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公園でのできごと

作者: 有沢翔治

 まったく! なんでわたしがこんな目にあわなくちゃいけないの!? 砂場で熱心に遊んでいる弟、鬼頭宏を見て、お下げ髪が人目を引く美佳は毒づいた。お昼まで降っていた雨は上がっているが、まだ水たまりが多い。

 こんなに長い時間よく同じ姿勢でいられるわね……。あくびを一つすると、服を塗らさないように気を付けながら美佳は座り直して、ひんやりとした泥を運んだ。確かに気持ちはいいが、あとで念入りに洗わなければならない、と指先を見て溜息をついた。

 その後ろでは友達の香織が新品のスニーカーを見せびらかしている。「代わろうか?」と彼女がさっき言ってきたものの断ったことを今になって後悔する。あのときは弟くらい面倒見られるわよ、と言って意地になっていた。

 でも……、

「やっぱり代わってもらった方がよかったかしら」

 と呟いて、首を振る。言われたことはちゃんとやらなきゃいけない。やがて美佳の怒りの矛先は「宏も連れてってくれる?」と言った母親に向いた。

「わたしより宏のが大事なんだわ」

 と砂の城を睨んだ。ようやく完成し、宏は満面の笑みを浮かべている。美佳も手伝ったおかげで、城らしい形になっていた。どうせ明日には壊れてるわよ。それを見て、意地悪く言いたい気持ちになったが、ぐっと飲み込んだ。いくらなんでもそれは可哀想だ。ぶっきらぼうに、

「気がすんだ?」

 さっさと宏を家まで連れ帰って、香織たちと遊ぼう。その前に手を洗わなきゃ、と美佳は水道を見る。悪ガキで顔まですっかり日焼けしている隆久たちはサッカーをしていて、水道には近よる気配もないのを見てホッと息をついた。もっとも、彼は退屈そうにポーっと出入り口を眺めているだけなのだが。

 この間は彼がイタズラしたせいで服がビショビショになってしまったのである。

 早く香織たちと遊びたい。美佳が後ろを向いてそわそわしていると、宏は彼女の袖を引っ張っているのに気付いた。美佳は宏に目を向ける。

「おねえちゃん。うんち」

「一人で行ってきなさいよ」

 と舌打ちしてトイレを指差す。恥ずかしそうにそっと耳打ちして、

「こわいからいっしょにきて」

「まったく……しょうがないわね」

 汚いから行きたくないのに、と思いながら立ち上がるとパンパンと砂を払った。あんたと同じころにはトイレくらい一人で行ってたわよ。そう美佳は心の中でぼやいて宏を睨み付けると、トイレにまで宏の手を引っ張っていった。


「いつまで入ってたのよ、まったく……」

 と水たまりを避けながら美佳たちは砂場へと向かった。

 砂場が見えた途端、宏は顔をクチャクチャにして泣き始める。せっかく作った城が誰かのイタズラで跡形もなく壊されていたのである。誰がやったの!? と怒りを覚えるとともに、いい気味だと美佳は思った。

 だが宏に、

「なに泣いてるのよ。また作ればいいじゃない」

 とぞんざいに言った。

「でも、でも……」

 肩をときどき上下させながら泣きじゃくっている。その声を聞きつけ、香織が真っ先に飛んできた。自慢していた靴と靴下は濡れている。こっちに走ってきた時に水たまりにでも浸かったのだろう。そう考えると美佳は申し訳ない気持ちになった。

「どうしたの!?」

 隆久が泣き声を聞きつけて近寄ってくる。他の子供は面倒なことになりそうだと思って、遠まきに宏たちを見つめているだけだった。ただ佳子だけは香織にくっついてきている。まるで金魚のフンさながらだ。

 香織は隆久に詰め寄って、

「隆久、あんたまたなんかやったの?」

「知らないよ」

「あんたしかいないじゃないの。謝りなさいよ」

 佳子も噛みつくように言った。

「なんで俺なんだよ!」

 怒りに我を忘れて隆久は佳子を突き飛ばす。彼の顔はゆでダコのように真っ赤だ。佳子は転んでしまい、思わず美佳は駆け寄って、

「大丈夫?」

 と水道を見る。血が出ていたら水で洗わなきゃいけない!

