「ん?」

 歩き出そうとすると、つぐみさんは立ち止まって白いコートの中をもぞもぞし始める。

 何をやっているのかは分かる。

 つぐみさんはカバンに背負っているリュックに手を掛けているんだ。

 つぐみさんは背中に小さな可愛らしいリュックをいつでも背負っている。

 それは遊園地でつぐみのぬいぐるみを渡した時、そのぬいぐるみをカバンの中にしまったので確認済みだ。

 中身は何が入ってるのか聞いたけど『大した物は入っていない』という答え以上のものは返ってこなかった。

 つぐみさんは手を掛けたバッグから数冊の本を取り出して、俺の前に差し出してきた。


「ありがとうございました」

「え? もう全部読んだの?」

 この本は昨日俺が『感動できる本だ』とつぐみさんに貸してあげたものだ。

 つぐみさんは本が好きだということなので、何か感情に関して加担できることがあったらいいなと思って、自分の持っている小説やら教科書やらを昨日と一昨日に貸してあげたものなのだが、もう返ってきてしまった。


「はい。読ませて頂きました。とても興味深いものがたくさんでした」

「感動できた?」

「…………」

 俺のその問いには頷いてはくれなかった。

 やはり話や小説なんてもんは主人公とかに感情移入できないと感動できないもんなんだから、感情がまだ希薄なつぐみさんにはちょっと無理なものだったのかもしれない。


「でも、とてもいいお話ばかりでした。またよろしかったら紹介して下さい」

「OK分かった。この手の本でダメなら最終手段だ。素人が理解するのは難しいが、『彩』っつーのと『パワーオブラブ』っつー小説がつぐみさんにはいいかもしれない」

「サイ……?」

「そ。なんか作者の頭はイカれてるし、糞くだらん内容なんだけれども、意外に気に入ってる人もいるみたいだし、つぐみさんなら万が一という可能性も……」

「それ、確か一昨日恭介さんから……」

「あ、そうだ」

 もう読ませてあげたんだっけか。

 確かつぐみさんの感想は『意味がよく分かりませんでした』だった気がする。

 まぁ、その点は同意だ。

 あんなもん薦めた俺が馬鹿だった。


「ん~……。そしたらどんなのがいいかねぇ……」

 それほど愛読家という訳ではないのが悔やまれる。

 つぐみさんは本が好きなようだし、もう少し俺も本に関して知識があればもっと色々な物を薦めることができたのかもしれない。


 そんなことを考えながらつぐみさんと夜の街を歩いていると、ふとつぐみさんがある物を注視しているのに気がついた。

 すかさず俺は足を止めてつぐみさんの視線の先に目をやる。


「犬……?」

「すみません、ちょっといいでしょうか?」

 俺が頷くとつぐみさんはゆっくり視線の先にあった犬の方に歩いていった。

 俺もつぐみさんの後を追うように犬のほうに寄ってみる。


「また……ここにいらっしゃるのですね……」

「え?」

 つぐみさんは犬に近づくとそう言って腰を落とし、犬を優しくなで始めた。

 犬の方は寝ている所なのか、丸くなって地面に体を落ち着かせている所だった。

 その犬はつぐみさんが手をやると、ゆっくりとした感じで目を開けてつぐみさんの方に目をやる。

 その犬は割と大きな雑種ようで、結構な年をとっている様子が伺える。


「またって、つぐみさん、知ってる犬なの?」

「はい。この町に来た時に出会いました。この場所が危険だからと他の場所へ連れて行ったはずだったのですが……」

 つぐみさんがそんなこと言うものなので、俺は思わずサッと周りを見渡してしまった。

 しかし、これといって危険な所は何もない。

 工事中の場所があるとか、空から隕石が降ってきそうだとかそんな気配は無い。

 当然この場所が菅連の縄張りだということでも無い。

 ここは何の変哲も無い閑静な住宅街。

 つぐみさんは道路のど真ん中だから危険だと言いたかったのかもしれない。


「何だ? 寝てるのか?」

「いえ……」

 つぐみさんと同じように俺も腰をかがめてその犬を軽くなでてやる。

 するとその犬のお腹や足の辺りにアザのような、痛々しい怪我の跡があるのが見えた。

 さらにこの犬、野良犬かと思いきや首にボロボロの首輪がしてあった。

 その首輪には同じようにボロボロのプレートが付けられており、そこには『ポン太』と書かれていた。

 ということは、どこかにご主人様がいるということになる。


「すみません。何か食べるものを買ってきてもいいでしょうか?」

「え? つぐみさんお腹すいてんの?」

