3-3
まさかの1000アクセス突破、ありがとうございます……!
何だかどうにも現実味が湧きませんが、読んでくださっている方々に感謝です。本当にありがとうございます。今後もどうぞよろしくです!!
それから、最近体調を崩し気味でして、この回も一週間かけて息も絶え絶えに打っていた感じです。そんなこんなで体調不良と、それから私事が重なりまして、一週間と少し絶対に更新がなくなってしまいそうです、すみません……。
次回は一週間と数日後になります! 今回も話はちょっと進みません、勘弁してください。
騙せっ!!
そんな断末魔が全身に響き渡った。隠せ騙せ、騙れ被れ。私にはそれができるだけの力があるんだからそうして、お願いだから!
痛々しいそれらが頭を破壊しようとしているんじゃないかというくらい大音量で鳴って、それでも私が我に帰れたのは二秒の沈黙の後だった。瞳のレンズが外れてしまうんじゃないかというくらいに大きく見開いていた目を一度まばたき、途端訴えてきた劇的な痛みを完全に無視。第一優先、表情。第二優先、小刻みに震えが走る四肢。魔法が限界だというなら、第三優先、自力で、怯える心を粉々に砕き割れ。
にっこりと、私はいつもの笑みを浮かべた。曖昧だけど立ち入りがたい、微妙な距離感を掴んだ私だからこそ浮かべられる笑顔。
「何の話してるの? 私魔法なんか使ってないよ?」
もちろん嘘。二重円は近年稀に見る速度で加速し、閃光はともすればあの襲撃時より濃い色であったけれど、それら含めて全部を騙した。開始の合図は、彼に絶対見えていない。
今なら痛みで死ぬこともできそうなくらい、目が、痛い。
にこりと不自然なほど完璧に微笑んだ私に、彼はまた「嘘だろ」と言葉を投げた。それは容赦ない鋭利な棘となって、私の中の何かを貫く。悲鳴を上げたもう使い物にならないそれを、私は残酷なほど冷静に切り捨てながら、「なんでそう思うの?」と尋ね返した。
「この状況で笑うなんて不自然だろ」
「え、だって使ってないのに使ってるなんて的外れなこと言うからだよ。そもそも私嘘って大嫌いだから」
「それも嘘だ。そもそもお前、会って初日にオレたちを騙しただろ」
「っていうと何の話?」
「お前が魔法を使えるようになったのは八年前の大みそかじゃなく、クリスマスだろ? こっちだってそれくらいの調べはついてる。誰も言わないだけ」
あら、そうだったの、なんて冷静ぶろうとする思考回路に加速をかけて、私は悪戯のばれた子どものような笑顔を浮かべて見せる。実際の頭の中はパニックに近かったが、それを悟らせれば私はこの状況に対して打つ手がなくなるのが分かっていた。
あの気だるげなアルバイターに過ぎないと、ちょっとだけ警戒を緩めていた彼が、弟や先生や先輩、今までの私の生き様を知る誰よりも私の性質を見抜いたのが早かったことに動揺するほど、私は馬鹿でも間抜けでもないと言い聞かせて。
「あれ、そうだったかな。覚えてないや」
「覚えてないはずがない。オレたちは基本的に≪誰でもその日を覚えている≫はずなんだ。……忘れたくても、忘れられないはずなんだから」
この言葉に、ん、と首を傾げる。
忘れたくても忘れられない、それは間違いではない。私は勿論覚えている。あの悪夢のような白い夜を忘れられるくらいに都合の良い記憶力は残念ながら持っていなかったから。
でも、だ。
他の魔法使いたちが覚えているというのは一体全体どういうことなんだろう。そういえば考えたことは無かったし、ササの最初の説明でも省かれてしまったが、「魔法を得るきっかけ」というのは何になっているのか知らなかったことに気付く。
日本に溢れた三千人の魔法使い。雷と火の少年少女、人を意思なき人形に変える反乱者、ゴミ箱を消した眼鏡に首の皮を削いだリボン、思考を読み取った眼帯、物と話せる男の子……。言われてみればそれらには共通点が無いように思えた。イオリくんのやササちゃんのは、それこそあの魔法陣めいた図形が無ければ魔法とカテゴリするのさえためらわれる、超能力に近いようなもの。その種類に共通項は無い。
しかも、三千人が三千人、ばらばらの魔法を持っている、だって?
冷静になって考えてみろ、それはどう考えたって≪偶然じゃない≫じゃないか――――あの不思議な力が、まるで人間の個性とリンクするかのように千差万別、十人十色なんて、いやそんなこと……。
と、ここで。
私は、青ざめた。
もし、その魔法が、
「魔法って言うのはさ、全員きっかけになる日がちゃんとある」
個人のなにがしかに由来するものだとしたら。
「それってのは人によって違うけど、少なくとも本人が忘れられるようなもんじゃない」
例えばそれが、その人物の原体験、原風景なら?
