第七話
第七話
あの少年は、変だった。
最初にそう思ったのは、広間での一瞬のことだった。ヴェルグレイヴ伯爵家の次男、ルシアン・ヴェルグレイヴ。同い年のはずなのに、どこかが決定的に違う。視線、立ち方、呼吸の間――どれもが整いすぎている。ただ優秀な子供では説明がつかない。
(同じ、ではない)
クラリス・リュクレールは、はっきりとそう感じていた。
あれは“見ている”。自分たちを、この場を、まるで外側から観察しているかのように。
「クラリス様、そろそろお戻りを」
背後から侍女の声がかかる。
「……まだ少し」
「ですが――」
「少しだけ」
振り返らずに言うと、侍女はそれ以上何も言わなかった。
視線は庭へ向けられている。夜風が木々を揺らし、静かな音を立てていた。その奥、人気のない場所に――いる、という確信があった。
足音を殺して歩く。石畳を外れ、芝を踏み、気配を探るように進む。そして、見つけた。月明かりの下、小さな背中が静かに立っている。ルシアンだった。
声をかけるか、一瞬迷う。だがすぐに決める。
「……何をしているの?」
あえて普通に話しかける。驚くかどうか、確かめたかった。
ルシアンは振り返る。その動きに無駄はない。
「少し、風に当たっていただけです」
落ち着いた声。まるで予想していたかのように。
(やっぱり)
クラリスは少しだけ口元を緩める。
「嘘」
「……そう見えますか」
「ええ」
一歩近づく。
「さっきもそうだった」
「さっき、とは?」
「広間で。あなた、見てたでしょう」
まっすぐ見つめる。
「全部」
風が二人の間を通り抜ける。
ルシアンは否定しない。肯定もしない。ただ静かに見ている。その反応が答えだった。
(やっぱり)
「変な人」
「そうかもしれません」
あっさりと返る。普通なら否定する。だがこの少年は違う。
(面白い)
胸の奥が、少しだけ高鳴る。
「ねえ」
「はい」
「あなた、本当はどれくらいできるの?」
踏み込むように問う。
ルシアンは少しだけ考える素振りを見せる。
「……それなりに」
「曖昧ね」
「そういうものです」
噛み合っているようで噛み合っていない会話。それでも、不思議と心地いい。
(もっと知りたい)
そう思わせる。
クラリスはルシアンの隣に立つ。同じ方向を見る。夜空が広がっている。
「ねえ、ルシアン」
「はい」
「また話しましょう」
少しだけ間を置いて言う。
「あなた、気になるから」
率直な言葉だった。
ルシアンはほんのわずかに目を細める。拒絶はしないが、積極的でもない。その距離感が、さらに興味を引く。
「……機会があれば」
「機会は作るものよ」
即答だった。
ルシアンは少しだけ沈黙する。そして、わずかに口元を緩めた。
「……そうかもしれません」
それで十分だった。
(やっぱり変)
だが――
(だからいい)
クラリスは踵を返す。
「それじゃあ、またね」
「はい」
歩きながら思う。あの少年は何かを隠している。それは間違いない。だが怖くはない。むしろ知りたい。その正体を、その中身を。
夜風が静かに吹き抜ける。
クラリスは振り返らない。ただ、その表情にはわずかな楽しさが浮かんでいた。
ルシアン・ヴェルグレイヴ。その名前を、はっきりと記憶する。
(面白いもの、見つけた)




