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君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
二章 この世で一番美しい花壇に花は咲くか
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十四幕 機械は人の役に立つが、それは優しさ故ではない

 やってきたのはボーリング場。

 何故かボーリング場に着く頃には三人だったメンバーが四人になっていた。

 馬鹿王片瀬が加わったせいである。

 ボーリング場に向かっている途中、どこからともなくアンパンくわえた馬鹿王が出てきて絡まれて、結局一緒にボーリングやることになってしまった。


 でもこれはこれで面白いかもしれない。

 俺&つぐみさんVSぎっちゃんなら勝てる気がしないが、俺&つぐみさん対ぎっちゃん&片瀬なら面白い勝負になるかもしれないからだ。



「う~ん……それはつぐみさんにはちょっと重いかな……」

 つぐみさんはどうやらボーリングを知らなかったらしかたので、ルールの説明はキチンとしてあげた。

 それで今一緒にマイボールを選んでいる所なのだが、何を選んだらいいか分からないつぐみさんはあろうことか15ポンドの球を持って帰ろうとしていた。

「つぐみさん、それ、重くないの?」

「いえ、少し手にずっしりくる感じが……」

 当たり前である。

 あんな華奢な女の子に15ポンドは重すぎる。

 グラムに変換すれば7キロくらいの重さのはずだ。

 それを軽々と投げていたら少し怖い。

「つぐみさんには……んしょ。これくらいがいいんじゃないかな。ほら、8ポンド」

 俺はつぐみさんの持ってるボールと引き換えに、8ポンドの球を渡した。

 代わりに15ポンドの球を自分で手にしてみるが、やっぱり重い。

 よくこんな球で投げようとしていたなと思ってしまう。

 まぁ、ボーリングを知らないんだからこんなもんだと思ったのかもしれないし、片瀬に馬鹿を吹き込まれたのかもしれないが、いずれにせよ少しくらい違和感感じてもいい所だ。

 それでも自分から「重くないですか?」と言い出さないところがつぐみさんらしい。


「どう? さっきよりは随分軽くなったはずなんだけど」

「はい。軽くなりました」

 そういうことでレッツエンジョイボーリングだ。

 チーム編成は俺の独断で俺&つぐみさんペア対ぎっちゃん&片瀬ペアに決定。

 誰も反対する人間はいなかったのでOKとする。


「んで、何を賭けるよ? ただの勝負じゃ面白くないだろ」

 勝負事に賭けの要素を盛り込んで盛り上げようとする。

 ただ、ぎっちゃんは相当のボーリングマニアなので、素人つぐみさんを率いる俺の身としてはお手やわらかな物を賭けたい。

「最初だからジュース一本くらいにするか? つぐみさんは素人な訳だし、最初は軽いものを賭けたいんだが」

「人生!」

 馬鹿王が即答。

「重すぎる。ぎっちゃん、何がいい?」

「ふふふふ。北見君の愛なんてどうかな? ふふふふ」

「…………」

 これだから馬鹿と変態は嫌いなんだ。

 まぁ、つぐみさんの愛情とかだったら人生賭けて戦うくらい盛り上がれるかもしれんが、最初だからそこまで盛り上がらなくていい。

 俺としてはつぐみさんが燃えるような商品が理想的なんだが。

 よし、つぐみさんに聞いてみよう。


「つぐみさん、何が欲しい?」

「え……?」

 そう聞いてもつぐみさんからの返答はなかなか返ってこない。

 欲がなさすぎるつぐみさんには少し難しい問だったのかもしれない。

 しょうがないからつぐみさんを釣れる商品を自分で考えることにする。

「あ、夕飯にしよう。負けたチームが夕飯を奢る!」

「おぅ、面白そうじゃねぇか山北!」

「俺たちが勝った時は大里食堂に行くぞ。お前らが勝った時はどこで食いたい?」

「相川ベーカリー!」

「パン屋じゃねぇか」

「あちしがバイトしてる所なのだ!」

 そういえばそうだったかもしれない。

 相川ベーカリーってのは商店街にある割と有名なパン屋で、そこで働いている片瀬を何度か見たことが確かにある。

「夕飯がパン屋か……。まぁ、いいけど。ぎっちゃんはそれでいいの?」

「いいよ」

 ぎっちゃんの承諾も取れた。