「オレの魔法で記憶を≪遮断≫したって、忘れない奴が大半だ」
八年前、あらゆる子どもたちが聖夜の鐘に祝われるその日、その白い夜、
「だってそれは」
――――私は『何があって』、この詐欺の魔法を手に入れた?
「その魔法を得たいと願うくらいに強い心の傷。誰かが死んだとか、事故に遭ったとか、そんな、一生心に残るような傷跡を受けた日が、魔法を使うことができるようになる日なんだから――――忘れられるはずがないんだよ」
どくん。
あまりに強い心臓の鼓動の勢いに任せ、私は一瞬目を瞑る。
瞼の裏に見えた風景は、ひどく懐かしいものだった。
それは、ひとりの正直者が嘘つきに変わった日のこと。
「えーっ、また仕事なの!?」
怒り心頭といった様子で仁王立ちをして、少女はまだ幼い顔を不満げに歪ませ、苦笑いする一人の男性を思い切り睨みつけた。困ったように頬をかき、男性が少女の頭を撫でる。
「うーん、ごめんな紀沙。どうしても抜けられないんだ。会社の友達が具合悪くなっちゃって、お見舞いと仕事の残りを、パパとママで片付けなきゃならなくて」
「ほかにもいっぱいお仕事できる人いるのにー! パパもママも、そんなに仕事で『やり手』じゃないって言ってたじゃん!」
「うぐっ、それを言われると心に刺さるな……でもね、パパたちが行かなきゃならないお仕事なんだよ。パパたちにしかできないことなんだ」
そう言われても、少女は依然不機嫌なままだった。窓の外に見える道路には雪が積もろうとしていて、暖房の利いたリビングではあったが若干肌寒い。少女は仏頂面でソファの上に足を上げて不満と寒さを分かりやすく示し、コートを着込んだりマフラーを出してきたりと支度を始めた父親を恨めしげに睨む。
確かに、彼等は今日絶対にクリスマスパーティができるとは言わなかった。両親が何の仕事をしているのかよく理解していなかったが、その仕事は不規則なことは知っていた。朝出かける日もあれば、お昼からの日も、夜中に出かけて次の日の昼まで帰ってこないこともざらだった。
でも前に、ドラマで見た「白衣」というものを着ているところを見たことがあったのを少女は思い出す。「けんきゅうしょく」というのだったか。生き物を調べたりとか、機械を作る人とか、そんなことを何かで見た。何をするのか気になって訊いたこともあったような気がするが、両親はぼんやり笑って「紀沙はわかんないと思うよ」とはぐらかされたような気もする。
そんな不規則な仕事の両親だ、クリスマスという特別な日でも、仕事が入ることは予測できた。だけれど現在時刻は正午を回っている。仕事がある素振りも無く、まだ言葉も分からない弟の世話に奔走していた両親を見ていた限り、今日はお祝いができそうだと密かに喜んでいたのに。
いいなぁ、と、冬休み前にクラスメイトがしていた「冬休み自慢話」を思い出した。オレの父さん、クリスマスは休み取って遊園地に連れて行ってくれるって! えー、あたしなんかね、ガイコクに行くんだよっ! 僕ばあちゃん家行って終わりなんだけど、……。
家族でどこかに遠出したためしはない。ガイコクなんてテレビの世界だったし、祖父母は少女が三歳のときにまとめていなくなってしまった。他に血縁はいないらしい。
どこかに行くことなんかしないでもいいけど、いやできれば行きたいけど、それよりも弟と二人留守番ばかりなのが少女にとって一番の不満。弟はきらいじゃないけれど、家族でぬくぬくする時間が欲しかったのに。
唇を尖らせた少女がそんな回想に浸っていると、不意にぽす、と頭に手が置かれた。
「大丈夫よ、今日の夜には帰ってくるから。そうしたらケーキ買ってきて、クリスマスしよっか。ね、紀沙?」
「……ほんと?」
「ほんとよ。お母さんが嘘ついたことある?」
「ない!」
優しく微笑む母の言葉に、少女は安心した。彼女の両親は、嘘をつくことを何より嫌っている。だから嘘でもクリスマスは絶対祝えるなんて言わなかった。傍から見ればそれは残酷なことかもしれなかったが、少女は、母の言葉がどんな他のものより信頼がおけるかを知っていた。
夜には帰るというなら夜には帰るんだろう。なら、と少女の不満はいっぺんに吹き飛んだ。勢いよくソファから降りて、出かける準備を整え終えた両親に手を振る。
「じゃあ、早く帰ってきてね! 桐彦と待ってるからね! 遅くなったら、お父さんのお腹叩く!」
「え、僕叩かれるの!? それはさっさと帰ってこなきゃなぁ」
「そうね、紀沙って叩くときすごい痛いものね……うん、さくっと帰ってきましょう」
のどかに笑って、玄関の扉に手をかけた母が、思い出したように振り返る。
「『本当を信じなさい。真実は誰かを救うから』」