「いえ、この方のご飯を買ってこようと思います。この方、大分弱っている様子で今にも亡くなってしまいそうですので……」

「だったら俺が買いに行こうか? 何がいいかな。やっぱミルクとかかな……」

「あの、私が買いに行きますので、もしよろしければ恭介さんはこの方を見ててあげてください」

「よし分かった」

 そこで俺が「え、いいよ俺が行く」なんて言おうものならそこからまた無駄な遠慮合戦が始まってしまう。

 だからよっぽどなことで無い限り、一度言ってつぐみさんが聞かなかったらもう折れることにしている。

 つぐみさんはそう言うと一人で町の方へと戻って行ってしまった。



「つぐみさん、つくづく優しい人なんだよな」

 人間はおろか、動物にも優しいつぐみさん。

 正直そこまでするかと思うようなこともあるけれども、それがつぐみさんなんだ。

 困っている人……困っている生物がいればすかさず救いの手を差し伸べるつぐみさん。

 そんなつぐみさんが今では大好きだ。


「放っておけないんだろうな。よし、ちょっと道をずれるぞ」

 道路のど真ん中に座っていたので、犬を持ち上げて邪魔にならない所に移動しようとする。

「あら?」

 すると犬を持ち上げた拍子にどこにあったのか、緑色のカラーボールがこぼれ落ちた。

 ボールが落ちると持ち上げた犬が暴れだして俺の手から抜け出し、ボールを追いかけていく。

 その動作がなんか重々しい。

 つぐみさんが弱っていると言っていたが、どうやらそれは本当のようだ。

 この犬には走る元気がないように感じ取れた。

 無事にボールに追いついた犬は、そのボールをくわえると再びその場で丸くなって地面に落ち着いてしまった。


「だからあぶねぇっつーの」

 仕方ないので犬の所まで行って、今度はボールをこぼさないように犬を持ち上げ、車が通らないような道路の端まで犬を移動させてやる。

 そしてつぐみさんが到着するまで、俺がつぐみさんに代わって犬をなでてあげた。




「すみません、口に合うかどうか分かりませんが……」

 つぐみさんはドッグフードと水の入ったペットボトルを買ってきた。

 さらには水やドッグフードを受ける紙皿もちゃんと買ってきてるんだから用意がいい。


「ほれ、食べないのか?」

 しかし、食料を目の前に出しても犬は一向に食べようとしない。

 水に舌をつけるのがやっとだった。

 つぐみさんに食事を出してもらってるのに食えないとは贅沢な犬だ。


「……体によくないです。少しは食べてください」

 つぐみさんは犬に顔を近づけ、優しい声でそう犬に伝える。

 犬の方は出された食料ではなくつぐみさんの方に顔を数秒やるも、すぐにまたそっぽ向いて丸まってしまった。


「……食欲がないのかな……」

「それもあるかもしれませんが、もう食べる体力もないのかもしれません……」

 そう言うつぐみさんの表情は悲しげだ。

 つぐみさんは寂しそうな顔をしながらも犬を優しくなで続けている。


 そうだ。

 そういえばつぐみさんは動物が好きだと言っていた。

 犬もその例外ではないのであろう。


「つぐみさん、動物好きなんだよね」

「はい。動物は……現代において弱者です。現代においての強者が一つ手を加えれば弱者の幸せは逃げてしまいます。加えて動物は自らの幸せを主張するのも困難ですし、この方のように寿命もそう長くはありません。その分、たくさん幸せになって欲しいと私は思います」

 つぐみさん節全開である。

 そんなにまで他人の幸せを望んで、何故自分の幸せについて考えないのかほとほと疑問だ。

 まぁ、その疑問はまだつぐみさんの感情が希薄だから『幸せ』の求めようがないってのが正解なのだろう。

 ツグミさん自身、何が嬉しくて何が幸せなのかもっと肌で感じられるようになれば、また話は変わってくるはずだ。


「どうか……どうか幸せになって下さい」

 つぐみさんは犬の腹部にある傷跡を優しくなでながらそう漏らす。

 そんなつぐみさんの表情は誰にでも分かる悲しい表情だ。

 今までのつぐみさんからは考えられないようなつぐみさんが、そこにはいる。

 本当に悲しそうな表情だ。

 その表情の変化を喜べる空気では全く無いが、それを見ているとどうしても何とかしてあげたいという気持ちになってきた。


「飼い主を探そう。探して届けてあげようよ!」

「飼い主……?」

「そう! ほら、ここに首輪があるでしょ? これは紛れもなく飼い犬だって証拠なんだ。だからどこかにこの犬を飼っていた飼い主がいるはずだよ。その人を探してこの犬に幸せになってもらおうよ! きっと飼い主と一緒だったらこの犬も幸せになれるでしょ?」

