見習いサンタクロース
あまり知られていないかもしれないが、サンタクロースは実在するのである――。
1、
「うおらーっ! 働け働けぇ! テキパキ動いて! 第三ライン誰か手伝ってやってー!」
ここはサンタクロースクリスマス工房。世界各国へクリスマスプレゼントを配達するためだけに存在している、サンタクロースの仕事場だ。
子供向けの可愛らしい色彩の工場内だが、毎年クリスマス前には戦場と化している。師走に忙しくなるのは一般企業だけではない。サンタクロースも例外なく仕事に追われているのだ。
赤い防寒着と黒い長靴という、サンタ特有のコスチュームに身を包んだ男女が、クリスマスプレゼントを仕分けしている。その光景は普通の工場となんら変わりはない。次々に流れてくるプレゼントをひたすら包装し、地域ごと分ける。ここ、地下四階では、主に日本向けへのプレゼントが作られていた。
「みんなで力を合わせて乗りきってくださーい! 人手不足だから派遣社員や見習いサンタもガンガン働いてー! あ、B班は家電エリアもやってくれ!」
その現場をやや高い場所から見下ろし、メガホン片手に指示をしている若い男。サンタクロース歴10年だがまだまだ若手である。
「ハイハイハイハイ包装紙にシワつけない! セロテープ無駄使いしない! リボン結べない新人はシールで妥協しろ!」
隅から隅まで監視し、怒号を飛ばす。本来この役目はベテランサンタクロースがするべきなのだが、飲まず食わずで何時間も叫び続けなければならないため、中年や老年のサンタには厳しいものがあった。よってこの若い男が選ばれたのである。
「過労死する前に仮眠しろ! 腹が減ったら飯を食え!」
「あ、あのう……」
「配達する体力残しといてよ! クリスマスまであと27時間53分だ! 気ぃ抜くな!」
「す、すみませーん……」
「だ・か・ら! 無理して複雑な包装すんなっつーの! でけーのは袋に入れて適当にリボン付けとけ!」
「あのっ! すみません!」
「うるっせーな何だよ!?」
ぐわっ、と怒鳴りながら振り向いた先には、ひとりの少女がいた。
「ひい! すみませんすみませんすみません! お食事ですすみません!」
やはりサンタの格好をしたその少女は、おにぎりの乗ったトレイを差し出しながら何度も頭を下げた。
「あ? 飯? 飯なら昨日食ったよ」
「えっ……いや、その……毎日食べた方がいいと思います……ハイ」
おどおどしながらも少女は引き下がらない。男は大きく溜め息をつきながら、トレイの上のおにぎりを掴み、乱暴に口の中へ放り込んだ。かと思うと、ごくっと一気に飲み込んでしまった。
「ちょっ、丸飲みはよくないですよ!?」
「いちいちうるせーな。あとでお前の仕事ぶり見に行くから覚悟しとけ。もう顔覚えたからな」
「え、えええ~?」
「こんな握り飯作ってる暇があるんなら、さぞかしプレゼント作りに余裕があるんだろうなぁ? 楽しみだなぁ~」
「いやあああああ!」
男の悪魔のような笑顔を見て、少女はピューッと風のように走り去った。
「やれやれ……あいつ確か見習いだったな。ったく、人手不足なのは毎年同じか……」
男はぶつぶつ言いながら再びメガホンを握りしめた。
2、
「で? どうしてこうなった?」
「すみません……」
「すみませんじゃなくてさ」
「その……包装が間に合わなくて……」
「見りゃわかるよ。なんで間に合ってないのか聞いてんだよ」
「えと……新人ばかりで手際が悪くて」
「なに? 言い訳?」
「すみません……」
「謝ってすむ問題じゃないんだけど?」
「……」
「あ~、泣けば許されると思ってんの? ねえ?」
悔しそうに唇を噛み締める少女の頭の中に、ふと『ブラック企業』という言葉が浮かんだ。
「……つーか、こんだけの量をなんでお前ひとりでやってんだ?」
物置として使っていたその部屋は、数えきれないほどのプレゼントが山積みになっていた。包装されているプレゼントは誰が見ても素人がやったとわかるほど、雑で歪なものばかりだ。
「小学生のお誕生日会じゃないんだからさあ……」
すっかり呆れた男は包装済みのプレゼントのひとつを手に取った。包装紙はぐちゃぐちゃのシワシワ、リボンは何故か縦結び、裏はセロテープだらけ。溜め息しか出ない。
「最初は他の人もいたんですけど、班長さんに呼ばれて次々といなくなっちゃって……」
「あ~、多分ライン作業に駆り出されたんだな。で、お前は?」
「私はまだライン作業には早いと言われまして……。一人でプレゼント作りをしていたのはいいものの、どんどんプレゼントが増えていって、包装が追い付かなくなって……」
すみません、すみません、と少女はペコペコ頭を下げる。
「つまり、周りが思ってたよりお前は使えなかったってことだな」
「うっ……」
「しっかしこんな下手くそな包装初めて見たよ。お前才能ないな」
「うぅ……」
男の容赦ない言葉が刃物のようにグサグサと少女の胸に突き刺さる。
「だが、クリスマスは待ってはくれない。プレゼントの品がある以上、おれたちサンタクロースはプレゼントを作り続けなきゃならないんだ」
「は、はい……」
「そして24日の夜に必ず全てのプレゼントを配り終える。それがおれたちの使命であり! 存在理由なのだッ!」
「……まあ、そうですね」
少女は若干ついていけないまま頷いた。