母の決め台詞みたいなものだった。昔どこかで母が読んだというお話の台詞だという。それは無名の誰かが書いた、他に知っている人間がいるのかも怪しいようなものだと母は笑っていたけれど、まるで母のためにあるような言葉だった。
その言葉に、無邪気に少女は返す。
「うん、わかった! 嘘なんか言わないよ、約束!」
これも、お決まりの切り返し。
少女と母だけの、二人だけの秘密の合言葉。
――――両親の背を見送り、時計の針を眺めて数時間。とっぷり更けた夜の中、弟をひとりあやしながら二人の帰りを待っていた少女の耳に、インターホンの音が突き刺さった。
あれ、二人は鍵を忘れたのかな、なんて思って出迎えれば、そこには見知らぬ大人が二人。混乱する間もなく、少女は絶句することになる。
十二月二十五日、クリスマス、聖夜の夜。
期橋幸彦(きはしゆきひこ)と期橋咲美(きはしさきみ)。
少女の両親は、無惨にも轢き殺されて二度と還ってこなかった。
短い短い回想を終えて目を開けば、私の瞳から二重円は消えていた。
だけれど、不思議なことに掛け直す気力も起きない。私は何度か瞬きをしてから、いつものものより格段にへたくそだろう笑顔を浮かべる。
「……嫌な魔法だとは思ってたけど、そんな悪趣味な理由が魔法になるとは思ってなかったなぁ。ていうか考えたことなかったし。これ魔法つくった人の頭覗いてみたいね。そんで一発ぶん殴る」
「うっわ、案外暴力的なこと言うんだなお前……」
ちょっと引いたような顔をするトキヒロである。
ここで取り繕うこともせず、私ははぁ、とため息を零した。もう何だか、嘘つきであるとばれてしまったと分かるとごまかすのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。これはきっと今だけの気分なのだろうけれど、二重円を展開する気にはどうしてもなれなくて、私は扉の横の壁にもたれかかる。さっきまで切羽詰まっていたのが馬鹿みたいだ。
「それじゃ、私の嘘を見抜けたのも分かるね。≪幻≫なんて分かりやすい。ちぇっ、知ってたらもっと別のですって法螺話でもしてあげたのにさ」
「そう簡単に騙されるほど甘くないって。皆割と目はいいし、〈三人衆〉にバレないわけない。そのへん、まだ新人だけあって、お前は甘く見てるよ」
「そうかな」
「そうだろ」
そうなのかな、と私は心の中で独白した。実はもうみんな私の性質を見抜いていて、その上で何も言ってきていないだけなんだろうか。実はもう私の塗り固めてきた嘘の城壁は、あの眼帯少女がするまでもなくぶち壊されていて、そのことに気付いていないのは城の主である私だけで……ひとり滑稽に瓦解した城を守ろうとしている、道化なんだろうか。
それはそれでお似合いだ。
もし城壁が壊れていたのだとしても、それを知らずに必死で頑張ったと思って最期を迎えられれば、それはそれで幸せか。
それも結局、格好良く散りたいという、眼帯の口にした言葉の表れなんだろうけれど。
分かっているのと望まないのとは、話がまるで違うのだ。
「……しっかし、トラウマが魔法の元、か。じゃあシュンくんの雷も、ササちゃんの炎も、イオリくんの物限定サイコメトリーも、全部由来があるってことだよね。じゃあとっきーも……って、私とっきーの魔法知らないや」
「……ん、言ってなかったっけ」
「〈遮断〉って名前だけ。なんかさっき会話の流れで言ってた気がするけど聞いてなかった」
それとなく説明してほしいというつもりでそう言ったのだが、当の本人はくぁっと欠伸を漏らして「また今度な」と応えただけだった。どうやら今の時点で説明してくれるつもりはないらしい。
とはいえそれを不満に思うのも筋違いというものなのだろう。トラウマと直結しているとなれば、その魔法の説明だけでも嫌なことを想起させるには十分だ。シュンやササが割と軽々しく話してくれたのはむしろ例外で、リンカの魔法も〈防御系〉であることしか知らないし、ユウキのも魔法の名前だけだし、もう一人に至っては会ってすらいない。19号支部局を訪れた帰りに教えてもらったが、他局の人間を呼ぶときや会議などでは、本名でなく魔法の名前で呼ぶそうだ。魔法の名前で呼び合うというのは、どこかで昔の傷口を抉っているということなのか、と思うと余計に悪趣味に思えてきた。
しばらく妙な沈黙が続いたと思うと、トキヒロはおもむろに口を開いた。
「ごめんな」
「……は?」
「何となくだけど、お前って嘘つきって呼ばれるの嫌なんじゃないかと思って。本当は言うかどうかも迷ったんだけど、言わずにいられなくてさ」
「……!」
自分で言うのも嫌気が差すような、その自虐的な言葉は、確かに私の大嫌いな言葉だった。まるで自分のことを言っているようで。
そこまで、見抜かれていた……?
