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嘘つきダイアリー  作者: 八谷杉幾未
悪辣虚構テラー
2/41

1‐1 〈魔法使い〉……?

「遅い」

 

 ベージュを基調としたチュニックにレギンス、スニーカー。普段とそう変わらない服装で、待ち合わせ時刻に一分一秒もずれることなくやってきた私に対し、仏頂面の少年はぴしゃりと言い放った。

 思わず駆け寄ろうとした足が止まり掛けるが、私は笑顔を取り繕う。


「あー、ごめんなさい先輩、時計見れば分かると思いますけど、私一分も、一秒も、遅れていませんけど……時計見間違えたりされていませんかぁ?」


 あざとい雰囲気をそれとなく醸し出しつつ、ちょっと小首を傾げて少年を見上げる。しかし少年は左手首の腕時計を確認することもせずに、またしても機嫌悪そうに目を細めた。


「されてねーな。お前こそ時計を見直せ」


「と、仰いますと?」


「オレはお前を、午後の、二時に、呼んだはずだ。現在時刻は」


 あれ、と私はわざとらしい声を上げながら時計を確認しなおすフリをした。いや、本当はそんなこと分かっているんだが、自分が二時間も遅刻して待ち合わせ場所に来てしまったことはよくよく理解していたが、現在時刻がどう時計を見直したところで四時を指していることは知っていたが。


 だが私は敢えて修羅の道を選ぶ。


「二時ですね、午後の!」


 満面の笑顔でそう言った私の頭部を、直後に重い衝撃が走った。いったぁ、と呟いてその場に蹲る。目に涙を浮かべて少年を睨み上げると、「うぜぇからやめろ」と身も蓋も無く切り捨てられた。


「……むぅ。すみませんって。ちょっと色々やることがあったんですよー。先生がお弁当忘れたとうるさく喚くので届けに行ったりとか、学校の友達のノート借りたりとか、ジュースぶちまけちゃった弟がぶつくさ言いながら掃除しようとしてすっ転んだのを見て爆笑したりとかですね、私とても多忙なスケジュールでありまして」


「ほう、オレはお前が爆笑している間、二時間近くも懸命にお前を呪っていたんだが。今日の帰り道は気をつけろよ……?」


 言って、彼はにたぁと笑った。陰鬱な印象のその笑みに少し背筋が寒くなる。この人は冗談を滅多に言わない性質だ、きっと本気で呪っていたに違いない。どこで呪いの文言を、とか、それ恥ずかしくないの、とかそんなのは、この人に対しては愚問だ。


 私、期橋紀沙(きはしきさ)の二学年上、百茎西(ひゃくくきにし)高等学校第三学年に在籍するこの少年の名は、諸星啓太(もろぼしけいた)という。


 座右の銘は有言実行。平日は勿論土日祝日も、いつでも基本学ラン姿の啓太先輩は、成績優秀の四字熟語で広く知られる人物だ。毎度考査ではトップの座に居座り続けていて、二位の生徒を大きく引き離していつも余裕勝ちという私からすれば羨ましすぎる成績の先輩だが、その他の評判はすこぶる悪い。


 ぼさぼさの髪に鋭い目つき、人を小馬鹿にしたような上から目線がその主な原因だった。黙っていれば顔は良い方なのに、この人は初対面の人間でも平気で「へぇ、馬鹿そうな顔してんな」と言えてしまうような無神経なので、当然友人は限りなく零に近い、学年どころか学校内での弾き者。


 そんなぼっちな先輩の数少ない友人が、この私なのである。

 本人は「絶対に嫌だ、こんな奴友人とか無い。そもそも知り合いだと定義したくない」なんて恥ずかしがって言い張るのだが、去年の梅雨にちょっと衝撃的な出会いを果たしてからというもの一年と少しの付き合いだ。まぁ友人と呼んで間違いあるまい。


