3 撒かれた火薬
たくさんお伝えしたい、しなければならないことがあります。すべて後書きに記させて頂きました。こんなフラグっぽいこと書いてますが、連載中断フラグとかではありませんのでご安心ください。
「今回アタシがアンタらを呼びつけたのは、他でもない緊急任務のためよ」
軽い口調に相反して、口を開いた彼女の表情は冴えないものだった。
具体的な所在地を明かすことは禁じられている魔法同盟本部、西棟、五階。古い県営集合住宅の跡地を再利用した本部は、基本的に生活感に欠ける場所である。全国の魔法使いが会するのは主に東棟であり、彼らは一泊二泊することこそあれど、この本部に住み着いているわけではない。それは普段から本部職員として仕事に従事する事務職担当の魔法使いも例外ではなく、ほぼ九割方が自宅からの通勤という形をとっていた。だから、生活感あふれる空間などというものが、そもそも形成されようもないのだ。
この本部に暮らす人間は、およそ二十人にも満たない。何かしらの罪状によって拘束中の魔法使いか、支部を移籍することになって一時的に住まいを失くした者、新たに魔法の所有が確認され、配属先が決定されていない者――そして、魔法使いたちの統率責任者たる若き〈三人衆〉である。
その〈三人衆〉のひとりであり、魔法同盟本部にて十年以上も暮らしている彼女・璃名コハルは、自分の執務室に呼び出した四人の魔法使いを険しい表情で見つめた。普段から勝気に吊り上っている瞳には、似合わぬことに少々の焦りと困惑、加えていつも以上に攻撃的な鋭さを湛えている。女性らしくと気を使っていたはずの髪はぱさついていて、激務の真っ只中にあることを一目で見て取れる有様だった。腕に巻いたリボンの数はどこかで使ってしまったのか、ところどころが解れていて、年相応に細い腕を主張するようにも見える。
断捨離を苦手とする彼女の執務室は常に雑然としているが、今日はダントツ一番で荒れた様子を見せていた。リンカの仕事の付添でこの部屋に来たことのあるトキヒロは、白いカーペットの敷かれた床に散乱するファイルの惨状を見て、僅かに眉根を寄せる。以前であればここまで散らかっていると、〈三人衆〉の中では意外なことに綺麗好きだという古坂カギナが片付けに乗り込んできていたはずだ。その様子も見られないということは、眼帯の少女もまた、どこかで仕事に追われているのだろうか。
「……緊急任務、ですか?」
きょとんとした様子で言葉を反芻したのはミイであった。口に出さずとも、この場にいるキサとトキヒロとの言いたいことはミイと同じである。これまでは支部局長であるリンカを通して依頼の告知がなされ、彼女の采配で以て任務へ臨んでいた。彼女らの場合、〈三人衆〉と幼馴染で、表立った活動をあまり行わない〈雷従〉シュンを知っているので驚く程度で済んでいるが、他の支部であれば到底ありえない事態とも言えた。魔法同盟最高責任統率者の勅命など、そうそう降りるものではない。
押し黙ったままうんともすんとも言わないササはどう思ったか定かではないが、少なくとも、よくある話ではないのは確かである。
事前に会議室から引っ張ってきていたパイプ椅子に四人を座らせたコハルは、「そ」と短く肯定の声を上げた。彼女は部下たちを見つめているようにも見えたが、実際のところ意識は少しばかり別の方向へ飛んでいる。常にすっぱりとした物言いを好む彼女であるが、今日に限っては本題を後回しにする話し方を選んだ。
「緊急任務よ。今引き受けているどの事案よりも優先して解決してもらいたいことができた。人選はりぃちゃんに任せようかとも思ったんだけど、メインになるだろうアンタ達に任せたほうがいいだろうと思ってね。それでアタシから説明をしておこうってワケ」
コハルは背もたれに沈めていた身体を起こして執務机に両肘をついた。書類仕事が苦手でため込みがちな彼女の机は、普段は乱雑に文房具がちらかっている代わり、書類は一枚だって落ちていない。だが本日はそれも違っていて、走り書きのようなサインのされた書類の束と書き散らされたメモが散乱している。
彼女はため息をつきたくなるのを堪えながら、目の前の四人を改めて見た。話の雲行きの怪しさに顔を見合わせたキサ、トキヒロ、ミイに対し、もう一人の炎の魔法使い・ササはと言えば全くの無表情であった。常から表情の起伏に乏しい人物ではあるが、コハルの話が耳に入っているのかも怪しい様子で、じっと足元を睨み付けている。時に凛々しい勇敢さをたたえる彼女の無表情は、命のやり取りにも慣れてしまったコハルの背筋をうすら寒くするには充分だ。
