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君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
二章 この世で一番美しい花壇に花は咲くか
16/37

十五幕 他から影響を受けて進化してこそ人間である

 「おい彰二! やったぞ! アポ取れた!」

 お隣さん。

 ドアの鍵が開いたと同時に、俺はお隣さんの部屋ん中に突っ込んで行った。


 今日程嬉しい時は今まで生きていてなかったような気がする。

 今までの暗い高校生活なんかとっくの昔に忘れてしまった。

 つぐみさんと出会ってからの俺は、本当に毎日が生きてて楽しい。

 その中でも、本当に今日ほど嬉しい日はないと思う。

 そんな晴れやかな気分が俺のハイテンションを呼び寄せているのだろう。


 ボーリングと映画に行ったのが昨日の話で、あの後俺はすぐさまこの彰二の家に来て彰二に相談しに来ていた。

 その時丁度彰二の彼女である朋恵さんが泊まりに来ていたので、俺は少し邪魔者のようだったようだが、親切二人組みは快く俺の相談にのってくれた。


 相談内容はもちろんつぐみさんのこと。

 つぐみさんのこととは言えど、内容は『どうやったら感情が表面に出るか』という大それた内容である。

 その相談を持ちかけられた二人は相当困惑していたようだったが、真剣に相談相手になってくれた。

 最初はどうしてつぐみさんの感情が無くなってしまったのか色々考えるところから始まって、最終的には色々な体験をして色々な思いを作り上げて、そうして初めて感情が生まれるのではないかという結論に達した。


 そこでつぐみさんに味わってもらう具体的な『色々な体験』なんだが、朋恵さんの提案で『遊園地』に決定した。

 遊園地であればお化け屋敷やジェットコースターで恐怖を味わえるだろうし、色々と特殊な体験ができるからだ。

 俺もその考えに大いに賛成した。

 しかも彰二&朋恵さんカップルまで「つぐみさんを見たい」と言い出し、夢のダブルデートがついに現実のものとなることとなった。


 それには俺のテンションも上がりっぱなしだ。

 俺の最も信頼の置ける友人二人と、最も一緒に居たいと思う最愛の人一人と一緒に遊びに行けるんだから言うことは無い。


 その決定があって俺は早速今日バイトの前に少しだけつぐみさんと会い、遊園地の提案をした。

 一日潰して、しかもつぐみさんの知らない二人と一緒に一日過ごすことになるので、ちょっと無理なお願いだとは思ったが、なんとか粘って了承をもらうことが出来た。

 一応例のトランプカードの賭けに俺は勝っている訳だし、ちょっと汚いかもしれないがそれを使ったりもしたけど。


 日程は明日。

 うまい具合に明日は学校が創立記念日なので一日使って遊園地に行くことが出来る。

 バイトもバッチリ休みの日だ。

 彰二&朋恵さんカップルは無理して学校をサボってくれるのだとか。

 正直二人がいなくてもつぐみさんと行ければそれはそれで満足できそうなので無理にとは言わなかったが、彰二も朋恵さんも俺が絶賛するつぐみさんを見たい欲求が強かったようだ。



「おい彰二! つぐみさんOKだってよ! つぐみさんOKだって!」

「お、丁度良かった。実は俺もお前に話があってだな……」

 とりあえず落ち着いて話せるように勝手知ったる彰二の部屋の座布団の上に座る。

 彰二は机の上に茶とお菓子を出してくれた。

「いやぁ楽しみだな明日! 俺、彰二とのダブルデート夢に見てたんだよ! まだつぐみさんとは恋人とかじゃないしさ、別に恋人になって欲しいとか恐れ多いことは言わないけど、一緒に遊園地だぞ! いやぁ、まじで夢のようだよ! 神様、ありがとう!!」

