十六幕 一日で完成する花畑は紛い物
電車に乗ってつぐみさんと遊園地に到着した。
遊園地は家族連れからカップルまで、たくさんの人で賑わっていた。
今日は創立記念日と言えども土曜日だ。
土曜日に遊園地というのは少し失敗だったかもしれない。
でも、そんなことを気にしても何もならないので、限られた時間を有効に使う為に、俺は早速つぐみさんの手を引いて行動に移した。
「んじゃ、お化け屋敷から行こうか!」
「お化け屋敷……」
「そ。お化け屋敷!」
初っ端は、つぐみさんに試してもらいたいお化け屋敷を選んだ。
つぐみさんだって女の子。
お化けとかそういう類の物に弱い可能性は十分にある。
これで「きゃー!!」とか絶叫してくれたらホント最高なんだが、俺の予想では「楽しかったです」で終わりそうである。
まぁ物は試し。
早速中へ入ることにした。
「暗いですね……」
「おう。それがお化け屋敷ってもんだ」
はぐれないようにと理由をつけてつぐみさんの手を握る。
最高。
つぐみさんの細くてしなやかで真っ白な手を独り占めできるなんて夢のようだ。
つぐみさんの手はホント真っ白で、この暗闇の中でも結構目立つ。
つぐみさんの温かい体温も伝わってくるので、必死に手に汗をかかないようにと頑張る。
そう言えばつぐみさんが感情がないと自分で言った時、俺は漫画の中でしか知らない『つぐみさん人型アンドロイド(つまり機械)説』を自分の中で勝手に提唱したことがあった。
でも当然だが、やっぱりその確率は0だ。
こういった人特有の温かいぬくもりが機械で作れるはずがない。
万が一超優秀な人肌体温機能付きの機械だとしても、そんな物が作られているのだとしたらとっくにニュースかなんかで報道されているだろう。
「うぉ!!」
中を歩いている途中、突然目の前が光ってその光の中から白い幽霊のような物が見えた。
不意を突かれた俺はかなりビビって声を上げてしまう。
恥ずかしい。
「今のは……何でしょうか?」
「……ゆ、幽霊だと思うよ……」
つぐみさんの方は全然ビビってない。超冷静。
なんかこのお化け屋敷、俺が恥を晒すだけになりそうな気がするんだけど……。
「ん……何か声が聞こえます」
「え?」
つぐみさんにそう言われて耳を澄ましてみると、本当にかすかに人の声が聞こえてきた。
よく聞こえなかったので声のする方向へと進んでみる。
「た、助けてって言ってるぞ……」
薄気味悪い声で。
「行きましょう」
すると、つぐみさんの声は少し勇ましくなって俺の手を引くように歩き出した。
「ちょっと! つぐみさん! これって何かの演出なんじゃ!?」
なんかつぐみさん、本当に声の主が助けて欲しいものだと勘違いしてるっぽい。
小走りになって声の主を助け出そうとしてるもん絶対。
違うよ! 多分……っつーか絶対違うよつぐみさん!!
「助けて……助けて……」
「うぉあ!!」
行き着いた先は牢屋みたいな所だった。
その牢屋みたいな所で、ドロドロの顔をした囚人達がこっちに向かってうめき声を上げている。
きっと特殊メイクかマスクみたいな物をしている本物の人間がやっているんだろうけれども、その気持ち悪さと数が半端じゃない。
一つの牢屋の中に4~5人いて、その牢屋が両サイド縦に計6つくらい並んでいる。
俺たちは今その牢屋を両サイドに、真ん中の細い道を歩くことを余儀なくされている。
その牢屋のすきまからはそれぞれが手を出して助けを求めているんだから気持ち悪いことこの上ない。
ギリギリで奴らの手の届かない所にいるが、一歩踏み出したらその手に捕まりそうで怖い。
まるで地獄絵図を見ているようだった。
が。
「大丈夫ですか? あの、私はどうすればこの人たちは助かりますか?」
「つぐみさん! つぐみさん! 絶対違うんだけど!!」
つぐみさんは気持ち悪がりもせずに、むしろ牢屋の人に話しかけだした。
そしてさらにどうすればいいか俺に聞いてくる。
俺の方は情けないことに、気持ち悪い囚人達に顔を向けることもできないでいた。
「ちょ、マジヤバイ! 行こう! これは相当くる!」
「いえ、この人たちはきっとここから出たがっています」
何考えてんだつぐみさん! 出たらそれこそ地獄絵図じゃねーか!!
何でそんなに冷静で居られるんだ!!
やっぱり恐怖とかそういう感情がないからなのか!?