「よし。いいかいつぐみさん。このゲームに俺たちが勝ったらメガトン食い放題だ! そして負けたら食事がパンな上に奢らなくちゃいけないんだ」

「分かりました」

 残念なことにつぐみさんのことをあまりよく知らない俺にはそんなことしか思いつかなかった。

 でも、唯一つぐみさんの好きなものだと分かる大里食堂のメガトンスパイクがエサなら、きっとつぐみさんも燃えてくれるだろうと思って商品をメガトンに設定。

 さぁ、試合開始だ。

「……犬岡、つぐみん、姫様、モノクローム。誰が誰だか分からないんだけど。誰だよモノクロームって」



 さて、俺の一投目。

 ボーリングは可もなく不可もなくって感じで、何度か彰二とやったことはあるけれども、アベレージで130くらいは出せるレベルだ。

 なんとかここは頑張ってつぐみさんから祝福されたい。


「頑張れ! 犬岡!! ほら、つぐみんも応援しなきゃ!」

「あ、はい」

『かっとばせー! い~ぬおかぁー!』

(競技も名前も違うんだが)

 っつーか、つぐみさんに変なこと言わすな。


ともかく、俺の一投目は無難に7ピンで終わった。

「3ピン残っちまった。すまん、つぐみさん後は任せた!」

 そう言ってつぐみさんにバトンタッチ。

 つぐみさんは言われてから俺と交代するようにちょこちょこと投球場に出てくる。

 何をどうしたらいいのか分からない様子で、時折こっちの方を無言で見てきた。

「自分の好きなように投げるんだつぐみさん! 残った3つのピンを倒せるように投げるんだぞ!」

「頑張れー! つぐみん!」

 そう言ってもよく分かってない様子のつぐみさん。

 そうしているうちに、本当に『初めてやる女の子』って感じの可愛らしい投球動作で球を投げる。

 不思議な力を持つつぐみさんだが、結果は1ピンも倒せずに終わってしまった。

「……すみません」

「いやいや、全然いいんだよ! OK次頑張ろう!」

 スーパー人間だと思われるつぐみさんの投球に少し期待したが、どうやらボーリングはそうはいかないらしい。

 どことなく残念そうな顔のつぐみさん。

 これで悔しいと感じてくれていればなおOKだ。


「さ、次はモノクロームの出番だぞぃ!」

「何だよモノクロームって……」

 次はぎっちゃんの出番だ。

 さすがはボーリングマニアといった所か、初っ端からあり得ない変化球を投げて見事にストライクを果たした。

 2フレーム目の片瀬の投球を見たが、余裕のガーター。

 こいつはそんなにうまくないらしい。

 普通の俺&初心者のつぐみさん、上級者のぎっちゃん&初心者に毛が生えた程度の片瀬。最初はなんとか頑張れば追いつけるかと思ったが、モノクロームことぎっちゃんの腕が予想以上に凄く、中盤には大きく引き離されてしまった。


 ところが、中盤を越えた辺りから異変が起き始めた。

 初心者であるつぐみさんの腕が上達したのと偶然もあって、つぐみさんは見事にストライクを一度取る。

 俺も俺でなんだが調子が上がってきたようで、スペア、ストライクを連発。

 一方モノクローム&姫様ペアは運に見放されたのか、オシイ所でストライクやスペアが取れなかったりと、スコアは伸び悩んでいった。

 その結果大差で負けると思われていたこの勝負も接戦になり、非常に面白くなってきた。


 得点は10フレーム目直前までに121対131。

 10ピン差で負けている。

 しかも9フレーム目で相手はスペアを取っているので逆転はかなり難しい状況だ。

 何としてでもこの10フレーム目にはスペアかストライクを取らなければならない。


「さぁ、つぐみさんの番だ! つぐみさんはメガトンが食いたくないのか!?」

「食べたいです」

「よし! 行け! メガトンの為に全てを賭けるんだ!」

 何でそこまでメガトンが好きなのか本当に不思議だが、好きなもんは好きなんだ。

 頑張って欲しい。

「行きます」

 相変わらず淡々としたつぐみさんの投球。

 途中で下心少しありの手取り足取りのアドバイスをした所、フォームも少し改善された。


 俺のアドバイスを忠実に守ってのつぐみさんの投球は……ストライクだ!

 ノロノロとした球だったが、ヘッドピンにボールがぶつかった瞬間、あれよあれよといううちに他のピンが倒れていった。

 なんか奇跡でも起こったんじゃないかと思うくらい不思議なつぐみさんの投球だった!