こいつ実は心が読めるんじゃないのか。イオリくん、対象:人間バージョンじゃないのか。心拍数が滅茶苦茶な勢いで跳ね上がった音が、後ろにいるトキヒロ少年に聞こえるんじゃないかと咄嗟に二重円を展開する。やっぱり、あの使わないつもりでいた気分はたった一過性のものだったらしい。
親しい人にも礼儀ありという言葉があるが、私の場合は親しい人にも騙しありである。
びっくりして言葉を失った私に、眠たげな声音へと戻ったトキヒロが淡々と続ける。
「何だかすっごい腹立ってさぁ……こう、あれかな、初めて目の前でテストに遭遇したから……かな。オレの後に入ったユウキとか、もう一人……秋羽根っつぅんでアキって呼んでんだけど、は、オレがバイト行ってるときにテストだったから。エグイんだな、あの眼帯上司のテストって」
「とっきーは誰だったの? 口ぶりからしてカギナちゃんじゃないみたいだけど……」
「オレ、あの眼鏡。初対面の印象最悪だったからもう苦手で苦手で、あいつ天敵っつって過言じゃないぜ。偉そうだし生意気だし感じ悪いし高圧的だし。でも仕事はできるんだもんな、……思いだしただけでイライラする」
「サトリさんか……それはそれで嫌だ」
「コハルのを受けたササ曰く『案外楽』だったらしいけど、ササの言う楽ってようは戦うだけって意味でさ、近接戦なら何でもいいって感じだしな。いや、にしても今回の件で三人がかりがエグイのはよく分かった。全国の三人がかりだった奴に合掌」
「確かにね、うん、あれはもう二回目はなくていいなぁ……ところでさ、」
どうもありがとう。
何でもないことであるかのようになるたけ自然にそう言うと、おう、と気負わない返事が返ってきた。何に対して、なんて一言も言っていないのに、まるで分かっているかのような口ぶり。こいつ本当に心が読めるのかな、と思わせるには十分なほど軽い対応に、私は思わず笑みを零す。
たった一人、されど一人増えた、私の詐欺師の顔を知る人物の登場に、私はどこかで安心していたのかもしれない。決して私は認めないけれど、嘘をついていることを知っている人間がいることが、私の安定剤みたいなものなのかもしれない――――その気になれば暴いてくれる人がいるという現状が。
そのあと、まるで旧知の仲かのように他愛のない話をした。アキと呼ばれるまだ見ぬ人物が、どうやら女性で和服趣味であるらしいこと、ユウキの眼の下の隈はある事情で(魔法がらみなのは確かだ)徹夜がデフォルトだからということ、イオリとシュンはああ見えても古参中の古参で、中でもシュンは色々な支部局を転々としたので組織事情に詳しいこと、など。
ざっと一時間近く話し込んで、時刻は午後七時。四時ごろに菓子パンを十個放り込んだのにお腹が空いたと言いだしたトキヒロと共にリビングに戻ると、既に〈三人衆〉は帰っていたのかリビングにいなかった。ばっちりキッチンに立って夕食の準備をしていたらしいリンカが、トキヒロの顔を見て口元を綻ばせる。
「あら、機嫌直ったのねトキヒロくん。ご飯もうできるから待っててよー」
「……あのさ、オレ、別に餌付けされに来た犬じゃないんだけど」
「え、でもトキヒロって食さえ吊るしておけば釣れるよね、ヨユーで。餌に食いつくピラニアっぽいじゃん、ほら今だってお腹空きすぎたんでしょ、目が死んでる」
楽しそうに会話に乗ってきたシュンを、ぎろり、と一睨みするトキヒロ。
「シュン、あんまし調子のってっとオレも怒るよ」
「その前にササに焼かれるから問題なしッ!!」
自ら焼かれに飛び込む魚だったらしい。というかとんだ性癖だった。
これが最近耳に聞くMって奴なの? なんて思って、畏怖と色々の感情を込めた生温かい目で彼を見つめると、結構本気の眼で「ごめんやめて」と懇願されたので見守る笑顔に変更してあげた。それでもぐさりと来るものがあったのか涙目だったけれども。
そんなことをしていれば部屋にいたらしいササやイオリが出てきて、リビングが一際騒がしくなる。その喧騒が心地よく感じて、私はそっと息を吸い込む。
最初はそんなに深く関わるつもりなんて無かったけれど……、この場所にいるのも、そんなに悪くないのかもしれない。居心地が良すぎて、怖いくらいで。
「紀沙ちゃん、ご飯食べてくー?」
「え、でもうち、弟がいるし……今日は育て親も仕事先から帰ってきてるんです。ちょっと無理かな」
「……じゃあ呼べば」
「ササがそんなこと言うなんて珍しくないっ!? ササ随分社交的な性格にってぐほッ!!」