数年前が思い返される。あれは、ササの「新入り試験」の日だった。まだどの支部に配属するかも決まっていなかった彼女の、魔法使いとしての力量を――――要は魔法の性質を確認しに赴いたその日。本部のはずれに位置する修練所で初対面を果たした午後二時、コハルは、ひとつ違いの少女に確かに戦慄した。
彼女の瞳は、虚無と復讐心で真っ赤に染まって見えた。
何もかもがどうでもよいと言いたげな身動ぎ。見知らぬ土地にいるというのに一切緊張する様子を見せず、どことなく投げやりな呼吸。試験のためにリボンという凶器を持って対峙するコハルをたった一瞥だけして無視を決め込む態度。ふてぶてしいだとか不敵だとか、そういう褒め言葉が似合うような振る舞いでは決してない。人を何とも思っておらず、現状をどうとも思っていない、心の底から「どうでもよい」と思っている。そういうそれだった。
ササにとってコハルは、初めて炎としての敵意をぶつけた相手である。だが同様にコハルにとっても、ササは人生初の相手であった。戦う相手として、という意味ではない。
人生で初めて見た、復讐を志した人間であったのだ。
コハルは己が苛烈な復讐心を抱いたことがない故、ササの心中を明確に察することはできなかった。そもそもコハルは人の心の機微には少々疎く、大雑把で空気の読めないところのある。そして想像力もさほど豊かなわけではない。自分とは全く異なる境遇と経歴で魔法使いになった一つ下の魔法使いのことなんて理解できようもなかった――理解できなかったからこそ、彼女と対峙したそのとき、背筋が凍る思いをした。
あんなにも適当な態度で命のやり取りに応じられるのが復讐者であるのか、と。
「緊急任務の内容は、ある人物の捜索よ。潜伏場所は百茎北部の沿岸部あたりってところまでは絞れてるわ。任務ランクは5」
最後に付け加えた短い情報に、トキヒロの眉が上がる。この場にいる四人の中では、ササに次いで先頭任務に従事することが多い彼は、コハルの告げた言葉の意味を明確に理解したのだ。ランク、と聞き慣れない単語に首を傾げたキサとミイをちら、と一瞥してから、トキヒロは眼光鋭くコハルに噛みついた。
「ちょっと待てよあんた、ランク5? 冗談だろ。俺達だけならともかく、キサとミイさんにそれは重荷すぎる。こいつらまだ新人みてぇなもんだぞ」
「きぃちゃんはもう新人って言える所属月数じゃないわ。みーちゃんは正直もう少し研修扱いにしてあげたかったけど、そうは問屋が卸さなかったの。悪いけどね、人手が全くもって足りないのよ」
「だからって! 非戦闘系魔法使いにランク5なんか無茶にも程があんだろ、下手したら、」
そこから先の言葉をトキヒロは飲み込んだ。キサとミイの手前、それ以上を口にするのは憚られたようだ。だがしかし、コハルは彼のその気遣いを無駄にせねばならなかった。任務に従事してもらう以上……勅命を下す以上、正確に事態を把握してもらわねばならない。コハルにはきちんと説明する義務がある。義理人情と思いやりに流されて情報を渡し損ねれば、それこそ馬鹿馬鹿しい。
ごめんね、とっきぃ。心の中で短く謝罪をしてから、コハルはずばりと言い淀むことなく、
「ランクっていうのはね、きぃちゃん、みーちゃん。戦闘になる確率が高い依頼で使われる尺度でね、任務の危険性を表す言葉よ。全部で七段階あるうちのランク5は、『命の危険あり』」
「……えっ」
「場合によっては、という意味ね。何も絶対死ぬわけじゃないし。でも、普段は64号局じゃなくて19号局に回しているような危険任務のひとつだと思ってくれていいわ」
キサとミイの表情の対比は笑えるほどにはっきりしていた。死の危険と聞くやいなや、顔からさぁっと血の気を引かせて身体を縮こまらせたのはミイであり、逆に一ミリたりとも表情を動かさなかったのはキサだ。この場合正常な反応はミイであろう。コハルにはキサの使う〈虚構〉の魔法を看破することはできないが、もしかしたら彼女は今、表情を幻で騙しているのかもしれない。命の危険がある、と聞かされて顔色を変えない人間は、よほどの馬鹿か手馴れているか不遜であるか、あるいは事態を把握できていないかのどれかに大体分割できるとコハルは思っているが、キサはそのどれにも当てはまるように思えないからだ。
トキヒロから突き刺さる非難がましい視線を受け流し、コハルは更に言葉を続ける。
「通常の捜索任務ならランク5なんて大仰な数字を付けない。つまり、今回の探し人は普通じゃないわ。普通じゃないからこそ、幻魔法を使えるきぃちゃんと、対魔法使い魔法のみーちゃんに協力を頼みたいの」
「……その、普通じゃない探し人っていうのは、一体何者なの? 探すだけなのに命の危険がある、なんていうそいつって」
キサの声は落ち着いて聞こえた。まるで普通の、通常運転の声音に聞こえたが、実際のところはそうではないのだろう。コハルは少しだけ不気味に思った。キサ自身ではなく、彼女に宿る〈虚構〉の魔法を。
