魔法の”ことば”
私は秋の空が好きだ。
雲がしゃしゃり出て邪魔をする夏の空ではなく
奥行きの無い冬の空でもなく。
どこまでも透明な水色が広がる
秋の空が大好きだ。
私はその風景を
心のスケッチブックに写しとり
家路を急ぐ
この感動を”ことば”にして書きとめるために。
我が家は
郊外の住宅街にある
何の変哲も無い家だが
私はその佇まいをとても気に入っていた。
家族構成は
私と両親と3つ離れた弟の4人家族だ
共働きの両親はこの時間だと
まだ帰宅していないだろう。
自分の部屋に入ると
そこには弟がいた。
兄弟で1つの部屋を使っているので
それは別段変わったことではないが
弟は何かを熱心に読んでいる。
弟は私と違い普段読んだり書いたりということに
全く興味を示さなかったので
私はその光景に興味をそそられた。
何を読んでいるのかと手元に目を移すと
そこにあったのは。
「ちょっ!おま・・・。」
それは紛れも無く
私の{丸秘みちゃだめ自作小説ノート(仮)}ではないか!
弟は私の存在に気付くと
{丸秘みちゃだめ自作小説ノート(仮)}から
私に視線を移した。
「にいちゃん、頼みがあるんだけど。」
弟が私に頼み事をするなんて
何年振りのことだろう。
しかし
驚いた私はさらに驚かされる事となった。
私に向けられた弟の目にはうっすらと涙が浮かんでいたのだ。
弟よ
おまえもついに”ことば”の魔力に
触れてしまったのだな。
私も初めて心震わす文章に出会ったとき
その目には涙があふれたものだ。
それが私の作品というのは
恥ずかしいような嬉しいような
どこかむずがゆい心持ではあるが
おめでとう
そしてありがとうと言いたい。
「頼み?」
弟は{丸秘みちゃだめ自作小説ノート(仮)}の
開かれたページを指差すと
こう言った
「ここ、読んでくれるかな?」
気恥ずかしそうに
少し顔を背けて頼む弟の姿を見て
忘れていた遠い記憶がよみがえる。
まだ幼いころ
ねだられてよく絵本を読んでやった。
たどたどしい私の朗読を
弟は輝くような笑顔で聞いていた。
喜んで引き受けよう
それがお前の望みなら。
兄として
いやその”ことば”を紡ぎだした作者として
最高の朗読をしてやろう。
そして知るだろう
新たな驚きと”ことば”の奥深さを。
私が読み始めると
弟は顔を伏せ一心に聞いている。
弟よ
文章というものは目に映っただけでは
記号の羅列に過ぎないのだ。
それが心の鏡に映し出されたとき
記号は命を得て動き出し
映像となり時には音楽となって
人の心を打つ。
目から入る”ことば”
耳から入る”ことば”
お前はその映し出す
景色の違いに驚いていることだろう。
そのとき不意に
ひざに置かれていた弟の手が
ぎゅっと握られた。
弟よ
涙を流すことを恥じることは無い
我慢などせず正直に
声を上げて泣くがいい。
人というものは
心にいつも水が満たされているのだ。
激しく揺り動かされた時や
想いが膨らんで大きくなったとき。
水は溢れ出して目から流れ落ちる。
それを馬鹿にするようなやつは
ここには誰も居ない。
涙が止まらなければ胸を貸そう
兄の胸で思い切り泣くがいい。
弟の肩が小刻みに震えだす。
窓から差し込む西日が
私たち兄弟を照らし出した。
窓から見える空に
赤く染められた雲が見える。
窓の形に切り取られた
夕焼けの秋の空は
透明な水色を凌ぐ美しさだった。
弟よ
これがもらい泣きというものだろうか
私の目にも
熱いものがこみ上げてきた。
今まで気づかずに
見過ごしていた
兄弟の絆というものが
いまはっきりと
涙でぼやけた視界に映る。
さあ共に泣こう
涙の数だけ強くなれると
aikoも言っている。
aikoはいいぞ
その歌声もすばらしいが
何より歌詞がいい
同じ音節に意味の違うよく似た響きの”ことば”を入れ
それでいて
前後の文節との調和が絶妙・・・・
「も、もうやめてくれ。おまえは俺を笑い死にさせる気かっ!」
顔をあげ大爆笑の弟。
「黒より黒い漆黒の液体に闇を溶かし込んだ色って
お前、それどんだけ黒いんだよ。」
弟よ
笑うのはこのあとに出てくる
実はお父さんがバレリーナだったっていう所だぞ。
「真っ黒でいいじゃん!」
・・・・確かに。
部屋を出る私の背中に
弟の笑い声が突き刺さる。
いま私の頬を伝う涙は
心に膨れあがった想いが流させるものだろう。
膨れ上がった想いの色は
黒より黒い漆黒の液体に闇を溶かし込んだ真っ黒だった。
今回は長すぎて落ちまで読んでもらえないかも知れないと心配しております。
タイトルを考えた時
「魔法のことば」と「ことばの魔法」で
迷ったのですが
おっぱっぴーな感じがするので
魔法のことばに決定しました。
作品中
aikoさんを呼び捨てにしていますが
それは前後の文節の調和ということで
ご理解ください。
しかし、aikoさんの歌は良いですよね。