「これはそういう演出だから助ける必要ないの! きっと今中の人笑ってるよ! 行くよつぐみさん!」
「あっ」
俺はつぐみさんの手を強引に引っ張ってこの牢屋フロアを一気に駆け抜けようとした。
しかし、つぐみさんは全く動こうとしない。
それどころかあんな華奢なのに、引っ張る俺の力を物凄い力で食い止めたのだ。
相当な力でつぐみさんを引っ張ったのにも関わらず、つぐみさんを一歩も引き寄せることができない。
まるで片側固定されているロープを引っ張っているような感じだった。
そのお陰で俺は勢いつけて転んでしまった。
「すっ、すみません」
つぐみさんは転んだ俺を介抱しようとするが、俺はすぐさま立ち上がってつぐみさんを抱きかかえ、そのまま一気にフロアを突っ走った。
「あれは演出なの! 助けなくてもいいの!」
「でも……」
つぐみさんを抱えて走っている途中、急にガタンと大きな物音が鳴ったと思ったら今度は牢屋の扉が開き、一斉に恐ろしい顔をした囚人達が襲い掛かってきた。
これは予想してなかった。
恐ろしすぎる。
「ほらーー!!!」
「え?」
つぐみさんもさすがにこれにはビックリしたようだ。
俺はつぐみさんを地面に降ろし、一緒に手をつないで囚人達を振り切るように逃走。
今度こそつぐみさんはちゃんと着いて来てくれた。
「あの、これは……?」
「説明は後! 逃げるぞつぐみさん!!」
きっと囚人役やってる人たちも困っていただろう。
あのフロアを通り抜けようとすると一斉に襲い掛かってくるっていう最初からの設定だろうから、あのフロアで留まられても困るだけだ。
っつーかつぐみさんのこの超天然ぶりは一体何なんだ??
「はぁ……はぁ……はぁ……。マジで何回心臓止まると思ったことか……」
「私も驚きました」
色々あったけれども、無事にお化け屋敷のイベントを終えることが出来た。
はっきり言って失敗したと思っている。
俺は恥を晒すだけだったし、つぐみさんはまったく驚いた様子はなかったし。
つぐみさんは「驚いた」と言っているが、多分俺と違う方向で驚いてるんだろう。
怖さじゃなくて、ああいう演出もあるんだと驚いているに違いない。
「あのねつぐみさん。頼むから幽霊を助け出そうとしないでくれ。つぐみさんのお陰で怖さが2~3倍に膨れ上がったよ」
「すみません」
そう謝るつぐみさんはどことなく申し訳なさそうだ。
つぐみさん、優しい人なのは確かなんだけれども超天然素材なのも間違いなさそうだ。
お化け屋敷に入って、その中にいる幽霊に優しく手を差し伸べる人を俺は初めて見た。
最後までつぐみさんが怖がる姿を見ることはできなかったが、十分に楽しめたからまぁOKかな。
「さて、お次は……」
入り口でもらったこの遊園地のパンフレットを手に、次の目的地を決める。
今ので、やっぱりつぐみさんは視覚系や心理系に滅法強いということが分かった。
これはある程度予想できていた。
感情がないと言うんだから、恐怖で怖気づくことなんかない。
だったら次は体感系恐怖、ジェットコースターで試してみるのみ。
「よし! 次はジェットコー……」
「あの、すみません、少し時間を頂けますか?」
次の目的地を告げようとした所、つぐみさんは急に俺の言葉をさえぎってそう言ってきた。
そしていきなりその場に立ち止まって目を瞑りだす。
「ん? つぐみさん、どうしたの?」
「…………」
何だろう? 急につぐみさんが止まってしまった。
道の真ん中で立ち止まって瞑想(?)を始める白いコート。
傍から見れば結構怪しい。
「おーい、つぐみさ~ん?」
目を瞑ったまま動かないつぐみさんの眼前で手を振ってみても何もリアクションはない。
本当に何をやっているのか疑問だ。
何から何まで謎の多い人である。
仕方ないからつぐみさんの瞑想が終わるまでその場で待つことにした。
「すみません。お待たせしました」
待つこと10秒ちょっと。
瞑想が終わったつぐみさんは俺に対して深々と頭を下げる。
「うん。全然構わないんだけど、つぐみさん、今何やってたの?」
「……すみません。お話することが出来ません」
らしい。
何なのか全く予想できない。
今更お化け屋敷の恐怖が蘇ってきたので必死に沈めたのだろうか?