人の心をごまかせてしまう魔法は、人の心を見てしまう魔法よりも恐ろしいと、コハルは思っていた。自分の心を消してしまうそれは、人を劇的に変えてしまう。自分を騙し誤魔化して、嘘で塗り固めたその先に残るものが何であるか。彼女はそれを、なんとなく知っていた。
強いように見えてどこまでも脆い詐欺師の少女の問いに、コハルは一呼吸だけして、きっぱり淀みなく答えた。
「既に被害数が四十件近くに及んでいる、百茎全域で起きている連続放火の犯人。名前は氷室純成、男性」
ガタンっと、パイプ椅子を蹴飛ばす金属音がした。
コハルの視線の先でササが立ち上がっていた。緩く纏めた髪が勢いで揺れ、ぱさりと彼女の肩にかかった。何事かと残りの三人が瞠目するが、ササは珍しく驚愕に目を見開いたまま微動だにしない。
コハルはその反応を予期していた。本来は彼女に知らせるべきではなかったかもしれない、とも思う。だがそれでも告げておかなければならない、とも思う。彼女は知る義務があると、知る権利があると思った。
「――加えて、魔法同盟支部10号局に所属する魔法使いでもあるわ。魔法の名は、〈全焼〉」
ここでトキヒロの顔色が変わる。ササより後に支部に加わったトキヒロは彼女の加入当初の状態を知らないはずで、彼女の事情を深くは知らないはずであるが、リンカあたりに何かを聞いていたのかもしれない。ササに視線を投げたその表情は、硬く険しい。
コハルは分かっていた。次に告げる言葉が何を引き起こすか、何をササの心にもたらすかを知っていた。彼女の瞳はまた赤く染まる。まず間違いなく、確実に、彼女は変わる。否、元に戻るだろう。コハルを興味なさげに見遣ったあの目に、彼女は回帰してしまうだろう。
それでも、コハルは躊躇わなかった。彼女は一人の人間である前に、己が〈三人衆〉の一人であることを自分に課している。大勢の猛者を下してこの座についたその日から、その決意は揺らいでいない。そして彼女の、否、歴代の〈三人衆〉全員の悲願を――いや、それも違うか。
先代〈三人衆〉の悲願を達成するためには、この焔の魔法使いが必要だった。高火力の戦力が、どうしてもこの叛乱には必要不可欠であった。だから、コハルは躊躇えなかったし、躊躇う必要もない、のだ。
例え大事な大事な幼馴染が恋い慕う少女が相手で、彼女を冷たく凍りついた人間に変えてしまったとしても、革命には、まず戦士の革命が必要だった。
「その男は警察内部で『花束』と呼ばれているわ。放火現場に必ず遺されている、スノードロップとリンドウの花束の残骸がその名の由来。そして、そいつは四年前にとある放火事件を起こしたとされている。放火殺人事件を、ね」
例えこれが理由で、電撃使いの少年と決別することになろうとも。
コハルの選んだ茨道に、他の選択肢など残されていなかった。
■ □ ■
「もうすぐ戦が起こる」
まるで時代錯誤な言葉であるはずなのに、その響きはあまりに重かった。
斜陽が木々の間から差して目を灼く。魔法同盟本部から程近い、森に覆われた丘のてっぺんであった。辺り一帯の住人に知られることは本部同様なく、結界の類の魔法が張られているお陰で、聞こえるのは木のざわめきだけ。鳥すらも立ち入りを許されないその場所に、一人の少女の姿がある。
北向きの乾いた風を受けて、ばさ、と彼女の纏うマントが風に舞った。右目を隠す黒い眼帯、手に巻かれた包帯、頭の上のシルクハット。少年にも間違われそうなほど中性的な顔立ちをした彼女は、古坂カギナ――〈三人衆〉の一角を担う魔法使いであった。
彼女は丘の上に一本だけある若木の前にしゃがんでいた。この若木はもう十年以上も前に植えられたもので、若木と言っても、今にも細く折れそうなそれではない。もともとこの丘の樹は老齢のものが多く、年季が入っているものが大抵で、それと比べれば、という話だ。丘の頂上はほんの少しだけ開けていて、そこの中央に植えられたのがその樹だった。
時期は一月、冬であったが、この一帯の樹は常緑樹で構成されている。この丘が冬特有の寒々しい茶色の肌をさらすことはなかった。それはこの若木も同様であり、カギナが少し首を上向けた先では緑色の葉が風にそよいでいる。
「四月までに決着をつけられれば良いが、さて、どうなるか我輩にはさっぱり分からん。我輩は未来を視ることができないからな。未来というのは、まっこと分からんことばかりだ」
カギナの静かな声が丘の空気に溶ける。普段から、やれ夢想指揮者だの闇の使者だのとほざいている彼女だが、そのときの煩さの片鱗などどこにも見られない。いや、そもそもこれが彼女にとっての元来の語り口であった。もう五年以上も前は、幼馴染の中で最も気が弱く、大人しい子どもだったのだ。
