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嘘つきダイアリー  作者: 八谷杉幾未
悪辣虚構テラー
5/41

2-2

 

 《漣の空》様、引き続きご感想ありがとうございます! 返信が遅れてしまってすみません……申し訳ない限りです。


 この更新で原稿用紙約117枚程度になる計算です。あれ、300まで遠いなぁ……。


 もうしばらくお付き合いください!

 目的に関する説明を終えたところで、私はリンカたち三人、プラスしてイオリを寝かしつけて帰ってきたシュンに、魔法同盟の活動に関する簡単なレクチャーを受けた。


 彼らは普段からこの家で過ごしているが、外部に家がある場合はそこから通うようにすればよいということ。活動と言った活動はそんなにないが、一定の頻度で回ってくる「依頼」を達成しなければならないこと……これに関しては、支部局長という地位にいるリンカが最適な人材に割り振って、個人でクリアする課題のようなものだという。どんな依頼なのかは回ってきたそのときに説明する、とのこと。


 依頼をクリアすると、ササが面倒だと言い放った報告書を書かなければならない。その報告書の書き方は別途。本来新人に課せられる、魔法のコントロールの訓練はリンカの上司との協議をしてから有無を決める。特に加入試験はないが、一度リンカの上司に直接会わなければならないこと、など。


 案外にやらなければならないことが多くて、この組織がお遊びではないと今更ながらに実感した。お遊びでお役所仕事のようなことはするまい。真面目な秘密組織らしい。


 ここまで解説した時点で既に時刻は十二時を回っていて、しばしの休憩ということになった。彼らには桐彦もいるし、他の家族もいるのだろうから帰ったらどうかと進められたのだが、今日のうちに説明を聞いてしまうことにしたのだ。小学生は健やかに寝ていることだし、徹夜の一日や二日は何てことはない。先生は今晩家に戻らないだろうし。


 夕飯を食べ損ねてお腹は空いていたが、乙女(自称)としてこんな時間に食べ物を食する気には到底なれないので空腹は無視。


 説明を聞いている内に知らず力が入っていたのか、凝った身体をほぐすべく伸びをする。それに合わせたわけではあるまいが、ササが小さく欠伸を漏らした。ふと訊いてみる。


「ねぇ、眠そうだけど、ササちゃんって徹夜とか慣れてないタチ?」


「ん……? あー、まぁ。一応まだ身分的には学生だから、早めに寝るようにはしてるの。朝は六時起床って決めているから」


「学生さん?」


「うん。一応、中二」


「中二!?」


 思わぬ発言が飛び出して、私はぐるんっとササに視線を向けた。ぎょっとしたように眉をひそめる彼女であるが、とても中二とは思えない。立ち振る舞いとか、服装のセンスとか、話し方とか雰囲気とか身長とか。そっと彼女が立ったときの身長を目算して私は悲しくなった。確実に私より身長が高い。


「……いいなぁ、身長」


「え? ……あー。紀沙、百五十五くらい?」


「高く見積もってくれてありがとう。百四十七です」


「……なんかごめん」


「いいよ大丈夫っ、私はもう身長が伸びないことを知ってるから! それに人類の身長縮めっておまじないをかけたのは確か夏休み前だから、きっとそろそろ効力が現れると思ってる!」


「それ多分意味ねぇぞ」


 ようやく菓子パンから手を離したトキヒロの無情なる言葉がぐさりと私を突き刺した。うるせぇ黙れ、見るからに百八十ある貴様の言葉なんぞ聞きたくないわ! と叫びたくなるのを我慢する。


 チビの悩みはチビにしか分からないのだ。デカブツには絶対分からない。


「あら、小さくて可愛いと思うけどなぁ。私も背は低い方だけど、もう少し低くても良かったなぁって思うよ? 百五十後半って中途半端じゃない?」


 手元にあった携帯端末から目を離したリンカが、そう会話に参加してくる。だがその言葉は私にとって禁句だ。約一年前に言われた台詞とその状況が、脳裏に鮮やかに蘇った。


「……やめてください小さいとか言わないで。ホントに殴り飛ばしたくなるので」


「えっ!? な、殴るって、そこまで気にしてたの!?」


「いえ違います、気にしてますけどそれだけで殴ったりしないです。……今は懇意にしております先輩と初対面のとき、そのことを言われて……その状況を思い出すだけで腸が煮えくり返りそうになるだけですから、ご心配なく」