このままだと何やってたのか気になって夜も眠れなさそうだが、一度つぐみさんが「しゃべれない」と言えば何度聞いてもしゃべってくれないだろうし、今のことは忘れるように努めた。
つぐみさんの謎に関して、知りたいという欲求がない訳では全くない。
俺だってつぐみさんが普段何やってる人なのか、家はどこにあるのか、どこの学校に行っているのか等、知りたいことは山ほどある。
でも、それをいくら聞いても、つぐみさんは徹底して口を塞ぐんだ。
彰二は素性を話せない人間は怪しいと言っていたが、俺もその通りだとは思う。
でも、つぐみさんに限って言えばそんなことは思わない。
確かに怪しいかもしれないが、絶対に邪悪な怪しさではない。
つぐみさんの様子を見れば明らかだ。
つぐみさんがことを話せない理由は、影でこそこそ邪悪なことをやっているからという訳ではなく、何らかのやむを得ない理由によってしゃべれないとか、誰かに脅迫されているからしゃべれないとか、そういう理由なんだと思う。
だからつぐみさんがしゃべれなくても、俺はいいんだ。
俺は今あるつぐみさんを信頼しているのだから。
「よし。じゃあ今度はジェットコースターに乗ろう! ここのジェットコースター、怖くて結構有名なんだ。つぐみさんにはその恐怖に打ち勝つ勇気があるか!?」
「?」
あっさり勝ってしまうのがつぐみさんである。
まぁ、俺もジェットコースター苦手とかそういうのは無いので、今度こそ無様な姿を見られずには済みそうだ。
さて、ジェットコースター。
土曜ということもあるだろうし、人気のアトラクションということもあるだろう。
結構な時間を並ばされた。
それでも待ち時間は少しも苦痛に思わなかった。
待ち時間はずっとつぐみさんとおしゃべり。
つぐみさんが「アレは何ですか?」と聞いてきたりきたりしたので、適当教えたり、それを見抜かれたり、それを問題にしたりして楽しんだ。
そうしているうちにあっという間に俺たちの順番が回ってきて、俺とつぐみさんは一番恐怖の度合いが強いとされるコースターの最前列でスタンバイする。
「えっと……これは……」
「ジェットコースター。何が起こるかは起こってからの楽しみっつーことで」
内心にまにましながらつぐみさんの様子を伺う。
つぐみさんは訳が分からないといった様子で座席にてスタンバイ。
「それでは空を舞う旅をお楽しみ下さい」という係員さんの軽快な挨拶と共にコースターは出発する。
「高いねぇ」
「レールに乗って走る……。これも電車の一種でしょうか?」
始めはのろのろと高度を上げてマシンは動き出す。
「そう! よく分かったね! これも電車の一種なんだ! のろのろと動いて景色を楽しむのが目的なんだよ」
「そうなんですか……」
そう嘘を教えると、つぐみさんは余裕そうに景色を見始めた。
コースターが急降下に近づくに連れて、つぐみさんを見ている俺のにやにやが段々と大きくなっていく。
そうしているうちにコースターは一気に急降下!
「はくっ!!」
ゴォーっと物凄い音を立て、物凄いスピードを出してコースターは走り出す。
それにはさすがのつぐみさんも不意を突かれたのか、言葉にならないような変な声を上げて驚いた。
なんか作戦成功したっぽい。
今のつぐみさん、目を不等号(><←こんな形)にして驚いている。
「イヤッホー!! どうだつぐみさん! 電車は!?」
「す、すごいです」
「早いだろ!?」
「早いです……ふっ!!」
また変な声上げた。
超スピードで動く中、横を向いて見たつぐみさんの表情はいつもと違った。
風をよける為目はずっと不等号のままだが、「わふ」とか「んく」とか変な言葉を連発している。
口も変にぱくぱくさせているし、今のつぐみさんは人間が驚いている時の表情そのままだ。
そんないつもと違うつぐみさんが見れて、俺のテンションも一気に昇りつめていく。
なんかすげぇ楽しい。
特にラッキーな出来ことがあった訳でもないのに、今ここにいることが幸せだ。
幸せってこういうことを言うんだろうな。
「電車……嘘」
「ハッハッハー!! 大正解! 大嘘だ! うおぉーーー!!!」
なんか凄い勝った気分。
つぐみさんに初めて勝てたような気がした。
つぐみさんは他の客のようにきゃーきゃー騒ぎはしないものの、終始顔を下に向けつつ驚いているような様子だった。
「はぁ……はぁ……。すごい」
「いやぁ、さすが人気コースター。落下角度が違う」
「まだ……心臓がドキドキいってます」
コースターも線路を一周し終え、アトラクションは終わりを告げる。
終わったと同時に、目を丸くしているつぐみさんは胸を抑えてそう言う。
俺もかなりの速さで心臓がドクドク脈を打っている所だ。
「どう? 何か感じなかった?」
「はい。凄くビックリしました」
何か表情が違う!
本当に微妙だが、目が点になっているような、そんな様子を見せてるぞ!!
これはいつもつぐみさんを見ているつぐみマニアしか分からないだろう!
