-初日-
【人物】
イザヤ・ニルセン:ロマの魔術師。笛吹きを副業にしている。
キリアス・ロア:貴族の次男坊。騎士を志望して家出中。
某N●K旅番組観て滾った結果。萌え所をメモしてたらレポートが書けそうな勢いだったので旧友ズに訪問してもらいました。
長編内番外編ですので「その者~」完結後もちまちま増やしていきます。
ケーキに突きたてたロウソクのようにそびえたつ塔の群れを仰いで、二人連れの少年たちはぽかんと口を開けた。
「すーげえ……」
「間近で見るとやっぱり迫力があるな」
先に我に返った小柄な方が未だあっけに取られている相棒の小脇をつつき、ずり下がった荷物を背負い直して城壁の内側へと入る。同じように間抜けに口を半開きにして空を見上げている訪問者たちの人垣を抜けて、イザヤはげんなりと肩を落とした。見れば隣でキリアスもうへぇと辟易した声を零している。
小高い丘の上に鎮座する塔の街は連日の野宿を越えて辿りついた客を急な坂道でもって出迎える。入口から真っ直ぐに中心部へと伸びる坂は本当にメインストリートかと疑いたくなる急斜面だ。コインを落としたら城壁の外まで追いかけなければならなくなりそうだ。
「イザヤ、俺早く観光したいって言ったけどさ。あれ、撤回するわ」
「ああ、まずは宿探しだな……」
大荷物抱えてうろつくとか、無理だ。と、珍しい光景に何となく浮ついていた二人は目先の楽しみを先送りにする。町に辿りつくまでも起伏の豊かな農道を散々歩かされて、いくら若いと言えど身体がずっしりと重たい。
宿の看板を探しながらストリートを歩きだした二人だが、圧しかかるような町の雰囲気に気圧されて足の進みは鈍い。重苦しいとか不愉快な印象はないのだが、塔も家屋も他に見ないような複雑な積み重なり方をしている。狭い土地にどんどん住人が増えていった結果なのだろう。入り組んだ街並みは子供が気まぐれに積んだ積木の城のようだ。
赤みの強いレンガの街並みの上に覆いかぶさる空は清々しく青くて、眩しいほどに鮮烈なコントラストに軽い目眩がする。
「何て言うか……圧倒されるな」
「ああ」
ともすれば踵が滑りそうな坂道を何の苦もなく上り降りする住人たちは旅装束の若者に目を留めるとチャオ、と声をかけてくる。総じてこの国の人間は気さくだ。さっぱりとした気候と強い日差しが人を明るく外向的にさせるのかもしれない。
市場通りに入っても路地に品物を置いている店はごく僅かだ。棚崩れなど起こしたら悲劇が起こる。手近な店に顔を突っ込んでこの辺りに手頃な宿屋はないかと訊ねたが、教わった道は坂と階段と曲がり角ばかりで迷うこと受け合いだった。辿りつけるか? と少年たちは強張った顔を見合わせた。
***
結局あちこちの路地に迷い込みながらも行きついた宿の一室で、最後の荷の紐を解く。雨よけの油布に包んだ中身を引っ張り出し、ベッドの上に広げる。一応は整理して纏めたはずの小物たちは道中の揺れですっかりごちゃごちゃになっていた。
「相変わらず下手くそだな」
「……これでもマシになった方なんだぞ」
自分の分の荷ほどきをとうに終えた相棒が腰かけた窓枠から肩越しに振り返ってからかって来る。本当に、マシになった方なのだ。荷を使用頻度や貴重度で分類して適切に背袋に詰めるのは、言うは易し行うは難しと言うに相応しい。悔しいが、キリアスの整理術はイザヤとは比べようもないレベルだ。何しろ年季が違う。
散々迷って宿に辿りついてから疲労と空腹でぐったりした少年たちの間には会話がなかった。とにかくぎゅうぎゅうに詰めた荷物を片づけないことには昼食にも行けない。一足早く目処の立ったイザヤは凝った手足を伸ばしながら外の景色に目をやっている。
「何か面白いもんでもあった?」
「ああ。町の人間と他所者が一目瞭然だ」
