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君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
二章 この世で一番美しい花壇に花は咲くか
18/37

十七幕 挑戦意欲に比例して、達成できる目標は上がる

「さ、じゃあ次はお腹を休める為にゆっくり観覧車でも乗ろうか」

「はい」

 食事も食べ終わり、俺とつぐみさんは観覧車に乗ることに決めた。

 別にこれといって大きく感情を動かすイベントではないのだが、これは一種の自己満足としてだ。


 好きな人と一緒に観覧車。

 高校に入る前に勝手に妄想していたことがついに現実のものになろうとしている。

 一人で妄想していた時はもちろん実感なんか当然沸かなかったが、こうして現実のものになってみると予想以上の楽しみと感激がこみ上げてくる。


「あれ……、なんだろ」

 観覧車のスペースに来たが、辺りは物凄い人だかりができていた。

 観覧車にこんなにも並ばなくちゃいけないのかと思ったが、どうも人がたくさん並んでいるという訳ではないようだ。

 これは何か事件がおきた時に野次馬が集まっているような人の集まり方をしている。


「つぐみさん、ちょっとここで待ってて。様子見てくるから」

「はい」

 俺はつぐみさんを置いて人だかりの中へと割って入って行った。

 近くまで来て観覧車を見ると観覧車の動きは止まっており、驚くべきことに下のほうにあった一つのゴンドラから火と煙が吹き出ていた。

 これは何かトラブルがあったと見て間違いはなさそうだ。


「捕まったのか?」

「おいおい、どうなってんだ?」

 そんな声が聞こえてくる。

 何があったのかと思い、人だかりの中から適当な人を見つけて話を聞いてみた。


「なんかね、爆弾を仕掛けた人がいたらしいよ。でも運がいいのか悪いのか、爆弾を仕掛けた人がゴンドラを降りる寸前に観覧車が止まっちゃったらしくて、犯人は爆弾と一緒にゴンドラの中。犯人が自供しながらも助けを呼んでたんだけど、突然爆弾が暴発して今騒ぎになってる所だよ。幸い大きな爆発じゃなかったんだけどね」

