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君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
二章 この世で一番美しい花壇に花は咲くか
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十三幕 馬鹿がいようと変態がいようと、動きはしない

 つぐみさんって人間なんだろうか?

 そんなくだらないことを少し考えた。

 容姿は普通の女の子にしては少し整いすぎているような所もあったりするが、別に怪獣だとかそういうのではなく、至って普通の人間の女の子だ。

 残念ながら年齢は分からない。

 年上と言われても納得できるし、年下と言われても納得できるような年齢だ。

 何処に住んでいるのか、何をしている人なのかも一切分からない。

 ただ、言葉もしゃべるし、容姿は人間のそれとなんら変わりないことは確かだ。


 でもつぐみさんには人間らしからぬ所が三点ある。

 まず一点目は『剣』を所持しているということ。

 現代の日本では許可をもらって家に保管とかであれば法に触れないだろうが、警察官でもない人間が所持して持ち歩いていれば立派に銃刀法違反が成立するであろう。


 最初に剣を返した日、彼女は白のコートの中に剣を隠した。

 それからその剣を見たことはないが、恐らく会った時はいつでも白のコートの中にあるんだと思う。

 剣は長さがあるので、背負っていたら座ったときとかに邪魔になる。

 座った時のつぐみさんの仕草で『まだ剣を背負っているのかな?』と思った時があるから、彼女はきっと常時剣を備えているんだと思う。

 通常の人間が剣を常備する理由なんて全然思いつかない。

 だからこれがつぐみさんの人間らしからぬ所その1なのだ。


 二点目は感情がないこと。

 感情がないというのは本人がそう言っていたし、事実そう受け取れるようなつぐみさんの様子ではあったので全くのでまかせとか、悲劇のヒロイン気取っているとか、そういうことではなさそうだ。


 三点目は不思議な超能力を持っていること。

 超能力というのは、誰の財布かも分からない物を拾ってちゃんと持ち主に届けることが出来たことと、トランプのカードをまるで手品のようにバンバン当てることが出来たということを指す。

 感情がなかったり超能力を持っていたりと、通常の人間はそんな物を持ち合わせていない。


 一つずつ検証してみよう。

 まずは剣について。

 剣を常備する理由はいくら考えても思いつかないのはさっき言った通り。

 じゃあ剣を常備している人は人間じゃないのか? と言ったらそうではない。

 今俺がかかえている問題は『つぐみさんは人間なのか?』というくだらない問題。

 剣を所持していることは確かに奇妙な点ではあるが、その問題を考えるにあたってはあまり意味の無い要素だ。

 ただ、何故剣を所持しているのか、ハッキリした理由が知りたいところだが。


 次に感情についてだ。

 さっきも言ったとおり、つぐみさんは自分で感情がないようなことを確かに言っていたしそういう印象は受けた。

 でも、俺はつぐみさんは感情が皆無なんだとは思わない。

 俺と接していた時に微妙に心の動きがあったように俺にはとれたからだ。

 だからつぐみさんは何らかの理由で感情を表に出せなくなってしまったり、気持ちを受け取る力が弱くなってしまったが、確かに人間の持つ感情をつぐみさんは持っていると俺は思う。


 超能力に付いてはあまり説明がつかない。

 確かに遊びでやったトランプゲームは5回やって全部正解した。

 勘でやるとするならば全部正解する確率は0,1パーセントくらいにも関わらず。

 しかし最後にやった勝負はどういう訳か、つぐみさんは負けてしまった。


 超能力なんて本当にあるのか?

 前回やった時はトランプの特徴を把握してたまたま全部当てられたということも考えられる。

 しかし、この線を考えてトランプを確認したが、特別ハートの13だけ汚いとか、そういう特徴はないように見えた。

 それに、特徴を覚えていたんだったら同じトランプでやった最後の勝負だって勝てるはずだ。


 じゃあつぐみさんは本当に超能力者なのだろうか?