「いや……テンション上がりきっている所で悪いんだが……」

「なんだよ……。その冷えきったテンションは……」

 なんだか彰二の顔が申し訳なさそうだ。

 なんか少し嫌な予感がする。


「実はよ、明日補習授業が急遽入っちまったんだ。しかも単位に関わる大切な授業なんだとさ」

「なんだと……って。ちょっと待てよ! 話が違うじゃねーか!!」

「すまん! 恭介!!」

 彰二は両手を合わせて俺に頭を下げる。

「なんだよ……。せっかくつぐみさんもOKしてくれたのに」

「いや、実は俺じゃなくて朋恵の方なんだ。補習ができたのは」

「そうなんだ……。でも、それだったら彰二だけでも……」

 と、誘おうと思ったが止めた。

 俺と彰二とつぐみさん。

 あまりに場が変だからだ。


 朋恵さんという人はサバサバした感じの人で、慣れていない人でもノリが合えば一瞬で仲良くなれるような、不思議な魔力を持った人。

 つぐみさんとは同性だし、そういう性格もあって仲良くなれるんじゃないかという期待もしていた。

 ぶっちあけた話、俺&つぐみさん&朋恵さんだったら場は成立すると思う。

 でもその朋恵さんがいなくなったのではもともこもない。

 朋恵さんがいれば彰二は彰二で朋恵さんといちゃいちゃしてればいいだけだし、俺もつぐみさんとゆっくりお話が出来るし何にも問題はないんだが、朋恵さんがいなくなると話は別だ。

 俺&つぐみさん&彰二って場には彰二もあまり乗れないだろうし、つぐみさんだってやり辛いはずだ。

 そのことを分かってるから彰二は自分だけでも行くとは言わなかったのだろう。


「まぁ、俺だけ行ってもおかしいしな。つぐみちゃんだって警戒しちゃうだろ」

「おま、つぐみちゃんって言うな! つぐみさんだろつぐみさん!!」

「はいはい。つぐみさんだって普段から話さない人ならなおさら警戒するだろ。だからお前ら二人で行ってきてくれ。すまなかったな」

「…………」

 まぁ、しょうがないと言えばしょうがない。

 別に誰が悪いって訳でもないんだから。

 ダブルデートの夢が消えて少しだけテンションを落とす俺だったが、最大の楽しみがなくなった訳じゃないのでまぁ良しとする。


「いやでもつぐみさん見てみたかったな」

「彰二はつぐみさんが俺の家まで財布を届けに来たときに見てるだろ? いまどきありえない顔の整い方だぞ。それでいて謙虚で優しいんだぁつぐみさん」

 そう言いつつつぐみさんの顔を思い出し、勝手にうっとりする。

 やべぇ。なんか俺キモい。

 でも、本当にそう思っている。

 よく『恋の魔法にかかる』とか『恋は盲目』と表現されるように、好きになった人を全て肯定してしまうのは本当の話なのかもしれない。

 俺自身、そんな恋に全てを流されるような人間じゃないとは思っていたがこの有様だ。

 つぐみさん最高。

 つぐみさんが全て。


 でも、つぐみさんだけは違うんだ!

 『恋は盲目』ってのは相手が浮気したとか、相手が犯罪を犯したとしても『それでもあなたを信じます』みたいに相手を妄信している状態のことを言うんだと思う。

 あり得ない話だが、もしつぐみさんが人殺しとかしてたら、多分俺はつぐみさんと距離を置くことになりそうだ。多分。

 でも、つぐみさんはそんなことをする人じゃない。

 絶対の自信がある。

 今までのつぐみさんの行動や言動をみれば明らかだ。

 俺は妄信している訳ではない!

 根拠があるからつぐみさんを信じているんだ!

 ……まぁ、これも妄信しているのと変わりはないのかもしれないが。


「だからよく顔は見えなかったんだって。そうだ。写真とってきてくれよ。それなら朋恵も見れるし」

「おぉ!! そうだ! それなら俺もいつでもつぐみさんの顔が見れるし!! たまには良いこと言うじゃねーか彰二!」

 ハッハッハと笑って彰二の肩をバンバン叩く。

 それだけテンションが高いってことだ。


 明日は朝もはよから、あのつぐみさんと二人きりでデート。

 あのつぐみさんを一日独占できるんだ!