「とりあえず喋ってる時間が勿体ない。手を動かすぞ。包装の仕方は指導してやる」
「あ、ありそうございます!」
「あと握り飯はもう作るな」
「……はい」
こうして男と少女のプレゼント作りが始まった。
始まってから数分後には男の怒声が飛び、少女は涙を浮かべながら作業することになった。少女は基本的な包装の仕方は知っていても、不器用さと大雑把な性格ゆえに失敗してしまうようだった。
「だ~からそこはテキトーにすんじゃねえ! ひとつ妥協したらあとで隠すのが大変なんだよ! とりあえず見た目がよければいっか♪みたいな考え方はやめろ! プレゼント作りは真剣に! 心を込めて!」
「ふええぇ……」
「子供たちの笑顔を思い浮かべるんだ。輝くクリスマスツリー、テーブルにはご馳走、プレゼントを心待にして早めに眠りにつく子供たち……それがクリスマスの醍醐味だ!」
「あうぅ……」
「クリスマスソング……教会のミサ……寒空を駆けるトナカイ……そしてサンタクロース! 子供たちはサンタの鈴の音を待っているッ!」
「もういや……」
一種の洗脳なのだろうか。少女は弱音を吐きながらもプレゼント作りの手は止めない。めちゃくちゃだった包装もどうにか見られるものになってきていた。
「紙も袋もリボンもシールも無駄にすんなよ! あとセロテープも!」
「はーい」
「返事は一回でいい!」
「一回でしたけど!?」
そのうち冗談を言いながら作業できるようになり、24日の昼を過ぎる頃にはほとんどのプレゼントが出来上がっていた。
3、
「はーっ……どうにか夜には間に合いそうだな」
男はうーんと背伸びをし、そのまま仰向けに倒れた。四方は包装済みのプレゼントで埋め尽くされている。雑多な光景だが、これでもきちんと地域ごとに分けられてある。
「このプレゼントの山を見たら子供たち喜ぶだろうなぁ……」
少女はクスクス笑った。
「小さい頃、山のようにたっくさんプレゼントが欲しい、なんて思ってました」
リボンをつけたプレゼントを眺め、それから周りのプレゼントを見渡す。
「なんでもいいからたくさん欲しかった。おもちゃでも、服でも、靴でも、お菓子でも……クリスマスプにたくさんレゼントを貰いたかったんです」
「……で、貰えたのか」
「プレゼントはもらえましたよ。でも私の家に来るサンタさんは何故かいつも、欲しいプレゼントとは違うのをくれるんです」
それはそれで嬉しかったですけど、と少女は笑った。
「いつの間にか、サンタさんが来ないのが当たり前になっていました。プレゼントもケーキもないクリスマスが当たり前で……」
「おっと無駄話してる暇はない。夜はすぐに来る。残ってるやつも全部片付けるぜ」
「あの、もうちょっと語らせてくれても……」
「後でな。ソリに荷物積まにゃならん。いいからお前はさっさと残りのプレゼント終わらせちまえ」
男は包装済みのプレゼントを大きな白い袋に入れ始めた。サンタならば誰もが持っている袋だ。不思議なことにこの袋は、どれだけたくさんプレゼントを入れても、決して溢れることはない。山のようなプレゼントも、ひとつの袋に全て収まってしまうのだ。
少女も残ったプレゼントを丁寧に包み、袋に入れるのを手伝った。
「あの……あなたはどうしてサンタクロースになったんですか?」
「別に理由なんてないさ。親父がサンタクロースだったからな。成り行きだ。お前はどうなんだ?」
「私も成り行き、かな……」
実は少女自身もよくわからなかった。ただ働ける場所があったから飛び付いただけだ。サンタクロースになりたかったわけではない。働けるなら何でもよかった。
だが、他のサンタをメガホン片手に励まして(?)いる男の姿を見て、何故か胸を打たれた。子供たちのため、ただそれだけを考えて働くサンタクロース。その存在は、忘れていた何かを思い出させてくれたような気がした。
「よし、これで終り!……あ、そうだ」
全てのプレゼントを袋に入れた男は、ふと思い出したようにひとつの箱を袋から取り出した。そして、箱を少女の目の前にずいっと持っていき、
「メリークリスマス」
とぶっきらぼうに言った。
「え……あ、メリークリスマス」
「ん。これはお前の分だ」
「えっ! これ、プレゼントじゃ……私が貰っちゃってもいいんですか!?」
「いいんだよ」
男は押し付けるようにプレゼントの箱を渡した。
「サンタクロースは欲しいものをくれるとは限らないがな。まあ、握り飯の礼だ」
照れ臭そうに首の後ろを書きながら男は早口で言った。
少女はカーッと顔が熱くなるのがわかった。胸が締め付けられるように痛む。感動、といえばいいのだろうか。プレゼントを抱えたまま、少女は肩を震わせた。
「うれしい……ありがとうございます」
「……ん。じゃ、行くぞ」
男はプレゼントでいっぱいの袋を肩に担いだ。
「クリスマスはこれからだ」
「……はいっ!」
「サンタ狩りの奴らは既に動き始めてるからな」
「はい!……え?サンタ、狩り……?」
「気合い入れていくぜぇ~!」
「は、はいぃ!」
何やら不穏な単語が聞こえた気がしたが、少女は男に続いて部屋を出た。クリスマスの夜が始まろうとしていた。
End
ありがとうございました。
クリスマスプレゼントを自分でラッピングしてみたら全然上手くできなくてこんな話が思い浮かびました。
サンタ狩り編を書こうとして力尽きてしまいました。
皆さん良いクリスマスを!