「はぁ~……」

 なんか物凄い間抜けな話だ。

 そんな話を聞いている途中、犯人と思われる人間二人がゴンドラの中から救出された。

 二人とも顔が墨だらけになってはいるものの、大きな怪我とかはなさそうだ。

 こんな平和な遊園地に爆弾仕掛ける奴なんて、そのまま木っ端微塵に吹き飛んでもよかったんだが。


「何でだよちくしょう!!」

「こんな欠陥だらけの観覧車なんか二度と乗るか!!」

 犯人二人は暴れまわるも、係りの人にしっかりと抑えつけられていた。

 周りの人は結構笑ってたけど、一歩間違えればこれって大事だぞ。

 明日の新聞に載るかもしれん。

 まぁ、爆弾もショボイのだったみたいだし、被害は犯人が自分で被っただけだし、後は犯人が遊園地に賠償すれば簡単に事件は片付きそうだ。



「……んで、なんか修理の為に今日一日観覧車は乗れないんだってさ。残念」

 つぐみさんの所へ戻って事情を全て説明する。

 残念だがつぐみさんと一緒に観覧車の夢は叶えられずに終わりそうだ。


「そうですか……。怪我人がいなくて良かったです」

「犯人が自爆したからね。なんかすげぇ無様だったよ」

 もうちょっと早くこの観覧車に来ていれば、もしかしたらつぐみさんが犯人達を救出しにいってたかもしれないなと思う。

 でも、犯人が自分で爆弾を仕掛けたと分かったらつぐみさんはどうするのだろうか。

 つぐみさんは確かに人に対して優しいが、それは爆弾を仕掛けるような人間に対してでも同じことなのだろうか。

 少し気になったので聞いてみることにする。


「ねぇつぐみさん、もし人が観覧車に閉じ込められていて助けを呼んでいたら、つぐみさんはやっぱり助けに行こうと思う?」

「はい。私はできる限りのことをしたいと思います」

 即答した。

 つぐみさんらしい。

 これは予想できた答えだけど。

「じゃあ、その助けを呼んでいた人が極悪人で、観覧車に爆弾を仕掛けるような人だと分かった場合は? それでも助けに行く?」

「はい。私の力で人を救うことができるのであれば、私は助けに行くべきだと思っています」

「相手が極悪人でも?」

「相手が誰であろうと同じだと私は思ってます」

「はぇ……」

 この徹底したつぐみさんの優しさには本当に感心させられる。


 なんかつぐみさんは『人を助けること』を生きがいとしているみたいだ。

 俺が菅連にやられた時だってそう、子供がパフェを落とした時だってそうだ。

 つぐみさんには一切得がないし、見返りを求めている訳でもない。

 見返りを求めているんだったら菅連から俺を救った後逃げるように去る理由がない。

 ただ困っている人がいるから助けたい。

 それだけを見て生きているような気がする。

 でも、それってあんまりじゃないかと感じた。


 つぐみさんのお陰で幸せになれる人はたくさんいるはずなんだ。

 それなのにつぐみさん自身がその分幸せになっているかと思えばそうじゃない。

 つぐみさんは感情がないから嬉しさや喜びなんか感じられないんだ。

 そんなつぐみさんに嬉しさや喜びを感じて幸せになって欲しい。

 心からそう思った。


「つぐみさん、自分の幸せについて考えたこと、ある?」

「自分の幸せ……?」

「そう。つぐみさんも人間として生きている以上、幸せになれる権利があるんだよ。今つぐみさんは幸せを感じているかい?」

「……私にはあまりに大きすぎる幸せではないかと最近考えてます」

 そう聞くと、意外な答えが返ってきた。


「今、幸せなの?」

「……はい。通常では考えられないことです」

「嬉しい? 楽しい?」

「……分かりません。でも、こうして恭介さんにして頂いていることで、私は幸せを感じるべきだと思ってます」

「っつーことは自分の肌で幸せを感じてないってことなんじゃないのかな」

「……すみません」

 視線を落とし、申し訳なさそうにそうつぐみさんはポツリと俺に対して謝る。

 やっぱりそうだ。

 つぐみさんは理論的に、俺がつぐみさんに対して親切にしているから幸せを感じるべきだと言ってるだけで、自分自身の肌で幸せを実感している訳じゃないんだ。

 つぐみさんが幸せになれる一番の近道って、やっぱり感情が出てくることなんだ。


「よし分かった! 今日はせっかくだからもっともっと色んなことして楽しもう! 感情とか幸せとか、俺からふった話だけどごめん! 忘れて楽しもう!」

「はい。ありがとうございます」

 結論は出た。

 感情を引き出すことがつぐみさんの幸せにつながるんなら、俺はつぐみさんの感情を引き出す手助けを全力でするまでだ。

 その為に今日はたくさんのことを体験してもらおうと、さらに意気込んだ。

 俺ばっかり楽しんでいる場合ではない。

 つぐみさんに感情を!!



 コーヒーカップ。

 馬鹿が乗ると、その馬鹿の度合いに比例して気持ち悪くなる面白い乗り物。

 きっと片瀬と一緒に乗れば一生立ち直れないくらい気持ち悪くなれると思う。

 そんな乗り物につぐみさんと挑戦してみることにした。


「これは……?」

「コーヒーカップっつーもんですよ。いいから乗って乗って」

 二人がコーヒーカップに乗ってスタンバイすると、辺りはゆらりゆらりと回り始めた。


「凄い……。回ってますね」

「いいかい? このテーブルを回すと……」

 コーヒーカップは勢いをつけて周り始めた。

 やばい。

 すでにかなりキてる。

 でも俺は負けない。

 つぐみさんの目をグルグル巻きにするまで負けない!


「す、すごい……」

「うおぉーーーりゃーーーー!!!」


 グルグルグル。


「ほら、つぐみさんも回す!」

「え、は、はい」


 グルグルグルグル。


「足りない足りない! おらっしゃぁーーーー!!!」


 グルグルグルグルグルグル……。



「……大丈夫ですか?」

「…………だめ」

 完敗しました。

 途中で係員さんに注意されるくらい猛烈に回してやった。

 結果、マジで立ち直れないくらいに気持ち悪くなってしまった。

 今俺は膝を立てて地面にうつぶすような形になって、吐き気を懸命にこらえている。

 でも効果は少しあったようだ。

 つぐみさん、無表情だけど割とふらふらした足取りをしている。


「ふっふっふっふ……。参ったか……おぇ」

「だ、大丈夫ですか……ふっ!」


 ドタン!