 財布を俺の所に届けられたという事実も俺の中で説明がつかないので、今の所その線の確率はかなり高い。

 つぐみさんはなんらかの不思議な力を持っている。

 でも、それイコール人間じゃないとは結びつかない。

 そういう人間だって世の中には少なからずいるんだ。

 初めてそういう人にあったから必要以上に俺がとまどっているだけなんだと思う。


 感情は少なからずある。

 超能力に関してはそういう人間もいる。

 だからつぐみさんは普通の人間なのだ。

 当たり前のことなのかもしれないが、俺は最終的にそんな結論に行き着いた。

 ただ、そう結論付けても『何故つぐみさんは最後の勝負に負けたのか?』ということは分からなかったが。



「さて……どうしようかな……」

 今日はつぐみさんとのデート。

 それだけで死ぬ程ハッピーなのだが、自己満足だけでは終わらせないようにしないといけない。

 俺はつぐみさんと『感情を出せるようにする』という約束をしたので、今日のデートもつぐみさんの感情を引き起こせるように努力をしないとならないのだ。

 一応泣けると評判の映画を一緒に見ることによってつぐみさんの感情を揺さぶってみようと思うのだが、俺は『感情』というものをもう少し掘り下げて考えてみた。

 イチイチ感情という言葉を国語辞典で引いてみたくらいだ。


 まず、感情と言っても色々ある。

 好き、嫌いも感情だし、楽しい、悲しい、嬉しい、憎いというのも感情。

 その感情には大きく分けて二つある。

 すなわち、正の感情と負の感情である。


 正の感情というのは好き、楽しい、嬉しい。

 負の感情は嫌い、悲しい、憎いといった感じで、俺は最初から『どう喜ばせようか』とか、『どう感動させようか』とか、正の感情ばかりを考えていたがそれだけではないということだ。