今のつぐみさんは無表情じゃない!
本当に驚いているんだ!
「良かった! なんとかつぐみさんに色々感じてもらいたかったからさ。少しでも普段と違う感じがすれば俺の作戦は大成功だよ」
「私なんかの為に……。それはダメです」
「ダメじゃないさ! つぐみさんが感情を戻してくれれば俺も嬉しい! つぐみさんが嬉しければ俺も嬉しいんだ! 結局俺の為にやってるようなもんなんだよハッハッハ!」
嘘じゃない。
実際につぐみさんに何か変化があるたびに俺はこの上ない嬉しさを感じている。
つぐみさんの口癖でもある『私の為に何かをやる』という言葉。
俺がつぐみさんに何かしてあげようとするとすぐこれだ。
つぐみさんは自己犠牲の精神が強いというか、本当に遠慮大王なのだ。
その癖、まるで人のために生きているかのように、つぐみさん自身は他の人の為に動きまくってるのである。
本当につぐみさんの優しさは神様仏様レベルなんだ。
だから俺はいつも『自分の為』という風に言って、つぐみさんを言いくるめている。
こう言ってやればつぐみさんもなんとか納得してくれるのだ。
「良かったらまた後でもう一回乗ろうか?」
「あ……はい」
そう言ってくれたので、計画の中にもう一度ジェットコースターに乗ることを再度入れる。
さて、次は……。
「腹減ってきたな。つぐみさんは?」
「私は平気です」
「あ、そう。じゃ、次のアトラクション行こうか!」
「いえ、恭介さんがお腹を減らしているのであれば、ご飯を食べに行きましょう」
「でも、つぐみさんは減ってないんでしょ? お腹」
「私はいつでも平気なので……」
らしい。
じゃあ遠慮合戦になる前に適当に一緒に昼飯を食べることにする。
昼飯はつぐみさんには少し申し訳ないけど適当なファーストフードでハンバーガーやポテトを頼んだ。
つぐみさんは何もいらないと頑なに俺の奢りを断ったが、何も食べないという訳にはいかないだろう。
食べないなら捨てるからということにして、俺は二人分適当に昼飯を買うと、つぐみさんはようやく買ってきたものを食べようとしてくれた。
「つぐみさんはこういうの好きだったりするの?」
「あ……あの、あまり食べたことがないので……。でも、凄く美味しいです」
今までどんな人生を歩んできたのか本当に気になる。
和食ばっかりとか家がそういう系だったり、宗教とかで禁じられていたりするんだろうか。
「んじゃさ、つぐみさんの好きな食べ物って何さ? やっぱりメガトンとかだったりする訳?」
「はい。大里さんのカレーライスは本当においしいです」
らしい。
つぐみさんは本当にメガトン好きなようだ。
カレー嫌いの俺の味覚が本当に悔やまれる。
一緒にカレーの美味しさについて語り合いたい所だったのに。
「あの……感情ってどうやったら出るのでしょうか……?」
「ん……」
食事中、不意につぐみさんがそんなことを聞いてきた。
やっぱりつぐみさんの気になる所はそこのようだ。
これに関しては俺もずっとつぐみさんの為に考えてきたことなので、答えは一応用意してある。
「やっぱり自然のままが一番なんじゃないかな? 無理に笑おうとか悲しもうとか思わないほうが案外うまくいったりしてね。感情ってもんは自然に出てくるもんだから、誰かに言われて得るもんじゃない。作為的に感情を得ろうと考えない方がいいのかもしれないよ」
「自然に……」
俺が今まで考えてきたことをそのまま伝えてあげた。
そうなんだ。
感情なんて本人次第なんだ。
誰かに言われて無理に喜ぶのなんて感情とは言えない。
残念だけど、俺がつぐみさんの感情を直接引き出そうと思っても究極的には無理だ。
俺が何をしたってつぐみさんが何かを感じないことには感情は出てこないんだから。
だから俺は何かを感じる機会を作為的に増やそうとしている訳なんだけど。
「そう。深く考え無いほうがいいよ。大丈夫。つぐみさんにだって絶対に感情はあるから、焦らないでじっくり気ままに色々なことを感じようよ」
「はい……。ありがとうございます」
俺の思い違いかもしれないが、つぐみさんだって変化はしてきている。
今のお礼の言葉一つとってもそうだ。
今までは機械的にお礼を言ったり謝ったりといった感じだったが、なんというか、今のは普通に礼儀正しい人が丁寧に謝ったという感じだ。
今までつぐみさんがどんな経験をしてきたのか知らないが、作為的に色々なことを体験させることによって少しずつだが感情が芽生えてきている。
確かな証拠があるわけではないが、俺にはそう感じられた。