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君はあの朝日を見たか?  作者: 若雛 ケイ
一章 舞い降りた天使は微笑まない
12/37

十一幕 感情のない人間など、認めることはできない

 そして次の日。

 追試は放課後だったので、体調が優れないという理由で昼過ぎからの登校にした。

 昨日、家に帰ると俺は泣き崩れた。

 数学を勉強する気も全く起きなかった。

 つぐみさんが俺の前から消えうせてしまった事実だけが寂しくて、ただただ泣き続けた。

 そのまま泣きつかれて眠ってしまい、起きたのが今日の朝。


 数学の勉強がまだ全然間に合っていなかったので、ギリギリまで勉強して学校に行こうと思っての昼過ぎ登校だ。

 今日の朝の勉強は、つぐみさんとの約束、絶対に合格してやるという約束を胸に必死で勉強した。

 俺はこの後試験に受かっても落ちてもファミレスに向かうつもりだ。

 試験が通りさえすれば、つぐみさんは待っててくれるかもしれない。

 つぐみさんに合格の報告をしに行ける。

 そう思いきかせて物凄い追い込みをした。


 バイトの欠席の連絡も済ませた。

 ただ今はそのことを考えてはいない。

 今ある試験だけを頭に、最後の追い込みを始めていた。



「はい、終了。答案を提出してください」

 90分という短い時間を経て試験は終了する。

 俺の他に追試を受けている人間は5~6人いたが、唯一俺だけ答案を提出している足取りが重かった。今にも泣きそうな顔をしてる生徒だって俺一人だ。


 俺は大変なミスを犯した。

 つぐみさんから教わって基本は全部出来たと過信していた。

 俺は満点とって試験を乗り切ってやろうと意気込み、最後は応用問題ばかり勉強していたのが災いしたのか、ある基本項目がスッポリ抜けてしまっていたのだ。

 その抜けてしまった基本項目をAというやり方だったかBというやり方だったか忘れてしまい、俺はイチかバチかAというやり方で統一し、基本から応用まで全部解いた。

 もしそのやり方がAというやり方で正解なら80以上は絶対に取れる自信がある。

 だが、Bというやり方であるのならばそれに関係する問題は全て間違いということになる。

 ちなみにAのやり方とBのやり方両方で1題試したのだが、違う答えが出てきた。

 恐らくAかB、どちらかのやり方は俺が間違えて覚えてしまったやり方なのだ。


 つまり確率は5分5分。

 今参考書を読み直せば正しいやり方が分かるが、そんな恐ろしいことできなかった。

 後は神に全てを祈るのみ。

 試験中、昨日頑張って下さいと言葉を残したつぐみさんに何度も祈るようにお願いしてしまった。

 最初からキチンと復習していればこんな目に合うことはなかったのにと、本当に悔やんだ。


(つぐみさん……)

