太りと殺し
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
忘れ鼻、という言葉をご存じですか、先輩?
顔全体を見たときに、あまり主張をせずに全体と調和し、相手に印象を与えない鼻のことです。美人としては、あってほしい要素のひとつとして最近あげられるみたいですよ。
漫画とかでもそうですよね。リアルに描かねばいけない場面とかをのぞき、お鼻をでかでかと書くことは少ないと思いません? あれ、下手にでかく描いちゃうと、見る人の意識がそこへ向いちゃうからな気がします。位置的にも顔の真ん中あたりですし。
大きいもの、太っているもの。これ、どうしても目立っちゃうがゆえに、ひっそりとした美を大切にする日本の感覚とかみ合わないのかもしれませんね。ふくよかが美人とされたという平安時代でも、太さや短さをあげつらうような記述がありますし、そのときそのときで多数派にいないものこそ叩きやすいのかもです。
しかし、どうしてこうも肉付きが良いと、いい顔をされないんでしょう? 場所によっては裕福さの証とされ、愛されることもあるのに。
それについて、先の美意識以外にもちょっと昔話を仕入れまして。先輩も聞いてみませんか?
むかしむかし。
とあるところで、新しい仏様が出たそうです。念のため話しておくと、仏様は死人のたとえですね。
しかし、どこの誰かというのがはっきりしません。赤い血にまみれたその顔はのっぺらぼう。目、鼻、口のあるべきところになにもなく、平たい肌が続くばかりでした。
身体そのものも起伏、特徴に乏しく、局所さえもたいらもたいら……不審者というか、不審物であったというわけです。
しかし、血のりは確かに人のもの。時代柄、戦場をはじめとしたいろいろなところで血の臭いをかぐ機会に事欠かない人々は、これを無縁仏として埋葬したそうなんです。
ところが、この奇妙な死体は断続的にあちらこちらで観測されるようになりました。
誰が持ち運び、そこへ放置したのか。特定するすべはありません。誰も犯人らしき姿を目撃しておらず、死体回りには足跡をはじめとする犯人を捜すための手掛かりはなかったとのことですから。
地から湧いたか、天から降ったか。得体のしれない出現は、さまざまな憶測を呼びました。
たいていの人は気味悪げな災害のひとつのように思い、深く触れることを良しとしませんでしたが、世には熱心で物が好きな人は絶えないものでして。この死体がどのようなときに現れているかを調べようと試みたようです。
戦を知るとはいえ、数年前から新しくこのあたりを治めるようになった殿様は穏健派であり、必要なけじめはあれど、その範囲を守れば比較的動きやすい。
こののっぺらぼうな死体の出た場所は広範囲に渡っていたこともあり、複数の村の者が協力して調べにあたっていたのだとか。
いくら人員を増やしても、やはり死体の運び手などは特定できずにいました。しかし、村々の状況などを合わせてみると、とある仮説が浮かび上がってきたんですね。
それは死体の出てくる数日前は、決まっていずれかの村が祭りなどの行事で、皆がごちそうにありつくことのできた時がある、ということだったのです。
――たらふく飯を食べると、誰かが死ぬ?
そう考えると、どうにもいい気がしないものです。
話で聞くだけならば、ふーんと鼻を鳴らしながら流すところでしょうけれど。実際に血みどろの奇妙な死体が出続けているとなれば、穏やかでいられないものです。
これまでの死体の身元の特定こそ進んではいません。誰なのかはわかりません。けれどもいつ自分がその仲間入りをする羽目になるかと。その過程でどのようなことをされるのかと、想像するだけで腰が引けてくるものです。
試しに、その後予定されている行事類で、ごちそうを出すことを控えたところ、例の死体が出てくることはめっきり少なくなったそうです。その後も、人々が食を控える間は死体が姿を見せることはほぼありませんでした。
質素倹約こそが、この奇怪な現象をおさえる鍵。そう判断した皆は、必要以上の食事をとらないよう心掛けました。のっぺらぼうの死体と縁がなくなるし、備蓄も増えていくし、費用も削ることができるし……といいことづくめのことに思えました。
しかし、死体が出る代わりに村の皆が太り始めるようになったのです。食事量を落とし、仕事などの運動量は変わっていないはずなのに、互いが互いを目で見て、はっきり変化を察することができるほど。
腹や腰のみならず、顔から足回りまで大根のようにふくらんでいくものですから、美しさとはとうてい縁遠い変わりよう。より食事を減らし、身体を動かして負荷をかけようとも、この傾向に歯止めはかかりませんでした。
それからさらに数年が経ち、村のみんながぶくぶくに太ってしまったあと。
流行り病が地域一帯を襲いました。かかった人のたいていはまともに立つことができず、寝たきりになったまま発熱などの複数の不調にかかったのち、亡くなってしまうという症状だったとか。
村の人々も次々にかかります。横になった彼らはどんどんと脂汗を流しますが、不思議なことに、よそのように病で亡くなる人は出ませんでした。
死体そのものは出てきましたけれど。
こう申し上げれば、すでに察しがついたかと思います。
脂汗をかいた人々は、やがて身を細らせていくのですけれど、その過程であのご無沙汰していたのっぺらぼうの血まみれ死体がどこからともなく出現していく。
ある程度間隔をおいていたこれまでと違い、次々と、しかしやはり用意する犯人の姿なく、数が増していきます。
病は数十日で終息しましたが、人々の太りもまた失われて以前とほぼ変わらぬ体格に。体調も回復して、そのまま普段通りの生活に移ることができました。
ただし、それからも食を控え続けた人たちは、もう数年のうちに衰弱して亡くなられてしまったみたいなのです。
考えるに、のっぺらぼうの血まみれ死体はみんなが食べた余剰の栄養がひねり出した、身代わりだったんじゃないかと思います。本来、降りかかる災禍の犠牲となってくれるような。
その元となる食べ物を控えてきたから、やむなく身体が無理してひねり出したのが、流行り病のときのもの。変わらない調子に思えても身体は衰えていたから、活力の不足に耐えられずに亡くなられてしまったんじゃないかと。
太るって、生死に直結する良からぬことと思われたかもしれないですね。