「……ご、ごめんなさーい、ハンセイシテマス」


「言葉に対してまったく反省の色が見られないが、いつものことだから無視する」


「うぐ、ひどいです……」


「わざとらしい。殴るぞ」


 もうさっき殴った癖に、と言い掛けたが、この先輩が割と短気だったことを思い出して台詞を引っ込める。代わりに誤魔化すようにして、夕暮れの街を見渡した。


 先輩に午後二時に来るよう指定されたのは、この地域で唯一の駅である、モノレール平庄一(ひらしょういち)駅のすぐ近くにある市民会館の裏側に併設された図書館だった。二時間遅れで到着したため、既に図書館は閉館時間間際で人影もまばら。母親に手をひかれて帰っていく五、六歳の子どもを視界に入れそうになって、私は反射的に視線を外した。


 逸らした視線の先では、懸垂式のモノレールがちょうど駅に入っていくのが見えた。平庄一を始発とする百茎(ひゃくくき)都市モノレールは、懸垂式モノレールとして世界最長距離を誇るらしく、世界記録に認定されているのだ――――と教えてくれたのが目の前の啓太先輩であったのを思い出して、少し腹立たしくなる。無駄に物知りなのだから、こいつは。


 一瞬の苛立ちを隠すように、私はちらりと図書館の中を覗き込みながら尋ねた。


「で、先輩。何かつかめたんでしょ? どうしたんですか? 急ぎで?」


「ん……ああ、つかめたにはつかめたんだが……」


 おや、どうしたのだろう。この人にしては歯切れが悪い台詞に、少し驚いた。何でも思ったことをズバリと言うのが、この諸星啓太という少年に対する強い印象である。一年間、彼が何かに言い淀んだのは記憶の限り数回しかなかった気がする。

 

 図書館がほぼ無人状態になったのを確認してから、私は先輩に目を戻した。彼は何やら言葉を選んでいるようで、頭をぐしゃぐしゃと掻いている。随分レアな場面だった。

 図書館出入り口のガラスに映る自分を見て、少し風で乱れたショートボブの髪を直しながら、私は痺れを切らしもう一度尋ねた。


「で、どうしたんですか。らしくないですね。もしかして情報をつかめたはいいけれど命を狙われる身になったんですか? もしくは社会的に抹殺されることが確定したんですか?」


「なんでお前はオレを殺したがるんだよ! 誰がそんなドジするか。違ぇよ、あまりに突拍子もねぇ話だから、どう言ったもんか困っただけだ」


「突拍子もない話……? 先輩の存在以上に突拍子もないものって存在していたんですか……?」


「本気で驚いたみたいな顔作んなよ、真面目な話をしづらくなるだろ」


 はぁ、と溜息をつく先輩。

 だがこんな軽口にも慣れたもので、傍から見れば無意味な会話ではあったけれど、お互いの挨拶みたいなものだった。私がからかって、先輩が律儀に反応して。そのやり取りでお互いの様子を探っているという面もある。私たち二人にとって、「体調はどうですか」という言葉はこの軽口の叩き合いなのだ。

 だから、私は分かった。この人に限って本当に珍しい。


「先輩、気を使わなくて結構です。私に関連する話なんでしょう?」


「……お前の意見は聞かなきゃならん話だ。そもそもオレからすりゃお前も似たようなもんなんだよな……ただこれは、お前も驚く話かもしんねぇけど」


 ほっ、と先輩が息をついた。少し張り詰めていた気分が緩んだらしい。

 それでも数秒迷ったように視線を泳がせたが、直後にしっかりと私の目を見て先輩は言った。


「妙な噂を聞いた。〈魔法使い〉の噂」


「……へぇ。それは確かに、私に持ってきて正解の噂、ですねぇ」


 興味を惹かれて、自然に笑みがこぼれた。気付かれないよう、こっそり気を引き締める。

 ふざけ半分に聞いてよい話ではないと判断したが、私の口元は綻んだままだ。どんな真面目な話でも、余裕綽々の態度でいることを心がけていた。それが、人の怒りを買うこともあれば人の気を休めることもあると知っていたからだ。


 先輩はちょっと探るように私の目を見詰めたが、すぐに話し始めた。


「この前、近くの商店街で窃盗騒ぎがあったらしい。オレもこの噂を聞くまで知らなかったんだけどな、文房具屋のジジイの店だったんだそうだ。犯行時刻は夜中、当然周囲に人はいなくて防犯カメラと街灯だけの時間帯だな」