 一年前。


 去年の梅雨、中学三年生のことだ。

 確か買い物に行くためにバスに乗ったとき、座席が満員で座れずに立たざるを得ない状況に陥った私は、頭上を見上げて絶望したのだった。吊り革が高い上に掴みにくい場所にあり、近くに掴めそうなポールもない。左右は別の乗客に挟まれた満員バスの通路の中央に、よりにもよって私は取り残されてしまったのである。


 別に私はバランス感覚が悪いというわけじゃないから、吊り革もポールも掴まなくても平気だっただろう。だけれども、私のそのときの身長は今よりも数センチ低くて、勝手に周囲の目を気にした。つまるところ、「あの子チビだからポールも吊り革も掴めてないじゃん」となるのが嫌だったわけだ。今から考えればいちいちそんなことを思う物好きがいるとも思えなかったのだけれど、何せ見栄っ張りな私だ。そしてその見栄を張れる技術を、私は持っていた。


 そっと二重円を発動して、私は周囲に「吊り革を掴めている」ように見せた。勿論念のため俯いたままで使った。よし、これで問題ないと満足し安心したのだが、直後予想外の事態が私を襲う。バスが急なブレーキを踏み、私は思いっきり後方に立っていた人物にぶつかったのだ。


 そしてその次の行動が全ての間違いだった。

 

 私はこともあろうに、自分の力が終わる合図を隠し忘れたまま、ぶつかった人物を振り返ってしまったのだ。「すみません」と述べるだけのつもりが、これも馬鹿なことに視線を上げてしまい、まともにその人物と目が合ってしまい。


 しまった、と思ったときにはもう遅く、人物――――黒い学ラン、当時高校二年生の諸星啓太(もろぼしけいた)先輩は目を丸くして私の目を凝視し、ついで私が力で盛っていた身長と比較するように、私の頭頂部を見た。


 あ、やばいどうやり過ごすか、という考えに至る前に思考は真っ白になった。私は自分で言うのもなんだが不測の事態に弱いと、はっきり自覚する材料になった最悪の判断ミスだったと思う。


 呆然とした私の前で、先輩はちょっと黙った後、バスのざわめきに乗せて、人を小馬鹿にするような嘲笑を浮かべはっきりと言った。


「お前、どうやったのか知らないけど、身長盛るとかチビって認めてるような愚行だぞ」


 血液が沸騰するかと思った。

 私の涙ぐましき努力を、こいつは今なんと……!? 怒りと羞恥で顔が真っ赤になったのを自覚したのを覚えている。表情を変えるのも忘れて、私はわなわなと拳を震わせた。


 しかしそれに気付いた風もなく、更に奴は続けたのである。


「チビならチビらしく腕を伸ばしておきゃいいものを、お前チビの癖に妙な見栄張るなよ、みっともねーな。中学生のチビなら背伸びがお似合いだからな、周りの目を騙しても意味ねぇだろ。もしチビなのが気になるなら牛乳を飲め、牛乳を。あ、それともチビガキらしく牛乳嫌いか」


 後半は聞こえていなかった気がする。


 自分でも浅はかだと何度振り返っても思うが、あの遠慮を知らない心底馬鹿にしたようなあいつの顔を見れば誰でも頭に血が上るだろう。初対面の知らない女学生に暴言を吐きまくる思慮の無さにはほとほと呆れかえるが、直後降りる予定でもなかったバス停で半ば無理矢理そいつの腕を引っ張って下車し、バス停で怒気滲む笑顔を無理矢理作って、そいつに「チビって七回も言ったなアンタ、地獄に落ちろと千回呪うぞ!」とか言ってやろうと思った自分の馬鹿さ加減にも呆れる。


 結局後から聞いたところでは、それは私の目に浮かんだ二重円を見た先輩が、私と関わりを持つ為に私を怒らせようとしたゆえの所業で、つまり私は先輩の策略に綺麗に嵌められていたのだが……、今でもあの光景が目の裏に焼き付いていた。策略だと分かった直後に、先輩の脇腹を三発殴って頭に六発げんこつを喰らったことも覚えている。


 一瞬の回想で見る間にブルーになった私の顔色を見て、幸いにも誰も追及してこなかった。あの状況を口に乗せて説明し始めてしまったら八つ当たりしそうだったから、その対応は正解だ。


「身長かぁ……身長と言えば、リンカ、悠樹(ユウキ)からさっきメール来てたよ~。『バイト長引く、帰りは四時』だって」


「え、四時!? それもう朝じゃない! ……ええぇ、夕飯ラップしてあったのに……」


 休憩ならいいよね~と深夜のバラエティ番組を見ていたシュンの言葉に、リンカはあからさまに肩を落とした。困ったような顔で立ち上がり、台所に置いてあったらしい夕飯を冷蔵庫に入れに行く彼女の背中を見ながら質問。


