第二十四話
第二十四話
名前を呼ばれて、意識が引き戻される。
「……ルシアン」
ゆっくりと、視線が動く。
そこにいたのは、アルベルトだった。
見慣れたはずの顔。
だが、どこか遠くに感じる。
少しだけ時間がかかってから、それを現実として認識する。
「……兄さま」
掠れた声が、ようやく形になる。
アルベルトは数歩近づくが、すぐには何も言わない。
周囲を見れば、すべてが壊れている。
言葉より先に、現実がそこにあった。
沈黙の中、ルシアンが口を開く。
「……守れませんでした」
静かに。
ただ事実だけを置くように。
「街も……」
視線がわずかに揺れる。
「……父上も、母上も」
そこで言葉が止まる。
それ以上は、必要なかった。
アルベルトはしばらく黙っていたが、やがて短く言った。
「……違う」
はっきりとした否定。
「お前のせいじゃない」
一歩、近づく。
「謝る必要はない」
ルシアンは何も返さない。
返せない。
言葉が、出てこない。
アルベルトは小さく息を吐いた。
「……生きててよかった」
それだけを言った。
飾りのない、本音だった。
ルシアンの中で、何かがわずかに動く。
だが、それは表には出ない。
ただ静かに沈む。
「……調べるぞ」
アルベルトが周囲を見渡す。
「生存者がいるかもしれない」
隣街の兵たちも動き出す。
瓦礫を退かし、建物を確認し、一つずつ探していく。
ルシアンも立ち上がる。
足取りは重い。
だが止まらない。
ただ、動く。
それだけを繰り返す。
街を歩く。
見慣れたはずの場所。
だが、何もかもが変わっている。
声はない。
動くものも、ほとんどない。
それでも、探す。
やがて、ルシアンは再び屋敷の跡地へ戻っていた。
崩れた石。
折れた柱。
焼けた痕。
その中を、静かに見渡す。
(……何もない)
そう思った、その時だった。
足元。
わずかに、違和感。
瓦礫の隙間に、妙な“沈み”がある。
自然な崩れ方ではない。
屈む。
手で触れる。
石をどかす。
さらに下。
そこにあったのは――
石畳。
崩れていない。
不自然なほどに、整っている。
その中心。
細い線。
まるで“境界”のような。
(……開く)
そう確信した瞬間。
音もなく。
石畳が、左右に割れた。
滑るように。
抵抗もなく。
そこに現れたのは、下へと続く階段。
暗く、深い。
屋敷にいた誰も知らなかったはずの空間。
(……こんなものは、なかった)
記憶にはない。
だが、目の前にある。
ルシアンは、迷わず足を踏み入れる。
階段を降りる。
一段ずつ。
静かに。
音が消えていく。
外の世界から、切り離されるように。
やがて、最下部に辿り着く。
広い空間。
だが、何もない。
ただの空間。
のはずだった。
「――ようやく来たか」
声。
どこからともなく響く。
ルシアンは動かない。
ただ、前を見る。
「遅かったな」
静かな声。
だが、確かな重み。
人ではない。
そう直感する。
「……誰ですか」
短い問い。
すると、わずかな間を置いて。
「名は必要か?」
意味を問うような返答。
「強いて言うなら――」
空気が、わずかに変わる。
「“秩序”を司るものだ」
その言葉が、空間に落ちる。
理解はできない。
だが、否定もできない。
ただ一つ。
確かなことがある。
(……異質だ)
それだけ。
声は続ける。
「単刀直入に言おう」
余計な前置きはない。
「お前に、頼みがある」
静かに。
だが、明確に。
「これは“依頼”だ」
ルシアンは黙って聞いている。
拒否も、肯定もない。
ただ受け取る。
声はさらに続ける。
「世界に関わる話だ」
その一言で。
空気が変わる。
何かが動き出す。
まだ見えない。
だが確実に。
ルシアンの前に、新しい道が現れようとしていた。
1章終了
次回からは2章になります。