 いつの間にか幼稚園くらいの子供たちが気持ちよさそうに水遊びをしていた。あの子たちにどうやって開け渡してもらおうか? 大小さまざまな足跡が点々とついているのを見ながら考えた。中には砂場にまで入り込んでいるものもある。

「……ね、ねぇ、もしかしたらあの子たちが気付かないで踏んづけたんじゃない?」

 と香織が言うと、美佳はボソリと呟く。

「それはないと思うんだけど……」

「あら、どうして?」

 佳子は美佳を不機嫌そうに睨んだ。どうして佳子は香織の言うことは正しいと信じ込むの? 呆れながらも美佳は、波風を立てないように、

「だって壊れた後に遊び始めたのよ。もし香織の言う通りなら……」

「俺たちが壊すところを見てる」

 と言い淀んでいる美佳を見て、隆久が後を引き継いだ。

「じゃあ誰がやったの!?」

 佳子は香織を見て、恋人が愛をささやき合うような声で、

「香織はどう思う?」

 ぼんやりとしていた香織は急に話を振られて、身体を震わせた。

「そう……ね。やっぱり隆久じゃないの?」

 なにを考えてたんだろう? と美佳は訝った。本当は隆久がやったなんて香織も思ってないんじゃないか。佳子に合わせるために言ってしまったんだろう……。女の子同士の結びつきは中にいて気持ちが悪くなるほど強い。

 だから宏がこのメンバーから仲間外れにされるとは考えにくい、と美佳は思う。現に香織と佳子は仲良く遊んでくれているではないか。かと言って、隆久もやったとは考えにくい。確かにイタズラ好きではあるが人の悲しむことや、陰湿なことは決してやらないのである。それに宏が転んで泣いていた時も優しく手を差し伸べてくれたではないか。隆久ならサッカーボールが当たって壊したとしても、すぐに謝るに違いない。

 そうなれば香織か佳子のどちらかだ。だとするとどうして? もしかしてわたしへの恨みが宏に向いたのだろうか? そう考えて美佳は自分の胸に手を当てるが、なにも思い当たらなかった。

「……ようし解った」

 ふいに隆久の声が大きくなり、美佳は驚いて彼の方を向いた。目には濡れ衣を着せられた怒りと、正義感とが入り混じっている。その意志の強さに怯みながらも佳子は、

「な、なによ、どうせ下らないことだとは思うけど」

「そこまで言うんなら俺がやってないっていう証拠を見つけてやるよ」

 ポカンと口を開けている彼に向き直り、美佳は、

「ほら宏、お兄ちゃんにお礼は?」

「あ、ありがとう」

 と戸惑いながらも頭を下げる。それを聞いて、隆久は優しく微笑んだ。

 香織は三人のやりとりをじっと見つめていた。


 たかが砂の城に熱くなってバカみたい、と公園の美佳は時計を見た。六時を指しているのを見て母親への言い訳を考え始める。そう言えば、いつの間にか陽が傾き始めていた。カラスも鳴いて近くの保育園からは卒業式で聞いた音楽が流れてくる。

「お腹減ったなぁ」

 と呟いて、晩のおかずはなんだろうと考え始める。痛くもない腹を探られてカッとなる隆久の気持ちも解るし、正義感には感謝している。しかし変にこじらせるよりも、みんなが忘れるまで待っていられないのだろうか? 犯人探しを買って出たのは自分の弟のためでもあるのに、そんなことを考えている自分に罪悪感を覚える。

 水たまりには険しい表情の美佳が映り込んでいた。それにしても誰がやったんだろう?

「……あのさ、鬼頭さん」

 ふいに声を掛けられて、美佳は、

「え? なに?」

「どこにいたの?」

「え?」

 言いたいことが伝わらなくて、八つ当たりするかのように隆久は、

「お城が壊された時だよ、ほら」

「宏のトイレに付き添うついでに手を洗ってた」

 そう言うと、美佳は宏が悪いかのように口を尖らせる。一緒に砂遊びをしてたとか、あの汚い公園のトイレにいたなんて恥ずかしくて言えない。別にそんなことはないと解っているが、特に男の子にはなぜか言いづらいのである。