 この現実を目の前にしてテンションが上がらない訳がない。



 俺は寝る前、色々なことをシュミレーションしていた。

 会話に困ったら何を言おうとか、これだけは話題に出してはダメだとか、何処を回ろうかとか、昼飯は何を食べようかとか、怖い兄ちゃんに襲われたらどう対処するかとか。

 つぐみさんの感情を揺さぶるという俺の第一目標だってもちろん忘れてはいない。

 でも俺自身楽しみにしているのは確かだ。

 こんなに楽しみなのは本当に人生生きてて初めてだと思う。

 興奮してなかなか寝れなかったので、無駄に外を走り回って体を疲れさせてから眠りについた。




 正に今日の日にふさわしい晴天。

 朝であるせいか、心地よい風が入り本当に気持ちのいい気候。

 空が俺の気持ちを表しているようだ。


 そんな中俺は駅前で白のコートを待った。

 約束の時間は8時30分。

 つぐみさんは8時30分きっかりに来ることが分かっているのに30分も前に到着してしまった。

 万が一つぐみさんが早く来た時に、つぐみさんを待たせては悪いからな。



「あ、おーい!! つぐみさーん!!」

 雑踏の中に白いコートを発見すると俺はすかさず手を振って合図を送る。

 それに気が付いたつぐみさんは、少し駆け足になって俺の方へとやってきた。

 今日もいつものつぐみさんと全然変わりはない。

 いつものように綺麗な顔だし、傍にいるだけでやわらかい太陽の光とか、石鹸の香りとかがしてくるし、白いコートだし。


 でも、ふとつぐみさんを見て思ったんだが、白いコートの下は毎日違うものを着てるっぽい。

 今まであまり意識してみなかったが、今日は白いコートの下から淡い青色のスカートのような物が見え隠れしている。

 っつーか、そりゃそうだわな。

 ずっと同じ服を着ているというのはさすがにないだろう。


「お待たせしました」

「いやいや、全然待ってないよ。それよりごめん! 約束してた二人が急に今日これないことになっちゃってさ……」

 とりあえず彰二と朋恵さんがドタキャンしたことを伝えて謝る。

 もちろんつぐみさんは気にする様子も全くなく、ドタキャンを大らかな心で受け入れてくれた。


「さ、行こう! 今日は十分に楽しもう!」

「はい」

 早速駅に入って切符を買う。

 今日は遠出だし、一日中つぐみさんと会話が出来る。

 まだまだ時間は限りなくあるんだ。

 これからのことを思うと幸せ一杯胸一杯だ。


「これは……」

「あ、悠棟寺前で乗り換えだから、250円の切符を買えばOKだよ」

「切符……?」

「…………」

 切符を買おうとすると、つぐみさんは自動券売機の前でうろたえる。

 まさかとは思ったが……。

「ここのボタンが爆破スイッチで、このボタンが魔人召喚で、このボタンがメガトンスパイクカレーの出前。さぁ、どれにする?」

 と、適当に教えると、つぐみさんはおろおろしながらも最終的にメガトンと教えたボタンを押した。

「…………」

 本来は切符を買うボタンだったのだが、今はお金を入れてないので何も出てこない。

 何も起きないのでつぐみさんはボタンを押したまま固まってしまう。

 少しすると周りをキョロキョロ見渡し始めた。

 きっと出前がどこからやってくるのか確認しているんだと思う。

 ダメだ。

 笑いがこらえきれない。

「嘘……ですね」

「ぎょ」

 するとつぐみさんはあの無表情のままで俺の方に向き直り、淡々とそう告げてきた。

 さすがにバレてしまったらしい。

 『ヤバイ、嫌われたか?』と思うようなつぐみさんの冷たい無表情さだ。

 さすがにマズイと感じて俺はすかさず謝った。


「ごめんよつぐみさん。つぐみさんがあまりに可愛いからつい……」

「いえ、大丈夫です。あの、私はどうすればいいですか?」

 無表情なのは前からだったので、別に怒っているとかそういうのは無い……と思うが、少し膨れたようなつぐみさんがそこには居た気がした。

 でも、つぐみさんは本当に何事もなかったかのように話を次に進める。

 つぐみさんに感情がなくて良かったのやら悪かったのやら。


「ここにお金を250円入れると、このボタンが光るからそれを押せばOK。そうすれば切符が出てくるから。やってみて?」

「はい」

 つぐみさんは言われたとおりのことを実行し、見事250円の切符を手に入れた。

 そして自動改札を通って駅のホームへと向かっていく。


 電車も乗ったことないとはどういうことなのだろうか。

 いつも爺やの運転しているリムジンで送迎されているお嬢様とかなのだろうか。

 つぐみさんは『次の場所へ行く』とか言っていたり『剣』を持っていたりしているとかいう理由で、イメージ的に旅人なのかと勝手に思ったこともあったので、電車を使ったことがないという事態には割と驚いた。