見てみろよ、イザヤが外を指差す。大人の身長ほどもあるぶ厚い石壁に空いた窓は最早窓というより横穴だ。半分あぐらをかいたイザヤの足を乗り越えて窓から表通りを見下ろす。
「はは、なるほど」
無理もねえ、と苦笑する。上りも下りも大体同じペースで歩いているのは町の住人。対して上りでは足を引きずり、下りではつんのめるように危なっかしく歩いているのが他所者だ。レンガを敷いた道を、踵が滑らないように仰け反って歩くから、男も女も腹を突き出した不格好な有様になっている。
「早いとこ慣れないと、恰好悪いったらないな」
「長居しても精々五日だぞ。出来るのか?」
「舐めんな。何なら競争するか? 今日中に三回先に滑った方が晩飯のおかずを譲る」
「空きっ腹抱えて寝ることになるぞ、お前が」
ふふん、と既に勝ち誇って鼻を鳴らす小憎たらしい相棒と視線が勝ち合う。コノヤロ、と口の端と眉を釣り上げたキリアスは片頬に手を添えて無防備になっている脇腹をむんずと掴んだ。不意を打たれたイザヤがぎゃあと悲鳴を上げる。こちょこちょごちょとくすぐり続ければ目尻に涙を浮かべながら身を捩って逃げようとする。
「このっ……しつこい!」
少し怒っているようだが無理矢理笑わせられた涙目では迫力も何もない。ひゃはは、と引き攣った笑い声を上げて窓枠に倒れたのを追って更に手を伸ばせば、その隙にブーツの底が支えにと着いた膝を蹴る。
「あっ」
「うわっ」
テーブル並みに厚みがあるとは言え、窓枠でふざけすぎた。ぐらりと上体が傾いだかと思うと、キリアスは眼下に広がる人波の中に思い切り乗り出していた。とっさに着こうとした掌は空を切る。つんのめった背中をイザヤが引っ掴み、キリアスは石畳に頭から飛び込みそうな姿勢で何とか転落するのを堪える。遠慮なく背中の布を引っ張られたため一瞬息が詰まったが、慌てて両の壁に腕を突っ張って空から戻る。
「あっぶね……」
額に浮いた冷や汗を拭うと、隣でイザヤが安堵の息を吐く。本気で焦ったのだろう、キリアスを引き戻した恰好のまま肩口にしがみついている手を宥めるように軽く叩くとすぱんと後頭部に平手を食らった。
「この考えなし。場所を考えろ」
「悪い」
悪態を吐きながらもああ吃驚した、と転がったまま胸を撫で下ろしている相棒の上から退いて室内に降り立つ。自覚しているよりも、自分はは浮かれているようだ。何をそんなに舞い上がっているんだとキリアスは首を傾げた。
実家でも家を出てからも同世代の少年とこんな犬の子のようにじゃれ合ったことはない。ひょいと軽い動作で身を起こして乱れた髪やシャツを直している年下の友人を、キリアスは微笑ましいような寂しいような複雑な思いで眺める。食うにも寝るにも不自由しなかった館で決して得られなかったものを与えてくれたのが、己が身以外に何も持っていないと嘯く孤児の少年だとは、世の中とは分からない。
「何だ?」
ぼうっと見つめていたら視線に気づいたイザヤに怪訝な顔をされた。何かついているか? と尋ねてくるのをいいやと首を振って話題を変える。
「腹減ったなあって」
「ああ……」
得心がいったとイザヤが頷く。野営した場所から日の出と同時に出立して、朝食は古くなって固いパンを歩きながら齧るという粗末なものだった。空腹なのは二人共だ。
「まだパンは残ってるぞ」
「折角町に入ったんだから外行って食べた方がよくないか?」
「まあ……まだもつしな。あれは非常食ってことでいいか」
「おう」
食糧が無駄になるのではないかと渋ったイザヤだが、ようやく石を枕にしなくても良いのだからと頷いた。彼も多少は浮き足立っているらしい。すとんと腹に落ちるような抑揚の薄い声が、心なしか明るい。
どうせ奮発するなら肉が食べたいだの、そういえば猪肉が名物らしいだのとあれこれ言い合いながら塔の影に切り取られた空の下へ繰り出す少年たちの声は、どこまでも年相応にはしゃいでいた。