「ほんとに学習しない奴だなシュン……ほら、お望みの焼かれるタイムだぞ。ササ、黒焦げにして生ゴミに出してやろうぜ」
「き、桐彦くん……来るの……!?」
「あぁ、イオリくん、なんだかんだあの子と仲良くなりたがってたものねー。呼んじゃってもいいわよ、うちはー?」
「この前のアレで!? あのぎこちなさで仲良くなりたがっていたんですか!? っていうか駄目です、うちの育ての親は公害レベルですからッ!! 今日のところはもうちょっとしたらお暇します!」
何だかちょっと楽しくなってしまって、私は緩い笑顔を浮かべた。
少し時間を遡って、シェアハウスにほど近い電柱の影にて。
オペラグラスによる観察を続けていた学ラン少年は、そこから出てきた三人の少年少女の姿を認めて咄嗟に姿を隠した。街灯の影になる場所を選んであったのでさほど目立たないはずであるが、何の集団なのかよく分かっていない人間が相手なのだから用心するに越したことは無い。
そっと息を詰めると、冷えた夜の空気が体内に拘留して少しすっとした。そして同時に、俺は何をやっているんだという何度目か知れない自問と、俺の為だという自答が返ってくる。
そう、これはチャンスだ。彼等は間違いなく、あの後輩がコンタクトを取っている連中と知り合いのはずだ。もしかすると、何か答えに繋がるヒントが得られるかもしれない。心が急くのを感じた。少年はいつ来るとも分からぬ機会を伺うのは得意だが、好きではないというのを勘違いされては困る。
緊張と期待に高鳴り始めた心臓を小うるさく思いながら、聞こえてくる会話に耳を澄ませた。
「ねー、今日夕飯どーする? テキトーにカップ麺とかでいいかな? あーでもそんなのバレたら、シュンがうるさそう」
「栄養の均衡が取れていないわけだからな、それは当たり前だろう。かといってコハル、君は我輩を生命の処理室へ入れてくれた試しがないではないか。我輩に鋭利なる刃を握らせるつもりはないのか」
「カギナあんた昔、味噌汁の中に納豆とヨーグルトとプリン投下して、それをシュンに食べさせて卒倒させたわよね? そんなアブナイやつを台所になんか入れられないわよ。アタシもサトリも死ぬ。この味覚音痴、いい加減自覚なさい」
「味覚音痴ッ!? 我輩が!? ……ふっ、しかしそれは我輩を貶める言葉にはなりえぬ……なぜならッ、我輩は夜よりも暗き深淵の果てより遣わされし夢想曲指揮者(トロイメライ・コンダクター)、所詮は矮小な存在に過ぎぬ人間の味覚など理解できなくて当然なのだ! むしろそれは我輩の崇高さを証明してくれることであろうッ!」
「……俺の記憶では、貴様はカスタネットも叩けないほどリズム感が無かったはずだが、いつの間に指揮なんぞ出来るようになった? そもそもどこで習得した。何なら今ここでクレッシェンドとディミヌエンドとアクセントとフェルマータを見せてみろ」
「味覚が理解できない云々のくだりは全て無視なのか! ぐっ、キミは知識だけは豊富だな……ッ!」
劇的に帰りたくなった。
なんだその痛々しすぎる中二病。トロイメライコンダクターって。コンダクターって。ていうかトロイメライって。つか開き直りすぎだろうが。言いたいことは山のように出てきたが必死に喉の奥底に押し込める。ここで喋って存在がバレてはならない。秘密行動をしているというのだから勿論のことだが、もし喋って所在がバレればあのイタイ奴と関わる羽目になる。そうなったら生来ツッコミ気質の少年では体力も精神も持たないのは目に見えていた。
黙れ俺黙れ俺、ここでしゃべればあらゆる平穏は消えうせるぞ!!
必死の自分への説得が功を奏したのか、幸いにも少年は口を開かずに済んだ。そんな苦労も知る筈はなく、三人の会話は続く。
「……じゃあサトリ、キミはどうなんだね。キミは振れるのか!? 指揮棒を!?」
「はなから振る気はないしやるとしても貴様よりマシな自信だけはある。貴様のような大馬鹿者と一緒にしないでもらおうか」
「うっわすごいお怒りじゃないサトリ……やっぱり怒ってたのね……年中無休で仏頂面だから分からなってああああああごめんサトリ許してそのかざした手にあるのであろう凶器をしまって!?」
「ん? 俺は何も持っていないぞ。持っていないのだからしまいようがないな。このまま振り下ろしてもなんら問題は無いな」
「大アリですッッ!!」
現在時刻、午後六時過ぎ。
そろそろ暗くなってきた住宅街に、その茶番の声はよく響いているのだが、彼等はそれに気付いているのだろうか……?