もう、それは遠い昔のことだけれど。
カギナはここへ来ると、少しだけ昔に戻る。
まだ何も知らなかった子どもの頃に。
「お前たちはどう思っているのか、我輩にはもう分からない。死人に口なし、とはよく言うものよな。死んだ人間が何を考えていたかなんて分からんし、今ここで見てくれているのかも、分からない」
カギナは視線を地面に戻した。
天へ向かって枝を伸ばす若木の根本。まだ逞しいというには弱弱しい幹の周囲を取り囲むように、三つの石が置かれている。文字を刻まれているわけでも、立派な石というわけでもない。かつてこの丘の頂上に転がっていて、ある七人の人間が仲良く腰掛けて座った大きな岩を、鋭利なリボンで分断したうちの三つだ。切り口はガタついているし、綺麗なものでもなかったけれど、カギナたちはこの石を彼らへの手向けと決めた。思い出ごと切り刻むように、ここに置いていくことを決めたのは、もう五年以上も前のこと。
三つの石は、墓石であった。
ここに彼等の亡骸こそないが、彼等がきっと一番好きだったのはこの場所だったから、ここが彼等の眠りの場であった。
「コハルはな、やっぱりサボり癖が治らないのだ。我輩はまだマシな方だと思うのだけどな、サトリには二人とも同じだと怒鳴られてしまった。サトリは誰かに似て仕事仕事と口うるさいのだ。誰のせいだろうな? まったく、妙なところが似てしまったものだ。……ああ、似ていると言えば、知っているか? あいつ、去年の夏口に、眼鏡のフレームの色を変えたのだ。お前と同じ色なんだよ」
三つのうち一番右の墓石の地中には、小さな箱が埋まっている。子どもの工作のように下手くそで不格好な造りの紙箱の中には、極端に視力の悪い彼が愛用していた度の強すぎる眼鏡が収められている。ふざけて掛けてみたことのあるシュンは、気持ち悪くなったと顔をしかめたのだったか。それに笑っていた彼の指は、パソコンで書類を作るときとても早く動く。ああ見えてパソコン等の機械類はめっきりダメなサトリとは違って、彼はデジタル作業が得意な人間だった。
「ああ、そう、それでな、そのコハルはと言えば、最近料理をマトモにしようと試み始めたんだ。すごいだろう? いっつもインスタント料理ばかりだったというのにな。どうも、シュンが何か言ったらしいのだ。シュンは今の支部に移動してからというもの、すっかり美味い料理ばかり食べているから、生意気にも舌が肥えたらしい。料理の手伝いをすることもあるから、なんて言ってな、コハルの料理の練習に付き合ってくれることもある。とはいえまだまだだけどな、うむ。いつだか食べたパスタの味が再現されるのは、もしかしたら五十年くらい先かもしれないぞ」
真ん中の墓石の下には、少し大きめで深めの造りの紙箱。そこには彼が大枚はたいて用意したという調理器具のうちでも、色とデザインが好きだと言っていたフライパンと、彼がいつも頭の上に装備していたゴーグルが眠っている。片目しかない癖にゴーグルなんかいるのか、と聞いたら、格好いいだろ、とまるで返事になっていない言葉が自信満々に返ってきた。コハルは料理上手な彼にある程度の料理の仕方を仕込まれていたし、シュンは兄貴分としての振る舞い方を説かれては苦笑いをしていたように思う。
「我輩は、そうだなぁ……この間大ポカをやらかして、部下に雷を落とされてしまった。あの支部の局長は苦手だ。誰だかみたいに心配性だからな。それと、このシルクハットを帽子屋に見せてみたらな、いい帽子だと褒めて貰えたぞ! お前は無類の帽子コレクターだった割に、センスがないだの趣味が悪いだのと散々けちょんけちょんだったろ? でもこいつはプロの目から見てもいい品だから、大切にしろと言われた。言われずとも大切にしておるが」
一番左の墓石の地下に埋められた大きい丸型の紙箱の中に、ひとつの帽子が収まっている。彼女が最も気に入っていて、いつも被っていたニット帽だ。ハンチング帽から始まり水泳帽までを網羅する帽子好きであった彼女は、空想世界の話をするのが好きだった。カギナに夢に溢れたお伽噺を聞かせてくれた彼女は読み聞かせが得意で、毎晩面白い話を聞くことができた。たまに彼女の演技力が仇となって、悪役のセリフが怖すぎたこともある。そのときは四人揃ってガタガタ震えて、怖い怖いと泣いた。
すべては遠い思い出だった。
今となっては色んなものが根こそぎ変わってしまって、もうここに眠る彼らが知る世界ではなくなってしまった。幼い頃に大切だった色んなものを捨ててここまでやって来た。ここまで、歩いてきた。
