第二話
第二話
ルシアンは、五歳になった。
ヴェルグレイヴ家の屋敷は、今日も静かに動いている。
窓辺に立ち、外を眺める。庭を渡る風。揺れる木々。差し込む光。そして、その中にあるもの。
(流れている)
目には見えない力が、空気の中を満たしている。
(……魔力)
今では、その存在を理解していた。そして同時に、もう一つの事実も知っている。
(内側にもある)
目を閉じる。意識を内へ向ける。体の中を巡る流れが、はっきりと感じられる。
淀みはない。乱れもない。自然に循環している。
(問題ない)
それは、生まれた時からできていた。意識すれば、流れを速めることも、緩めることもできる。
特別なことではない。
(当然だ)
そう思っている。
だが――
(外は、どうだ)
ゆっくりと目を開ける。手を前に出す。何もない空間に触れる。
だが、確かにある。空気の中に満ちる流れ。それは自分の内側と似ているが、広く、曖昧で、掴みづらい。
意識を重ねる。引き寄せる。
ほんのわずかに、空気が揺れた。
(……動いた)
成功。
しかし次の瞬間、風が一気に巻き起こる。カーテンが大きく揺れ、机の上の紙が舞い上がる。
「……っ」
すぐに意識を引き締める。内側を整えるように、外側の流れを押さえ込む。
風は収まり、部屋は静けさを取り戻した。
(強すぎる)
わずかに眉を寄せる。
(制御が粗い)
内側とは違う。流れが広く、量も多く、反応が速すぎる。
もう一度試す。今度は慎重に。
(少しだけ)
魔力を掬うように、ほんのわずかだけ集める。掌の上に、かすかな揺らぎが生まれる。
消えそうなほど小さい。だが、確かに存在している。
(これなら)
崩さないように整える。維持する。流れを安定させる。
やがて、それは静かに留まった。
(……できる)
その時、扉がノックされる。
「ルシアン様、よろしいでしょうか」
メイドのマリアの声。
瞬間、掌の魔力を散らす。
「どうぞ」
振り向く頃には、何事もなかったかのように立っていた。
マリアが入室し、軽く部屋を見渡す。カーテンがわずかに揺れている。
「……今日は風が強いですね」
「そうですね」
自然に答える。
マリアは特に気にした様子もなく、頭を下げる。
「朝食のご用意ができております」
「分かりました」
マリアが部屋を出ていく。扉が閉まり、静寂が戻る。
ルシアンは、ゆっくりと自分の手を見る。
(外も扱える)
確信する。だが同時に、もう一つ理解していた。
(これは、知られるべきではない)
理由は分からない。だが、確信している。
これは普通ではない。そして、普通ではないものは目立つ。
(目立つ必要はない)
その判断は、迷いなく下された。
窓の外を見る。空は変わらず青い。風は穏やかに流れている。
だが、ルシアンには分かっていた。
(この世界は、単純ではない)
そして。
(自分もまた、普通ではない)
その事実を、静かに受け入れていた。