「ユウキって誰? さっき言ってた、いない二人の内のひとり?」


「そうだよ、それでリンカのおにいさん。トキヒロが昼間バイトで、そっちは夜勤バイトのいっかつい人ね。滅茶苦茶目つき悪くて人相良くないから、よく不良と間違われて警察に職質されてんの。そしてこのメンツで一番背が高い。もはや大男って感じ」


「……ゴクドーさんとはその人のことか……」


「え? なんか言った?」


「ううん、別に」


 不良と間違われて職質されるレベルの人相の悪さ……相当なんだろうという想像は容易だ。まず間違いなく、学級委員長前任者・明莉(あかり)ちゃんの恐れた≪ゴクドーさん≫だろう。


 しかし、と私はそっとリンカを伺った。


 清楚な美人女子大生らしき彼女の兄……うん、控えめに言って美人の部類に入るであろう彼女の兄が、そんな人相の悪い不良モドキ、もといゴクドーモドキとは……もしかして複雑な家庭事情があるのだろうか。苗字は一緒だけれど実は腹違いとか。もしくは橋の下で的な。


 余程分かりやすい顔でもしていたのか、ササが小さな声で耳打ちしてきた。


「……あたしも信じられなかったけど、実の兄妹だって。腹違いとかじゃないって。絶対嘘だと思ったけど、戸籍見せられたら納得するしかない」


「……わざわざ戸籍持ってきたの?」


「ユウキの方が。……気をつけてね。あいつら、兄妹揃いも揃ってファミコンだから。下手なこと言うと片方にブチ切れられて、もう片方にはすっごい量の書類押し付けられるよ」


「……ファミコン?」


「そう。ファミリーコンプレックスの略」


 それ普通にシスコンとかブラコンで良くない? と突っ込みを入れようとしたが、彼女の「ナイスネーミングでしょう」と言いたそうな自慢げな顔を見て何も言えなくなった。中二か……。うん、確かにこの子は中二くらいで掛かりやすい、治った後の後悔と衝撃が途方も無く大きな病を患っているようだ。これでいつか「右腕に封じた暗黒龍が」とか言い出したら完璧である。


 ていうかファミコンとかちょっと危ない気がするのは、某家庭用ゲーム機と名前が似通っているからなのか。いや似通っているどころか略称丸被りだけれども!


 上手いネーミングだね、と全力の営業スマイルで言えば、彼女はちょっと嬉しそうに目を細めた。その横ではシュンが笑いを堪えるのに必死な様子であり、乱暴そうな彼女にバレないといいねと心の中でエールを送っておいた。これまでの数時間で、既に彼は十回ほど弁慶の泣き所を蹴り飛ばされている。そろそろ学習すべきだと思ったが、彼はそんな言葉とは無縁のようだ。


「まぁ……ユウキは色々事情もあるしな。夜勤の方があいつには楽だろ」


 トキヒロがぽつりと言った言葉に首を傾げる。


「夜勤が楽って……夜行性なの、その人?」


「いや、夜行性ってのは違うな。昼も夜もあいつは寝ないよ。寝るのって神が人類に与えた至高の慈悲だと思うんだが、あいつにとっちゃ悪魔から一方的に押し付けられた煉獄なんだってよ」


「……?」


 今の台詞からは、トキヒロが眠ることが大好きであることはよく分かったが。

 昼も夜も寝ない、寝る事が嫌いって言っても、睡眠欲は人間の三大欲求のひとつですらあるというのにそんな人種がいるとは思わなかった。寝ている間は何も考えなくて済むし、最高だと思う。学校とか全部休みになって一ヶ月くらい寝て暮らしたいと思うくらいには、私も睡眠が好きだ。しかし真逆の人間がいたとは……。


 世界は広いなと勝手に感心していれば、台所から戻ってきたリンカがからっとした声で、


「まぁ仕方ないよ、お兄ちゃんってば徹夜が趣味みたくなってるし。私もお兄ちゃんだったら寝たくないもんね。うん、気持ちは分かるんだけど……魔法って厄介よねぇ」


「ねー。イオリとかトキヒロも相当だけどさ、ユウキのは安息の時間が削られると思うと……。ボク無理、絶対無理。ササもきっと無理だよ」


「うん。無理。絶対自殺する。耐えらんない」


「……なんか物騒なこと言うなぁ。自殺って……魔法が関係してるの? 徹夜が趣味なことに?」


 顔が引き攣りそうになるのを自制しながら尋ねると、トキヒロがこくんと頷いた。何だかその顔に少し影が差したような気がして、私は内心慌てる。……何かマズイことを聞いただろうか。