「泥棒。へぇ、泥棒ですか……相当お金に困っていたんでしょうねぇ、あんな寂れた商店街に盗みに入るなんて。人情と商品の安さと爺さんだけが名物の文房具屋に……」


「おい、お前それ他の誰かの前で言うなよ、あっという間に広まってそれを聞いた爺さんに殺されるぞ。――――まぁともかく、盗みが入った。だが、特段騒ぎにもなっていないし、ジジイは普通に店を開いているわけだ」


「……そうですね」


 私の通学路はその文房具屋の前を通るものだが、昨日も一昨日も、ごく普通に開店していたはずだ。前を通る学生に「どうかね、見て行かんか!」といちいち声を掛けるしゃがれた声は、確かに私も耳にしている。


 文房具爺さんの評判を思い出した。白髭をたっぷり蓄えた貫禄ある姿で、気難しく、一度捕まると面倒臭い。少しでも失礼なことをすれば高下駄を踏み鳴らしながら食ってかかってきて大騒ぎする。口うるささが災いしてか親しい人もいなかったはず。


 さて、そんな爺さんが、果たして自分の店に盗みに入られて黙っていられるものだろうか…。


「……有り得ませんね、あの爺さんが黙っているはずがないです。自力で犯人炙りだして足蹴にして、その辺に転がしてたっておかしくない……というか、そうなっていないのが妙ですよー」


「お前の中のジジイもオレと共通で怪物なんだな……まぁうん、そうなんだ、妙だろう。だから調べてみたんだが、驚いたことに犯人は捕まっていた」


 さらっと、先輩はなんでもないことのように言った。面食らった、と主張するように目を丸くする私。


「捕まっていた? ……や、やっぱり怪異ブンボウジイに捕まって半殺しの目に遭ったんでしょうか……!」


「想像力が逞しいのは結構だが妄想は大概にしろ。しかもジジイがグレードアップしてんじゃねーか。あいつ何者なんだよ……違う違う、そんなんじゃないんだ。それじゃ、オレがお前に意見を聞く必要が無いだろ」


「じゃあ……真面目に考えて、犯人がわかり易く証拠を置いていってすぐ解決した、とか?」


「それも違う。正解は、≪犯人が現場から動いていなかった≫から、ジジイが店を開こうとした時点で犯行が発覚。犯人は一切の抵抗も出来ずに警察に連行されたんだとさ」


「……はぁ?」


 何言ってるんだこの人。

 犯人が現場から動いていなかった? 窃盗犯が? いやいやいや、何だそれは。捕まりに来た訳じゃあるまいに。


 まさかこの私に法螺話を吹き込んでいるんじゃないか、と先輩を睨み上げてみたが、嘘を言っている感じはしない。疑われるのは心外だと言わんばかりに、真っ直ぐ私を見返していた。


 黙ってしまった私に、先輩は淡々と続けた。


「犯人は、店のカウンターに気を失って倒れていた。レジの中身も商品も、多少荒らされた程度で損害は無し。朝四時に店に来たジジイが、倒れた犯人を見つけて警察に通報して、逮捕された。……だが、奇妙なことに犯人は、犯行当時のことを覚えていないと供述している」


「覚えていない……」


「窃盗目的で、店に侵入したところまでは覚えているそうだ。その後、何があって自分が気を失ったのか覚えていない……なんて言うが、勿論そんな台詞に信憑性なんてあったものではないからな。警察はジジイんとこの店の防犯カメラを調べてみた。するとそこには、有り得ないものが映っていたんだってよ。それが、〈魔法使い〉の噂の所以だ」


「……有り得ないもの、ですか」


 少し背筋に寒気が走った。それが果たして何故起こったのか、私自身よくわからない。


 気が付けば茶化すのも忘れ、じっと啓太先輩の目を見つめていた。先輩はここに来てまた言葉に迷ったようだったが私の視線に盛大な溜息をつき、そして。


「魔法陣――――それが、映っていたらしい」


「…………」


「防犯カメラには、まず店に侵入した男が映っていた。だが直後、二人組の男女が続いて侵入していたんだ。二人とも、オレたちよりいくつか年下。夜中に店に入り込むにはあまりに不向きそうな、中学生くらいのガキ二人だ。だがそのガキがどこに行ったのか分からない……」


