第四話
第四話
魔力測定から数日が経った。
ヴェルグレイヴ家の屋敷は、変わらず穏やかに時を刻んでいる。庭は整えられ、廊下は磨かれ、使用人たちは静かに働いている。
すべて、いつも通り。
――のはずだった。
「ルシアン様、お茶をお持ちしました」
メイドのマリアが頭を下げる。声も所作も変わらない。
だが、カップを差し出すその一瞬、わずかに間があった。視線が一度だけ逸れ、距離もほんの少し遠い。
「……ありがとう」
受け取りながら、ルシアンはそれを見逃さない。
(変わった)
露骨ではない。だが確実に、何かが違う。
廊下ですれ違う使用人も同じだった。
「……ルシアン様」
丁寧に頭を下げる。だが、その動きは以前よりわずかに硬い。
(理解している)
理由は語られない。それでも分かる。
(あの時の結果)
それ以上、考えを広げることはしない。必要な事実だけを受け入れる。
その時、背後から声が飛んだ。
「ルシアン!」
振り向くと、アルベルトがこちらに手を上げていた。
「どうしたんですか、にいさま」
「暇だろ? 少し付き合え」
「わかりました」
二人で並んで歩く。
アルベルトの距離は変わらない。視線も、声も、態度も。
「最近、やけに静かだな」
「そうでしょうか」
「使用人たちだよ。なんか、変だろ」
ルシアンは一瞬だけ考える。
「そうですね」
「……気にするなよ」
アルベルトは軽く言う。
「お前はお前だ」
その言葉には、はっきりとした熱があった。
ルシアンは兄を見る。
(変わらない)
それだけで十分だった。
「ありがとうございます」
「なんだよ、急に」
アルベルトは少し照れたように笑う。
短い沈黙が流れる。だが、不思議と居心地は悪くなかった。
その日の夜。
ルシアンは自室で一人、窓を閉め、扉を確認する。
人の気配はない。
ゆっくりと手を前に出す。
(少しだけ)
空気中の魔力を引き寄せる。慎重に、丁寧に。
掌の上に、かすかな揺らぎが生まれる。
崩れない。暴走もしない。
(安定している)
さらに圧縮する。小さく、密度を上げる。
光がわずかに強まる。
(もっとできる)
だが、そこで止める。
(必要以上は不要)
指を閉じると、魔力は静かに霧散した。
次に意識を体内へ向ける。
循環。流れ。配分。
魔力を脚へ流し、次に腕へ、さらに一点へ集中させる。
(効率は、まだ上げられる)
無駄がある。だが、それは改善できる。
ルシアンはそれを理解していた。
(力があれば、防げるかもしれない)
理由は分からない。だが、その考えは自然に浮かんだ。
翌日。
ルシアンは父の前に立っていた。
「父上」
「どうした」
エドガーは書類から目を上げる。
「剣を習いたいです」
短く、はっきりと告げる。
エドガーは一瞬だけ沈黙した。
「理由は?」
「身を守るためです」
迷いのない答えだった。
エドガーはじっとルシアンを見つめる。その瞳の奥を測るように。
やがて、ゆっくりと頷いた。
「……いいだろう」
「ありがとうございます」
ルシアンは頭を下げる。
その姿は、五歳の子供のものだった。
だが、その内側はすでに動き始めていた。