「すげぇ!! つぐみさんすげぇよ!!」

「つぐみんすげー!!」

「ありえない! あの角度からどうして7番が倒れるんだ!?」

 片瀬は素直にすげぇすげぇと褒めていたが、ぎっちゃんは納得していない様子だ。

 確かになんかピンが不自然な倒れ方したようにも見えなくもなかったが、ボーリングの球が嘘をつくはずがない。

 っつーかぎっちゃん、ボーリングのことになると割と普通にしゃべれるんだな。


「きっとまぐれだと思います……」

「そうだ! まぐれだ!」

「馬鹿は黙ってろ! まぐれなんかじゃないさ! つぐみさんの頑張りだよ!」

 調子にのってつぐみさんの神聖な手を掴んで喜ぶ俺。

 つぐみさんの表情がパ~っと明るくならないのが唯一残念な所だ。

 ゲームの方はこれでとりあえず同点。ここから少しでも点を取らなければならない。


「おし。行くぜ!」

 腕まくりの仕草をして投球に入る。

 ここで男を見せてつぐみさんのハートを鷲づかみにしたい所だ。

 さぁ、精神を集中させて……。


「うんこー!」

「ブッ」

 俺が投球に入った瞬間、片瀬が余計なこと言いやがった。

 今までも何度か俺の投球を邪魔するようなことをしてきたが、つぐみさんの大儀に酔いしれていてすっかり油断していた。

 俺の放ったボールは狙った所をどんどん遠ざかっていって……。


「4ピン」

「イェーイ!!」

 あんな情け無い不意打ちをくらった俺も俺だが、とりあえず片瀬をしばいておいた。

 結局その後、最後のつぐみさんの放ったボールは3ピン倒しただけに終わって結局スコアは138。

 相手は現段階で131で、前回スペアがあるので最初の投球だけ得点2倍だ。


 相手チームの最初の投球は片瀬。

 さっきの借りをしっかり返してやることにする。

「とぁ!」

 しまった!

 何を言おうか迷ってる所、その危険を察知してか片瀬は即座にボールを投げやがった。

が。

「ぬぁあ!」

 馬鹿なことに、指がボールからなかなか抜けなかったという感じで、ボールは大きく宙を舞い、凄い方向に向かって凄い音を立てて落下した。

 余裕のガーター。


「ハッハッハッハ! なかなか面白かったぞ片瀬」

「……わざとだよわざと」

 の割りには片瀬の表情は物凄く悔しそうだ。

 でもこれで勝利の可能性が少し近づいた。

 次はぎっちゃんの最後の投球になるのだが、これで6ピン以下なら俺たちの勝利だ。


「大丈夫。僕が全部倒してくるから。ふふうふふ」

「よぉ~し、行け! モノクローム! あちしの仇をとってくるのだ!」

「よし、つぐみさんも祈るんだ! ぎっちゃんが6ピン以下なら俺たちの勝利! メガトンはすぐ近くまで来ているぞ!!」

「あ、はい」

 俺が両手をあわせて神に祈る仕草をすると、つぐみさんも俺と同じように神に祈る仕草をしてくれた。


 しかし、今までのぎっちゃんの投球を見ていると望みは薄い。

 ボーリングマニアというのは本当らしく、今まで全部安定した投球で7ピン以上は倒している。

 どの投球だって『あぁ、ストライクだ……』と思わされるような投球だったんだ。

 今まで偶然ピンが割れたり、1ピン残ったりすることはあったが、今はもうその偶然に賭けるしかない。

 俺は誠心誠意、心を込めて目を瞑り、神に祈った。

 すると……。


「そ、そんな……」

「あぁ……」

 聞こえてきたのはそんなぎっちゃんと片瀬のため息。

 投球の内容は偶然にも6ピン倒しただけ。

 俺たちの勝利が確定した瞬間だった。


「イヤッホー!! 勝った! 勝ったぞつぐみさん!!」

「はい。勝ちました」

 つぐみさんと手をつないで喜びを分かち合う。

 やっぱりつぐみさんからは喜んでいるのかいないのか、微妙な表情しか読み取れなかったが。


「そんなはずは……。球は完璧だったのに……」

「何でグラグラ揺れてた最後の1ピンが倒れなかったんだよちくしょー!!」

「ハッハッハ!! 残念だったな! お前らには夕飯をたっぷり奢ってもらうぜ!」

 その後ぎっちゃんがどうしても今のゲームに納得できなかったらしく、賭けは無しで2ゲーム行った。


 相変わらずつぐみさんは楽しんでいるのかいないのか分からない様子だったが、ガーターを出した後の、つぐみさんの無表情だけど悔しそうな感じが俺の中で最高に可愛かったのでOKとする。