「…………」


「ガキのうちの男のほうが、防犯カメラを見て、ひらりと手を振った後、


 ぷっつりと防犯カメラの電源が切れている。


 あのジジイの店に置かれた防犯カメラは計三台あったが、カメラと接続するコードを同時に断つのは難しい。それぞれがそれぞれのカメラを映していて、何処かのコードをナイフなんかで切ったら即バレするはずだからだ。なのに、示し合わせたように、カメラは電源を絶たれている。同時にだ」


 そして電源が落ちる直前、と先輩は付け加える。


「青い光の後で、幾何学的な模様の六角形がカメラの画面いっぱいに広がったところまで、ログは辛うじて残っていた――――」


「青い光の六角形ですか……『私とはちょっと違うなぁ』」


 先輩の言葉は終わっていなかったが、被せるように私は言った。優しげに見えるであろう笑みを顔面に無理矢理張り付ければ、目の奥が、どくん、と脈打った。


 次いで、一瞬だけ、視界にオレンジ色の二重丸が明滅していった。目の前の啓太先輩は気付いた様子もなく、それに私は内心満足したように口角を上げる。


 青ざめそうになる顔を通常通りだと騙し、握り締めそうになる拳を大丈夫だと誤魔化す。


 初めて聞いた『自分と似た事例』に、心はどう動いたのか、私自身よくわからなかった。もしくは理解する前に、私が心を殺してしっていたのかもしれない。もうそんなことも解らなかったが、私はあくまで穏やかな笑顔で、先輩に告げた。


「申し訳ないんですけど、お役に立てそうもないですねぇー……似てはいますけど、完全一致じゃありませんし。もしかすると〈同類〉かもしれませんけど、断定は出来ません」


「……だよなぁ、うん」


「あ、でも一応、色々考えてはみますよ。もしビンゴなら私に無関係じゃないですから。それに、先輩が愛しの思い人の消息が心配で心配で夜も眠れないんじゃ可哀想ですしねぇ…早いとこ見つけたいところじゃないですか。微力ながら、お手伝いします!」


「は!? い、い、愛し……っ!? ないないないない、そもそもあいつはただの従姉妹だしな!!」


 わかり易く目を剥いて必死に反論し始めた先輩に、クスクスとわざとらしく笑って見せれば、先輩は顔を真っ赤にしてまた墓穴を掘るように捲し立てていて、いよいよ笑い声が堪えられなくなった。オーバーなくらいに腹を抱えて爆笑してやる。


「ふっ、あっははははは!! 先輩顔真っ赤ですよー、茹でダコですよーっ! もう、照れなくて良いのに〜。いっそどうです、ここでその御方に届けとばかりに告白してみるというのは!」


「な、な、んだとてめぇ! 今日という今日は許さねぇぞ、調子のんなよくそっ!」


 言い返しながらも、先輩の表情が僅かに曇っているのを、私は見逃せなかった。


 ――――私達二人は、とある現象について調べていた。それに近しそうな噂や都市伝説を拾ってきては持ち寄り、話し合っては思考する。そんなことを一年に亘って、協力して繰り返してきた。それは私達二人の最終目標は違えど、暫定的な目標が同じだからだ。


 それというのは、魔法陣、と俗に言うような、不思議な図形を伴う現象。与太話でも幻でも見間違えでもない、私達二人がはっきり目撃している事実。


 先輩は、目の前でその魔法陣に飲まれ、姿を消したという従姉妹を捜している。


 私は、自らが八年前に手に入れた魔法陣の力を使い続けるとどうなるのか、それを知りたくて。


 それぞれの最終目標を果たすためには、まずその魔法陣の仕組みや正体を知らなければならない、と私達二人は結論づけて、一年前から情報交換をし合っているのである。


 今回の情報は、今まで蒐集したどの話よりも現実味が無かったが、少なくとも私からすれば信憑性はあった。突拍子もないと先輩が戸惑うのも分からなくもない、というか、ノーマルである先輩は分からなくて当然だ。それと同系統だと断言できる〈特技〉を持つ私だからこそ、言える。