 しかし私の内心など知る由もない彼らは、ちょっとアイコンタクトをしたと思えばソファに座り直した。「じゃあちょうどいいし、話を再開しよっか」というリンカの言葉に居住まいを正す。


 それを見た彼女は、それじゃ、と言って切り出した。


「続きましては魔法について。――――さっき紀沙ちゃんには、三千人の魔法使いがいて、彼らは別々の魔法を使えるって言ったよね?」


「うん。聞いたね」


「私たちはその魔法を≪系統≫に分けているんだ。この≪系統≫の分け方は、魔法陣、紀沙ちゃんで言うなら≪目の二重円≫で判定するの」


 そう言うと、リンカはシュンを指し示した。


「文房具屋さんのカメラの件を知ってるなら、分かると思うんだけど。シュンくんはあそこで魔法を使ったわけだけど、その魔法陣の形って違ったでしょ? 魔法陣は魔法を使うときに浮かぶ図形のことなんだけどさ、シュンくんは六角形だったはず。覚えてる?」


 そりゃあ、あんな印象的な光景を忘れられるはずもない。防犯カメラの電源を一斉に落として見せた、あの奇妙な図形。最初に≪同類≫の可能性を知ることになったきっかけの図形だ。


「シュンくんのように、六角形の図形が出る魔法使いを、私たちは≪攻撃型≫って呼んでる。シュンくんはちょっと例外だけど、基本的には攻撃に関する魔法が使えるって人ね。ここでは、シュンくんとササちゃんがそれに当たるわ」


「攻撃……」


「うん。シュンくんは電気使いでね。雷で攻撃とか言ってもあんまり現実味湧かないと思うけど、見れば多分そんな認識は覆っちゃうかな……で、シュンくんはレアケースで、攻撃だけじゃなくて電気を操れるから、電子機器に侵入したりとか得意なの。防犯カメラを切ったのは、その魔法で回路に侵入して電源を落としたんだって。私はよくわかんない感覚だね」


「そりゃそうだよ。あの感覚分かる人はそういないって。説明したってきっとよく分かんないよ」


 シュンがひょいと肩をすくめて言った。電気使い。SFじゃよく見かける能力ではあるけれど、これはあくまで現実のものだ。そう考えれば、魔法が改めて超人的であることが理解できようというもの。


「ササちゃんは真っ当な≪攻撃型≫、純粋培養アタッカー。炎使いって言えば分かりやすいかな、指からボッと火を出せたりするのよ! かぁっこいいでしょ!?」


「え!? 火を出せるの!?」


「……、まぁ。そんなに驚かなくても」


 魔法っていうならありがちじゃない、と冷めた口調で彼女は言うが、正直電気使いより想像しやすい火の魔法というのは非常に興味がある。そして同時に合点が行った――――≪焼く≫という物々しい言葉は比喩でも何でもなく、事実だったのだ。怒ると火を出せるなんて……彼女に対して、シュンのように軽口を叩く気にはなれなかった。

 

 顔色が青くなっていないか微かに心配しつつも、話の続きを促した。


「それで、次に《防御系》。これも想像しやすいかな、つまりは盾みたいなものを出せるってこと。これはうちじゃ私ひとりだね。とはいえ、一口に防御といっても色々あるんだけどさ」


 なぜか照れたように頬をかいて言うリンカは、「これも図形が違って、丸と四角が合わさったようなのなんだ。まぁ覚えなくていいよ」と付け足した。その一言にほっとする。何種類に系統分けされるのか知らないが、数が多くて覚えなきゃならなかったら厳しい。あんまり記憶力は良くないのだ。