 ぎっちゃんの方は何故最初にあんなに不調だったのか不思議なくらい、パーフェクトな投球をしていた。

 4ゲーム目も5ゲーム目もやろうと言われたが、この後夕飯食って映画みる予定なので、なんとか言いくるめて合計3ゲームやった後4人で夕飯に向かった。




 皆で大里食堂へ行き夕飯を済ませた後、二人と別れてつぐみさんと二人で映画に向かった。

 実の所、つぐみさんとのデートにぎっちゃんも片瀬も邪魔だと思っていたが、いざ4人でボーリングしたり飯を食ったりすると楽しかった。

 なんというか昔の俺に少しでも戻ったような感じがしてきたんだ。


 高校の友達と一緒に遊んだのは高校に入ってから初めてだと思う。

 今まで彰二と二人とか、彰二の彼女の朋恵さんの三人とか、決まったメンバーばかりだったが今日は違う。

 良くも悪くも個性たっぷりの3人と一緒に遊ぶことができた。

つ ぐみさんと二人でゆっくりお話という訳にはいかなかったが、これはこれで大満足だ。


「よし。ポップコーンとコーラにしよう。つぐみさんも良かったらバンバン飲み食いしてやってくれ」

 映画が始まる前、とりあえず一番でかいサイズのポップコーンとコーラを一つずつ買った。

 遠慮大王のつぐみさんのことなんで絶対に口をつけてくれないとは思うが、それはそれで別にいい。

 あわよくば間接キスなんて……思ってないぞ。思ってない。


「つぐみさん、映画ってどんな映画みたりするの?」

「すみません。映画を見たことがないので……」

 また驚きの新事実が発覚だ。

 つぐみさん、今の今まで映画を見たことがないらしい。

 どこの箱入り娘なのかと疑ってしまう。

 まぁ、これで映画デビューさせてあげたのが俺だと思うと結構嬉しかったりもする。


「今から見るものはラブロマンスっぽい奴なんだけど、大丈夫かな?」

「あ、はい。大丈夫です」

 いつも通り俺の問いに淡々と返事を出すつぐみさん。

 やっぱりどこか機械的というかなんというか……。

 あんなに優しい心を持っているだけに、こういう細かな所で非常に残念だ。

 でも、これからゆっくりと心を開かせてあげられれば全然OKだ。

 つぐみさんといる口実にもなるし、俺の目標にもなるし。


 さて、これから俺たちが見る映画だが、ブレイブハートという題のラブロマンス。

 かなりの長編で退屈だったという感想も少なからずあるが、最後の最後は震える程感動するという感想が非常に多く、今話題になっている。

 その証拠に、この映画が公開されてからかなり日が経つというのに、今俺たちが入った映画館は満員だ。


「つぐみさんはここね」

「はい」

 真っ白のコートをまとったつぐみさんが暗い空間の中に入る。

 いざ二人並んで座ってみると、なんか映画どころじゃないような気がしてきた。

 隣に座っているつぐみさんが気になって気になってしょうがない。

「あのさ、答えたくないんだったら全然構わないんだけどさ、つぐみさん、映画みたことないって言ってたよね?」

「はい」

「っ……」

 映画が始まる前、ふと気になったことをつぐみさんに聞いてみようとした。

 でも、やっぱり止めた。

 その問はなんの意味ももたないからだ。


 俺は『普段つぐみさんが何をやっているか』を聞こうとした。

 この世に生まれてつぐみさんくらいの年になって、映画を見たことがないというのは少し特殊だと俺は思う。

 だから普段彼女が何をやっているのか疑問に思って聞いてみるのは不思議なことではない。


 でも、この問に彼女は答えてくれない。

 何度も聞いたが返ってくる返事は「すみません」だ。

 俺がそういう質問をすると彼女は絶対に困るはず。

 それが分かっているのにあえて聞くというのは無粋者以外の何者でもない。

 自分の欲求ばかり満たそうとして彼女のことを考えてやれなかったことを恥じた。

 確かにつぐみさんの素性は気になるが、彼女がなんらかの理由で話せない以上、俺は極力彼女を困らせる質問をしないように努めようと改めて思った。


(俺は何の為につぐみさんと一緒にいるんだ! つぐみさんの感情を引き出すように頑張る為だろうが!!)