 自然と小さな声で言い訳をするように、

「……汚れてたから」

 傍らで聞いていた香織が素頓狂な声で、

「なに? 今度は美佳を疑ってるわけ? 信じられない!」

 大げさに咳払いをして、

「なんか変な音とかはしなかったか?」

 と厳かな口調で尋ねた。あからさまに背伸びをして格好よく見せようとしている姿を見て、美佳は白けた。しかし、宏はキラキラと目を輝かせて隆久を見ている。

 無視された香織は地団駄を踏んでヒステリックに隆久を罵った。オランウータン顔負けの叫び声である。それを美佳は、

「まぁまぁ」

 と懸命になだめた。しかしヒステリーは余計にひどくなっていく。手に負えたもんじゃないと解って、香織が落ち着くまで放っておくことにした。まったく! 自分が常に話題の中心じゃなきゃ気がすまないんだから宏と変わりゃしない。

 横目で見ていた隆久は苦笑いを浮かべて、

「どうなんだ?」

 適当な言い訳をしたら早く帰れるかもしれない、と踏んで、

「なかった。だってあのとき、水出してたもん」

「でも、誰か通ってく音くらいは……」

「なかったってば。第一、公園じゃ誰かが走っていく音なんてしてて当たり前じゃない」

「お前たちは?」

 香織の方を向き直って尋ねると、刺々しく、

「美佳と同じ」

 と言うと佳子はすかさず砂場とは反対を指差した。マンションにはまだ灯りが点っていなくて、黒山のようにそびえ立っている。

「だって私たちあっち向いて遊んでたから」

 もうわたしたちとは関係のないことにしちゃえ。そうすりゃ丸く収まるかもしれない。

「そ、外からきた人が壊したんじゃない?」

「俺ずっと出入り口を向いてたけど、誰もこなかったぞ」

「夢中になってて気付かなかっただけなんじゃないの?」

「いや、俺キーパーしてて暇だったんだよ。それでぼーっと出入り口を見てたんだけど……」

「どうせなら砂場見ててくれればよかったのに」

 と氷のような目で見据えて、香織は隆久に、

「この役立たず!」

「なんだと!?」

 また掴み掛かるが今度は香織が身をひるがえして、あかんべえをする。今度は勢い余って砂場に派手に前からのめり込んだ。立ち上がる時、何かに気付いたらしい。しばらく考えていたが、やがて砂場に犬のように鼻を近づけ、臭いを嗅いでいる。

 香織が腰に手を当てて、

「なにしてるのよ! まさかわたしたちの匂いでも嗅ぎ分けてるって言う気じゃないでしょうね」

 いくら野生児の隆久でもそんなことは無理だ。そんなことができたら変態である。

「そんなことより美佳」

 香織に突然声をかけられ、

「ん?」

「あいつにあんなことされるような覚えはないの?」

 またか、と美佳はうんざりして、首を振った。彼女に詰め寄ると、

「あいつがやったに決まってるんだから!」

 むやみに疑うのはよくないと思ったが、曖昧に笑って誤魔化した。佳子も頬を赤くさせて何度もうなずいた。

「そうよ! あいつには壊すチャンスもあったじゃない! 一番近かったんだし」

「でもサッカーをしてたじゃない。壊せないと思うけど……」

 恐る恐る美佳は言った。すると佳子はブタのように鼻を鳴らして、

「おしっこにでも行くって言って壊したに決まってるじゃない!」

「でもわたしと宏はトイレにいたのよ」

「やけに隆久に肩入れしてるじゃない? もしかしてあいつのこと……」

 香織が冷やかすように言うと、美佳は首を振った。

「ううん、そんなんじゃないけど」

 確かに宏といつも遊んでくれてありがたいとは思っているが、それだけでないような気もする。仲のいい男友だちの一人、と言っては割り切れない。が、恋心を抱いているかと聞かれれば首を傾げてしまうのだった。

「それにそんなこといくらでもウソつけるでしょ? 例えば立ちションしてもいいし」

「美佳は人がよすぎ。男なんてなに考えてるか解ったもんじゃないからね」

 それを聞いた美佳は苦笑した。そして本当に隆久がやったんだろうか? と横目で見る。ポキッと枝を折って、変なことをしているようだった。なにしてるんだろう? おもむろに立ち上がると、

