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東方電影録  作者: 天零夢
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第弐章 香霖堂

「で、僕のところに来たわけか。」


 魔法の森のはずれで営業する雑貨店「香霖堂」こうりんどうを営む店主、森近霖之助もりちかりんのすけはため息交じりにそうつぶやいた。その眼鏡の奥の目に憔悴しょうすいの色が浮かぶ。


 人里から離れたこの雑貨店は、たとえお世辞にも接客に向いているとは言えない。そんな場所でどうして商売などしているのか、本人いわく「人とかかわるのが面倒」だからだそうだ。これでは場所云々の前に店主の性格が営業に向いていないというしかないが、彼は珍しいものを集めるために店を開いているのであって、集めた商品を売る気はあまりないらしかった。


 変わり者の店主はやれやれと言わんばかりに愚痴をこぼす。


「まったく君たちはなんだい。久しぶりに顔を出したからたまったツケでも返しに来たと思ったら、ツケを返すどころか物も買わずに頼むのは道具の鑑定だけなんて・・・」


「まあまあ、そう固いこと言うなよ香霖こうりん。それだけお前の能力をあてにしてるってことなんだからさ。お前の能力の、ええと・・・」


「『道具の名前と用途が判る程度の能力』だよ。まったく、能力の名前も憶えてないのに『頼りにしてる』なんて言われてもなぁ」


 苦笑交じりに霖之助はそうこぼし、自らを愛称である香林と呼ぶ魔理沙から箱を受け取る。魔理沙についてきた霊夢は箱の正体にあまり興味がないらしく、店の横棚に鎮座した商品を眺めながらお茶をすすっていた。


 渡された箱を手の中で眺めまわし、何かを調べ始める霖之助。よほど集中しているのか、魔理沙の鑑定を急がせる期待と不安が混じった声も聞こえないらしく、そこから彼の持つ箱の仕組みの精密さがうかがえる。しばらくすると箱の正体がわかったらしく、彼は満足げに頷いた。


「何か分かったのか、香林?」


 霖之助は得意げな笑みを浮かべた。


「もちろんだとも、僕を誰だと思っているんだい?いいかい、これは携帯電話といって遠く離れた人物とでも話ができるようになる道具らしい。」


「遠く離れていても話ができる?」


 未知の道具との出会いに魔理沙が瞳を輝かせる。霖之助と同じく収集家の彼女は珍しい道具に目がない。箱の解析が終わったのを聞き取った霊夢が、湯呑みを片手に二人に近づいてきた。


「前に私や魔理沙が地底に行ったときに使ったやつみたいなもののこと?でも、あの時使ったものよりかなり小さいみたいだけど・・・」


「おそらく基本的にはそれを縮小したものと同じだろう。でもこれには会話だけでなく、瞬時に文章をやり取りできる力もあるらしい。ここからは僕の推論だけど、おそらくこの箱は主人の命令で相手に伝言や手紙を届ける力に特化した外の世界の式神なんだろう。向こうにはずいぶんと小さい式神が流行っているらしいね。」


 その説明を聞いた魔理沙は、小さな箱がそこら中を飛び回って手紙をやり取りする外の世界の様子を一瞬想像し、気味が悪くなった。そこで彼女はおそらく生まれて初めて自分が幻想郷に生まれてこれたことに心から感謝した。


「そいつはもう動かないのか?」


 いやなイメージに侵されながらも、新たな遊び道具出現の予感に胸を膨らませながら訪ねる魔理沙。しかし、そんな魔理沙に対して雑貨屋の店主は残念そうに首を振った。


「いや、それは無理だろう。あちこちに損傷があるようだし、たとえ動けたとしても僕はその動かし方を知らない。」


 期待を裏切られた魔理沙は「そうか・・・」と言ってしょんぼりとうなだれる。しかし、そこで何かに気付いたのか霖之助の眉がピクリと上がる。


「ああ、そうだ。彼女ならもしかしたらこの式神の使い方を知っているかもしれないな。」


「「彼女?」」


 霖之助の言う彼女・・に心当たりがなく、不思議そうな顔で尋ねる二人に霖之助はああ、と答える。


「なに、君たちもよく知っている人だよ。ほら、最近山の上に外から引っ越してきた・・・」



コンコン



彼がそこまで言いかけた時、静かだった店内にノックの音が響いた。


「霖之助さん、いらっしゃいますか?」

 

 そう言って店の戸をあけ、ひょこりと顔をのぞかせたのは霊夢たちと対して年の変わらなそうな緑髪の少女だった。店内の新たな来客に、一同は全員入口に目を向ける。


「やあ東風谷さん、ちょうどよかった。今ちょうど君の話をしていたところだよ。」


「へ?私のですか?」

 

 東風谷さんと呼ばれたその少女は、自分の名前が会話に上がっていたことを聞いて意外そうな表情を浮かべた。頭の動きに連動して髪についている髪飾りが揺れる。

 