気配と呼吸を殺したまま、頭の中で手に入った情報を整理していく。
まず三人の名前はそれぞれ、コハル、カギナ、サトリ。その他にシュンという人物が知り合いで、栄養バランスにうるさいらしい。話からして調理担当はコハルという少女、逆にカギナ……名前からして女だろう、は台所出入り禁止の料理下手。……ということは三人で暮らしているのか? 保護者の影が伺えない会話だ。そして恐らく昔からの顔なじみ。漫才めいたやり取りができるほど仲は良好。声からして全員十代、若い。
学生か、自宅警備員か、バイト暮らしか……就職組か? カギナという少女はこの時間に恐らくは私服でここにいるのだから、学生という線はなさそうだ。かといって三人暮らしと言う仮定を生かすなら、少なくとも一人は働いているはず。さっきシェアハウスから出てきたときの格好を見るに、サトリと呼ばれた男とコハルという少女は学生服だったはずだから、残るは中二病か……あれ、一番自宅警備員してそうな奴が残ったぞ……? あれが働けんのか……?
もしあれを採用した会社なり店なりがあったら見てみたいものだ。
思考がどうでも良い些事に傾くのは少年の悪い癖なのを自覚していた。考えたくないことを考える時の現実逃避。けれど、これに逃げていては駄目だ。思考を放棄することだけは、許さない。
頑張れ、俺の頭脳。学年主席、今こそ思考しろ。言い聞かせるように、考えて考える。
シェアハウスといえば大学生くらいに多い住居で、あの後輩が通っているということは恐らく、接触を図っている相手もこちらと変わらない年齢であるはず……現状電気のついている部屋は個室が三部屋、リビングと思しき場所が一か所。三人の人間とプラスアルファがそこにいて、表札は六人分。
となれば、大学近辺やバイトに通う可能性のありそうな店あたりで聞き込みでもしてみようか。うん、悪くない手だ。ここでいつ来るとも知れぬチャンスを待ち続けるよりはずっと良かろう。
そして今話している三人組についても、どこかで情報を得るための手がかりがいる。思考に向けていた意識を会話に引き戻すべく、電柱の陰でわずかに身じろぎした――――
そのときだった。
ぱら、というあまりに軽い音と共に、少年の視界に黒い何かが舞い込んだ。細く短いそれは一瞬何かの糸と間違えそうになったが、違う。……髪?
その物体が≪何か≫によって切られた自身の髪の毛であると認識した瞬間に、少年は電柱から転がるように飛び出そうとして、
視界が一瞬で反転し、肺が悲鳴を上げるような衝撃が全身を襲った。うめく間もなくうつぶせに組伏せられ、アスファルトの冷たさが肌を刺激する。
「はいはいはいはーい、ちょい待ちおにーさん。動いたら首すっ飛ぶわよ」
物騒で現実味のない台詞を発したのは、少年の髪を切り裂き、首元に鋭利な何かをかざした――――つい先程まで観察していた三人組のひとり、コハルと呼ばれていた少女。
いつの間に気付かれた、いつ後ろを取られた? まるで少年には理解が追い付かない。だが状況が非常にまずいことだけは理解できた。逆らわず、ただ静けさを装って背後を睨む。
「へぇ、抵抗ナシか。賢明な判断だねぇ……ていうかサトリ、これなんか凄いデジャブなんだけど。つい数時間前にもこんなことしなかったっけ」
「あれは予定のあるテスト、こちらは予定のない現実だ。まるで違う」
気がつけば正面に回り込んでいたのは、サトリと呼ばれた男だ。学生服に眼鏡、鋭く冷たい双眸。目つきの悪さは俺ほどじゃないな、と少年は呑気に考えかけて呆れた。無理をして険しくしているようにしか見えないその目に不審を憶えたからなんだ。今は命の危機だぞ、お前。
しかし幾分頭は冷静でいてくれたらしい。少年はひとつごくりと息を呑んでから、素直に白状した。
「さ、さっきあの家に入ってった奴の……先輩だ。あいつが最近妙な様子だったんで気になって先回りしてきただけで、別にその、あの家を見張ってたとか偵察とかじゃない」
声が震えた。足がふらつきそうになる。
その気になればすぐにでも、この喉を掻き切って少年を絶命させられる少女が真後ろにいて、四面楚歌というに相応しい今。どれだけ成績が良かろうと、どれだけ努力家であろうと、どれだけ執念深かろうと、彼は一般の男子高校生なのである。
どうしようもなく、現状が怖い。
彼の求める大切な人に関する情報を得るには、もう作戦を切り替えるしかないのは理解していた。盗み聞きしていたのが露見した以上、まずは交渉がいる。生き残るための交渉と、知識を得るための交渉だ……正直話術は苦手中の苦手だが、手段を選り好みする暇はない。
思っていた以上に、死ぬかもしれない状況というのは怖いものだと、少年は初めて知った。奇しくも同じ状況に陥った後輩も同じことを思ったことなど知らず、あの後輩なら怖くなかったんだろうか、なんてぼうっと考えた。
何でも包み隠してしまう、自称詐欺師の不器用な後輩は、こんなイレギュラーにも対応できるっていうのだろうか。だとしたら……、住む世界が違う、という言葉が正しいのかもしれない。