「……引きずっている、とか、言うなよ。そう見えるだろうし、そう思うけど、でも引きずってるだけじゃない。私たちはすごくすごく変わって、まるで別人みたいになってしまったかもしれないけど……それでもな、私たちはお前たちが大好きだったんだ。いいや今でも変わらない、大好きなんだ。だから、約束は、絶対に果たす」
カギナは立ち上がった。
気張った一人称は似合わないと思って、やめた。眼帯を外し、シルクハットを取って、腕に抱える。心臓に当てたそれをぎゅっと握って、彼女は笑った。
「次にここに来られるのは、いつか分からない。全てが終わるまで私は足を運ぶ気はないし、きっとサトリもコハルもシュンも、ここへは来ない。あの医者も来ないだろうな。もしかしたら随分長い間誰も来ないかもしれない。いつか来たとしたら、そのときには、私は古坂カギナとは名乗らないし、皆もそうだろうから、驚くかもしれないけどな」
はにかむように、気恥ずかしそうに、幼いあの日のように、笑った。
「ちゃんと前を見て、ちゃんと、堂々と、名乗れるようになるから。だから、待っててね、――九条、高峰、里」
先代の〈三人衆〉がこの世を去ってから、既に五年の月日が流れた。
九条貞雪、高峰有人、里結葉。
彼等三人に育てられた現在の〈三人衆〉、そしてもう一人の〈名前消し〉魔法使い。彼等は先代の元で育てられることになった頃、己が苗字を各々の理由で嫌っていた。それを見兼ねた先代は、彼等にある提案をした。
自分で自分の名前を愛せるようになるまで。自分で前を向くことができるまで。自分で、自分を誇れると思う時まで、その苗字を仮のものとすることを。
幼い四人の子ども達はその提案を受け入れ、生来与えられた苗字ではない、仮の名を名乗ることとした。家族を失い、また新しい家族を手に入れた彼らは、かつての家族の証でもある苗字を封印することにしたのだ。璃名も、鳩木も、古坂も、滝仲も、生まれ落ちたそのときに与えられた姓ではない。
彼らのかつての名は、悲願を達成するその日まで、彼らの口から語られることはない。
だが、カギナは決意していた。必ずその名を口にすることを、必ずここに戻ってくることを、必ずその名を「自分の名だ」と笑うことを。
遠坂鍵鳴として名乗る日が来ることを、地平線に沈み行く落日の陽に誓った。
■ □ ■
『……ハイ? あの、サトリさん、ちょっと私難聴入っちゃったみたいなので、もう一度言ってくださいませんか。ウチの、ササちゃんが、何ですって?』
電話口の向こうから聞こえてきた女の声は、ありありと困惑の音を含んでいた。まぁ当たり前と言えば当たり前の反応で、本来ならもう少し丁寧に説明してやるべきなのかもしれない。だが電話を掛けた本人である少年、鳩木サトリにそのようなタイムロスを許す時間的猶予は残念ながら一秒たりとも存在しなかった。戸惑いまくりの部下へ、サトリの氷のように鋭い、事実だけを告げる言葉が投下される。
「支部64号局の〈蒼炎〉を、以後二週間に渡り魔法行使禁止及び本部拘留処分とする。よって二週間分の荷物の準備をして、先に戻らせた〈警鐘〉に持って来させろ、と、そう言ったのだが? 貴様は日本語を理解する能力をどこかへ捨ててきたのか。三度は言わんぞ」
『ま、魔法行使禁止……本部拘留処分!? 何を言ってるんですかサトリさん! ちょ、あの子が何しでかしたんですか!?』
ガシャンっと皿の割れるような音と同時に飛んできたのは、悲鳴じみた抗議の声であった。その背後からは『はァ!?』『あらまぁ』『さ、ササが……?』と三者三様の驚愕の声が聞こえる。短い声であったが、それらから判断するに〈夢測〉〈色分〉〈会話〉はその場に居合わせているらしい。
眉間に皺を寄せたままそう判断したサトリは、電話相手の騒々しさを疎むように口早に告げた。
「此度の緊急任務にあの娘を投入するわけには行かないし、自宅謹慎等と言って大人しくしているはずもなかろう。なればこちらで監視しておいたほうが都合が良い」
『き、緊急任務って……キサちゃんたちを呼び出したのはその件ですか? 私は何も聞いていないんですけれど、……その緊急任務、ランクは、』
「5だ。今回は貴様に話を通している時間が惜しかった。文句ならそのうち受け付ける」
『……サトリさん、うちの局員に何をさせようと言うんですか』
女の声が心なしか低く響いた。元より感情を隠すことにはさほど長けていない女である、必死に冷静を繕おうとはしているようだったが、それは功を奏しているとは言い難い。拭い切れない怒気と不信感をはらんだ声音にも、サトリはぴくりとも眉を動かさなかった。
「それは言えん。機密だ」
『私はあの子たちの所属している支部64号局の局長です。知る義務があります』
「俺は魔法同盟総統率者の一人、〈三人衆〉。貴様に知る義務があるかどうかは貴様が決めることではない。俺達三人、総意の意見だ」