 彼女の名は東風谷早苗こちやさなえ。幻想郷の東に位置する妖怪の山の頂にある神社に努める霊夢と同じ巫女さんである。彼女もまた巫女服をまとっているのだが、霊夢と決定的に違うのはその色が紅白ではなく群青と白であるということだった。白と群青、そして彼女の緑の髪の三色からは霊夢の紅白の持つ溌剌はつらつな明るさとはまた違った爽やかな明るさが感じられ、同時に彼女の持つ静かな美しさも象徴しているかのようだった。


「あら、誰かと思ったら早苗じゃない、何してるのよこんな薄汚い店で。」


「薄汚いとはなんだい」

 

 霖之助が突っ込むがもちろん誰も聞いてはいない。店内に霊夢と魔理沙がいるのを見た早苗がほほ笑む。


「あら霊夢さんと魔理沙さん、お久しぶりです。実は最近よくこの店に来させていただいていて・・・」


「何の用事でだ?」

 

 魔理沙の早苗への問い。それに答えたのは何故か霖之助だった。


「彼女は最近できたお得意さんでね。彼女はもともと外の世界の人間だろう?僕の能力では道具の用途と名前は分かっても使用法は分からない。その点彼女なら外の知識が豊富だから細かい使い方まで知っていることが多いだろ?だからこの頃よくうちに来てもらって、使い方がわからない道具の説明をしてもらっているというわけさ。」

 

 霊夢と魔理沙がふうんと頷く。

 

 なるほど、用途は分かるが使い方がわからないという霖之助の便利そうで不便な能力に、最近外の世界から来た早苗の知識がついたなら一流の鑑定士になる。棚に並ぶ商品が増えた気がしたのは気のせいじゃなかったわけだとひとりで魔理沙は納得する。


「そんな、私はただあちらの世界のものが懐かしくてつい来てしまうだけで・・・」


「それでも助かってるよ。どっかのツケまみれの誰かさんたちと違って君はよく商品も買っていってく れるからね。」

 

 満面の営業スマイルとともに放たれた霖之助の言葉を聞いて、店内にいる2人の誰かさんがそっぽを向く。自覚があるのなら払えと霖之助は思うが相手は一応お客様、我慢するしかないと言葉を飲み込む。


「それで霖之助さん、ちょうどよかったって何のことですか?」


「ああ、そうだったね。」


 早苗の言葉に意識を引き戻された霖之助が、手に持っていた箱を早苗の前にコトリと置く。


「君ならこれが何か知っていると思ってね。」


 カウンターに乗せられた箱を見て、早苗が驚愕と感嘆の声を漏らした。


「ケータイじゃないですか!しかも最新型!!すいません霖之助さん、これをどこで!?」


 早苗が驚きの言葉とともにカウンターに手をついて霖之助に詰め寄り、その衝撃で横にうずたかく積まれた道具が何個か床に落ちる。


「ちょ、落ち着いてくれ東風谷さん。」


 あわててなだめる霖之助の言葉に、早苗は自分が思わず早口になっていたことに気付き、その顔に狼狽の色が浮かぶ。早苗は小さく咳払いをすると、今度は落ち着いて話し始めた。


「すみません、携帯です。携帯電話。遠く離れた人とでも話ができるようになるという道具で・・・」


「それはもうわかってるわよ。あなたに頼みたいのはその道具が使えるかってこと。」


 霊夢に説明を遮られた早苗は一瞬顔をしかめる。もう少し言い方があるだろうに、と霖之助が苦い顔をする横で、魔理沙が無邪気に手を挙げた。


「ちなみに拾ったのは私だぜ。魔法の森に落ちてたんだ。でも探しに行っても多分もう見つかんないな、私だって今日初めて見たんだ。」


 その言葉に早苗がうなだれる。どうやらまだどこかにあるなら探しに行くつもりだったらしい。


「君はこの道具の使い方を知っているのかい?」


「ええ、だいたいは。でもこの状態では動かすのは多分無理だと思います。バッテリー、ああ、携帯の エネルギー源のことですが、それもとれちゃってますし・・・」


 今度は魔理沙と霖之助がうなだれる番だった。おそらく、二人とも携帯に遊び道具や商品としての価値を期待していたのだろう。そんな二人をよそに今度は霊夢が尋ねる。


「さっきの、その・・・最新型っていうのは?」


「えっと、外の世界にはこの携帯電話の売買を専門に取り扱うグループがいくつかあって、それらがいろんな機能を付け足した新しい種類の携帯が定期的に店に並びづつけるんです。えっと、この機種だと・・・」


 そこまで聞いて、今度はそれまでうなだれていた霖之助が急にカウンターに手を叩きつけて椅子から立ち上がる。早苗の時とは比較にならない量の商品がカウンターから雪崩のように崩れ落ち、埃が舞い上がるが、彼は見向きもしない。


