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陸妖精

掲載日:2026/03/24

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、「陸妖精」を見たことがあるだろうか。


 ――妖精って羽で空飛ぶものじゃないのか?


 ああ、フェアリーのイメージだとそれだろうな。あと小柄な体。

 小さくとも己の力で飛ぶことは、人の身だとできない。飛行能力はシンプルに神秘をあらわせるギミックのひとつといえよう。

 しかし、妖精の区分はなにも羽付きばかりでない。地面を我々のように歩く小人のたぐいなどもカテゴリーに含まれる。あくまであやかしの気配を含む、というのが重要なのだろうな。

 私があげた陸妖精も、字のごとく陸にいるもの。だが、こちらは夢やあこがれといった要素はあまり含まない。どちらかというとシビアな役目を果たすものでね。

 実は最近、この陸妖精を見かける機会があったんだ。そのときのこと、聞いてみないか?


 君は花粉症を患っている人だろうか。

 いや、答えなくともいい。患っていたら、程度によるけれどもその苦しさ、うっとおしさは筆舌に尽くしがたいほどだ。患っていない人だと、なかなか想像しにくいところではあるだろうね。

 私はスギ花粉と相性がよくないから、今が厳しい時期だ。ここからGWあたりまで長引くかもしれないな。


 ――ん? その割には平然としているように思うが?


 それが先ほど話した、陸妖精のおかげじゃないかと私は考えているんだよ。


 私が見たのは、ほんの2週間前のことだ。

 あの日はいつもより早くに仕事が終わったのでね。久々に外食をして帰宅する予定だった。

 その外食帰りに電車を使ったのだけど、最寄り駅に着くや目に痛みを覚えたんだ。

 眼精疲労のそれに近い。ごみが入ったような表層的な感じではなく、眼球の奥にずんと重しを突っ込まれたような、響く辛さだ。

 私も自分の若さを過信できるような歳ではないからな。日頃の疲れが出たのだろうと、すぐに改札を出ずにホームのベンチで休ませてもらっていた。

 乗り換える路線も多い駅だ。私のいるホームをはさむ形で線路が横たわり、電車同士の間隔もこの時間では開きづらい。

 乗降する客とその喧騒を完全には防ぎづらいが、痛みを耐えて歩くよりはマシ。一刻も早くおさまらないかと、しばらく目をつむりながら鎮まるのを待っていたよ。


 しばらくして。

 ふとまわりの音が、いっぺんに消え去る。人、電車、かすかな衣擦れの音さえも、ぴたりとだ。

 時間にして、ほんの数秒だったが目を開いた私は、それを見た。

 ホーム端の落下防止の柵、その内側の地面にひしめく無数の粒を。

 そうだな……寿司に乗せるいくらの粒。あれを何倍にも大きくしたもの、といえば想像がつきやすいかい? そいつらはじっとしてはおらず、風にそよぐかのように左右へかすかに動き続けていた。

 そのうちの私の足元に近いところにいる粒たちのいくつかが、私の顔ぎりぎりの高さまで飛び上がってきたんだ。

 いくらの粒と思っていたそれは、粒ではない。

 頭だった。そこからは小さいが、確かに手足が生えていた。それらが私の顔ギリギリまで浮かんでは、パチンパチンと弾けていく。

 目をしばたたかせる私だったが、次の瞬間にはもう、先ほどまでの騒がしさが戻ってきていたんだ。かわりに、あのいくらの粒に似た陸妖精たちの姿もいっぺんになくなっていたんだよ。


 陸妖精のことは、話そのものは小さいときに聞いている。

 妖精とは時に、人が食べるとは考えないものを食べるときがあるのだと。仙人は霞を食べて生きていく、という伝承があるように。

 中には人の痛み、その源たる病巣を喰らうものもいる。もし、自分の苦痛がいっぺんにやわらぐようなことがあれば、陸妖精の仕業かもしれない、とね。

 実際、あれほどきつかった目の痛みは一気におさまったよ。それから、これから来ると懸念していた花粉症の症状も、こうしておさまっているというわけさ。


 とはいえ、今のところは良い、と考えたほうがいいかもしれない。

 陸妖精は人が食べないものを食べるもの。先は病巣を喰らうなんて都合のいいケースを話したものの、それ以上のものをついかじってしまうこともあるらしい。

 たとえば……命とかね。

 目の痛みはおさまった。花粉症も止まっている。けれど、寿命はもうわずか。

 そのようにならないことを願うばかりだよ。

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