『では言い方を変えます。私はあの子たちの家族で、……母親代わりになれればと思っています。母が子のことを心配して何がおかしいのですか』
「母親代わりだと?」
サトリの声が一段と冷え切った。電話機を握りしめる手の温度は低体温症を疑うほどに低く、つかつか急くように劣化した魔法同盟本部の廊下を歩いていた彼の足が、誰かに置き忘れられたらしい缶ゴミを捉える。彼の履く革靴の爪先が炭酸飲料の缶に触れた瞬間、それは跡形もなく消え去った。
蹴飛ばされて潰されてしまった缶ゴミの残骸を見ることができるのは、最早サトリともう一人の透明人間しかいなくなってしまっていた。だが珍しいことに、サトリの後ろを常にちょこまかついて歩く彼女の姿はそこにない。刃物同然に凶悪な目つきで缶ゴミを見遣った彼の喉から、罅割れた声が吐き出された。
「馬鹿馬鹿しい。母親の代わり? いつから64号局は家族ごっこをする場所になった。母親代わりだと言うのなら答えてみろ。此度の任務に〈蒼炎〉の両親の仇が絡んでいると言ったら、いったい貴様はあの小娘に何ができる? 死んだはずの母親のふりでもしてやるのか?」
『……!』
息を呑む気配がして、もうそれだけでサトリにとっては十分だった。乱暴に電話を叩き切って上着の裏ポケットに仕舞い込み、更に足を速める。彼が目指しているのは本部内のある部屋だった。サトリが常駐する執務室のある西棟の反対、東棟に位置する目的地までは、建物の構造上遠回りをせねばならない。
日没から幾何も経っていない時間帯であるため、あまり掃除もされていない汚れた窓から見える空は、まだ仄かに明るい輝きを放っていた。普段なら意識の片隅にくらいは置いたはずのその情報も、今の彼の目には見えていないようだった。サトリ本人に自覚はなかったが、その歪められた表情は、確かに焦燥の色を浮かべている。
外階段を四つほど駆け下りて地上二階、彼はようやく階段を下るのをやめた。通路に入る。角を二度ほど曲がる間に、ちかちかと寿命を訴えるように瞬いた蛍光灯の光が潰え、通路に夜闇が落ちる。多少の不気味さは付きまとうだろう状況だというに、その当然の感情すらどこかへ置いてきたように歩き続けるサトリは、やがて一つの部屋へ辿りついた。
重い鉄製で出来たその扉を殴りつけるような勢いで開け放ち、瞬間、彼らしくもない怒号が飛び出した。
「〈運勢〉、どういうことだ貴様ッ!!」
「おおう!? ちょっとちょっと、何だねサトリくん。既に時間帯は世間一般でいう夜だよ? ご近所迷惑を……あ、近所も何もこの辺は人が住んでいなかったね。すまないすまない、冗談を間違えた。いや、間違えたつもりはないけどスベッたからなかったことにする」
にへら、と緊張感のかけらもない様子で笑ったのは〈運勢〉――支部10号局に所属していた魔法使いであり、つい先日一般人(と言っても魔法同盟協力者であるが)への傷害未遂で連行されてきた男である。両手を魔法を封じる特殊な縄で拘束され、木椅子に縛り付けられていても、この男には微塵も危機感はないようだ。いっそ能天気と言っていい様子でこちらを振り返った表情に、サトリの目つきが更に険しいものとなる。
「ふざけている場合ではない! 貴様が余程の愚鈍なのか、あるいは謀っているのか知らんが、さてはわざと黙していたわけではあるまいな? そうだったならば貴様を今すぐこの場で塗り潰すぞ!」
「え、何を私が黙っているって? 私の好物がオムライスであることかな。それとも実は世界の名水巡りをするのが夢であること? そうじゃないならそうだな、好みのタイプはクール美人なこ」
「〈全焼〉は死んだのではなかったのか!?」
真部の軽口が止まった。電気の灯されていない暗い室内にあっても、それまで実に楽しそうに馬鹿馬鹿しいことを並べ立てていた口がぴたりと閉じられ、いつも緩んでいる目元を大きく見開いているのがはっきりと見える。明らかに動揺した様子を見せた真部に構わず、サトリはずんずん真部に近づいて、普段の彼ならば有り得ないことにその胸倉を掴んで、力任せに引き寄せた。ガタンっと椅子が音を立てる。
「貴様は〈全焼〉は二年前に死んだと言ったはずだ! だがここ五日で三十件以上、百茎全域で放火事件が発生している。犯行箇所の共通項は何もなく、発火場所は火気のないはずの玄関先、遺留品には燃え落ちた花束の残骸が必ず遺されていた! スノードロップとリンドウの花だ。貴様が死んだと言ったはずの放火犯と、完全に特徴が一致している!」
「……そんな馬鹿な」
真部の表情は凍り付いていた。普段は食えない光を浮かべて妖しく輝く瞳は、動揺を隠しきれずに不安定に揺れている。戦慄いて震えた唇が、喘ぐように言葉を紡ぐ。