「なぁ、ここにみんな足跡をつけてくれ」

 と砂場を指差した。佳子と香織は顔を見合わせて、何かを確かるかのようにしっかりと頷き合う。これで隆久の気がすむんなら……と、美佳は真先に足跡をつけた。水玉模様の靴跡がはっきりと残る。

 宏は楽しそうに足を差し出そうとすると、

「ああ、宏くんはいいから」

 と言われ、泣きそうな顔になる。仲間外れにされていると感じたのだ。香織たちの視線が冷たく隆久に刺さった。隆久は頭を描きながら、

「参ったな……、じゃ、ここに」

 美佳の足跡の隣を指差した。無邪気な笑みを浮かべ、宏は足跡をペタリとつける。ストライプの小さな足跡ができた。

「ほら二人も早く」

 隆久が急かすと、佳子が、

「なんであんたの命令聞かなきゃいけないのよ。バカじゃないの!? ねぇ、香織」

 香織もそっぽを向いて、

「そうよ。第一あんたがやったんでしょう? なんで私たちが……」

「わかったよ。一つ確かめたいことがある」

「何よ」

 佳子がぶっきらぼうに言ったが、そわそわとしているようだった。隆久は、

「お前らが遊んでたのはあそこだったよな」

 と指を差した。

「えぇ、そうよ。それがどうしたって言うの?」

「今に解るよ」

 とのんびりと歩いて行った。なにをたくらんでいるんだろう? と思っていると声が響いた。見ると手をメガホン代わりにしている。

「この辺か!?」

 佳子が、

「そうよ!」

「よし」

 と言って、私たちのいる場所へ全力で駆けてくる。水たまりの水が跳ね上がった。佳子は冷めた目で、

「何やってるの?」

「ちょっとした実験だよ」

 と肩で息をしながら、引き返した。なんの実験なんだろう? 香織を見ると足をパタパタさせている。そして三回繰り返すと、香織はしびれを切らしたようだ。

「いい加減にして! さっきから何やってるの?」

「犯人を調べてるんだよ」

「デタラメ言わないで! こんなことで犯人が解るわけないでしょ?」

「解るんだなぁ」

 とおどけて言うと、隆久は自分の足を見る。靴下は濡れていない。

「やっぱり。壊したヤツが解ったよ」

 と言ったのだった。


 みんなの顔が強ばっている。なにがなんだか解らない宏は美佳のスカートの裾を引っ張って、

「……お姉ちゃん?」

 と小声で不安そうに聞いた。もしかしたら怒らせちゃったのかもしれない、と思ったのである。それを美佳は指を唇に当て静かにするように促した。

 香織の、

「はぁ? 何言ってるのよ!」

 という怒鳴り声が聞こえてきて、宏は身体を振るわせた。眼差しも怯えた子犬のようである。それに気付いて美佳は、香織をなだめようと、

「とりあえず隆久君の話を聞きましょ」

 と言うと香織はいっそう不機嫌な表情になった。腕組みをして、

「もちろんよ」

 二人のやり取りを苦笑しながら、静まるのを待っていた隆久はわざとらしく咳払いをした。そして香織たちの周りをまるでTVドラマから抜けだした探偵のようにゆっくりと歩き始める。