 先輩にああは言ったけれど、この〈魔法使い〉の噂は、確実に私と同類の人物による仕業だと確信していた。


 そこに明確な根拠は無かった。

 だが、八年前、私の瞳に押されたオレンジの烙印が、あれは同胞だとおぞましく笑っている気がした。誰かの嘲笑を押し潰したくなって、ぎゅっと目を瞑る。


 啓太先輩はそんな私の様子に気付かない。

 先輩の目には、きっとまだ先輩をからかうように笑っている私が映っているのだろうから。


「……先輩」


 私は試しに話しかけてみた。

 自分で力を使っているのだから、聞こえている筈がないのは分かっている。今先輩の耳には、けらけらとした私の笑い声しか聞こえていないのくらい、分かっている。


 けれど私は、言わずにはいられなかった。


「私の力は〈幻を見せること〉。ある物を無いものに、無いものをある物に見せ掛ける力――――先輩は知っているはずなのに」


 疑わないのは、信頼してくれているってことでしょうか? 私が嘘をついている可能性に気付かない先輩じゃないでしょう?


「……その信頼は、重いなぁ」


「なんだ、なんか言ったか!?」


「いえ、別に。先輩はいじり甲斐があるって言っただけですよ〜」


「んだと!?」


 敢えて聞こえるように言った言葉も、夕方の喧騒にかき消されて聞こえなかったようだった。


 自分が今、その事実に助かったと安堵したのか、それとも落ち込んだのかは分からない。瞳の痛みを無視して、私はいつもの笑顔を浮かべた。






「……あら、まぁ」


 紀沙と啓太が話し込んでいる、図書館入口。


 無人だとばかり思われていた図書館の子ども絵本コーナーで、一人の女が小さく呟いた。


 ライトグリーンのカーディガンに質素なロングスカート姿の、二十歳前後の女である。彼女は可愛らしいストラップの吊り下げられた、淡い色のスマートフォンを片手に、じっと一点へ視線を注いでいた。


 子ども絵本コーナーは入口に面した造りになっていて、女のいるコーナー隅のテーブルからは、入口に立つ二人がよく見えた。女の視線の先には、にこにことからかうような笑顔を浮かべる少女、紀沙がいる。


 女は彼女の目をしばらく見つめた後、実に嬉しそうな微笑みを浮かべると、スマートフォンのアドレス帳からとある人物を呼び出した。


 コールボタンを押そうとして、ここって図書館内だよねと手が止まりかけたが、急を要する話だと割り切ることにした。


 そっと片耳にそれを当てる。


『はいはーい、もしもしっ、こちらシュン、滝仲瞬(たきなかシュン)ですぜーい。どしたの、支部局長・燐花(リンカ)?』


「やっほー、シュンくん。ちょっと頼みがあるんだけど……百茎西高校の、全学年生徒の名簿と写真、用意できるかな?」


『……? そりゃ楽勝だけど。ボクのこと馬鹿にしてない? ボクを誰だと思ってるの?』


 自信満々なその応答に、女は一人で満足げにうんうんと頷いた。電話越しに少年が浮かべているであろう自慢げな顔を頼もしく思いながら、女は応える。


「うちの優秀な〈従雷(ライトニング)〉。この前の文房具屋さんのはミスったみたいだけど。カメラのこと考えてなかったでしょー?」


『え? ……あー、切る直前のログ、消し忘れちゃった。ごめんごめん、でも人には間違いって付き物だよねっ!』


「あはは、ポジティブでよろしいけど反省はしなさいよね! それじゃシュンくん。帰ったら会議開くから、その連絡もよろしく――――勿論全員集合よ? 佐々(ササ)ちゃんもちゃんと呼んでよね? すごいの見つけちゃったんだから! この一週間以内でうちに引き入れるわよ!」


『え? 新人見つけたの? それまた、伊織(イオリ)が面倒くさいじゃん! ……しゃーないかぁこればっかりは。うん分かった、ボクから連絡しとくよ〜』


 間延びした返事を最後に通話は切られた。少女はスマートフォンを肩にかけたバッグに仕舞いつつ、再び女に目を向ける。


 そして、彼女は期待に満ちた顔で微笑んだ。


「さぁて、君はどんな〈魔法使い〉なのかな……?」

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