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嘘つきダイアリー  作者: 八谷杉幾未
可能性ビリーヴァー
24/41

0 憂悶

 大変長らくお待たせしてしまい本当に申し訳ありません! ようやく、ようやく、です! ようやく更新を再開できます。突然更新停止してしまってすみませんでした。二カ月近い間更新できていなかったというのに、毎日大体一アクセスしてくれる方がいらっしゃって、それを励みにどうにか頑張りました。不甲斐ない作者で申し訳ない限りですが、一度始めた以上は魔法使い達の物語をきちんと完結させたいと思います。待っていてくれた読者様、ありがとうございます。一定間隔を保って投稿できるよう精進して参りますので、よろしくお願いします!!


 4800アクセス突破、および1500ユニークありがとうございました!!










『おおおっはよおぉぉうございまぁす先輩! 十二月一日日曜日、朝五時をお知らせしますっ!! さぁさぁちゃっちゃと起きてゴートゥーザ・支部局しましょう!!』


 災害クラスの騒音が電話口越しに耳をつんざき、オレは思いっきり顔をしかめた。


 直前までノートに走らせていたシャーペンを取り落とすくらいには驚いてしまったことに妙な悔しさを感じながら、オレはそれを悟られないように大きくため息を吐いた。暖房を入れていない冬の室内は冷え切っていて寒々しいが、暖房を入れて温めると勉強に身が入らなくなることがほとんどなので、オレは数年前から極力暖房の使用は控えている。さすがに息が白くなりはしないが、ちくちくと空気が肌を刺して煩わしい、そんな朝である。


 ちらりと背後の壁にかけた時計を見れば、確かに時計は朝五時を指している。まったく意識していなかったが勉強開始が朝四時だったことを考えると、それなりに集中してテキストに取り組めていたらしい。まぁその集中力もこの着信のせいで雲散霧消してしまったが。


「……あのさぁ。オレのこといくつだと思ってんの、お前?」


『え? 見た目は十八歳、中身は恋する初心な少年ということで十歳くら』


「切るぞ」


『ってちょっ待ってくださいよ、ホントのこと言っただけじゃないですか!! そんなに恥ずかしがらなくたって良いんですよ? 大丈夫、ちょっと白い目で見られるだけですから。世間は先輩にきっと優しい』


「良い話っぽくまとめても中身は罵倒だよな!? オレは見た目も中身も十八歳、高校三年生、つまるところは大学受験を控えた身だって分かってんだろうな!? 用もねぇのにあんなうっせぇとこ行って時間潰す暇なんざねぇ!!」


『えー。先輩ならノー勉でもクリアしそうじゃないですか。全然余裕そうじゃないですか。つーわけで行きましょ? 行きましょ? 行きましょーーーーーー?』


 ノー勉でクリア。それができたらどれだけ良かっただろう。不意に苛立ちが湧きあがる。この後輩は、きっと勉強をしなかったことで後悔したことがないに違いない。だからそんな悠長なことを言っていられるんだ。怒鳴り散らしたくなった衝動を抑えて、オレはあえて静かな声音でそいつにとって死刑宣告に等しい爆弾を落とした。


「ざけんな、お前大学受験なめすぎ。言っとくが大学受験生は一日十時間勉強がデフォルトになるんだからな? 二年後にはお前死んでるぜ絶対。つーわけで切るからな」


『のあああああちょっと待って! 待って待って待って! 十時間デフォルトってなんですか!? 馬鹿ですか、死ぬんですか!? いえ殺害宣告!? そんなに勉強したら紀沙ちゃん死んじゃうッ』


「未来ってのは時には残酷だよな」


『いやだぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ』


 心底朝からうるさい後輩である。


 スピーカーモードにして話していたら、寝室で眠っている両親が怒鳴り込んでくるんじゃないかという声量だ。台詞からも察せられるが、多分言葉数だけでなく顔色も忙しないに違いない。あのいつも浮かべる笑みを貼り付けながら、その奥で切羽詰まって目を回すそいつの姿がまぶたに浮かんだ。というか、こんな大声を上げていてあの神経質な弟は起きてこないのだろうか。ぱっと起きてきて「姉ちゃんうるさい」とぴしゃり言い放ちそうな弟だが、もしかすると朝には弱いのかもしれない、なんて無駄な事を考える。