「そんなはずがない……そんなはずがない……! サトリくん、それはきっと何かの間違いか模倣犯の犯行だ! だって、だって彼は既に、二十七歳のはずだ――魔法使いとして存在しえる、いいや、魔法使いが生きていられる年齢を超えている! 魔法使いは例外なく二十五歳までに消えることぐらい、君だってよく知っているだろう!?」
「ああ知っているとも、よく知っているさ貴様程になッ!! だが事実、事件は起きている。幸いにして死者こそ出ていないが、いつ死人が出てもおかしくない状況だぞ。何かの間違い? 模倣犯? ふざけるのも大概にしろ〈運勢〉……貴様の世迷言を信用した俺たちが間違っていた!」
怒鳴りつけてようやく真部の胸倉から手を放したサトリは、苛立たしげに床を蹴飛ばした。はぁっと吐き出した息の荒さが、彼の困惑の深さを思い知らせるようだ。皺の寄った両眉はぎっと吊り上っていて、リンカあたりが目撃したら反射的に隠れてしまうに違いない。
一方、真部も困惑を隠すことすら出来ずに視線を彷徨わせていた。サトリの怒鳴った内容をとてもではないが信じられず、かといってあの眼鏡の少年がわざわざ虚偽を告げてくるはずもない。なぜならこの場合、そんなことをしても何のメリットもないからだ。では真実であるか? そう問われれば、真部は到底信じることなどできなかった。
二十五歳を超えた魔法使いは存在できない。それがこれまで三百年の間、たったひとつの例外を除いて破られたことのない絶対的なルールだった。その枠から外れた存在など居ないはずなのだ。だってそのたった一つの例外は、真部の言うところの黒幕であり、〈全焼〉の魔法使いとはまるで別人であるのだから。
息を整えるためにか冷静になるためにか、深呼吸を繰り返すサトリと、絶句したまま言葉も発せられない真部。沈黙の落ちた小さな小部屋はそのまま膠着状態に陥るかと思われたが、この部屋にはもう一人の人間が存在していた。
「〈全焼〉――確か、関西方面にある支部10号局に所属している魔法使い、だったかしら。へぇ、中々大胆なことをするものね」
それまで一言も発することなく押し黙っていた、真部同様に椅子に拘束されている〈人形〉の魔法使い。神木深丘であった。
少し首を後ろへ向けた彼女の横髪がさら、と揺れる。仮に「夜色」があるとするなら、その色の絵の具をありったけぶちまけたように深い色合いのそれは、四か月前に拘束されたそのときよりも随分伸びていた。無表情に近い顔の、何を考えているのかいまいち分からない瞳は、何も変わっていない。
「一般市民を危険にさらすかも、という可能性だけでこんなに慌ててくれるのなら、私もそうすればよかったわ。あんなクーデター起こすより余程効率的ね」
「……君ね、」
呆れたように真部が口を挟もうとした。皮肉の混じったその言葉は確かに一理あるものであったが、虜囚の身である彼女が軽々しくそういうことを言えば、いきり立っているらしい〈三人衆〉の少年が何をするやら分かったものではない。
だがそれを遮ったのは、他ならぬサトリの、予想よりも冷静な否定だった。
「それが問題なのではない、〈人形〉。一般人への被害は必要最小限、できることならばゼロに抑え込まねばならないのは確かだが、俺が言っているのはそういうことではない」
「あら、そう。一般人の犠牲ごとき知らない、ということかしら? 随分と残酷なことを言うのね」
サトリは神木の明らかな挑発に乗るほど愚かな少年ではなかった。どうやら冷静さを完全に取り戻したらしく、眼鏡を直した彼の目には元の、冷徹な程に鋭い光が宿っている。真部はその仕草に既視感を覚えて、状況もわきまえず笑ってしまいそうになった。
君というのは、本当に似ている。目元も、目に宿した心の温かみもまるで違うのに、動作はまるっきりそっくりだ。君を一番気にかけていた、真部の大切だった幼馴染に。
「……〈蒼炎〉の両親は、〈全焼〉の引き起こした放火事件によって……正確に言えば、奴が『七日間』に突入した際に引き起こしてしまった最初の事件で、焼死している」
「……何だって?」
「支部64号局の〈蒼炎〉は、魔法使いによって魔法使いになった者だ。魔法使いに親を殺されて、あの娘は魔法を得た。そしてあの娘は復讐を望んでいる。……相手方が動き出す前に先手を打ちたかったが、逆に打たれた形だ。炎の魔法使い同士で殺し合いをさせて、貴重な戦力を失うわけには行かないからな。〈蒼炎〉は封じざるを得なくなった」
〈蒼炎〉ことササに先に仇の存在を教えたのは、サトリの思惑としては戦力温存と緊急事態を回避する為のものだった。もし〈全焼〉が仇であると知らせずに二人が邂逅してしまった場合、その場で超高熱の殺し合いに発展するのはもはや避けられないだろう。その場合どちらに軍配が上がるかは、正直なところ分からない。だがサトリ達にとって戦力に違いないササをここで失うのは、あまり手痛い事態だ。