俺にはとても、こんな状況に慣れることなんて不可能だ。どう努力しても。
少年にしては珍しい諦めにも取れる思考だったが、もう本能的に悟ってしまった事実を覆すのは至難の業だった。無理だ、できない、絶対に。――――この思考回路は若干、彼の後輩を高く評価し過ぎている節すらあると言えよう。なぜなら彼の考えとは裏腹に、彼女は同じ状況で、確かに恐怖を覚えているのだから。
彼らの違いは、抗う術を知っていたか、知らなかったか。それだけ。
「だから……、この首の、刃物。どけて、くんないか」
「……あぁー、刃物。刃物……じゃ、ないんだけどね。うんまぁ良いわ、どうするサトリ、どける? いやどけないわよね、だってこのおにいさん、どう考えたってスパイさんだろうし、一般人を〈人形〉が洗脳して従順で非力なマネをしているだけって可能性もあるし……もし魔法使いなら、何の魔法使いかは顔を照合すれば問題ないし、このまま本部に連行しま――――」
「いや、どけろ」
背後の少女の提案を遮る形で、正面の眼鏡の少年はきっぱりと告げた。
え、と呆気に取られる少年と、背後の少女、眼帯の人物。驚いたその姿勢のまま、眼鏡を見上げて、少年は一瞬息を呑む。
眼鏡の隣に――――少年を気遣うようにしゃがみこんだ、影が見えた気がした。
派手な蛍光色のジャージ、結わえたポニーテール。かつての記憶よりいくらか大人びたように見えるその姿は、もう二度と見られないかもしれないと頭の片隅で常に浮かんでいた可能性を打ち消してくれるもので、ずっと探し求めていた、懐かしく温かい気持ちの宛先――――その姿を、三年もの月日をただ彼女のためだけに捧げてきた彼は、しっかりと、目に、焼き付けた。
喉が張りつく。疑問が渦巻く。なんで、彼女が、ここに。
瞬きをしてはその姿が消えてしまうような気がして、少年はただ目を見開いた。何か言わなければ、彼女の腕を掴まなければ、またいなくなってしまう。そんな焦燥に駆られながらも、何故か動くことがままならない。命の危機だということなど忘れ去っていた、今なら圧倒的有利に立つ後ろの少女を跳ねのけてその手を掴めるような気さえしていた、今が三年間、あらゆる物を捨ててきたその目的の少女がすぐそこにいて――――
口を開こうとした少年は、しかし、彼女がお得意の企むような笑顔を浮かべたのを見て、動きを止めた。彼女はゆっくりと、あの間延びした口調を思わせる様子で、口を言葉の形に動かす。声は、発せられなかった。
その動作をひとつだって見逃してはならないと、少年はその声なき声を読み取って。
読み取って、少年はついに限界を迎えた瞼を一度だけ下ろした。
そのときにはもう、懐かしい、探し求めていた彼女の姿は跡形も無かった。ただ冷えた秋の空気と、戸惑ったような三人の視線だけが降り注いでくるのを感じる。街灯の明かりがひどく遠くて頼りなく、夜の暗さが視界を浸食する。
都合のよい幻、ただの幻覚、そう言ってしまうのは容易いことだったけれども。
「……っ」
あんなに優しくて、あんなに残酷な幻覚が、そう見られるはずがない。
たった一瞬の夢だった。けれど彼女は、あの瞬間だけはきっとここにいて、そして言葉を伝えてくれた。どこまで行っても彼女らしい、危機感に欠けた、優しいだけの言葉を残してくれた。
それがやけに嬉しくて、少年の顔は綻びそうになる。
彼女は生きていたんだ、確かにそこにいたんだ、そう、彼女とはまた会える! たったそれだけの、これまで希望的観測でしかなかった結末が真実になる可能性が生まれたことが何よりも嬉しくて、少年は勢い余って涙腺が緩むのではないかと慌てて気を引き締め直す。一応まだ、命の危機と言える状況なのを忘れていた。
その少年の心には恐怖がまだ燻っていたが、それをも覆う高揚が彼を満たしていた。
「――――俺の名前は、諸星啓太(もろぼしけいた)」
『わたしは、元気だよ。サトリさんは、わたしの恩人』
少年は唐突に名乗りを上げる。
『啓太、元気そうで、良かった。また今度ね』
まっすぐに、正面の眼鏡の少年を見据えて。大切な大切な彼女が、恩人だと言った彼を見据えて。
「俺は、あんたを探してたんだ。従姉妹がいなくなった原因の、あいつと同じような力がある連中を探してたんだ――――最初はあいつ。次は防犯カメラ。そんで今度は、いきなり大当たりにぶち当たった」
「む……キミは、一体何を言っているのだね、少年……?」
「俺の三年間が、報われたって話だよ」
と、少年、諸星啓太は笑う。
その笑顔に、眼鏡の少年は僅かに眉根を寄せた。その表情の意味が手に取るように分かる。彼は見覚えのある笑顔に戸惑いを覚えたのだ。いとこ同士の彼等は、幼少期からずっと一緒だったからなのか、いちいち所作の似ているところがあった。彼等を知る人々は口を揃えて言ったものだ――――悪戯を企んだような、素直じゃない笑顔がそっくりだ、と。
ああ、まさかこんな幸運が、こんなにも早く巡ってくるなんて!