 心の中で自分を叱る。

「いや、何でもないよハッハッハ。なんかもったいないと思ってさ。映画って色々感動できることがたくさんあるから、それを見ないのは人生損してるぞってね」

「…………」

 実のところ俺も映画をあまり見ない方なので、説得力皆無の発言である。


「あ、そうだ! 喜ぶ練習をしてみようよ!」

「喜ぶ練習……?」

「そう。皆喜ぶときはこうやるんだ。バンザーイ。ってね」

 思い切り笑顔を作り、両手を挙げて喜んだ時のポーズをする。

  はっきり言って今の俺、相当間抜けだった。

 嬉しくても両手を挙げてバンザイする奴なんかあまり見たことないし、映画館で突然バンザイしだしたら頭がどうかしてると思われても仕方ない。

 それでもつぐみさんの為を思って無茶な提案をしてみた。


「ほらっ。両手を挙げて……」

「バンザーイ」

 無表情&棒読み。

「ノンノンノン。感情がこもってないよ感情が」

 感情が無いんだから仕方ないと思う。

 と、自分に心の中で突っ込みを入れる。

「よし。掛け声をイヤッッッホー!!! にしよう。俺のやるとおり真似してみてね。いくよ? ッッイヤッッッホーー!!!」

「…………」

 目を不等号の形にし、思い切り両手を挙げて言ってみる。

 声も結構上がってしまったので、完全に頭のおかしい人だ。

 映画館の中でやるべきことじゃないというのはやった後に分かった。

 かなり恥ずかしい。

 「やっぱり恥ずかしいからやめよう」とつぐみさんに言おうとした瞬間。


「ッイヤッホー!」

 つぐみさんが壊れてしまった。


 でも、今のは凄く良かった。

 言われたことを忠実に守るつぐみさんらしい、俺そっくりなイヤッホー。

「いいじゃないいいじゃない!! 今の感じだよ! 今の凄く良かった!」

「…………」

 つぐみさんは何がなんだかよく分かっていないような感じだったが、作った表情とはいえど、今のつぐみさんは最高に可愛かった。

 感情を引き出すことには直接繋がらないような気はするが、形から入るという意味でやらないよりはやった方がマシだろう。


「今の、何か嬉しい時にとっさに出てくるような感じなんだ!」

 絶対出てこない。という突っ込みは心の中だけにしておく。

「じゃあ次は悲しい表情をやってみよう。ん~……とね……」

 自分で顔を作って手本をみせてみようとするが、なかなか悲しい表情を作れない。

 やっぱり演劇とかやってる人は違うんだろうなと思わされた。


「そうだ。物凄いショックを受けた時の顔をしてみよう。いくよ? ほいっ!!」

 よく分からないが、ショックで愕然となった時の表情を作ってみた。

 目やら口やらを一瞬でカッと大きく開けただけなんだが。

「はい。つぐみさんの番」

「…………」

「ブッ」

 噴いた。

 どうやってやろうとしたのか、目が閉じて口だけパクっと空いているだけのつぐみさんは、かなり間抜けな表情になってしまっていた。

 顔芸としてわざとやって俺を笑わせようとしているんじゃないかと思えたくらいだ。


「つ、つぐみさん。目、目!」

「……んっ」

 また噴いた。

 確かに目も口も大きく見開いているんだが、何か違う。

 感情が出て無いせいか、完全に顔芸である。

 それでも一生懸命俺の言うことをやってのけようとするつぐみさんが本当にいじらしかった。

でも噴いた。


「……難しい」

「ちょ……ひぃひぃ……つぐみさん……はぁ……はぁ……」

 笑いがこらえられない。

 一生懸命素であんな顔になるんだから面白い。

 物凄く失礼なことしてる気がするけど、可愛いからOKとする。

 そんなことをやっていうちに映画は始まりだした。




 映画が終わった。

 最初はつぐみさんが隣にいるから映画に集中できないと思っていたし、確かに前半はその通りだった。

 隣にいるつぐみさんが気になって気になって、ついついつぐみさんの横顔ばかり見てしまった。

 つぐみさんは一生懸命映画に没頭している様子ではあったが。


 しかしながら物語が後半に入り、話が山場に入ろうとしている所から俺も段々と映画にのめりこむようになってラスト。

 エンディングの曲がかかっている今でもその余韻に浸れるくらい感動した。