 つ、つぐみさんが倒れたーーー!!

 俺を介抱してくれようと、駆けつけようとしてくれた途中につぐみさんが倒れた!

 それでも床を這いずりながら、俺のところまで来てくれるつぐみさんが可愛い。


「私も参ってしまったみたいで……すみません」

「ふっふっふ……。つぐみさん、敗れたり! ……おぇ」

 参り具合からすれば明らかに俺の負けだが。



 その後、俺とつぐみさんは時間の許す限りどんなつまらんアトラクションにも挑戦した。

 できるだけ楽しもうと、何をやるにしても大げさに挑戦してみた。

 結果、つぐみさんは色々なことを体験できたんじゃないかなと少しは思う。

 残念ながらハッキリとした感情の変化は一度たりとも見ることはできなかったが。

 それでもかなり前進したように感じたし、俺自身も120パーセント楽しめたからよしとする。

 正直、彰二とダブルデートしなくて良かったんじゃないかなと思う。

 それだけつぐみさんのことに熱中できたし、それだけ楽しめた。



 そして辺りも暗くなってきて、そろそろ帰ろうかって時。

 俺は入り口付近にあるトイレから用も済ませてつぐみさんの所に戻ろうとした時、つぐみさんがある物を注視しているのを見た。

 何だろうと思い、つぐみさんに気付かれないように視線の先を見ると、そこにあったものはゲームセンターでよくあるUFOキャッチャーだった。

 つぐみさんが興味を示すのは凄く貴重なことなので、これは重要なネタだと考えて使わせてもらうことにする。


「つぐみさん、お待たせ」

「いえ、平気です」

「今、あのクレーンゲーム見てたよね?」

「え?」

 つぐみさんの返答を待たずに、つぐみさんが見ていたクレーンゲームの方へと歩いていく。


「これ……鳥?」

「つぐみ……です」

「おぉ! つぐみさん、つぐみを見る!」

 クレーンゲームの商品は可愛らしいデフォルメされた鳥のぬいぐるみだった。

 生物に関して知識の乏しい俺は『鳥』としか判断できなかったけど、つぐみさんが言うにはこの鳥がつぐみという鳥らしい。


「つぐみさんってつぐみが好きなの?」

「はい。つぐみは……私の大切な友達です」

「ほう……。よしきた。バッチコイ!!」

 ここまでくれば当然俺がこの商品をつぐみさんの為に獲得してやるのが流れだ。

 きっと今のシチュエーションで挑戦しない男はいないだろう。

 俺は早速100円を放り込み、ゲームを開始させた。


「あの、何を……?」

「いいから見てなって。今からつぐみ……さんじゃないつぐみを取ってきてやる!」

 全神経を集中させてクレーンで商品を掴もうとする。

 が。


「あら」

 余裕の空振り。

 っつーか今の一瞬で判断した。

 これ、無理。

 あのクレーンの握力弱すぎ。

 きっと赤ん坊と腕相撲しても負けるぞ。


「くっ……」

 しかもこのクレーン、余計に腕をがちゃがちゃ上下したりしやがる。

 ただでさえ握力が弱いのに余計な仕草とかするんだ。

 これでは無事に捕まえられたとしても振り落とされてしまう。

 よくよくこのクレーンを見てみると、難易度最強とか書いてやがる。

 誰もクレーンゲームに難易度なんか求めてねぇっつーの。

 しかもよりによってこのクレーンだけ難易度最強だよ。

 他の台に同じ商品があるかもと思って見てみるが、つぐみはこの台だけ。

 まぁ、商品自体見てみるとかなりよく作られた物っぽいし、それだけ可愛らしい感じではあるが。


 それにしてもつぐみさんが興味を持った物に限ってこれとは、とてつもなく運が悪いような気がする。

 だからと言って諦める訳が無い。

 せっかくつぐみさんが興味を示したものだ。

 財布の中身がつきても絶対にゲットしてやる。



「これはどういうものなんですか?」

「あのクレーンあるでしょ? あれを俺が動かしてうまくあのつぐみを取ってくるんだ。見ててくれ。絶対に取ってやるから!」

 再度100円を入れてゲームスタート。

 俺の思いを込めたクレーンがゆっくりと動き出す。


「今だぁ!!」

 クレーンがゆっくりと降りて、見事に鳥を二羽捕まえた!