 落ち着かない物腰で自分の教室に返る。

 後は放送がなったら指定された教室へ行き、今後の俺の行方を教わるだけ。

 その間はまるで生きてる心地がしなかった。


 あれだけつぐみさんに丁寧に教えてもらったのに、このザマとは自分が情けなくなってくる。

 絶対に合格すると抜かしておいて、このままだったらつぐみさんとの約束すら守れなくなってしまう。

 つぐみさんが俺の不合格の知らせを聞いたときの顔なんか見たくない。

 だから、後のことはどうなってもいいのでこの追試だけは合格してますようにと神に祈った。


 そして待つこと1時間。

 放送がなり、俺は面談室に呼ばれた。


「失礼します」

「……座れ」

 面談室に先に入っていたのはウチの担任と数学の教師二人。

 これで俺の運命が全て決まると言っても過言ではない。

 これで留年決定ということであれば、つぐみさんに会いに行こうという気すら失せてくる。

 会いにいかなければ会える訳もなく、つぐみさんとの関係は100パーセント終わりだ。

 留年すれば俺の人生だってもう終わったようなもんだ。


「お前……とんでもない勘違いしてるな……」

 そう言ってきたのは数学の教師の方だった。

 数学の教師は俺の答案を見ながらそうボソリと呟く。

 その一瞬、俺の心臓が爆発せんばかりに脈を打った。


「採点した時ビックリしたぞ。いきなりここで間違えるとは思わなかった」

「…………」

 涙が出そうになってくる。

 教師の言っていることに物凄く心当たりがあるだけに、どういう結果になったのか俺には分かった。

 ……俺の賭けは見事に外れたんだ。


「それ以降全部間違えるかなって思ったら、意外に間違ってなくてビックリしたけど」

「……え?」

 数学の教師はそう言って笑い出す。

「62点。ギリギリだ。佐藤先生、宿題目一杯出してやって下さい」

「はっはっは! 北見、お前、本当に運がいいなぁ。これだけ途中式が間違ってても正解を導き出してる答案は初めてだぞ」

「嘘……?」

 数学の教師が俺の答案を俺に見せる。

 そこには確かに62点合格と書かれていた。

 俺は見事に追試に合格したのだ。

 その瞬間、滅茶苦茶嬉しくなってしまって俺は自分の答案を奪い取り、面談室から出て行こうとした。


「北見!! コレ、全部やっておけ!」

「はい! すみませんでした!」

「北見! 佐藤先生にお礼は!?」

「ありがとうございました!!」

 ゲラゲラ笑う数学の教師が投げた宿題と思われるプリントの束を受け取り、ソッコーで教室に戻ってカバンを持つ。

 そして何も考えずにファミレスへと一直線に向かっていった。


 62点なんか全く自慢できる点数じゃない。

 むしろつぐみさんからしてみれば恥ずかしい点数なのかもしれない。

 それでも俺は無事に約束を果たし、見事追試に合格してみせたのだ。

 どれもこれも全部つぐみさんのお陰だ。

 つぐみさんが教えてくれなかったら勉強なんか全くはかどらなかったし、俺の留年は確定してたようなもんなんだ。

 どれだけ待ってもいい。

 何日でも何百日でも待ってつぐみさんにこの喜びと感謝の気持ちを伝えたいと思った。


 ファミレスの前に着いた俺は、見知らぬ人が数多く通っているにも関わらず大声を張り上げた。

「つぐみさん見てるか!? 俺、合格したんだ! ちゃんと追試、合格したんだ! 俺、つぐみさんとの約束守れた!! どれもこれもつぐみさんのお陰だ!! つぐみさん、見てくれ!! 見てくれ! この答案を!!」