「飼い主が見つかればこの方は救われますか?」

「多分ね。少なくともエサももらえずに道路で寝る生活よりはマシになると思うよ。捨てられたんだとしたら、飼い主に事情を聞いてそれからなんとかすればいい」

 一応首輪がある以上、飼い主がいたのは間違いないだろう。

 捨てられたのだとハッキリしたら、他に飼い主を見つけるなり何なりすればこの犬は少しは救われるだろう。

 という訳で早速飼い主を探すところから始めようとするのだが。

「…………」

 アテが全くないのでどう探したらいいのか全く分からない。

 最初の第一歩でつまずいてしまった。


「あれ? この犬、前につぐみさんが見たときもここに居たの?」

「……はい」

 っつーことは、この目の前がこの犬のご主人様の家なのかもしれない。

 俺も実家で犬を飼っている身だが、犬には帰巣本能がある。

 一度犬が家から飛び出して行ってしまって大騒ぎになったことがあったが、数時間したらひょっこり家に帰ってきたことがあったのだ。

 っつー訳でこの近くにこの犬の家がある可能性は高い。

 しかも、よくこの犬を見ていると目の前の家をよく見ているような気がする。


「…………行ってみるかな」

「?」

 かなり夜遅い時間だし迷惑になるかもしれないが、このまま何もしないんじゃ何も進まない。

 意を決して目の前の一軒家の門のところまで行き、インターフォンを押してみた。


「あの~夜分に遅くすみません~」

『誰!?』

 うわっ。なんか機嫌悪そうなおばさんの声が聞こえてきたぞ。

 なんか凄い嫌な予感がする。

「あの、お宅の目の前にポン太という名の犬が……」

『あんたあの犬の飼い主!?』

「いえ、そうじゃなくて……」

『じゃあなんなのよ!!』

 ヤバイ。なんか知らないけど滅茶苦茶キレてる。

 しかもどうやらこの家の人が飼い主という訳ではなさそうだ。


「あの犬の飼い主がどこのどなたかご存知あるかなと思いまして、伺った次第なんですけれども……」

 なんで就職試験の面接みたいなしゃべり方してんだ俺。

『あぁ!? 知るわけないじゃない! 用はそれだけ!?』

「まぁ、それだけなんですけれども……」

 そこまで言うと、プッとインターフォンが切れる音がした。

 俺が初対面で出会った人の中で印象の悪い人ダントツでナンバーワンだ。

 諦めてつぐみさんと犬がいる所に戻ろうとすると……。


『あんた連れて帰りなさい! ウチがどんだけ迷惑してるか分かる!?』

「知りません」

 インターフォンに届かないような小声でそう小さく反撃してやった。

 この意味の無い怒り具合、カチューシャ大木と対戦してみたら結構面白くなるんじゃないかと思う。


「ごめんつぐみさん。ダメだった」

「どうやら、飼い主さんはここの人ではないみたいですね」

 ガックリと地面に腰を下ろす。

 ここに落ち着いていると、いつまたあの激オコおばさんが文句つけてくるか分かったもんではない。


「つぐみさん、場所変えようか。なんかここのおばさん、妙に怒りっぽい人でさ……」

「あ……はい」

 そう言って場所を変えようとする。

 つぐみさんも犬を膝の上から降ろして俺と一緒に移動しようとするが、犬の方が付いてこなかった。

 すかさずつぐみさんは犬に向かって付いてくるように呼びかける


「ここは少し危険な場所です。他の場所へと移動しませんか?」

「なんでこの場所がこんなに好きなんだこの犬は……」

 困ったものだ。

 でも、確かにこの場所にずっと留まられたのでは、この家の人も迷惑するかもしれない。

 今犬が丸くなってる所、丁度この家の車が車庫から出るところの場所なんだ。

 だからこの犬がずっといるのであれば、邪魔で車をなかなか出すことができないであろう。


「おっ。大丈夫?」

「はい。なかなか動いてくれなかったので……」

 つぐみさんは犬と会話するように何度も説得していたようで、その末につぐみさんは犬を抱えることになった。

 犬も相当あの場所が好きなようで、その場所を離れてもずっと見ている。

 暴れてつぐみさんの腕から抜け出しやしないか不安で見ていたが、どうやらその心配はしなくて済みそうだ。


「凄いね。つぐみさん、動物と心を通わせたりできるのかな?」

「…………私には難しいと思います」

 良かった。