「よっしゃぁ!! 落ちるなよ! 落ちるなよ!!!」

 商品のタグの部分を運良く引っ掛け、見事に二匹もクレーンと一緒に宙に舞った。

 しかし、なんだか二つの商品が反動をつけてしまって今にもスルリと落ちそうだ。


「行け! 頑張れ!! そのまま行け! 変に動くな! 変なことするな!」

 まるで全ての人生がかかったみたいに全神経をそのクレーンに向けて応援する。

 それでも、例の訳分からんクレーンの仕草によってその期待は見事に裏切られた。


 ポトリ。


「…………」

「…………」

 つぐみさんは相変わらずの無表情。

 この商品を無事に手に入れ、つぐみさんにプレゼントできたら少しはつぐみさんも喜んでくれるだろうか?

 そう考えると、俄然やる気になってきた。


「難易度最強か。上等。その方が燃えるぜ!」

 完全に相手の商品戦略にハマってしまったような感じではある。

 それでもつぐみさんの為に、絶対にこの商品だけは手に入れたいと思った。


「……恭介さん、頑張って下さい」

「おうよ!! 絶対に取ってやる!」

 引き続き100円を投入したが、何か違和感を感じた。

 今のつぐみさんの言葉である。

 いつものつぐみさんなら「私の為にそんなことしなくても」みたいなこと言うはずなのに、今つぐみさんは俺のことを応援してくれた。


 これはどういうことなのだろうか。

 それほどまでにこの商品が欲しいというのは何か違う気がする。

 ただ単に頑張っている俺に対して激励をしてくれたような、そんなつぐみさんの言葉だったように取れた。

 だから俺は細かいことを考えずに全神経を集中させて商品をとりに行った。



「くそぉーーー!!」

 思わずガラスを叩きそうになる。

 何がムカつくって、握力0なくせに取れなかったのをあざけ笑うかのようなあのクレーンの動きがムカついた。

 そういう精神攻撃も含めての難易度最強なんだとしたら、このクレーン開発者をぶん殴ってやりたい。


「おしいです」

「ごめんよ……つぐみさん。こんなに待たせてしまって」

 あれからかなりの回数を挑戦したが、結果は全敗。

 でも、何度もやっているうちにコツは少しだけつかめてきたような気がする。

 商品のタグを狙うのではなく、バランスよく鳥のお腹辺りをグッと取るのがコツっぽい。

 今のある状態が悪いので、1回先を見越して商品を動かす作戦もとったがどうもうまくいかなかった。


 つぐみさんの方は、何かにとりつかれたように俺のやっていることに夢中な様子だが、こんなにしくじってかっこ悪い所みせて、その上長い時間待たせてしまって申し訳ない気がする。

 でもつぐみさんからは、クレーンが商品を掴めば「よしっ」って感じの小声が聞こえたし、商品が落ちてしまえば「あっ」っていうような声も聞こえた。

 俺はそのつぐみさんの声が最高の励みになった。

 なんとなくだけど、これを取ればつぐみさんが笑ってくれるような気がした。

 だから絶対に俺は諦めなかった。


「いけぇーーーーうんどりゃぁーーー!!!」

「よしっ」

 

 ポトリ。


「…………」

「あっ……」

 俺VS最強マシーンの戦いは続いた。



 金がなくなってきた。

 もう何度両替に行ったか覚えてない。

 つぐみさんからは「お金は私が出します」と何度も言われたが、その度に「男の勝負に水を差すんじゃない!」と断っておいた。

 相手は機械だけど。


 途中で帰りの電車賃の心配をするくらいになってしまい、ついに残り何回しかできないと数えられる所まで来てしまった。

 これ、もし全部ダメだったらどうするんだろうか。

 帰れなくなるからやめようって簡単に諦められるような挑戦の仕方ではない。

 こんだけ時間と金をかけたんだから何も取れなかったでは済まされないような気がする。

 ここまで頑張って応援してくれたつぐみさんにも本当に申し訳ない。


「くそっ!」

「あぁ……」

 なんか共同作業みたいになってしまっていた。

 俺もつぐみさんも心を一つにして一喜一憂しているような感じだ。


 つぐみさんは、クレーンから商品がこぼれた時は本当に悲しんでいるのだろうか?