 それだけ言ってサッと辺りを見渡した時、ふわりと舞う白いコートが視界にチラっと入ったのを俺は見逃さなかった。


「つぐみさん!!」

 その白いコートは俺を避けるようにドンドンと遠ざかっていく。

 俺は絶対にその白を見失わないように走って追い続けた。

 女の子の割りにかなり足の速い白いコートになかなか追いつくことができなかったが、程なくすると……。


 ズテン。


 白いコートはすっ転んだ。


「つぐみさん!!」

 その隙に一気に白いコートにせまる。

 そして倒れた白いコートを捕まえる。

「つぐみさん! どうして逃げようとするんだ!? ほら! 俺! 追試受かったんだ! つぐみさんのお陰で受かったんだ!」

「…………」

 この少しマヌケな白いコートはやっぱりつぐみさんそのものだった。

 転んだ時点で一瞬つぐみさんではないかと思ってしまったが、本当につぐみさんだった。

 完璧人間だと思っていたつぐみさんだが、剣を置き忘れてしまったり転んだり、割とマヌケな所はあるらしい。


 顔に擦り傷をつけたつぐみさんは痛そうな顔もせずに俺に顔を向ける。

 そして自力で立ち上がって俺から視線をそらして下を向いた。

「つぐみさん……?」

「何故だか分かりません……」

「は?」

「何故私がここに来てしまったのか、自分でも分かりません」

「そんなの決まってるじゃんか! 俺とつぐみさんとの約束だからだ! 昨日、俺の声を聞いてくれたんだろ!? それで来てくれたんだろ!?」

 俺がそう言うとつぐみさんはようやく俺の方に向き直って、

「おめでとうございます」

 と、静かにそう言ってくれた。

 それで俺は思わずつぐみさんに飛びつき、抱きしめてしまった。

 大それたことをしているなと感じたのは飛びついた後のことだった。


「ありがとう! 本当にありがとう! つぐみさん!!」

 抱きついたつぐみさんの感触は見た目どおり本当に華奢で、凄くいい香りがした。

 つぐみさんは嫌がりもせずに、ただ俺に抱かれるまま。

 それをいいことにずっとこうしていようかと思ったが、さすがに退かれると思ったので、『とっさに抱きついてしまいましたすいません』というような雰囲気を見せるようにパッとすぐ離れた。

「いや~、でも良かった。つぐみさんにまた会えて本当に良かったよ」

「…………」

「俺さ、恥ずかしい話だけど昨日泣いちまったんだよ。つぐみさんがさよならなんて言うもんだから悲しくてさ……。でも、今またこうして会えて本当に嬉しいよ。なんか追試に受かったことよりもまたつぐみさんに会えたことの方が嬉しい!」

「…………」

 恥ずかしげも無く、ストレートにそうつぐみさんに伝えた。

 つぐみさんの方は何かを考えているように黙って下を向いていた。

「ほら、俺、つぐみさんに数学を教えてもらったお礼も全くしてないしさ……。お礼、何がいい? 夕飯なら奢るよ? 何でも奢ってあげる!」

「…………」

「何がいい? ステーキ? 焼肉? デザートも遠慮しないでどんどん食べてよ!」

「……あの……」

「夕食だけじゃ芸がないか。つぐみさんのしたいことならなんだってしてあげるさ! つぐみさんの欲しいものなら何でもあげるよ! 俺の命だってあげるさ!」

 はっはっは。と笑いながら調子こいてそんなこといいまくる。

 実際ここで「じゃあ頂きます」なんて言われてつぐみさんの剣で心臓射抜かれても困るが。


「……いけません。私は……」

「いけなくない! そうじゃなきゃ、俺の気持ちが収まらないだろ!? もっと俺の気持ちを考えてよ! このままじゃ死んだ後でも心残りになっちゃうんだ!」

「…………」

 もうしつこくても何でもいい。

 とにかく今はつぐみさんを引き止めなくてはならない。

「よし、フランス料理のフルコースにしようか!」

「いえ……あの……」

「じゃあ焼肉食べ放題!」

「いえ……」

「寿司! 寿司にしよう!!」

「あの……」

「あ、何? つぐみさんメガトンカレーがまた食いたいって?」

「…………」

 あれ? 黙ったぞ。

「寿司!」

「あの……私は……」

「七面鳥!」

「いえ……」

「豚の丸焼き!」

「すみません、あの……」

「メガトンカレー!」

「…………」

 ほら!

 なんかメガトンを口にすると黙るぞつぐみさん!!