 俺としてはずっとつぐみさんを喜ばせようと思って今まで行動してきたつもりだが、どうやらつぐみさんはまだ嬉しいと強く感じたことはないように見える。

 楽しいとか、好きとか、そう感じさせるのは凄く難しいんだなと思った。

 だから俺は比較的簡単に感じてもらえそうな、負の感情の方から攻める方法を考え付いた。


 つぐみさんに苦しいとか、憎いという感情をあまり持って欲しくはないと思うが、それらも立派な感情。

 それからが引き出されれば自然と正の感情も芽生えてくるはずだと考える。

 俺の最終目標はつぐみさんに喜んでもらうこと。

 それが達成できれば良しとする。


 さて、負の感情を引き起こすのはいいのだが、それを俺が引き起こしたことによって『恭介さんキモい』とか思われたら割りとショックなので、俺は今頭を悩ませているのだ。

 今ある考えの中では『知り合いに負の感情を引き起こさせてもらう』という卑怯な考え。

 一応その知り合いの候補として、変態マスターの山岸卓を考えている。

 ぎっちゃんは今机に座って読書をしている所だが、当たり前のことだけど頼みづらい。

 この作戦、自分の手は汚さずにぎっちゃんを悪者にしてしまうことはおろか、つぐみさんにまで不快な思いをさせてしまうからなぁ。

 負の感情というのはそういうことなのだが。


「……つぐみさんが嫌がる所……怒る所……」

 やばい。少し興味ある。

 今までずっと無表情でいたつぐみさん。

 その感情の変化が例え負の方向であったにしろ、感情が顔に出る所が少し見てみたい。

 突然つぐみさんが「ムキー!怒ったぞぅ!」とか言い出したら最高だ。


「…………」

 モノは試し。

 悪ふざけ程度なら、例えつぐみさんが怒ったとしても許してくれるだろう。

 ちょっとぎっちゃんに頼んでみることにする。


「なぁなぁぎっちゃん」

「ん……北見君か」

 俺がぎっちゃんの席に寄って声を掛けると、ぎっちゃんはいつも通り薄気味悪い低い声でぼそぼそと返事をする。

 こう言っちゃ難だが、つぐみさんと同じぼそぼそ声でも声質に因って受ける印象が全然違うものだ。

 つぐみさんは儚い、ぎっちゃんは薄気味悪いでファイナルアンサーである。


「ちょっと嫌な仕事なんだけど、頼まれごとをしてくれないか? 報酬は何か出すつもりでもあるし、嫌なら断ってくれてもいいんだけど」

「報酬? 北見君、ボーリングやろうよ。楽しいよ、ボーリング」

「…………」

 報酬なんか何も考えていなかったが、相手自ら報酬の内容を提示してきた。

 そう、ぎっちゃんは何故かボーリングマニアであり、俺マニア。

 別に俺マニアってことは無いのだが、訳も脈絡もなしに俺につっかかってきてはボーリングをすすめてくる変態サンなのだ。


「北見君のアベレージ、いくつ? 僕はアベレージ300。凄いでしょ。ボーリングやろう、ボーリング。楽しいよ」

「……あ、あぁ、ボーリング楽しいのは分かった。仕事を引き受けてくれればボーリングやろう」

「会場はどこにする? 駅前のボーリング場、4番レーンと9番レーンは少し傾いてるよ。そっちの方が面白いって北見君が言うならそっちにするけど、うふふふ」

「…………」

 今まで熱心に読んでいた本もパタリ、ボーリングの話になると熱心に俺に話しかけてくるぎっちゃん。

「あ、一応仕事の内容なんだけどさ……」

「ボーリング?」

 俺は自分の考えた『つぐみさん、不快な感情芽生える作戦!』の内容を伝えた。


 物凄く失礼な話だが、仕事人がぎっちゃんならこの仕事は物凄くうまくいきそうな気がする。

 内容は簡単に『ある人を困らせて欲しい』という感じで伝えた。

 相手が儚い女の子であることも、感情がないようなこともそれとなく伝えた。

 最後に『嫌な仕事だし、嫌なら普通に断ってくれてOK』ということも忘れずに付け足しておいた。


 が、ぎっちゃんは『そんな簡単なことでいいの? じゃあ、ボーリングだね』とボーリング至上主義の返事を返してくる。

 この仕事内容の嫌なポイントに気がついてないのか、俺は再度丁寧に説明するも『OK大丈夫』の一点張りだった。

 奇異稀な種族の友達を持っておくと、こういう時に役に立つんだなぁと感心してしまう。


 結局『つぐみさん、不快な感情芽生える作戦』はぎっちゃんの承諾により、実行されることとなった。



 学校も終わり、放課後。

 今日はバイトがない日なのでこれからずっと俺の自由時間として使える。

 そんな俺は肌の色が灰色の山岸卓という男と共に、つぐみさんと約束した場所で隠れてつぐみさんを待っていた。

 まだ約束の時間になっていないので、機械より時間の正確なつぐみさんはまだ現れてはいない。


「ぎっちゃんいいか? 決して下手なことはしちゃだめだぞ? ソフトにな、ソフトに」

「分かってるよ。それよりもボーリング、何ゲームやる? 時間的に10ゲームはいけると思うんだ」

「やる気か!? 2~3ゲームでいいよ……。なんなら1ゲームでもいい」

「うふふふふ。北見君とボーリング……。うふふふふ」

「…………」

 本当にうまく仕事をやってくれるか心配だ。

 でもマズイ展開に向かいそうだったら俺が止めに入るし、どうせダメもとなんだからいいかななんて思っている。

 一応事が終わったら全てつぐみさんに話して謝り、つぐみさんも混ぜてボーリングをすることを予定としている。

 ボーリングをしているうちにストライクを取った時の喜びなんてものも感じられるかもしれないし。

 それが終わったらぎっちゃんと別れてつぐみさんと映画『ブレイブハート』だ。大流行中の感動巨編のファンタジー映画。

 多くの人が泣けると絶賛なので、もしかしたらということもある。

 今日の予定は一応それで終わり。


 今日が終わってつぐみさんの感情が激しく動くようになったらいいなと思っているけど、そうなるとは考えにくい。

 まぁ今日中につぐみさんの感情を呼び起こせるとは思っていないので、これから一週間くらいかけてじわじわとやっていくつもりだけど。



「きた!!」

 時間はやはり約束の時間ピッタリ。

 ジョークっぽくだけど『明日からはデート』と伝えてあったので、オシャレしてこないかなぁと少し期待したが、つぐみさんはいつもの白のコートを羽織ってやってきた。

 白のコートの下はオシャレしてきているなんてことは……ないかなぁ。


 それにしてもつぐみさんの正確さがすごい。

 時間もピッタリなんだけど、場所もピッタリだった。

 『駅の北側出口にあるベンチの前』と伝えていたが、つぐみさん、本当に寸分狂わずベンチの前で立ち止まった。

 つぐみさんは結構神経質な人なのかもしれないが、そういうのではなくて、そのつぐみさんの行動は『人の約束を忠実に守る人』という風に俺にはとれた。


「ぎっちゃん、あの人だ。あの白いコートの女の子!」

「よし。行ってくる」

「がんばれ! ぎっちゃん!」

 俺は物陰に隠れたまま、のそのそとつぐみさんの方に向かっていくぎっちゃんを見送った。

 よし。まず作戦その1! しつこくナンパ作戦だ!