 クレーンが商品を掴んだ瞬間は本当に喜んでくれているのだろうか?

 今はハッキリしない。

 俺に気を使って喜んだふりや悲しんだふりをしてくれているのかもしれないし、少しずつ感情が芽生えてきたのかもしれない。

 その問題の答えは、きっとこの商品がつぐみさんの手元に来た瞬間に分かる気がする。

 だから絶対にこの勝負に負けてはいけないのだ。


「いくぜ貧弱野郎!お前との戦いはまだ終わらん!」

 残り挑戦回数は4回。

 今決めた。

 ダメだったらありったけの金をおろしてくる。

 絶対に諦めない。

 今怖いのは時間だ。

 タイムリミットは永遠にある訳じゃない。

 今の状態を保った、今のつぐみさんが隣にいる時でしかこの挑戦は出来ないんだ。

 今日が終わったら全て終了。

 それまでに絶対に商品を取ってやる!


「くそっ!!」

「おしいです」

 心なしか、つぐみさんのその言葉にも感情がこもっているような感じがする。

 いつもの淡々としたつぐみさんの言葉じゃない。

 もう少し、もう少しだ!


「まだまだいくぜ!!」

 何回か店員さんを呼んで取りやすくしてもらおうかと思った。

 でもそれじゃあ喜びが半減するし、大体そんなことしても握力0の機械相手には無駄な気がする。

 だから今までの挑戦は全部自力だ。


「よしっ! よしっ! 行け!! 余計なことすんじゃねーぞ!!」

「がんばれっ!」

 見事、あの憎らしいクレーンは鳥の重心をとらえて商品を持ち上げることに成功。

 でもこれは以前に何度も見たシーンで、これだけで喜んではならない。

 後はあのつぐみのぬいぐるみが、あの余計なクレーンの仕草に耐えてくれるのを願うのみだ。

 今まではこの状態で何度も振り落とされたが、今回もそうなってしまうのか!?


「頑張れ! 頑張れつぐみさん!」

「はい! 頑張ります!」

 なんかよくわかんないけど、人間のつぐみさんが返事をしてしまった。

 それでも二人はガラスにへばりついて商品の行方を見守る。


「耐えろ! 耐えろぁっしゃーーーーー!!!!」

「あぁ!」

 なんと、あの妙な仕草で振り落とされたつぐみがギリギリの所で見事に穴に落ちた!

 何度目の挑戦になるかは分からなかったが、俺たちはようやくあの機械に勝つことができたんだ!


「おっしゃぁーーーー!!! つぐみさん! つぐみさん!!!!」

 俺は一目散に商品取り出し口に手を突っ込んで商品を掴む。

 そして迷うこと無くつぐみさんの前に差し出した。


 すると、なんとあのつぐみさんの顔が笑っているではないか!

 あの無表情大王のつぐみさんの目尻が下がってる!

 口が笑顔を作ってる!

「つぐみさん! つぐみさん!!」

「凄いです。凄いです!」

 露骨に凄い笑顔という感じではなく、少し申し訳程度な笑顔ではあるが、今のつぐみさんは絶対に笑っている!

 今までの微妙な表情じゃない!

 今つぐみさんはハッキリと嬉しいと感じている!

 他の人からすれば笑顔というにも微妙な感じかもしれないが、今までのつぐみさんからみれば笑顔なのは明らか!

 今のつぐみさんは完全に笑顔だ!

 そのことが商品を手に入れたことよりも何百倍も嬉しい。


 取り出したつぐみをつぐみさんに抱かせ、調子こいて俺もつぐみさんを抱きしめた。

 そして再度つぐみさんの顔を見ると、さっきみ見たつぐみさんの笑顔がそこにはあった。


 本当に自然で綺麗な笑顔だった。

 これを見るために頑張ったと思えば今までの苦労なんてあまりに安すぎる。

 このつぐみさんの笑顔は、しばらくずっと俺の頭の中を占領していくのだった。

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