 

 シャーペンを再び手にして設問を睨みつけながら、オレは電話口に文句を言い募った。


「つかなんでこんな早いんだよ。朝五時だぞ? 結構寝てる奴多い時間帯だぜ?」


『前に先輩、四時に起きて六時まで勉強するって言ってたじゃないですか! 四時から一時間ずっとコールしてたのに全然出てくれないから、わ、私……あなたが浮気してるのかと……っ!』


「昼ドラチックにすんな気色悪ぃ。それならあの和服女の前で一人芝居しとけよ、きっと超辛口に大根だとか言われんぜ。つーか一時間ずっとコールとかストーカーかよ」


『だって暇だったんですもん! 桐彦起こそうとしたら『姉ちゃんうざい』って切り捨てられちゃったし、この前支部局に四時過ぎに行ったら起きてたユウキに『手前喧嘩売ってんのか朝からチャイム連打しやがって』ってめちゃくちゃ怖い顔で怒られたんですよ~!? 他にどうしろと!』


「んなくっだらねぇ理由で受験生の大事な時間を奪うな! それに四時に人ん家尋ねた上チャイム連打じゃ誰でもキレるわ!! そのへんのモラルを磨け!」


『だ・が・断るッ!!』


「マジでお前喧嘩売ってんだろ」


 満面の笑顔でポーズを決めた後輩の姿が安易に想像できて、自然殺意のこもった低い声が喉から押し出された。それにも臆した様子なく、けらけらと楽しそうな笑い声が向こうからは聞こえてくる。……だが、その声にはどこか不自然なところがあることにオレは気付いた。


 本当にごく最近、気付けるようになった些細な変化だ。後輩――――期橋紀沙は、彼女が八歳の頃から持つ〈幻〉の魔法を、日常生活において多用する。いたずらやイヤガラセでの使用も何度かあるが、主な使用方法は〈自分の表情に幻を被せる〉ことだった。


 楽しくないけど楽しそうな顔。怒っているが笑顔。まるで自分の弱みをひた隠して籠城するように、あいつは自分の素の感情をさらしてしまうことを嫌っているようなのだ。それもあいつは仮面の被り方がずば抜けて上手い。人間誰しも嘘をついたり誤魔化したりするものだが、あいつのそれは初見の人間に見破るのはかなり難しいだろう。そして、オレ自身もこれまで気付かなかったのだけれど、後輩は何かを隠すときにほんの少し声が上擦る癖があるようだった。


 何か他に言いたいことがあるらしい。察したオレはこれ以上の時間消費を抑えるべく、率直に尋ねた。


「で、本当の用事はなんだ、期橋。時間ないから手短にな」


『……バレてましたか』


「むしろなぜバレないと思った」


『先輩はデリカシーに欠けた傲慢上から目線非モテ男だからですかね?』


「茶化すな」


 オレの台詞に観念したのか、電話口からははふ、と妙なため息が聞こえた。次いで、わざとおちゃらけたような雰囲気を伴った声音で、そいつはオレにとって少々予想外な言葉を告げた。


『はいはい、わかりましたよぅー。いえ、先輩最近なにかお悩みのようですので、どうしたのかなぁと』


「……お前そんな理由で電話してきたのかよ」


 呆れて告げた言葉が癪に障ったのか、期橋はムッとしたような声音で『そんな理由とは失礼な』と呟いた。


『先輩の唯一のオトモダチとして暇だったから心配してあげたのになんですそれー。だってほら、先輩が悩むなんて珍しいじゃあないですか! 茶化し、じゃなくて心配して当然ですよ、私ってほら友達想いだから?』


「今茶化すっつったし友達じゃねぇ、オトモダチとか強調すんなドアホ」


 チッ。あからさまな舌打ちが聞こえたのは聞かなかったことにしたほうがいいのだろうかと思いながら、オレは最近の自分の行動を振り返った。いつも通り学校に行って、いつも通りに勉強して、いつも通りに期橋に絡まれて。至っていつも通り、通常通りの日々を送っていた筈だ。……何も、悩む素振りなんて見せていないはずなのだが。