「ちょっと待ってくれ。店頭?定期的?外の世界ではこんな高度な数式で組まれた式神が大量生産されて、しかも自由に売買されているというのかい!?」


 普段は冷静な性格の霖之助が取り乱す姿が意外だったのか、早苗は目線をさまよわせながらも答える。


「えっと・・・式神っていうのとは少し違うんですけど、そういうことになります。」


 その言葉を聞いた瞬間、霖之助の顔がたった今死刑宣告をされたかのようにゆがむ。そのまま霖之助の体はゆっくりと後方に傾斜していき、椅子に倒れこむように座り込んだ。外の世界との圧倒的なまでの商品の質の差を見せつけられ、彼の商人としての誇りが粉々に砕かれた瞬間だった。ブツブツと何かつぶやく店主の横で、霊夢と魔理沙は何事もなかったかのように話を進める。


「でも幻想郷ここには外の世界で使われなくなったものや、忘れ去られたものだけが来れるんだろ?じゃあ 外の世界で売られてるとかいう携帯があるのは変じゃないか?」


 霖之助を心配そうな眼差しで見つめながら早苗が首を振る。どうやら彼女にも詳しい理由はわからないらしい。


「そうなんですよね。『この世界に携帯があるはずない』って、私もそう思っていたから驚いたんです。その携帯が幻想郷に来たってことは・・・」


「十中八九、外の世界ではこれに代わる新しい道具が出回っているってことでしょうね。」


 霊夢が出した答えに、魔理沙と早苗がそろって目を輝かせる。


「うわぁ、だとしたらどんなのなんだろう。見てみたいなぁ・・・・」


 早苗の口から漏れ出た言葉を聞いて、魔理沙が何か思い出したように口を開いた。


「そうだ、外の世界のことならあいつに頼もうぜ。あのスキマ妖怪にさ。」


 魔理沙の言う「あいつ」とは、幻想郷でもっとも有名な妖怪と言って差し支えない「境界を操る程度の能力」を有する大妖怪、八雲紫やくもゆかりのことだった。彼女はその能力で外の世界との境界を操り、この幻想郷を創造した人物でもある。

 

 ちなみに、その能力で外の世界から分断されたこの世界『幻想郷』を覆う結界である『博例大結界』はくれいだいけっかい。その結界を守護し、管理するのが霊夢が受け継いだ博麗の巫女の代々の役目でもあった。なので、この幻想郷は霊夢の力によって守られていると言っても過言ではないのだが、当の本人は自覚があるのかないのか好き勝手に暮らしている。


 そんな世界の守護者である霊夢は、魔理沙の言葉に諦めの混じったため息を吐き出す。


「ああ、あいつなら駄目よ。つい数日前に『今年は寒くなるのが早いから早めに寝ますわ』とかなんとか言って雑務を全部式神に任せて冬眠しちゃったんだから。まったく、人にばっか結界の管理を押しつけて・・・」


 霊夢の言葉に、そうですか・・・と早苗ががっくりと肩を落とす。


「でも、何とか幻想郷でも使えるようにならないでしょうか?使えたらすごく便利なんですが・・・」


「河童に頼んでみたらどうだ?にとりの奴がこの間『この頃は通信機器の開発に力を入れてるんだ。』って言ってたぞ。」


 魔理沙は地底に潜ったときに、河童のにとりから借りた機械が通信機とかいう名前だったことを思い出していた。もっとも、その機械はカウンターの上に乗るこの小さな箱とは似ても似つかないほど巨大なものだったが。


「でも、可能でしょうか・・・」


 不安そうな表情を浮かべる早苗をよそに、自信満々な魔理沙はドンと胸を叩き、悪戯めいた笑みを浮かべた。


「可能かどうかなんて試してみてから決めることだぜ。それに最近退屈だったんだ、こんな面白そうなネタを逃す手はないぜ。」


 魔理沙はそう言って店のわきに立てかけてあった店内掃除用の箒を引っ掴むと、霊夢と早苗が制止する間もないまま扉を開けて勢いよく外に飛び出し、そのまま箒にまたがって空へと舞いあがった。


「さりげなく箒盗んでったわねあいつ・・・・」


「どうしましょう・・霊夢さん。」


 困惑する早苗に対して霊夢はやれやれというように首を振った。


「どうするもこうするも、ああなった魔理沙はだれにも止められないわ。しょうがない、後を追うわよ。」


 そう言って霊夢は駆け出し、開け放たれた扉から大空へ飛び上がって行った。


「えっ、あ、はい!」


 ワンテンポ遅れた早苗が二人の後を追って駆け出し、飛び上がる。かと思いきや、扉を出たところでふと立ち止まって店内のほうを振り向く。


「あの、お邪魔しました~」


 小声でそう言って静かに扉を閉め、早苗はすでに空に浮かぶ小さな点となりつつある二人の後を追う。


 店内に残されたのは埃っぽい空気と、カウンターに突っ伏してうつろな目で何事かを呟き続ける店主だけだった。


はたての携帯は?と思うかたもいらっしゃるかと思いますがこの話の中でははたての携帯は写真が撮れるだけで通話はできない設定としています。完全な自己設定ですがお許し願います。

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