 それじゃ次ね、とトキヒロを指した。


「トキヒロくん、それからさっき寝ちゃったイオリくんは《干渉系》。これは決まった図形が無いの。玄関先で見たよね? 水みたいなのが色々動いてたやつ」


 あぁ、あれか。


 彼の目に張り付いた流動の図形と、指先にふわりと浮かんだ同じものを思い出した。三角、螺旋、ひし形、実にとどまる形を知らない不思議なあれ。


「これは個人差があるんだけど、要は《動く図形は干渉系》ってことね。ちょっとこれは説明がめんどいから省略。二人の魔法は見てからのお楽しみってことで」


「えー!? 気になるんですけど。すごく気になるんですけど!?」


「見た方が分かり易いもの。説明して変な印象持つよりはいいでしょ?」


 にこやかにそう言われてしまっては何も言えない。トキヒロに視線を投げれば「オレもめんどくせぇ」と真顔で返答された。


 ……どうもこの少年、大分怠惰な性格のようである。昼寝好きなところとか物ぐさとか。大雑把のほうが正しいかもしれないけれど。


 仕方が無いかと溜息をつけば、シュンが面白がるように口角を上げ、


「トキヒロ、大雑把過ぎる男は嫌われるって言うよー? もう少しマイペースなそれをどーにかしたらどうなのさ」


「じゃあ繊細すぎる男は嫌われるって言うから、シュンもあいつに嫌わ」


「はいはい黙ろうね!? それ以上言わないで泣きたくなるんで!」


「男の癖に泣くなアホ。情けねぇな」


「君ってサドの気があったっけ……?」


 ちょっと後半は湿っぽい声になっていた。……ふむ、これは面白いことを聞いたと自然頬が緩む。青春してるんだなぁ、シュン少年。


 生暖かく見守るように彼を見ると、振り返った彼は心底嫌そうな顔で「やめてその目、居たたまれない」と言い出したが、「無駄よ。もう私は君を見守ると決めた!」と無邪気(を装った)な笑顔で言えば諦めたように視線を逸らしただけだった。


 ふっふっふっ、諦めるが良いシュンよ。私は人をからかうことに生きがいを見い出せる自信がある女だぞ! と心の中でだけ笑ってやった。


「……くだらない与太話に時間を費やさなくてもいいと思うんだけど。話進めようよ」


 ササの呆れたような声音を合図に、楽しそうに二人のやりとりを眺めていたリンカも我に帰ったらしい。最後にちらりとシュンを一瞥した。


 シュンはなぜだかあからさまに衝撃を受けたような表情で停止していたが、すぐに抜けていた魂を引き戻すことに成功したようだ。あぐ、と妙な声を上げてから、疲れたような重い溜息。


 しかしそれに敢えて誰も触れないまま、話は再開された。私が触れなかったのは、シュンの表情の意味を咄嗟に理解できなかったから。ササは多分どうでもよいと看做し、残りの二人はせめてもの慈悲だったんだろう。


「それじゃ、残り二種類ね。ひとつは《単独系》って呼ばれている、言わば……特殊な魔法かな。図形がないのは干渉と同じだけど、代わりに目の色が変わったり、体の一部の色が変わったりする」


「色が?」


「うん。目の色が黄緑になっちゃう子もいれば、片脚が炭化したみたいに真っ黒くくすんだって人もいるから千差万別、色が違うのはとりあえず《単独系》になるの。うちには二人いるけど、お兄ちゃんと仕事してる人だから後でね」


 ……なんだかすごい急にファンタジックになった。目の色が変わるとか、ササちゃんの好きそうな設定だ。いや、こう言う言い方をするからには事実なのだろうけど。


「それで、最後。ずばり紀沙ちゃんのそれ、二重円の図形だね。《精神系》って呼ばれてる図形だよ」


「……精神系、ですか?」


「そうだよ。……あれ、でも考えてみれば妙だね? 幻を見せるってことは、他の人の『認識』に《干渉》する訳だから《干渉系》が妥当だと思ったんだけど。でも二重円なんだよね?」


「え、ええ……」


「…………うぅん? どういうことだろ。ボクも聞いたことない事例だなぁ。一通り、魔法の能力系統図なら資料で見たんだけど」


 シュンも驚きながら不思議そうに声を上げる。ほかの二人はこの手の話に疎いのか、興味なさげにしている。怪しむようなシュンとリンカの反応を見つつも、私は密かに思い至る節があった。


 この魔法の力が、もし私の思っている通りのきっかけで得られたものだとするならば……、それは私のものは《精神系》で正解だ。きっかけが魔法の種類や特性に影響を及ぼすとするなら、大正解。


 しかし、私は何もわからないフリをすることにした。思い当たるなんて言ってしまっては過去のことも話さなければならなくなってしまう。聞かれたら適当な作り話でかわすとして、自ら真綿で首を絞める必要はどこにもないのである。


 しばらく悩む素振りを見せた二人だが、やがて考えることを放棄したのか、「魔法の解説はこんな感じ。まぁ五つ覚えるのは手間だけど、そのうち魔法を見ればきっと覚えられるよ」と微笑みかけてきた。百聞は一見にしかず、とはそのことを指すのだろう。


 時計がまた秒針を刻んだ。

 時刻は午前二時を指していた。







 午前四時。


 一度眠ると中々起きない桐彦を背負って家に帰宅した私は、弟を彼の部屋に放り込んで朝ごはんの仕込みを済ませてから、自室のベッドにぼふんとダイブした。取り出した携帯端末のアドレス帳を無言で見つめる。


