第壱章 ひろいもの
秋、山々は次々と美しく色づきその姿を変え、そこに住む動物たちは来たるべき冬に備えて活動を開始する季節。山の間で栄えるとある人里もまた、もうすぐ訪れるであろう寒さへの準備に忙しい人々でにぎわっていた。そんな人里を一望できる付近の山の中腹に位置する博麗神社の境内で、ため息をつく巫女服の少女が一人。
少女の名は博麗霊夢。その身を包む紅白柄の巫女服からもわかるように、この博麗神社の巫女さんを務めている少女である。整った顔立ちに頭に付けた大きな飾りリボン、そしてその身に纏う巫女服と、どこから見ても普通の巫女なのだが、彼女は里の人々からの依頼による妖怪退治も仕事の一つとしており、人々には生業である巫女というよりもそちらの仕事で有名な人物だった。
「落ち葉が多くて迷惑なのよねぇ、この季節は。参拝客もさっぱり来ないし・・・」
放棄で掃いたそばからまた落ち葉が積もる境内の様子を眺めながら、霊夢は呆れ顔でつぶやく。とはいえ巫女として境内の掃除を怠るわけにもいかず、彼女はのろのろと箒を持った手を動かし続ける。が、掃きかたが適当すぎて逆に散らかすことになっていることに気付いていない。
「最近何も起こらなくて退屈だわ。どっかで適当に異変でも起こって適当に解決してくれないかしら。」
そんな無責任な独り言を言いながら掃除をする霊夢。しかし、根っからの面倒くさがりの彼女はたとえ何か起こっても自分が進んで関わるつもりはには毛頭ない。
そんな彼女の背後から突然声がかかった。
「おーい、霊夢!」
声の主は待ち望んだ参拝客・・・ではなかった。見ると、大きな帽子をかぶり、かごをせおった金髪の少女が鳥居をくぐって霊夢の方に歩いてくる。少女は白黒の服を着込んでおり、一見地味に見えるその服装は彼女の美しい金髪と見事に対をなし、静かな力強さを醸し出していた。
「あら魔理沙、また来たの?」
「おう、また来てやったぜ。」
少女、霧雨魔理沙は、背負っていたキノコの詰まった籠を地面に降ろすと、そのまま神社の縁側にどっかりと腰を落とし、ふうっと大きく息を吐いた。彼女もまた趣味で妖怪退治をしている遊び人で、ふとしたことから霊夢と知り合い、かなり前から二人でつるんで数々の妖怪を退治し「異変」と呼ばれる幻想郷内の事件を解決してきた、簡単に言ってしまえば仕事仲間である。霊夢に言わせればただの腐れ縁だろうが。
「やっぱりここの階段はきつすぎるぜ、もうちょっと短くならないのか?これじゃただでさえ少ない客足が一層遠のくぞ?」
そう言う魔理沙の額にはもう秋も暮れだというのに玉のような汗が浮かんでいるが、それも仕方がない。博麗神社があるのは山の中腹、しかも道は山のふもとから続く数百段と続く階段一つしかない。それを登ってきてきついと言うなというほうが無理だろう。
「余計なお世話よ。それにあんた、いつもは飛んで来てるじゃない。箒はどうしたのよ箒は。」
「ここに来る途中で壊れちゃったんだよ。こんなことになるなら早めに買い換えとくんだったぜ・・・」
そういって悔しそうな表情をする魔理沙。脱いだ帽子を扇いで風を受ける彼女を見ていた霊夢の頭に新たな疑問が浮かぶ。
「魔理沙、確かあんたって箒がなくても飛べたはずよね?箒がないって・・・飛べない理由になってないじゃない。」
「おいおい霊夢、私はれっきとした魔法使いだぜ?箒に乗らずに飛ぶ魔法使いなんて魔法使いじゃないだろ?」
なぜか得意げにわけのわからない原理を語る平常運転の魔理沙に、霊夢はやれやれといった顔をするしかなかった。
◇ ◇ ◇
「よし、こんなもんかしら」
まだいくらか落ち葉は残っているものの、あらかた片付いた境内を眺めまわした霊夢は満足げな表情で持っていた箒をそばの柱に立てかけた。自分の仕事の完璧さに一通り満足した彼女が、ふと魔理沙のいる縁側を見てみると、いつの間に用意したのやら、彼女は縁側に腰掛けたまま羊羹をほおばり、お茶を飲みながら一服していた。
驚いた霊夢が小さな叫び声をあげた。
「ちょっと魔理沙、それ私が今日のおやつにとっておいた羊羹じゃない!それにそのお茶も神社の中の棚に入ってたのでしょ!?」
「まあまあ細かいことは気にすんなって、そんなことより今日はお前に聞きたいことがあって来たんだ。」
「聞きたいこと?」
いつか羊羹と茶の仇を討つことを胸に誓いながらも、魔理沙の問いに心当たりのない霊夢は首をかしげる。魔理沙は持ってきた籠に手を突っ込み、しばらくガサゴソと中をあさっていたかと思うと、籠からちいさな「何か」を取り出した。
「これが何か知ってるか?」
霊夢の手のひらに乗せられたそれは、2枚の板が一体となっている小さな箱だった。その箱はまだ成人もしていない少女である霊夢の手の中にすらすっぽりと納まるほど小さく、蝶番のようになっている方端を軸にして、パカリと開くようになっていた。中には1から9までの数字と見たことがない記号が陳列している。
「新種のキノコ・・・なわけないわよね。なんなのこれ?」
魔理沙はさっぱりだというように首を振る。いつ間に食べたのやら、霊夢が箱を見ている間に皿の上からは羊羹がきれいさっぱり消えていた。
「私だってわからないから聞きに来たんだぜ。」魔理沙は顔をしかめる。
「でもそうか、霊夢でもわからないか・・・。いろんなところに行って妖怪退治してるお前ならわかると思ったんだけどなぁ。」
「私は巫女であって何でも屋じゃないのよ。だいたいどこで拾ってきたのよこんなもの?」
「森で拾ったんだよ。ごらんのとおりキノコ採りの真っ最中でな。久しぶりに珍しいキノコを見つけて、ホクホクしながら帰ろうとしたら道に落ちてたんだ。それで急きょ行先を家からここに変更したってわ け。」
霊夢はふぅんと相槌を打ちながら手の中で箱を転がす。いまひとつ箱に興味を持てない霊夢をよそに、魔理沙は箱の正体が気になって仕方がないらしく、霊夢の横でいろいろと考えを巡らせている。
「霊夢でダメとなると次はどうするかな・・・。パチュリーのところで本にあたるか、それとも山のブン屋か・・・」
ぼそぼそと呟く魔理沙を眺めているうちに、霊夢に一人の人物の顔が浮かんだ。
「大切な人を一人忘れてるじゃない、魔理沙」
「へ?」
こぶしをあごの下にあてて考える人のポーズをとっていた魔理沙は、霊夢の言葉に顔を上げる。
「一人だけいるじゃない、物の名前と用途を聞くにはもってこいの人が。」
乾いた秋空の下、紅白の巫女はニコリと笑った。
今回からが事実上の話の始まりという形になります。
なるべく東方を知っている方もそうでない方も両方楽しめるような文章を目指して頑張りますのでどうかよろしくお願いしますm(_ _)m