だから彼は、先に事実を伝え、物理的に復讐に出られない状況を作って、応急処置的な時間稼ぎを行うことにした。彼女を拘留している間に、〈全焼〉の魔法使いを捕らえる。うまくいけば最悪の事態は免れるはずだ。あまり出来の良い策であるとは言えなかったが、時間も準備も足りていない現状ではそうするのが精いっぱいでもあった。コハルは複雑そうな面持ちを見せていたが、サトリからすれば打算だけで積み上げた即席の作戦で、成功しなければ今後の事態が悪い方向へ転がりかねないことははっきりしている。
「……純成が、彼女の、仇……そうだったのか」
「ああ、そうだ。お陰様で計画が狂った」
サトリの吐き捨てるような言葉が、質量を伴って彼自身の肩に圧し掛かる。絶対に失敗を許されない叛乱者であるにも関わらず、スタートの出だしから躓きまくり、スタートダッシュには見事に失敗している。後手に回ってしまったのが非常に痛い。どうしようもない失態であった。舌打ちを打ちたい衝動に駆られるほどには、宜しくない状態である。
再び部屋に沈黙が満ちるかと思われたそのとき、またしてもその空気を破ったのは神木であった。
「年齢なんて曖昧なものよ」
ぽつん、と、まるで独白でもするように、彼女は言う。
「あなたは同じ支部だった割に何も知らないのね、〈運勢〉。計画過程で調べたら、案外簡単に調べがついたのよ? 大口と軽口がお得意なのに、こんな簡単なひっかけに騙されるなんて。あの詐欺師の女の子が聞いたら笑っちゃうんじゃないの?」
嘲笑じみた響きを帯びた彼女の声は、それはそれは不吉に響いた。
「――よくある話よね。魔法を得るきっかけになった出来事があまりにトラウマで、記憶喪失になっちゃうことって」
■ □ ■
このとき、神木深丘も、真部景直も、当然のことながら鳩木サトリも、西棟六階の一室で起きていたある出来事など知りようもなかった。ひとつ下のフロアでコハル指導の下、緊急任務の作戦打ち合わせをしていたキサもトキヒロも、電車で支部へ向かっていたミイも、荷物を大急ぎで詰めていたリンカ達も――付け加えると、腕に魔法を無効化する縄をかけられたうえ、部屋全体に魔法無効化の術式の書き込まれた部屋へ拘留されていたササも、知ることなどできなかった。更には、彼らを引っ掻き回して攪乱している10号局の魔法使いも、黒幕も。
誰が想像できただろう。
度重なる緊急事態と混乱が引き起こした空白の時間、サトリが己の執務室を離れた隙を狙い、その執務室へ侵入を果たした人物がいたことを。
誰が、彼女の存在を思い出せただろう。
執務室を一人で飛び出した彼に呆れて、いつものように執務机に背中を預けて床へ座り、いくら眺めてもつまらないだけの書類をぺらぺら捲っていた透明少女の存在を。
――そして、誰が彼の魔法の本質を知っていたのだろう。
「……あ、れ」
術者であるサトリ以外の誰にも見えないはずの、存在を《塗り潰された》透明人間、末路なのはを。
「…………そこに、誰か……いる、の?」
視覚でも、聴覚でも触覚でも、勿論味覚でも嗅覚でもない、言うなれば彼以外の誰にも理解し得ぬ電気の魔法の世界において感知してしまった侵入者。
滝仲シュンの魔法の本質を知っていたのは、誰であったのだろう。
すごく難産でした。
何か月も更新できず申し訳ありません。そして、何か月も待っていてくれた皆さん、本当にありがとうございます。
中盤に差し挟まれているカギナのシーンを、どう書けばよいか。構想自体はずっとあったのに自分の中のものを上手に消化することができず、筆が止まってばかりでした。あのシーンを今の自分が書いてよいのか、よかったのか、今でも自信がありません。
でも、現時点の私だからこそ、このシーンを書かなければならないと思えました。この四か月で何度筆を折ろうと思ったことか数え切れませんが、それでも結局私の恋する相手は創作でして、当分やめられそうにありません。
久方ぶりの投稿になってしまいました。それでも投稿を待ってくださっていた方、応援のお言葉をくれた皆様、ここまで読んでくれた読者の皆様と、今でも時々読みに来てくれるというカエルの好きな旧友。そして少々乱暴に突き放してくれた私の一番の読者三人に御礼申し上げます。
もう筆も心も折って折れている場合じゃありません。連載開始から二年と七カ月で11,164PVも頂くことができましたのに、立ち止まってる場合ではマジでありません。よそ見はしても横道には逸れず、隣の芝生が青いなぁと笑いながらも突っ走っていこうと思います。よろしければ今後もお付き合い頂ければ幸いです。