 今にも涙が出てきそうな状態だ。

 頑張らなくても今なら涙を流せる。


「つぐみさん……」

「…………」

 かっこわりぃ。

 つぐみさんは全然平気な顔してるのに、俺だけ泣きそうな顔。

 かなり無様だ。

 そして次に目を瞑った時、ついに俺の目から涙がこぼれてしまった。


「感動したぞ……。つぐみさん……」

「……凄く、いいお話でした」

 そういうつぐみさんだが、やはり表情は何か変わった様子も無い。

 この映画で感動できないとなると、つぐみさんの感情を揺さぶるのはかなり難しい気がしてきた。

 周りの客も鼻すすってたし。

 とりあえず俺も涙を落ち着かせて、映画館を出る。

 そして駅前まで何となく歩いて近くにあったベンチにつぐみさんと一緒に腰掛けた。



「もう暗くなっちまったね……」

「そうですね……」

 つぐみさんは何か他のことを考えているように、少しほうけていた。

「つぐみさん、今何考えてるの?」

「…………」

 そうつぐみさんに聞くと、つぐみさんはゆっくりと俺の方に向き直った。

 そしてゆっくりと口を開いて話し出す。


「きっと、素晴らしいことだと思います……」

「え……?」

 つぐみさんにしては珍しく説明不足な言葉。

「人が喜んで、悲しんで、感動して涙を流すことって、素晴らしいことだと思います。私には、それが出来るのでしょうか……?」

「つぐみさん……」

 相変わらずのつぐみさんの無表情。

 でも、どこか悲しい感じがした。

 口調もいつも通り淡々としていたのだが、どこかもの悲しげなつぐみさんの様子だった。

 つぐみさんは俺の涙や他の客の泣いている様子をずっと見ていた気がする。

 それなのに、どうして自分は涙を流せないのだろうか、どうして自分は何も感じることができないのだろうか、そんなことを考えていたのであろう。


「大丈夫。つぐみさんも人間なら絶対に感動できる! 俺が何とかつぐみさんの感情を引き出してやる!」

「…………」

 そう言った後つぐみさんの表情を見てしまったと思った。

 俺は軽々しくこんな約束をしてしまったが、つぐみさんの感情の話は俺が考えているよりもはるかに重い話なんだ。

 軽々しく引き出せるなんて約束するようなことじゃないんだと俺は思ってしまった。


「…………」

「……はい。ありがとうございます」

 それでもつぐみさんは俺にお礼の言葉を返してくれた。


 感情がないとはどういう状態なのだろうか?

 俺は自分の自我を感じない赤子の頃から感情があったので、感情のない人の気持ちはよく分からない。

 感情がないということは客観的に見て嫌なことがあっても怒らないし、客観的に見て楽しそうなことがあっても喜べないということであろう。

 嫌なことがあってもへこまないというのは利点かもしれないが、考えてみると、喜べないというのはこれ以上にないってくらいの欠点だと俺は思う。

 だって、幸せを感じることができないってことになるんだから。

 友達の優しさも、自分が頑張って出した成果にも、好きな人と一緒に楽しく過ごしても喜びを感じることができないなんて不幸だ。


 よくよく考えてみれば、あれだけ人に優しく接しているつぐみさんなのに、つぐみさん自身は幸せを一度たりとも感じたことがないということになる。

 小学校の時に初めて100点取って親に褒めてもらっても、運動会の徒競走で一番を取っても、他の人は楽しく笑っているのに、つぐみさんだけは一人何事もなかったかのように過ごしていたんだ。

 それって、絶対に不幸だ。


 これだけ俺に幸せをくれたつぐみさんには、それ以上の幸せを与えてやりたい。

 つぐみさんが屈託もなく笑っている姿が見てみたい。

 つぐみさんには幸せでいて欲しい。

 素直にそう思った。


 幸いつぐみさんは感情を欲しがっている。

 だったら俺は思う存分にその手伝いをさせてもらって、つぐみさんには幸せになってもらうまでだ。

 俺はなんとかつぐみさんの感情を引き出して笑顔にしてやりたいと、さらに強く思うようになった。

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