 なんかどんどんつぐみさんが人間から離れていくような気がしたが、つぐみさんにはムツゴロウさん的な特殊能力は備わっていないようなので少し安心した。


 そんな会話をしながらも俺とつぐみさんは適当に落ち着ける場所を探す。

 時々「俺が犬を持とうか?」と聞いたが、丁重に断られた。

 まぁ、犬も俺に抱かれるよりもつぐみさんに抱かれた方がいいだろう。

 っつーか犬、俺と交代しろ。



 結局俺たちは近くにあった小さな公園にたどり着き、そこに腰を落ち着かせることにした。

 今は俺とつぐみさんが並んでベンチに座り、犬はつぐみさんの膝の上で相も変わらずボールを加えて丸くなっている。

 だから俺と場所を代われ、犬。


「さて、どうしたもんかな……」

「飼い主さん、どこに居るのでしょうか……」

 軽々しく「飼い主を探そう!」なんて言ってしまった以上、「やっぱやめようぜ」とは言えない。

 だからと言ってこの犬を放っておくことももちろんできないし、これからどうしたものか本当に困った所だ。


「よし仕方ねぇ。ビラ配るか!」

「ビラ……?」

「そ。この犬の飼い主探してますってビラ配る! 飼い主だってこの犬を探してるだろうし、もしかしたらこの犬を知ってる人が情報をくれるかもしれないしさ! つぐみさんもやったことあるんじゃないの? ほら、新聞配達とかチラシ配りとかやったことがあるって言ってなかったっけ?」

「あ、はい」

「それをやるんだ! 一緒にビラ配ろうよ! よし決めた! ビラ配りだ!」

 最初はかなり大変なことになりそうだと、俺の頭の中でビラ配りは敬遠していたが、これ結構面白そうなイベントではある。


 一緒につぐみさんとビラ配り。

 つぐみさんが笑顔で「お願いします!」なんて言って一生懸命ビラを配ってる所を見てみたい。

 これで飼い主も無事に見つかれば一石二鳥だ。


「つぐみさんも笑顔を振りまいて『お願いします!』って言うんだよ?」

「え……?」

「すれ違う人にビラを受け取ってもらえるように笑顔は必須だよ! 大丈夫! つぐみさん綺麗だからきっと皆もらってくれるさ!」

「あ……」

 そう提案するも、少し怪訝そうな顔のつぐみさん。

 何かマズかったことでもあったのだろうか。


「あの……」

「ん? 何かまずい所あるかな?」

「あまり人目に付くところは……。すみません!」

「そっか……」

 つぐみさんはそう言って凄い申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 これもハッキリと表情ですみませんの感情が伝わってくる。


 しかし残念だ。

 一緒にビラ配り、あわよくばつぐみさんの笑顔までをも見てしまおうと思ったのだが、そううまくことは進んでくれないようだ。

 っつーか、人目がダメっていうのは初期のつぐみさんの様子からなんとなく分かるんだけど、それなのにどうしてチラシ配りなんかしてたんだ?

(あ、配達みたいな奴なのかな)

 チラシ配ると言っても、街頭で配るやつじゃなくて人の家を回る奴なのかもしれない。

 まぁそれは良しとしよう。

 じゃあつぐみさんはどうしようかな。


「あ! そうだ! つぐみさんポスター貼りに行ける?」

「あ、はい! できます! 私、ポスター貼ります!」

 すると、今度は威勢の良いつぐみさんの返事が返ってくる。

 こんなやる気のつぐみさんが見れるとは思わなかった。

 一緒にビラ配りはできなくても、これだけやる気を見せてくれたんだからOKとする。


「んじゃ、俺は街中でビラを配ってるからつぐみさんはポスター貼りでOKかな。俺、明日はバイト夕方から夜までだから朝のうちに目一杯配れるよ!」

「はい」

 そういうことにしてその後色々とこの犬のことなんかを話し、今日はつぐみさんとお別れした。

 犬は責任持ってつぐみさんが預かってくれるそうだ。

 俺のアパートはペット禁止だったから丁度いい。


 俺には何のメリットもないことなんだが、つぐみさんがあの犬をどうにかしてやりたいという思いは伝わってきた。

 それに協力できるのであれば、俺だって労力は惜しまない。

 つぐみさんとこうして共同作業が出来るってだけでも幸せなもんだ。

 帰ってから俺は早速ビラとポスターの製作に入った。

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