 そこには、連絡が取れるようにと登録してきたばかりの魔法使いの少年少女の名前があった。まだ会っていないリンカの兄ともう一人の名は欠けているが、そのうちここに追加されるのだろう。然程多い訳でもないアドレス帳の中でその名前は妙な存在感を放っていて、ちょっと滑稽ですらある。


 それを見ていたら、あの家を出る直前に至極真面目な顔で告げられたことを思い出した。


『すごく申し訳ないんだけどね、多分紀沙ちゃんは巻き込まれちゃったと思うのよね』


『何って……、お前忘れたのか。玄関で金属バット持ったサラリーマンに襲撃されてたじゃねーか。ここ最近多いんだよ、あの手の奴が』


『……誰の仕業か分かってないけど、あれ、誰かが魔法で通りがかりを洗脳して、襲わせてるんだと思うの。あたし通りがかりを焼くわけには行かないから……』


『トキヒロが後処理してくれたみたいだけど、面は割れちゃっただろうから一応警戒はしといてねー? あ、でも多分ご家族は大丈夫! 奴らの狙いはあくまでも、ボクら魔法同盟だから!』


 いまいち要領を得ない、含み大有りの警告の言葉たちだ。推測するに、魔法同盟を狙う魔法使いが何かしようとしている、そんな意味になるのだろうけど……それが内部分裂を指すのか、敵対組織の存在を指すのかいまいち曖昧だ。


 意図的に隠されている、もしくは事情を説明する機会を伺っている。どちらかだろう。本来説明する時間はあったのに、あえてそれをしなかったのだから。


 それに誤魔化されたことは他にもあった。トキヒロとイオリの魔法、リンカの兄の徹夜という趣味が魔法に繋がる理由。この三つは家を出る間際にまた尋ねたのだが、「今度ね」とはぐらかされてしまった。


 不満を覚えないわけではないが、こちらだって向こう側に対し、魔法を使えるようになった日付は偽っているし他のことも言わなかったりはぐらかしたりしている。所詮は会って数時間、何でも大っぴらに話せるような馬鹿でも仲でもない。


 にしても、と思考を切り替えた。

 ササの警告文に含まれた〈洗脳〉の言葉からするに、あのサラリーマンは誰かに操られて私達……正確にはあの家を襲撃したということなんだろう。魔法ってなんでもアリだなとか思ってしまうが、そう考える他に無かろう。そうだとすれば、あのぞっとするような虚ろな目の意味が説明できるというものだ。


 とすれば、である。

 彼を操っていた人間は誰なのか。これは多分彼らも特定していない《誰か》だから、あんな曖昧な言い方しか出来なかったのだ。あの分ではあの組織を狙っていることは分かっていても、なぜ狙うのかは分かっていないだろう。当然私も分からない。


 そして玄関先で倒れたサラリーマンを、彼らはどこかに電話して「後は大丈夫」と言ったこと。


 倒れた彼は誰がどうしたのか。それにトキヒロではない誰かが彼をどうにかしたはずだが、シュンはなぜ「トキヒロが後処理した」と言ったのか。


 ……後処理、の言葉が血なまぐさいものではないことを祈りたいところだった。もしそうだったなら、申し訳ないが彼らとの接し方を考えなければなるまい。


 なにせ、こっちには家族がいる。下手に巻き込む訳には行かない。


 何だかネガティブな方向に思考が回っていきそうな気がして、私は気持ちを切り替えようと音楽プレーヤーに手を伸ばした。お気に入りの、可愛いラムネソーダ色のイヤホンを耳に当てて、プレーヤーを接続。ダークな歌を避けて明るい曲調の物をセレクトし、それなりの大音量に設定して、再生。


 途端流れ始めたドラムとギターの心地良い音色に身を任せるように、私はそっと目を閉じる。


 今日は学校もある平日だ。お弁当を作る時間を考慮して、五時半まではこうしていよう。音楽に委ねるだけの時間は、案外に私が大切にしている物のひとつなのだった。


 九月の冷えた空気が、ひやりと頬を撫でた。


 どうして彼らを疑うような、だがしかし当たり前の思考を働かせたくないと思ったのか、その理由は考えることすらしなかった。







 

「こんな時間に何のつもりだ、〈庇護(ガーディアン)〉。貴様の目が時計を読み違えるほどに腐っているか、脳が時計を読めないほどに溶けたというなら用済みだ。容赦無く首を切るぞ」