「よし! メガトン食べに行こう!」

「あの、すみません! 私……」

「つぐみさん、メガトン嫌い?」

 俺がそう聞くと、つぐみさんは小さく顔を左右にふるふると振る。

 なんかその遠慮しがちな首の振り方があまりに可愛らしかった。

「よし決定! 今からメガトンだ!」

俺は半ば強引につぐみさんを例の大里食堂へ連れて行った。


 正直つぐみさんが本当にメガトンを欲しているのかかなり疑問だったが、メガトンが嫌いではないという理由だけで十分だった。

 何でもいいから理由をつけてつぐみさんとゆっくり話せる場所が欲しかったんだ。



「あらいらっしゃい。また来てくれたの?」

 店に入ると、この大里食堂名物……でもないんだが、気さくなおばさんが声を掛けてくれた。

 一応俺も彰二と何回か行ったことがあるんで少しは顔を覚えられているということなのだろう。

 最も、前回つぐみさんと来た時はこのおばさんはいなかったが。

「あ、はい」

「違う違う。そっちのお嬢さん」

「えぇ?」

「…………」

 大里のおばさんは俺じゃなくてつぐみさんの方を指して『また来てくれた』と言ったらしい。

 前回来た時はおばさん居なかったので、それ以降つぐみさんはここに来てることになる。

「つ、つぐみさん、ここに来てたの?」

「…………」

 つぐみさんは無表情なままコクリと頷く。

 その仕草が恥ずかしそうな感じがして、凄く可愛かった。

「あらぁ、こちらは彼氏さん?」

「ちょ、違います違います!!」

「いえ……」

「いいのよ恥ずかしがらなくても。お嬢さんのことずっと待ってたんだから! よし、今日はおばちゃん飛び切りおいしいの作ってあげるからね!」

 と、腕をまくって意気込むおばさん。

 つぐみさんの彼氏と間違えられてしまった。

 とっさに俺は否定してしまったが、キッチリつぐみさんにも否定されてしまった。

 でも、全然残念な気はしない。

 今は彼氏なんかじゃなくても十分に幸せだから。


 考えてなかったが、つぐみさんに彼氏がいても別にいいと思う。

 さすがにそれは少しチクっと心が痛むと思うが、その彼氏さんとつぐみさんが仲良く幸せにやっているのであれば、残念ではあるが悪い気はあまりしない。

 って、そんなことよりも……。


「ちょ! ちょっと! つぐみさん! いつの間に!!」

「あら、ちょっと前に来てくれてたよね。メガトン食べに。お嬢さん綺麗だったし、メガトン注文したからおばさん覚えてるわよ」

「……はい」

 そのおばさんの問いに頷くつぐみさんはどことなく恥ずかしそうだ。

「メガトン!!?」

「そ。ウチも一昨日お嬢さんにはお世話になったから、また来たら飛び切りおいしいの作ってあげようって思ってたところなのよ。昨日はずっと待ってたんだから……全く」

「お、お世話になったって……?」

「ん? いや、一昨日メガトン食べて気絶したお客さんがいてね、その時このお嬢さんが助けてくれたのよ。私が気付かない所で迅速に救急車を用意してくれて、落ちた食器も素早く片付けてくれて……。今日は遠慮しないでどんどん食べちゃていいからね!」

