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果てなき世界  作者: 影川明空人
第1章
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第六話

第六話


 夜も更け、ヴェルグレイヴ邸の喧騒は静まりつつあった。


 広間の灯りは落とされ、客人の多くはすでに帰路についている。残された者たちも、別室で静かに語らう程度だった。


 その一室に、二人の男がいた。


 リュクレール公爵アレクシス・リュクレールと、ヴェルグレイヴ伯爵エドガー・ヴェルグレイヴ。


 卓上にはグラスが置かれ、酒が静かに揺れている。


「……見事なものだったな」


 アレクシスが口を開く。


 その言葉に、エドガーはわずかに視線を上げた。


「何のことでしょうか」


「とぼけるな」


 短く返す。


「お前の息子だ」


 沈黙が落ちる。


 わずかに間を置いて、エドガーは口を開いた。


「……評価はありがたく受け取りましょう」


「評価、か」


 アレクシスはグラスを傾ける。


「確かに優秀だ。五歳であの立ち振る舞い、あの制御。紫という話も納得はできる」


 だが、と続ける。


「“それだけ”ではないな」


 エドガーの手が、わずかに止まる。


 ほんの一瞬。


 だが、見逃すほど甘くはない。


「……何が言いたいのですか」


「分かっているだろう」


 視線が交差する。


 静かな、だが鋭い空気。


「あれは“抑えている”」


 断言だった。


 エドガーは何も答えない。ただ、グラスを手に取る。


「五歳の子供がだぞ?」


「普通ではないですね」


「普通ではない、で済ませる気か?」


 声がわずかに低くなる。


「お前は気づいているはずだ。あれは量の問題じゃない」


 間。


「質だ」


 言い切る。


 エドガーは黙ったまま酒を飲む。その横顔に、わずかな影が差す。


「何を隠している」


「隠してなどいませんよ」


 即答。


 だが、それが逆に答えだった。


 アレクシスは小さく息を吐く。


「まあいい。無理に聞く気はない」


 そう言いながらも、視線は鋭いままだ。


「だが、あの子は目立つ」


「……分かっています」


「いずれ、隠しきれなくなる」


 エドガーはグラスを置いた。


「その時は、その時です」


 短い言葉。


 だが、覚悟があった。


 アレクシスはわずかに眉を上げる。


「……変わらんな、お前は」


 ほんのわずかに空気が緩む。旧知の間柄。だが、それでも踏み込まない一線があった。


 その時、扉がノックされる。


「父上、いらっしゃいますか」


 少女の声。


 アレクシスが視線を向ける。


「入れ」


 扉が開き、一人の少女が姿を現した。


 年の頃はルシアンと同じ。


 整った所作。無駄のない動き。視線は落ち着いている。


 だが、その瞳は――よく見ていた。


「失礼いたします、エドガー様」


 丁寧に一礼する。


「構いませんよ」


 エドガーが応じる。


 少女は父の隣へ歩み寄る。


「どうした」


「……本日の方のことで」


 アレクシスはわずかに目を細める。


「ルシアン・ヴェルグレイヴか」


「はい」


 少女は頷く。


「あの方……少し、変だと思いました」


 その言葉に、空気が止まる。


 エドガーの視線が、わずかに鋭くなる。


「ほう」


 アレクシスは興味深そうに促す。


「どのあたりがだ」


 少女は少し考え、言葉を選ぶ。


「……うまく言えませんが」


「構わん。言ってみろ」


「“見ている”感じがしました」


 短い言葉。


 だが、迷いはない。


「私たちと同じ目線ではなく……もっと、上から」


 沈黙。


 アレクシスはゆっくりと笑った。


「なるほどな」


 納得したように頷く。


「面白い」


 その一言に、すべてが込められていた。


 少女は続ける。


「それと……」


 わずかに間を置く。


「あの方、隠しています」


 空気がさらに張り詰める。


「何を、とは分かりませんが」


「……感じるのか」


 アレクシスの問いに、少女は小さく頷いた。


「少しだけですが」


 その答えに、アレクシスは満足げに目を細めた。


「上出来だ」


 短く言う。


 エドガーは何も言わない。ただ静かに目を閉じる。


(……やはり)


 確信に近いものがあった。


 だが、それを口にすることはない。


 少女は父を見る。


「父上」


「気にするな」


 短く言う。


 だが、続ける。


「ただし、覚えておけ」


 その瞳が鋭くなる。


「あの少年は、いずれ何かを起こす」


 断言だった。


 少女は静かに頷く。


 その瞳には、恐れではなく――興味があった。


 遠くで、風が鳴った。


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