 その頃、平庄一(ひらしょういち)のある百茎(ひゃくくき)から離れた都市の一角で、一人の少年が不機嫌且つかなり攻撃的に、掛かってきた一本の電話に応じた。


 年の頃は十代後半くらいと見える。オフィスにあるような回転椅子の背もたれに体重を預けて、小一時間の仮眠をしていた彼は、寝起きも相まって剣呑な雰囲気を滲ませている。細いフレームの眼鏡の奥には鋭い目が光り、着ている服が学生ブレザーであるお陰でやり手のビジネスマンのような印象を与える外観だった。


 しかもそれを助長するように、彼の正面にある無愛想なビジネスデスクには書類の山が積まれていた。年齢から考えれば違和感しかない光景だが、不思議と彼にはこんな風景が似合う。


 携帯端末は何も悪くないが、その回線の向こうにいる礼儀知らずを威圧するように端末を睨み付けていた。


 気の弱い子供が見れば泣きそうなこの光景を知ってか知らずか、電話の向こうからおしとやかな雰囲気漂う女の声。


『……あー、すみません、早鳥(サトリ)さん。別に朝でも良かったんですけど、一応先に連絡しておこうと思いましてー……』


「ほう、時計を見間違えたという訳ではないのか。良かったな〈庇護〉、もし寝惚けていたならお前は明日から海の藻屑だった」


『相変わらず冗談きついです!!』


「俺は冗談なんか言う人間じゃない。それは貴様もよく知っているだろう」


 少年の言葉が本気であったことを悟って背筋が薄ら寒くなったのか、電話の向こうが沈黙した。


「それで、何の用だ。つまらない些事だったら藻屑だが問題ないな?」


『私なんで報告するだけなのに命懸けてるんだろ……はぁ、まぁいいです。報告は二点あります』

 

 諦めたような女の声は少年より年上だった。年上に敬語を使われることには慣れた少年は、尊大、もしくは傲慢とも言えそうな様子でいた。それは年若いながらそれなりの威厳を持っていて、彼がただの少年でないことを決定づける材料のひとつと言っていいだろう。


 女の落ち着いた声が電話口から響く。


『まずひとつ。支部局が襲撃されました。今度は魔法使いではなく、洗脳魔法を使われたと思われる一般市民の襲撃です。幸い〈遮断(シャットアウト)〉が居合わせたので大事なく、本人の記憶を消して、近くにいると連絡のあった27号局のメンバーに警察へ保護してもらったんですけど……』


「……洗脳か。遂に本領発揮し始めたというわけだな? それも手段を選ばずに」


『ええ。一般市民ですから迂闊に攻撃できませんからね……、〈従雷(ライトニング)〉はともかく、〈蒼炎(フレイム)〉は完全に無力化された形です。様子を見つつ〈会話(トーク)〉にも情報収集してもらっていますけど、有力情報はありませんね』


「……そうか」


 ここ最近少年を含めた何名かを悩ませる事件、それも手掛かりなしの報を受けても、彼はそれほどショックを受けたわけでも無さそうに頷いた。


 少年は悪い知らせを聞き慣れているのである。折り合いの付け方が上手い。必要な情報を得たと思えばすぐに話題を切り替える。


 今もそうだった。


「もうひとつの報せは?」


『あー、ええ、聞いてくださいサトリさん!!』


「急に声を甲高くするな。煩わしい」


 それまでの粛々とした話し方はどこへやら、急に素に戻った女にぴしゃりと言い放った。だが女は意に介した様子もなく、実にはしゃいだ声音で早口に告げた。


『新人さんでベテランを見つけましたっ!』


「………」


『《精神系》の魔法の女の子なんですけどね、不思議なことに《干渉系》に分類されるべき魔法の持ち主なんですよーっ! それでそれで、それが《幻》の魔法だからか《感知魔法》に引っ掛からなくて、八年も前から魔法を使えたそうですっ!! コントロールにも自力で成功しているみたいでっ、逸材来ましたよサトリさんっ!!』