「まず俺の靴下を見てほしい」

 と言うと、香織は、

「なんであんたの汚い靴下なんか見なきゃいけないの?」

「そうよねぇ」

 佳子も頷いた。美佳は二人を無視し、彼の靴下を見た。

「何もないみたいだけど……。濡れてもないし」

 高久はニヤリと笑って、

「今、なんて言った?」

「え? 濡れてもいないって……」

「そ、それがどうしたの? ちゃんと説明しなさいよ」

 香織が声を震わせて尋ねる。怒りとは違う気持ちが含まれているように美佳は感じた。どこか怯えているような響きがしたのである。

 隆久は苛々して、

「……お前の靴下、上まで濡れているのはどうしてか説明してくれないか?」

「決まってるでしょ? 走ってきたら上まで飛んだのよ」

「ウソだな」

「どうしてそんなこと解るの?」

「俺もやってみたからさ……。あの水たまりの深さから言って、どう考えても靴下が濡れるのはおかしいだろ」

「じゃあ、なんで濡れてたのよ」

 佳子が言うと、

「砂場はどろどろであのまま行ったらどう見ても香織が犯人だと解っちまうだろ? で、水道で足を洗った。そのときに靴下が濡れたんだよ」

「香織はあたしたちとずーっと縄とびしてたのよ。そんな香織に壊せるわけないじゃない」

「それだって佳子、お前しか言ってないんだよ。お前と香織がグルだったら話は別だ」

「あんたばかぁ? さっき靴下が濡れているヤツが犯人だって言ってたじゃない。でもあたしの靴下見てよ」

 と言って、足を一歩前へ踏み出した。靴下は濡れていなかったのである。

 美佳は不安そうな顔で隆久を見る。ここまでの考えは非常に説得力のあるものだっただけに、ここで間違ってほしくなかったのだ。隆久は予想外のことにちょっと顔を曇らせた。

「どうなのよ!」

 佳子が隙を見せた隆久にここぞとばかりに食ってかかる。

「間違ってたらただじゃおかないからね」

 隆久はしばらく目をつぶって考えていたが、なにか閃いたらしい。明るい顔に変わった。

「香織一人が壊したんだろ?」

 美佳が、

「どういうこと?」

「つまり香織にウソをつくように言われただけってことさ」

「しょ、証拠は? 今までのはただのあんたの想像でしょ?」

「これだよ」

 と言うとおもむろにポケットから二本の枝を取り出した。枝は長いものと短いものが一本ずつだったが、美佳にはただの汚い枝にしか見えない。目を凝らして見ていると、どこか骨のように見えて気味が悪くなってきた。

「これが犯人の靴の大きさだ」

「あのとき、枝を折ってたのはそれだったのね。でも、二本あるのは何でなの?」

 佳子が尋ねると、長い方を持ち上げ、

「こっちが縦」

 と言うと、美佳は、

「もう一本が横って訳ね」

「そういうこと。……さぁ、香織。お前が犯人じゃないって言うんなら、ここに足跡つけろよ」

「わたしじゃない……」

 と香織は、手で顔を覆って公園から走り去ってしまった。佳子は香織の後を追いかける。隆久と宏は狐につままれたような表情で香織を見ていた。やがて隆久はこう呟いた。

「明日、あいつに謝らなきゃなぁ……」

 公園の電灯が音もなく点り、三人を照らしたのだった。


   五月十九日(月) 雨のち晴

 もう頭の中グチャグチャ。タカヒサが毎日、ミカと楽しそうに話してるの見てるとなんとなくムカつくのよね。イライラしてきて、カーッと頭のテッペンが熱くなって、自分をコントロールできなくなっちゃったの。気付いたらメチャメチャになった砂のお城があったってわけ。わたしって最悪じゃん……。

 一番こわいのは、このまま気持ちがコントロールできなくなること。かと言ってタカヒサと話すのは怖くて不安。緊張しちゃって、うまく話すことができないの。クラス替えの自己紹介や、センコーに当てられる時の何億倍も緊張しちゃう。それよりこわいのはみんなあたしの周りからいなくなっちゃうんじゃないかってこと。タカヒサはもちろんミカもヨシコも……。

 近ごろ変な夢を見るのよね。目が覚めたらだーれもいないの。怒られることもないしいいやーなんて思って、一人でゲームしてるんだけど、そのうちさみしくなってどうしようもなくなるの。そんなことありえないって言い聞かせてるんだけど、変なときに思い出しちゃって……。それで一生懸命に服とかクツでみんなの気を引こうって思ってるんだけど、むなしいだけ。うわべでは仲がよさそうにしてるけど、みんなどこか遠くにいるみたい。

 このさみしさをなくす方法もわかってる。「ごめんね」と一言あやまればいいだけの話。でも負けたような気がしてできない。タカヒサにきらわれるような気がして。「あんなバカにはきらわれてもいい」と思えれば一番楽だけど、実はそれが一番怖い……。ミカたちにきらわれるより。

 やっぱり明日あやまろうっと。しばらく気まずいけどね。ミカは大事な友だちだし、なによりタカヒサを失いたくない。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  登場人物たちの台詞から微妙な子供らしさが伝わってきて、上手いと思いました。  推理よりむしろそっちを楽しんでしまいました。  なんだか申し訳ないです。
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