後輩のあの不器用な激励がなければ決して訪れなかった、待ち望み続けていた邂逅に、彼は自然口角が上がるのを実感する。眼鏡の後ろで明らかにうろたえている中二病と関わる羽目になったっていい。三年の気持ちが、努力が、苦しみが報われるなら。
毅然と顔を上げて、少年は高揚のままに、言葉を紡いだ。
「俺の後輩といとこが世話になってるみたいだ――――ずっと捜していたんだ、≪魔法使い≫さんよ。ここはひとつ、取引しようぜ」
魔法に因縁を持ちながら魔法を持たない一般人、諸星啓太と、魔法使いの組織である≪魔法同盟≫がトップの〈三人衆〉とが、こうして出会ったということを、詐欺師の少女紀沙が知るのはもう少し後のお話だが。
彼がもし、この場で探し続けていた少女の姿を捉えることが出来なかったのなら、この出会いは決して為し得なかったことだろう。彼はただ、現在不可視の存在である少女・なのはの言葉を聞いたサトリによってこの場から解放され、何もコネクションを持つことなく事態は推移していたはずだ。
けれども、彼等は出会った。啓太は彼らが魔法使いであるという確信を持つに至り、心中の恐怖を押し殺しても行動に出るだけの理由を得られた。対して三人衆たちは、魔法を使えない一般人でこそあるが、それだからこそ貴重な協力者を得られる可能性を得たことになる。
啓太の持ち出した取引は至極簡単だ。
啓太の目的は少女・なのはに会うこと。話し、連れ戻すこと。ならば、魔法に関する知識は必要不可欠となる。とはいえあの後輩だけに任せきりでは頼りないというのも事実。いや彼女を信頼していないわけではないが、十数人の規模に及ぶ集団というなら隠匿事項は多いだろうし、間違いなく新入りの彼女が知れることは制限があると言う見方ゆえの判断だった。
だから、同じ下っ端だとしても情報を得られるパイプは多い方が良かろうと思って、いとこの恩人だという彼等に半ば八つ当たり的な信頼を寄せて、取引を持ちかけた。
――――俺は知りたいことがある。勿論ただでは教えられないだろう、貴重なのは目に見えた情報だ。だから、俺はあんたらにそれを教えてもらえるだけの協力をしたい。勿論一般人だから、出来る事は限られているだろう。何年かかったって構わないから、情報相応の働きをしたなら、俺に情報をくれ。
対して〈三人衆〉は、このリスクとリターンがまるで釣り合わない取引に首を傾げることとなった。この取引を受けたとて、相手方である啓太が得るリターンは情報だけ。しかも情報の価値はこちらしか知らないのだから、彼の背負うことになるリスクは実際のところ天井知らずになる……そして、〈三人衆〉及び魔法同盟の得るリターンは、最近では希少になりつつある一般人の協力者を得られるということ。これはそれなりに大きいと言える――――『十代から二十代前半までしかメンバーの年代が存在し得ない』魔法同盟では、多くが幼少期から魔法に偏った生活を送っている。そういうメンバーでの会議のときには、魔法に依存した意見ばかりが飛び交いがちだ。だが、そこに一人一般的な感性を持つ人間がいることで議場の空気がよりよい方向へと転換することもある。
それも、実質期限は無期限としたって取引上の問題は無いくらいだ。そしてリスクは、彼の知りたい知識がかなりの機密物で、なおかつ守秘すべきものであった場合。だがこれはリスクというほどのリスクでもない。相手は一般人なのだ――――悪く言えば、いかようにも料理できる。
数分間黙考したのち、三人の中で頭脳労働担当のサトリは、あらゆる可能性を検討しては切り捨て、リスクとリターンを天秤にかけて、そして答えを出した。
「……、良いだろう。貴様は今から当分、俺達≪魔法同盟≫の駒だ」
この取引が。
まさか、今この瞬間もクーデターへの準備を着々と進め、機会を伺い続ける〈人形〉にとっての、致命的な失敗の種になるなどとは、現時点、誰にも見抜くことなど出来なかったのである。