「へい、彼女」

「?」

 この後俺との約束があるつぐみさんに向けて、デートをしつこく誘ったらどうなるか?

 つぐみさんはきっと断ってくれるだろう。

 断ってくれなかったら寂しすぎる。

 つぐみさんは真面目で思いやりの強い人だ。

 俺との先約があるのに途中からきた約束は何が何でも断ってくれるはず。


 では一度断ったのにも関わらずしつこく誘ってきたらどうだろうか?

 嫌な気分になるに決まってる。

 その嫌な気分が表情で見えたら作戦成功ってことで終了だ。

 まぁ、俺の予想だとつぐみさんはひたすらぎっちゃんに頭を下げるだけになるだけだと思うが。

 その場合は次の作戦に入るから、それはそれで別にいい。


「今から僕とボーリングしない?」

「ボーリング……?」

「そう。ボーリング。今だったら1ゲーム奢るよ? でも、靴代は払ってね」

「?」

 最後のは別に言わなくたっていいだろ。

 どっちにしろ誘えないんだからリアルに金の心配なんかするな。

「どう?」

「あの、私約束がありますので……。すみません」

 予想通り。

 つぐみさんは深々とぎっちゃんに対して頭を下げた。

 さぁ、ここからガムのごとく粘れ。

 粘って粘って粘りまくってつぐみさんに嫌な顔されろぎっちゃん!!

「あ、そう」

「はい、すみません」

 そこでぎっちゃんは俺の顔をチラリと見る。

 諦めが早すぎるだろーが。

 この作戦の意味、全く分かってないぞ。

 すかさず俺はもっと押せと、両手でプッシュの合図をぎっちゃんに送った。


ドン。


 すると、あろうことか、ぎっちゃんは何の躊躇もせずに頭を下げるつぐみさんを両手で押した。

 だから馬鹿と変態は嫌いなんだ。

 つぐみさんの方は不意を突かれて体勢を崩すも、なんとか押し倒されずには済んだ。

 さすがはつぐみさん、怒ったような表情は何一つ浮かべていない。


(何やってんだよ!!口で押せ口で!!)

 俺はさらに口の前で手をグーパーさせてしゃべれの合図。

 そのジェスチャーは無事に伝わったのか、ぎっちゃんは何か考えながら口を開いた。

「……今から僕とボーリングしない?」

「すみません。今から約束がありますので、私はここを離れることができません」

「……そう」

「すみません」

 再びつぐみさんが頭を下げる。

 なんかもうすげぇ嫌になってきた。

 っつーか作戦大失敗。


 ぎっちゃんを起用したのが失敗っつーのもあるんだが、やっぱりつぐみさんに不快な思いをさせたくない。

 この作戦は止めにしよう。もっと違った方法が必ずあるはずだ。



「つぐみさん、ほんっとゴメン!! ぎっちゃんもありがとう! ごめん!!」

 そう思った俺は早くも物陰からその場に出た。

 1から全部事情を説明し、つぐみさんにひたすら頭を下げる俺。

 予想通り、つぐみさんは嫌な顔一つもしなかった。

 それどころか、「そこまで私のことを考えてくれて嬉しく思います」なんていう言葉すら発してきた。

 それが聞けてこの作戦を実行したことへの後悔と、早めに切り上げて良かったという思いが同時に出てくる。

 ぎっちゃんの方は何故か物凄く満足そうな顔をしていたが。


「じゃあ、ボーリングしよう。ボーリング。ウフフフ……」

「…………」

 まぁ、もともとぎっちゃんとの契約内容にボーリングが入っていたので、これは義務としてぎっちゃんとボーリングをやらなければならない。

 これに関しては一緒につぐみさんとボーリングできるから全く苦では無いというのが本音だ。

 むしろつぐみさんと組んで打倒ぎっちゃんを掲げて頑張るのも面白そうだ。


「よし分かった。ボーリング行こう。つぐみさん、今からボーリング行くよ」

「……はい」

 俺たち三人はボーリング場へと向かっていった。

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