「………寝言は寝て言え、〈庇護〉」


『信じてないっ!?』


「三百年一人残らず魔法使いを見つけてきた《感知魔法》が効かないなんて馬鹿があるか。夢でも見たんじゃないのか。試しに手首を切ってみろ」


『それ死にます! 私死ぬ気はありませんよ!?』


 きゃんきゃんと喧しいと電話口に至ってクールに言い捨てると、サトリと呼ばれた少年は椅子から立ち上がった。部屋の一角を占める書棚から、分厚いファイルを手に取る。


 ぱらりと目的のページを開いて、彼は眉間に皺を寄せた。《感知魔法》の項目。遥か先代の彼の先輩が仕上げた魔法理論のまとめだ。


 その末尾に記載された言葉を見て、彼は渋い顔になったようだった。そのまま、電話口に声をかける。


「橙の二重円」


『……はい?』


「その新人とやらの魔法陣だ。それか」


『え、あ、合ってます! ……けど何で知ってるんですか?』


 驚愕したように尋ねる女の言葉を完全に無視して、少年は嫌なものでも見たと言うようにファイルを閉じた。再び回転椅子に戻ると、無感情で機械的な声のまま、女に指示をする。


「来週の日曜日にそちらへ向かう。向かう面子は三人、〈武器(ウェポン)〉、〈刻文(スカルプチュア)〉、そして俺……〈重塗(ヘヴィペイント)〉」


『……へっ!? 〈三人衆〉の全員で来るの!? そ、それはどういうことなのかなですはい!?』


「言葉通りの意味だ。生憎俺は忙しい。切るぞ」


『ちょ、待ってそれどういうこーーーー』


 皆まで聞かずに通話を切った。混乱したのか後半は言葉遣いが崩れていたが、まぁそんな些細なことを気にするほど暇な人間ではない彼は、そっと息を吐いた。


 混乱する。それはそうだろう。基本、新しい魔法使いを見つけてきた場合、〈三人衆〉と呼ばれる彼らのうちの一人が向かえば事は足りるのだ。三人全員で行くなんて滅多にあることではない。


 自分で判断を下しておきながら、サトリもまた戸惑っているのだった。


 残りの二人に事情を説明するのが手間だな、などと考えながらまた背もたれに身体を預け、そこで彼はそれまでなかった物が背に触れたことに気付いた。わざわざ他の部屋から持ってきたのだろう、一枚の毛布が背もたれに掛かっている。さっき電話中に立ったときには、確かに無かった。


 こんなことを出来る人間は何人か知っていたが、この部屋でそんなことができる人間を、サトリは一人しか知らない。


 仮眠を終了することにして、少年は机の上の書類を手に取る。すると机の反対側にしゃがみ込んでいたらしいそれが、じっと伺うようにこちらを見つめてきた。


 大抵の人間はその何か言いたげな視線に耐え切れず、何だと声を掛けてしまうだろう。だがサトリはそうせず、徹底した無視を決め込んだ。


 そもそも、この視線に対し「大抵は」という例えを使うのは適切ではない。


 視線の主は何も言わないサトリに業を煮やしたらしく、やがて、不満そうな声を漏らした。


「……ありがとう、も無しですかー」


「…………」


「せっかく人が持ってきてあげたのに感謝の一言も無しですかぁー! サトリさんのバカ! 礼儀知らず! 仕事人間、朴念仁、唐変木、金木犀!」


「…………」


「金木犀はただの植物で使い方が違うってツッコミすら無しですかー! ボケにツッコミ入れないとか何の殺し技ですかぁー! ひーどーいー!」


「…………おい、〈兎〉。捻り潰されたいか」


「あ、返事したですねー! よし、じゃあ毛布のお礼をどーぞー!」


「…………〈兎〉。言い残すことがあるなら聞いておいてやる。死にたくないなら黙れ」


 書類から視線を外さないまま、絶対零度かと思うような声音で告げられた言葉も、声の主は右から左へ聞き流したようだった。からかうような調子で、


「とか言っておいてー、サトリさん、わたしを追い出しはしないですよねー。やっさしーい!」


「…………。…………」


 にやり、と企むような笑顔を、机の向こう側で彼女は浮かべた。蛍光色の派手なジャージに、学校の制服と思われる短いプリーツスカート、頭の上で纏めたポニーテール。とても目立つ出で立ちだし、この書棚と書類と窓と椅子と筆記用具くらいしかない部屋にはひどくミスマッチだが。


 仮にここに誰がいても、彼女の存在に気付くことが出来るのはただ一人。書類を黙々と消費する、眼鏡の少年だけだった。


 企むような笑顔のまま、彼女は机からちょっとだけ頭を出して少年を観察し始める。彼女に気づく者がいればさぞ滑稽な光景だが、これがいつもの彼らの日常だった。


 

 ーーーーその笑顔が、紀沙がすっかり見慣れた学ランの少年の笑顔とひどく似通っていることが何の意味を持つのか。それが判明するのはまだ、先のお話。


 サトリのちょうど斜め後方にしつらえられた小窓から差し込む月明かりだけが、おかしな二人を照らしていた。



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