 もしボロを出すとすればあの魔法同盟と呼ばれる秘密組織の支部局くらいだろうが、局長の兄貴がピンチになったあの一件以降、オレはあそこに一切顔を出していない。だからきっと違う。気に食わない眼鏡やリボン、頭のイカれた眼帯に何度か〈仕事〉を言い渡されはしたが、あいつらがオレの様子に気付くとは思えない(またの名を思いたくない)。だから多分違う。


 そもそもオレは自分が、らしくもなく悩んでいることなど誰にも言っちゃあいないのだ。それに自覚していることだが普段からあまり表情のないオレの心境を伺い知ることができる人間など数が知れている。


 となれば。分かってはいたが。かなり不満なことだが。


『顔に出てましたからねー。浮かない顔が多かったですよ? いつもの傲岸不遜な上から目線はどこへ行ったのかって思うくらいに! 覇気がないっていうんですか? 隠すつもりならもー少し上手く隠しませんと!』


 ――――この後輩は、誰よりも人の心の機微に敏い。


 やっぱりバレていたのかと嘆息した。嘘をついたり誤魔化すことが決して自分の得手ではないことくらい知っていたが、それにしたって一番タチの悪いこいつが、オレの苦手を得意としているなんてなんたる皮肉だろうか。めんどくせぇ、と呟きかけて慌てて自制する。そんなことを言えば、こいつは更に首を突っ込んでくるだろう。余計なことは言わないのが一番だ。


「……切るからな」


『あ、先輩ちょっ、』


 ぶちっ、ツーツー、ツー。


 何か言いかけた後輩を遮るようにして通話を終了させた。


 端末をサイレント・マナーモードに設定し手元も見ずに鍵の付いた抽斗に放り込んで施錠。こうすれば、期橋の迷惑電話やメールに煩わされることもない。後で着信やメール通知があまりにも多かったら怒鳴ってやろうと思いながら、オレは問題集と向き合おうとした。


 だがものの数分で集中力が彼方に吹き飛んでいたことに気付き、オレはシャーペンを放り出した。何も頭に入ってこない状況で机に向かうことほど無駄なことはない。だらだら勉強していたって、何も身になることなどないのだ。回転椅子の背もたれに身体を預ければ、ぎっと鈍い音が鳴った。


 さて、どうしたものか。オレは考える。いつもは集中できない理由を解消しに動くが、今回は期橋の電話のせいである。離れた場所にいるあいつをわざわざ怒鳴りに行くわけにもいかない。なら、原因不明の集中力不足のときに用いる方法を試してみるか。


 そう思い至ってイヤホンを引っ張り出してきたものの、どうにも気分が乗らないと気付いて眉をひそめる。じゃあ次、と布団に寝転がってみたがまるで効果はない。他にもいくつかある自分なりの気晴らしを試したが、どれもこれも意味がないと理解し、オレは肩を落とした。


 なんなんだ。なんで、できない。


 心の問いに、誰かが答えた。


 そりゃお前、××××からだろ。


「――――、」


 息が詰まったのはほんの刹那のことだった。

 

 唐突に集中力不足の理由を悟ってため息を吐き出す。そして同時に自分の意志の弱さにほとほと呆れ返る気分になった。


『……見つけてやる』


 三年前に、あらゆる交友関係を絶ってまで決めたはずだ。


『絶対に見つけてやる』


 今よりももっと暗く、物が散乱していて落ち着きのない、勉強道具なぞ意味がないと言うように投げ出されていたこの部屋で。


『なのはがいなくなった原因を、あいつの居場所を突き止めて、もっかい、もう一度』


 夕暮れに霞んで色のぼやけた都会の路地裏で、まるでお使いにでも行くようにのんびり笑ったそいつの姿に手を伸ばしながら、オレは誓った筈なのだ。


『あいつに会うためなら』


 オレは誰に何を言われて誰をどうすることも厭わないと、そう誓っていた筈なのに。


 それなのにどうして、魔法使いたちに罪悪感なんてものを覚えているのか。


 知らぬ間に揺らいでいた決意を振り返って、また固く思い直す。それでもまだ集中力は戻ってこなくて、「受験前なのになぁ」と苦い気持ちになった。


 なぜ気持ちが揺らいでいたのかは、考えようともしなかった。




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