「つぐみさん、電車使ったこと無いのかな? 旅してる人だと思ってたからてっきり乗り物系の知識はあると思ってたよ」

「電車……。本で読んだことがあります。これが電車なんですね……」

 おぉ。マジで知らなかったらしい。

 今まで何をどう過ごしてきたのか、本当に気になる所だ。


「そ。遠くへ行きたいときとか凄く便利だよ。色々な駅を乗り継いだら全国どこへだって行けるんだ。きっとつぐみさんの旅も楽になると思うよ。お金は少しかかっちゃうけどね」

 と、つぐみさんが旅をしていること前提で話を進める。

 つぐみさんは俺の話をうんうん聞いていた。


 なんだかつぐみさんは世間の常識に凄くうとい気がする。

 ボーリングも初めて、映画も初めて、電車も初めてっていう人を、つぐみさんくらいの年齢の人ではみたことがない。

 どれか一つだけが未経験っていう人くらいはいそうだけど、その3っつ全てが未経験というのは非常に珍しい。

 でもそのお陰で、これからつぐみさんの知らない物を見つけて偉そうに俺が教えるっていう楽しみが増えそうだ。

 つぐみさんが何者なのか、謎も増えてしまったが。


「つぐみさん、暑くない?」

「少しは暑さを感じますが、平気です」

 いつ見てもつぐみさんは白い長袖のコート。

 今日なんて特に暑いのに、よくそんな物着れるなとつぐみさんを見てふと思った。

「何も無理しなくても、脱げばいいのに……」


 と、言った所で忘れていたあの『剣』の存在を思い出した。

 つぐみさんが着ているコートは剣を隠す為のコートでもあるんだった(憶測だが)。

 今改めてつぐみさんの背中を見てみると、やっぱりそれっぽいものを背負っているような感じである。

 しかも、剣とは違う形で背中が少し不自然にもっこりしているような気もする。

 これも憶測だが、たぶんリュックサックみたいな物を剣と一緒に背負っているのであろう。

 普通リュックを背負う時はコートの外に出す。

 でもつぐみさんは何故かリュックをコートの中にいれている。

 だからかなりいびつな背中をしているのかと思いきや、実は案外そうでもない。

 もっこりしていると言ってもそれ程違和感を感じるほどもっこりしてないし、何よりの背中というより腰の位置に近いところが膨らんでいるので、パッと見は少しお尻の大きい子なのかなくらいにしか思わないだろう。

 まぁ、その膨らみ方が少し不自然なのでよく見れば分かると思うが。


「いえ……人にはあまり見られたくないので……」

「え?」

 『脱げばいいのに』と言った俺の言葉に対するつぐみさんの返答がきた。

 つぐみさんは少し顔を赤くしながらそうつぶやく。


 よく考えてみると、俺は前に同じ質問をしたことがある気がする。

 その時つぐみさんは小さく「いえ……(暑くないです)」と答えるだけだったが、今は違う。

 つぐみさん、少しでも俺に話をしてくれるようになったんだ。

 たったそれだけのことなのに、なんだかそれが滅茶苦茶嬉しかった。


 それにしても人には見られたくないというのはどういうことか。

 相当な恥ずかしがり屋さんなのか、それとももしかするとつぐみさんの肌には痛々しい傷があるとか、歴戦の勇者の証である紋章があるとかそういうことなのだろうか。


 言われてみれば確かにつぐみさんがメガトンを食べる時は、いつも周囲を少し気にしながら腕まくりしていた気がする。

 あれは単に人にあまり見られたくないからだったのかと、今になってやっと分かった。

 あんなに白くて綺麗な肌なのにもったいない気がする。

 まぁ、あれだけ綺麗な肌をしてるからこそ余計に人目につくのかもしれないが。

 

 それからもつぐみさんとは色々と雑談を交えながら遊園地へと向かっていった。

 難解な高校数学も完璧に理解しているつぐみさんだが、俺たち一般市民が知っているような世の中の常識をあまり知らないことにはかなり驚かされた。


 その中で一つ、前と比べてつぐみさんの微妙な変化に少し気が付いた。

 つぐみさん、以前よりも俺の顔をちゃんと見て話してくれることが多くなったし、話をしても相づちも打ってくれたり、さらには理解出来ないことがあったら逆に質問もしてくれたりしてきた。

 今日駅の切符売り場であった『嘘……ですね』辺りから少し感じていたことだ。

 つぐみさん、少しずつ自分から俺に話を振ってくれるようになってきたんだ。

 そういったつぐみさんの微妙な変化が何よりも俺にとっては嬉しかった。

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