「……ありがとうございます」

 そう言っておばさんは俺とつぐみさんを席に案内し、厨房の方へ戻って行く。


 ぶったまげた。

 突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込んでいいのか全く分からない。

 つぐみさん、俺と来た日以外にもこの極悪メニューを食べに来てたんだ……。


「つ、つぐみさん、ホントにメガトンおいしい……?」

「はい……。辛いけど、おいしいです」

「それなら別にいいんだけどね……はは……」

 多分、つぐみさんが初めてこの店に来たのは俺が最初に連れてきた時だと思う。

 その時のつぐみさんの様子がそうだったから。

 メガトンのことしらなかったし。

 っつーことは、その時に初めてメガトン食べて、以後食べに来たいと思うくらいうまいと感じた訳だ。

 あまりにつぐみさんがポーカーフェイス過ぎて何がつぐみさんの本心なのか全く分からないが、『メガトンうまい!』というのはつぐみさんの本心で間違いなさそうだ。


 そして、つぐみさんは一昨日メガトン食べて気絶した人を救ったという。

 つぐみさん、やっぱり困っている人は放っておけない優しい人なんだなと感心させられた。

 まぁそれよりも『本当にメガトンで気絶者が出るのか』という感想が先に来てしまったが。

 何にしても一番驚いたのはやっぱりつぐみさんがメガトン大好きだという事実だ。


「つぐみさん何にする?」

 と、一応問いかけてみるもやっぱり返って来た答えはメガトンだった。

 残念ながら俺はカレーが大嫌いなのでメガトンのおいしさについてつぐみさんと共感することはできなさそうだ。


 それぞれの注文を終えてしばらく経つと、注文された物がテーブルに並べられる。

 俺は軽いサラダとまぐろ丼、つぐみさんはいつもより少し多目のメガトン。


「いただきます!」

「いただきます」

 マグマのような色をした物体を前に、つぐみさんは静かに食事の挨拶を済ませる。

 そしてそれぞれ頼んだものを早速口にするが、俺はつぐみさんの食べっぷりが気になってなかなか箸が進まなかった。


「ん……」

「…………」

 やっぱり目を不等号(><)のような感じにして精一杯メガトンを飲み込みながら食べるつぐみさん。

 一口食べたら水を一口飲むといった感じで次々とスプーンを進めていく。

 汗をダラダラ流している無表情なつぐみさんからは無理して食べてるような印象すら受けるが、本人はそれでもおいしいらしい。


 結局いつもより増量されたメガトンをやすやすとつぐみさんはたいらげてしまった。

 食事も終え、二人は満腹感に浸りながらのんびり会話モードに入る。


「あのさ……改めて言うけれども、つぐみさん、本当にありがとう! 俺、つぐみさんのお陰で追試に受かったよ。留年しなくて済みそうだ!」

「いえ……」

 俺の追試合格の報告を改めてする。

 それでもつぐみさんは遠慮がちにボソリと謙遜するだけだ。

 俺としては一緒に喜んで欲しかった。

 つぐみさんにも笑顔で「おめでとうございます!」と祝って欲しかった。

 それなのに、やっぱりつぐみさんはいつも通りの無表情で素っ気無い感じしか見せてくれなかった。

 俺にとってそれがなんというか……少し残念だった。


「…………」

「…………」

 それが少しばかり残念で、次の言葉を失ってしまう。

 すると、静かにつぐみさんの方から言葉を発してくれた。

「……人は皆、嬉しいと感じることがあれば喜びます」

「え……?」

「素敵な笑顔を見せて、精一杯喜びます。恥ずかしいことがあれば顔を赤らめ、悲しいことがあれば涙を流します」

 うつむき加減でぼそぼそと、小さくそうつぐみさんはつぶやく。

 俺にはつぐみさんが何を言いたいのかそこまででは理解できなかった。

 それから少しだけ間が空き、つぐみさんはこう言った。


「私にはそれを感じることができません」


 耳を疑った。

 なんかの漫画じゃないかと思った。

 でもつぐみさんのその言葉には妙に説得力があった。

 俺も今までつぐみさんの表情の変化を見たことがなかったからだ。


「それは凄く寂しいことだと、恭介さんを見て感じました。私も皆さんと同じように豊かに気持ちを感じられるようになりたい。そう思いました。でも、私にはそれをすることができません。嬉しい気持ちを味わい、表現することができません。だから……恭介さんの合格を表面に出して祝うことが出来ません。すみません」

「っ……」

 俺は何かを言いかけてやめた。

 きっと、「嘘だろ?」って言葉を吐こうとしたんだと思う。

 その言葉をとっさに飲み込んだ。


 つぐみさんが言ってることは『自分は感情がない』と言ってることと同義である。

 確かに俺もつぐみさんは感情を表に出さないし、感情が薄いのかなと思ったことはある。

 でも、つぐみさんには感情が全くないのか? と聞かれたらそれはNOであると思う。

 自分の思い込みでしかないのかもしれないが、かすかにつぐみさんは感情が動いてると感じられたことがあったからだ。

 だからつぐみさんは全く感情を持っていない訳ではないと俺は思う。


 それだから俺は「嘘だろ?」と、とっさに言おうとしたんだと思う。

 でも、こういった類のことは本人が物凄く気にしていることなんじゃないかなって思う。

 実際につぐみさんも『皆と同じように気持ちを感じられるようになりたい』と言っていた。

 だから軽々しくそのことに関して言及してはいけないんじゃないかなと、俺はとっさに判断したのだろう。


「…………」

「…………すみません」


 俺が無言になって考え込んでしまうと、つぐみさんは下を向いたまま再びそう謝ったのだった。

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